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扶桑国戦記 (改訂版)  作者: 長幸 翠
第二章 第二次扶桑海海戦
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閑話 送別会1

「プロローグ」と「第一章」の間のお話です。

 直也達の送別会は、研究所近くの居酒屋となった。職員行きつけの店である事、そして多忙な職員達が参加しやすくする配慮もある。


 直也達十人の他には、一彰、双葉、そして一緒に異動となる職員達、その他≪タロス≫や≪アトラス≫に関わりの深い者達が集まり、総勢四十名ほどの大所帯となった。


 雪解けの進む道をゾロゾロと歩き、十分ほどかけて居酒屋に到着する。


「「いらっしゃいませ!」」


 顔見知りの店員達に迎えられ、店の奥へと進む。


 貸し切りとなっている座敷の広間には、五、六人が座れる大きさの座卓がいくつも並べられている。


 オペレーター組の十人は二つの卓に別れ、片方は直也、あけみ、彩華、義晴、エイミーが、もう片方には龍一を始めとする残りの面々が座る。


 直也の右隣に彩華、左隣にエイミー、そして正面にはあけみ。義晴はあけみの隣に座っている。


 乾杯の音頭は、幹事であり副所長の長門一彰がとる。


「ようやく、我々の開発した≪タロス≫と≪アトラス≫が戦場に立つ。全員、本当に良くやってくれた。

 だが、これからが本番だ。実戦のフィードバックを元に改良していくので、今後も力を尽くしてほしい。

 今回の異動は、十名のオペレーターと八名のメカニックだ。前線に向かう彼らの、武運と活躍を期待する。

 ……乾杯!」

「「「乾杯!!」」」


 一彰の音頭に全員が唱和し、宴会が始まった。


 次々と料理や飲み物が運ばれてくる。戦時中とは思えないほど豪華な料理だ。


 ズレヴィナ共和国との開戦とその後の侵略により、ただでも低い扶桑国の食糧自給率はさらに低下している。だがエトリオ連邦を始めとする友好国からの食料輸入量を大幅に増やす事で、今の所は飢えるまでには至っていない。とは言え、食料品の価格が上昇し、国民生活に大きな影を落としている事は間違いない。


 居酒屋のコース料理も、値段は開戦前の七割増しになっており、飲み放題は無くなっている。一杯飲む毎に、しっかりと料金が加算されていく。それは、大酒飲みにとってこの上ない不幸な事であり、そして泥酔者を減らす点では良い事でもあった。


 時間が進むにつれて、出席者は席を移動して交流を深めていく。


 直也も、仲の良い職員達が固まる卓に移動して談笑していた。


 直也の趣味の中には、ドライブと車の改造がある。同じ趣味を持つ職員が何人かいるため、休日に集まって改造したり、走り回ったりしていた。直也も愛車のステーションワゴンに、色々手を加えている。


 今いるのも、その“仲間達”が集まる席だ。


 そして、改造するのは車に留まらない。まだ開発したばかりの≪タロス≫や≪アトラス≫といった兵器についても、バリエーションを考えたり、運用方法を模索したりと、開発者と運用者それぞれの視点から、今まで幾度も議論をしていた。この議論には、オペレーターの男性陣と開発者達も加わる事もあった。とかく“男の子”は、改造好きな者達が多い。


 そんな有意義な時間を過ごしていると、背後から素っ頓狂な声が響く。


「直也きゅーん! たのしんでるかぁー?」


 振り返ると、そこにはグラス片手に、ヨタヨタと千鳥足で近寄ってくるゾンビ……。もとい、長門双葉がいた。


 彼女は研究所の所長である長門彰利大佐の娘だ。通称、長門三兄妹の長女。一彰の妹であり、オペレーターである三奈の姉。


 国内最高峰の国立大学を、飛び級によりたった二年で卒業していた。教授達が全力で大学に引き留めるのを蹴り、さらにエトリオ連邦の大手企業の誘いも断って研究所に就職した。


 研究所では、各種AIやソフトウェアを開発する部署に在籍している。希代の天才であり、≪タロス≫も双葉が関わったからこそ短期間で実用化出来たと噂されている。年齢は直也と同じ二十二歳だ。


 普段は大人しく口数の少ない彼女ではあるが、酒には滅法弱い上に酔うと豹変する。ご覧の通り、残念な方向に。一部には周知の事実で、「飲ませたのは誰だよ……」と愚痴も聞こえる。


 光の加減で濃紺にも見える黒髪は、今は短めに切り揃えられている。オシャレはそっちのけで仕事に興味を示す双葉の髪は、つい先日まで伸び放題になっていた。


 それに痺れを切らした妹の三奈、そして数人の女性職員が、双葉を美容院に強制連行したのが、今日の午前中の出来事だ。


 ちなみに散髪した双葉の感想は、「頭が軽い。前が良く見える」であった。


 少し太めの下がり眉と、常に眠たげに見える瞳はトロンとして、頬は酔いのせいかピンク色に染まっている。ずり下がった眼鏡が、整った顔を残念に見せているが、本人は気付いていない。


 セーターとパンツを纏う肢体は、ややふくよか。いわゆるポッチャリ気味だ。そして男性のみならず、女性の視線も集める胸元の二つの巨大な膨らみが、セーターを押し上げている。


 直也のいる卓の横で立ち止まった双葉は、索敵モード……、というか首を巡らせて周囲の様子を窺ってから、直也をロックオンする。卓の全員が、この酔っ払いに注目している。


「にゅふふふふ……」


 何が楽しいのかサッパリ分からないが、双葉は不気味な笑い声を上げながら直也の元に歩いてくると、ガバリとその背中に抱きついた。


 直也は逃げようと思えば逃げることは出来た。しかしそうすると、双葉が卓にダイブする事が分かっていたため、仕方なく思い止まった。


「つーかーまーえーたぁー」

「双葉さん……。飲み過ぎですよ」


 直也の肩に顎を乗せ、巨大な胸を背中に押しつける双葉。普段は彩華とエイミーから、同じようなスキンシップはあるので、それなりに慣れているつもりであった。


 しかし今回、背中に当たる感触はひと味もふた味も違った。例えるならば、“木の板”と”上質な綿がたっぷり詰まったクッション”の違いような。要するに、見た目も質感も次元が違った。


(こっ、これはっ……!!!)


 直也も年頃の男だ。女性の胸部装甲に意識が向いてしまうのは自然なことであり、致し方ないことだ。一瞬だけ(彩華やエイミーとは全然違う!)と思ってしまったりしたが、慌てて思考を振り払った。


「ちょっ、ちょっと、離して……!」

「だぁーめぇー」


 慌てて藻掻くと、双葉はさらに強く抱きついてくる。密着している“クッション”は変幻自在に形を変え、柔らかさと適度な弾力感、そして体温を背中に伝えてくる。加えて、女性らしい甘い香りも漂ってくる。直也は訓練で鍛えた精神力を総動員し背中の感覚を無視しつつ、腕を引き剥がそうとする。ところが、双葉は体を鍛えていないはずなのに、まるで虎挟みのようにガッチリと掴んで離さない。


 助けを求めようと、同じ卓にいる仲間達を見る。先程まで楽しく語らっていたと言うのに、返ってくる視線は、親の敵でも見るかの如く敵意に満ち満ちていた。ちなみに全員独身で、彼女はいない。彼らの心の中では、嫉妬と羨望がF4スケールの竜巻の如く吹き荒れていた。小声で「爆発……、爆発……、爆発……」と呪詛を吐いている者もいるが、幸いにも直也の耳には届いていなかった。


 続いて、一彰がいる席を見る。一彰が肩を震わせ、頬をピクピク引き攣らせながら、直也達の様子をカメラに収めている。明らかに楽しんでいる様子に、額に青筋が浮かび上がりそうになる。


 別の方向からレーザービームのような視線を感じ、恐る恐るその方に顔を向ける。あけみ、彩華、エイミーの三人とバッチリ目が合った。三人とも微笑を浮かべているが、目からハイライトが消えている。そして三人の背後に死神の姿が見えるような気がする。ちなみに、それぞれの死神が手にしているのは大鎌ではなく、あけみは刀、彩華は狙撃銃、エイミーは重機関銃と近代的(?)だ。


(彩華とエイミーはともかく、あけみさんも怒っているように見えるのは何故だ!?)


 直也は少し混乱しながらも、助けを求める。


『我、至急、救援ヲ、求ム』


 瞬きで救援信号を送ると、三人から揃って『審議中』と返答が返ってくる。


(審議中って、何だよ!!)


 心の中でツッコミを入れる。


 龍一達の方を見る。龍一と義晴は話をしながら、とても羨ましそうにこちらを見ていた。二人とも大きな胸が好きなのだ。ところが目が合うとサッと視線を逸らした。直也を助ける度胸は持ち合わせていないようだ。レックスは申し訳なさそうに瞬きで『僕ニハ、無理デス』と律儀に返信が入り、亮輔は「無理無理無理無理!」と訴えるように、まるで電動歯ブラシのごとく左右に首を振っている。助けてくれそうな三奈と久子は席を外している。


 他に周囲を見回しても、誰も助けてくれそうにない。怨念の籠もった視線を投げてくる者、チラチラと見てくる者、こちらに興味を失い料理や酒を楽しんでいる者、大笑いしながら撮影を続けている一彰。世は無常である。


 直也は知らないが、誰も助けてくれないことには理由がある。今までの研究所職員達の飲み会で、双葉が同じように他人に絡んでいたからだ。酔っ払いながらも相手は選んでおり、女性職員には今の直也のように抱きついていたが、男性職員に貼り付いた事は無かった。


 だから女性職員は下手に直也の助けに入り、自分に矛先が向いては堪らないと、“触らぬ神に祟り無し”の姿勢を貫いた。


 若い男性職員は「自分には抱き付いてくれないのに!!!」と嫉妬の炎を燻らせた。それでいながら、下手に双葉に触って、セクハラ扱いされるのを避ける冷静さも持っており、手出しを控えていた。


 相変わらず蛭のように貼り付いている双葉の剥離を断念し、どうしようかと思案する。


(助けてくれそうなのは、三奈だよな……)


 姉の双葉と妹の三奈。私生活ではズボラな双葉としっかり者の三奈は、立場的には逆転していると聞いていた。だから三奈ならば助けてくれるに違い無いと考える。


 その間、直也は双葉の抱き枕と化していた。背後から抱き竦められたままで、寄りかかってすらいた。双葉は気分が良いらしく、体をゆったりと左右に揺らしている。当然、抱きつかれている直也の動きもシンクロして右に左に傾いている。背中に感じる柔らかな感触は、とうに気にしなくなっている。それよりも、くっ付いているせいで少し暑い。


 胸に回された腕は緩んでいるが、引き剥がそうとすれば再びベアハッグを食らうに相違なく、徒労に終わると考える。決して心地良いからそのままの体勢でいたいわけではない。


「双葉さん……。いい加減、離れてほしいのですが……」


 弱り切った直也が声をかけるも、「やーだー」と返ってくる。


(三奈、早く戻って来てくれないかな……?)


 このまま終わりまでくっ付いたままなのかと黄昏れていると、待ち望んでいた救いの手が差し伸べられた。


「お姉ちゃん! 何してるのっ!!」


 ようやく会場に戻ってきた三奈が驚きの声を上げてパタパタとやってくると、問答無用に姉を引き剥がしたのだ。


「直也さん、本当にすいませんっ!!」

「……ありがとう、助かったよ」


 恐縮しきりの三奈に、安堵の笑みを見せる。


 双葉は「やーだー」と抗議の声を上げながらも、抵抗することなく妹に連行されていく。行き先は、あけみ達の卓だ。


 周囲の人達はそそくさと他の卓に移動(避難とも言う)し、一つだけ隔離された形になっている。


 あけみ、彩華、エイミーの三人が並んで座り、対面に双葉が座らされる。タダならぬ雰囲気を受け、緩んでいた双葉の表情に緊張が走る。謎の力場で酔いが覚めたのか、朱に染まっていた顔は一気に青ざめ、冷や汗も流れ始める。乱れていた髪型と服装を直し、眼鏡の位置を整え、背筋を伸ばし正座で座り直す。遠くから見ると、警察官三人から尋問を受ける犯罪者のようでもあった。



 直也はその後、空いていた別の卓に移動していた。同じ卓にいた男性職員達の恨みがましい視線に耐えきれなかったのだ。


(何か、疲れたな……。精神的に)


 あれから、色々な人が来ては声をかけていった。


 まず始めに、三奈から「僕の管理不行き届きです」と土下座で謝罪された。


 双葉は酒癖が悪いため、飲まないようにずっと目を光らせていたそうだ。だが席を離れた隙に酒を飲んでしまったらしい。


「三奈は悪くないから」と繰り返して、ようやく引き下がってもらった。本当に良い子だ。


 次は一彰。「とても楽しませてもらった」と、面と向かって言われた。イラッとして睨むと、肩を竦めてそそくさと立ち去っていった。三奈と比べると、本当にダメな兄貴だ。


 他には、「どうだった?」「柔らかかったか?」など、質問してくる野郎どもがウザかった。さらに「羨ましい」「俺も抱き枕になりたかった」など、欲望に塗れた声もあった。


「災難だったな」と気遣う声は、年長者や女性からのものが多かった。


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