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扶桑国戦記 (改訂版)  作者: 長幸 翠
第二章 第二次扶桑海海戦
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弾道ミサイル迎撃

 統合機動部隊所属、潜水艦≪あやなみ≫艦長の穂高知貴中佐は、モニターに映し出された潜望鏡からの映像を見ていた。自艦や僚艦の雷撃により、東海艦隊の艦艇が一隻また一隻と沈んでいく。


「これは、訓練よりも楽ですな」

「気持ちは理解出来るが、油断するな」


 釘を刺すと、副長は表情を引き締め「ハッ」と返事をする。確かに、戦闘能力を失い丸腰の敵艦を仕留めていくだけであり、作業に近いものだ。


 この戦闘に参加している潜水艦は統合機動部隊の二隻(セイレーン艦隊)と海軍の三隻だ。扶桑軍に原子力艦は存在せず、潜水艦は多くがディーゼル機関を動力としている。統合機動部隊は二隻とも最新の<あやなみ>型だ。ポンプジェット推進を持ち、静粛性が極めて高い。海軍所属の三隻は<あらしお>型で、一世代前の艦である。


 五隻の潜水艦は艦隊を組んで東海艦隊の北東で待ち伏せし、レールガンで戦闘能力を奪った敵艦に止めを刺す役目を担っている。海軍の三隻は統合機動部隊の指揮下に入っている。旗艦は≪あやなみ≫であり、知貴は艦隊司令官でもある。


 この五隻は全て前の海戦にも出撃し、惨敗の屈辱を味わっていた。知貴を含めた全員が、今回の海戦前に新兵器の話を聞いて「前の海戦に間に合っていれば……」と大いに嘆いていた。


 海軍潜水艦の艦長達はこの海戦を弔い合戦と捉え、「全艦撃沈する」と息巻いていたが、神威中将と播磨少将が宥めて思い止まらせていた。敵艦を全て沈めてしまうと、乗員をこちらが救助しなければならなくなるという説明だった。他にも敵国のメンツ考えているかもしれないが、ほぼ全艦を損傷させた状況で、どれ程違いがあるのか分からない。


 知貴が戦果を確認していると、通信士から声が上がる。


「艦長、≪しなの≫より連絡!

 ズレヴィナ共和国本土より、弾道ミサイル発射を確認!

 直ちに攻撃を終了し、帰投せよとの指示です!」


 発令所にいる全員が、弾道ミサイルという言葉に驚きを見せる。


「了解した。引き上げだ! 僚艦に通信」


 針路と速度、深度を指示し、戦場から離脱するよう指示を出す。


「獲物はまだ大量にいますが……。勿体ないです」

「まあそう言うな。優先目標の巡洋艦と駆逐艦は片付けたから十分な成果だ。これだけ痛めつければ艦隊の再建は簡単じゃないし、大いに恐怖を刻み込んだだろう。敵も上陸作戦を中止するしかないだろうな」

「しかし、敵が弾道ミサイルを投入するとは予想外でした」

「ああ、俺も驚いた」

「……ところで、ウロボロス艦隊は弾道ミサイルを迎撃出来るのでしょうか?」

「レールガンとレーザー砲があるから、大丈夫だろ? ……多分」


 知貴と副長は話し合う。作戦前には、潜水艦乗りの彼らにも新兵器の概要は伝えられている。そして、海戦の状況もデータリンクで送られてくるため把握している。しかし対空戦闘は専門外であり、前の海戦で敗北を経験している事もあって不安が付きまとう。


「どちらにせよ、俺達がどうこう出来る立場では無い。信頼するしか無いだろう……」


 深海へと進み行く乗艦の中で、知貴は呟くのだった。



 時は少し遡る。


 東海艦隊への反撃を行っていたウロボロス艦隊は、順調に敵艦へ損害を与え続けていた。既に左翼分艦隊、中央艦隊への攻撃を終了し、右翼分艦隊に砲撃を開始していた。


 これと平行して空母≪しなの≫の飛行甲板では、≪SH-55E≫と≪RQ-27≫の着艦作業が進められている。


 徳武艦長は作業を指揮するため艦橋に向かい、秀嗣も見学に行ったが、将紀はCICに残り戦闘の指揮を執っていた。


(これで敵の第二次上陸作戦を阻止出来れば良いが……)


 ズレヴィナ共和国の誇る三個艦隊の一つを、完膚なきまでに叩き潰しつつある。これで敵が思い止まってくれれば良し。さもなければ、次は敵の上陸部隊を乗せた輸送船を攻撃することになる。敵とは言え、夥しい数の人を海に沈める事は強い抵抗がある。


 続いて、新兵器の事を考える。レールガンとレーザー砲は期待通りの戦果を挙げている。今の所はトラブルも発生していない。


(しかし、電力の消費が大きいな)


 どちらも使用するには大電力が必要な兵装だ。今回の改装では大容量のバッテリーも多数搭載している。その代わりVLSの削減やヘリコプター格納庫を撤去しているが、それでも限度はある。特に<かげろう>型フリゲートではバッテリー残量が心許なくなりつつある。現在は発電機を全力で回し充電しているが、地上からの電力供給を前提にしているためバッテリー容量に比べて発電量は非常に小さい。


 この問題をある程度解消する“元空母”の≪ずいかく≫は、未だ改装中である。


 この艦は、秀嗣曰く「夢とロマンを突っ込んだ」もので、ある意味、魔改造と呼ぶに相応しい内容である。計画時は将紀も乗り気になり色々と注文を付けたが、後から調子に乗りすぎたと少し反省していた。


 その≪ずいかく≫が完成するのは二ヶ月後。それを以て反攻作戦が開始される予定だ。


 将紀が考え込んでいると、サイレンが艦内に鳴り響いた。


「どうした?」

「≪避来矢≫より緊急通報! ズレヴィナ共和国内陸部より、弾道ミサイルの発射を確認! 数は三十!!」


 すぐさまスクリーンに弾道ミサイルの輝点と予測針路が表示される。その軌跡は、全てこの艦隊を目指していた。


(とりあえず、都市への攻撃は無いか……)


 将紀は眉間に皺を寄せたまま、内心で安堵する。


 発射されたのは、恐らく対艦弾道ミサイル≪アレクサンドル≫。射程はおよそ二千~三千キロメートルで、弾頭は通常弾頭または核弾頭。


「敵艦隊への射撃を終了」


 東海艦隊への攻撃を終えたレールガンが射撃を止める。目標を外さなければ、敵の全ての艦艇に砲弾を叩き込んだことになる。


 将紀は僅かに思案する。艦橋にいるであろう秀嗣ならば、折角の機会と新兵器を使って迎撃する指示を出すに違い無いと。


「レールガンとレーザー砲の状況は?」


 幕僚の一人に声をかける。


「レールガンおよびレーザー砲、現時点で全て正常。バッテリー残量は少ないですが、弾道ミサイルの迎撃は可能です」


 その回答に、将紀は「よし」と頷く。


「データを取りたい。迎撃には全兵装の使用を許可するが、レールガンとレーザー砲も使用するように。内容は任せる。

 ……全て迎撃して見せろ」

「了解っ!」


 元々<ざおう>型ミサイル駆逐艦のレーダーや武器管制システムは弾道ミサイル迎撃に対応しており、改装時にレールガンとレーザー砲にも対応するようアップデート済みだ。今ならば≪アレクサンドル≫三十発の迎撃も不可能では無い。


 艦橋にいる徳武艦長から連絡が入る。


『徳武より播磨少将。着艦作業を中断し、残っているヘリとドローンには退避を指示しました』

「了解した。ヘリの燃料とドローンのバッテリーは持ちそうか?」

『なんとか持つ見込みです。ただし、後で飛行甲板が通勤ラッシュの首都高みたいになりそうですね』

「そこは上手く捌いてもらうしか無いな。迎撃が終われば、何機かは周りの艦にも着艦して給油可能だ」


 ウロボロス艦隊の<ざおう>型と<かげろう>型の六隻は、改装によってヘリコプター格納庫は無くなったが発着艦や給油は出来る。これを使えば少しだけ≪しなの≫の負担を減らすことが可能だ。


 飛行甲板では、着艦した機を甲板に固定して作業員は艦内に避難していく。着艦前の≪SH-55E≫が、ミサイルの破片などを避けるため飛び去っていく。


 ズレヴィナ共和国政府は貴重な≪アレクサンドル≫を使ってでも、この艦隊を葬りたいのだろう。


(通常弾頭か? クラスター弾頭か? それとも……)


 もし弾道ミサイルが核弾頭で、一発でも迎撃に失敗した場合は艦隊が全滅する。しかし核兵器の使用は国際的な批判が大きい上、エトリオ連邦に参戦の口実を与える事になる。ズレヴィナ共和国側もそれくらいは考えているはずで、搭載している可能性は非常に低いと考える。


 もちろん通常弾頭やクラスター弾頭であっても、命中すれば大きな被害は免れない。情報によると、通常弾頭は八百キログラムの炸薬、クラスター弾頭は数十の子爆弾が詰まっている。当たれば<ざおう>型も<かげろう>型も、一発で大破もしくは沈没する可能性がある。従って、必ず全弾迎撃する必要があった。


 艦隊は南に転蛇すると、一斉にレールガンの砲塔を西に向け砲身を上空へと向ける。予測では、発射から着弾まで残り十分程。


「敵さんも、苦し紛れの攻撃に出たもんだな」


 緊張で張り詰めているCICに、場違いにものんびりとした声が響く。秀嗣が艦橋から戻ってきたのだ。将紀の元まで来ると、「で、どんな感じ?」と軽い感じで声をかける。


「対艦弾道ミサイル≪アレクサンドル≫が三十発、本艦隊に向けて発射されました。新兵器を含む全兵装で迎撃するよう指示を出しています」

「良いね。≪アレクサンドル≫って、確かズレヴィナ軍も百発くらいしか持っていないんだっけ?」

「その通りです。大盤振る舞いですよ」

「貴重なデータが取れそうだ」

「弾頭によっては、そのデータごと海の底に沈みますけどね」

「……さすがに核弾頭って事は無いだろう?」


 二人は揃って、スクリーンに映る≪アレクサンドル≫の輝点を見つめる。速度は先程まで映っていた対艦ミサイルの倍以上、マッハ七程で飛んでいる。


「≪あさま≫及び≪あおば≫がミサイルを捕捉!」


 レーダー担当士官の声が上がり、ほぼ同時に武器管制システムが脅威度判定と迎撃武器の選択をすると、輝点の色が変わる。


「迎撃を開始します」


 ≪しなの≫の周囲に展開する六隻から攻撃が始まる。まずは弾道弾迎撃ミサイルがVLSから発射される。


 各艦から発射された計十二発の弾道弾迎撃ミサイルは、白い噴煙を引きながら蒼穹の彼方へと飛び去っていく。三段のロケットモーターを使い高度三百キロメートルまで駆け上がると、降下軌道に入りマッハ八まで加速した弾道ミサイルに次々と直撃し破壊して行く。


 残り十八発の迎撃は、レールガンとレーザー砲が受け持つ。高度百キロメートルまで落下した弾道ミサイルの速度はマッハ九以上。そこに、海上からほぼ同じ速度で打ち上げられた砲弾が襲いかかる。


 弾種は対艦ミサイルの迎撃に使用した、内部に多数の金属片を持つタイプだ。ミサイルの進路上に撒き散らされた金属片は、嵐さながら。弾道ミサイルはその中に突っ込むと瞬時に蜂の巣になり、紺碧の空にオレンジ色の花を咲かせていく。


 辛うじて被弾を免れた十発の弾道ミサイル発も、七隻全艦から発射された不可視の光に焼かれ、高度三十キロメートルで四散する。


 ズレヴィナ軍の誇る対艦弾道ミサイルは、だたの一発も鉄壁の防空網を破ること叶わず、ウロボロス艦隊に被害を与える事は出来なかった。


「対艦弾道ミサイル。全弾の撃墜を確認」


 最後の輝点が消え、レーダー担当士官の声を聞き届けた将紀は、目を閉じ深く深呼吸をする。


「ご苦労。警戒を継続しつつ、着艦作業を再開してくれ。燃料の乏しい機は、周囲の艦への着艦も許可する」

「了解」


 CIC内の張り詰めた空気が和らぐ。


 将紀は、いつの間にか額に汗が浮かんでいた事に気付く。帽子を脱ぎ汗を拭ってから被り直す。


「いやー、良いデータが取れたね。弾道ミサイルを迎撃する機会なんて、なかなか無いよ」


 嬉しそうに話しかけてくる秀嗣に、思わず苦笑がこぼれる。このデータもエトリオ連邦に売りつけ、見返りを得るのだろう。思い切り吹っかけて、頭を抱える相手の担当者が目に浮かぶようだ。


(ここにいると忘れてしまいがちだが……、命のやり取りをしていたんだよな)


 敵を目視出来ない距離から撃ち合う海戦は、ともすれば戦闘をしている感覚が乏しくなりがちだ。とくにCICに籠もっていると、演習との違いがわかり辛い。


 かつての目視出来る距離で艦砲を撃ち合っていた戦闘ならば、恐怖で足が竦み、正常な判断が出来なかったかもしれない。自身が臆病な性格と知っている将紀は、敵の姿が見えない海軍で良かったと心から思うのだ。それと共に、陸上部隊に所属する子供達の事を考える。


(由良港に入ったら、子供達に会えるな)


 数日前の戦闘で、グリフォン中隊は多大な戦果を挙げた事が報告されている。エイミーとレックスの姉弟も、しっかりと活躍していた。


 戦闘後もグリフォン中隊は由良基地に駐留し、周囲の偵察と訓練を続けているため、会いに行く事が出来る。


 戦争という非日常の中で、いつ今生の別れを迎えるか分からない。だからこそ、会える時に会っておくべきだ。


 子供達の顔を見るため、今のうちに仕事を片付けようと考えた将紀は、秀嗣と周囲に声をかけると、CICを後にした。



 のちに“第二次扶桑海海戦”と呼ばれる海戦は、前回の海戦と異なり、緒戦から扶桑国優勢のまま、ほぼ一方的な戦闘で終了したのだった。


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