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扶桑国戦記 (改訂版)  作者: 長幸 翠
第二章 第二次扶桑海海戦
34/99

潜水艦拿捕作戦

 将紀の指示を受け、ウロボロス艦隊周囲で哨戒していた≪SH-55E≫哨戒ヘリ及び≪RQ-27≫哨戒ドローンを、艦隊針路上に展開する形に換える。敵の潜水艦を警戒しての事だ。


 ≪SH-55E≫一機が四~六機の≪RQ-27≫を無線操縦してチームを組み、広範囲を捜索可能だ。


 先程まで、ウロボロス艦隊とズレヴィナ軍の東海艦隊は、互いに正面から接近する針路を取っていた。しかしウロボロス艦隊がレールガンでのミサイル迎撃を開始した直後、東海艦隊は針路を反転し、一目散に逃走を開始した。このことから、東海艦隊の司令官または幕僚の誰かが、レールガンやレーザー砲の存在と性能を知っており、飽和攻撃の失敗を予測したことが窺える。


 そして戦場から離脱するため、レールガンもレーザー砲も届かない、海中から攻撃を狙うはずと将紀は考えていた。それを警戒して、今回の戦闘では≪SH-55E≫と≪RQ-27≫を海軍から借りて集中運用していた。


 対空警戒から対潜警戒に任務が変わった哨戒ヘリとドローンの編隊は、配置につくと低空をホバリングしながら吊下式ソナーを下ろしていく。その様子は、空中から糸を垂らして釣りをしているようにも見える。


 “釣り”の目当ては敵潜水艦であり、ウロボロス艦隊を足止めする目的であれば、大体の針路は予測出来る。


 秀嗣も将紀も、東海艦隊を無傷で帰すつもりは毛頭無い。確実にズレヴィナ軍の戦力を削り、第二次上陸作戦の意図を挫くつもりだ。


 そうしているうちに、ウロボロス艦隊の百三十キロメートル前方に展開していた≪RQ-27≫の一機が、敵潜水艦の推進音をソナーで捉えた。敵潜水艦隊は、ウロボロス艦隊の探知範囲外と高をくくっており、深度二百メートルを二十ノット以上の速力で攻撃地点へ急行していた。目の届かない海中とは言え、推進音を撒き散らす潜水艦は、さながら闇夜の篝火のように、自らの位置を晒している。捕捉することは容易かった。


 潜水艦を探知した≪RQ-27≫を統括する≪SH-55E≫から、敵潜水艦発見の報告とその進路が、直ちに艦隊に通報された。


「第十一哨戒隊が敵潜水艦を捕捉! 針路1-2-0。速力二十三ノット。深度二百! 航行音から<サルディーナ>型通常動力艦、≪コラスクル≫と断定!」

「よし! まずは第二十六、三十三から三十八哨戒隊、そして移動中の第四十二哨戒隊を向かわせろ!」

「第十五哨戒隊も、敵潜水艦を捕捉! 針路、速力、深度同じ! <カサートカ>型原潜、≪シマハンスク≫です!」


 艦隊では、発見した潜水艦の動きから陣形と進路を予測すると、対潜哨戒部隊に探索エリアの指示を飛ばす。


 後方で索敵していた複数の≪SH-55E≫と≪RQ-27≫が、降ろしていたソナーを引き上げて新たな位置へと移動していく。


 到着すると、それぞれの機は担当エリアの周囲にソノブイを投下。最後はエリア中央に自らの吊下式ソナーを下ろして索敵を開始する。


 連携の取れた動きにより、三十分程で敵の予測針路上に広大な対潜哨戒網を構築すると、海中を突き進む推進音に耳を澄ませる。


 十二隻からなる潜水艦隊は、その全ての位置が露わになるまで、さほどの時間は必要としなかった。


――――


 着弾予定時刻を大幅に過ぎても、スクリーンに映る扶桑軍艦隊は無傷だった。レールガンの射撃も止まっており、チャフやCIWSを使った様子も無い。対艦ミサイルが全て撃墜された事は明白だった。


 それからしばらく経過したが、敵艦隊は不気味に沈黙を守り続け、ひたすら東海艦隊を追っていた。


 その間、ドミトリエフ中将の元には各飛行隊からの情報が入り続けていたが、その尽くは彼の気力を更に消耗させるだけであった。薄暗い部屋の中で青白く見える顔は、光の加減による影響だけでは無い。


 敵のジャミングで各飛行隊とのデータリンクは途絶しており、リアルタイムに情報を得ることは出来なかった。そこで各隊の数機が戦況を報告するために艦隊に接触し、情報を得ていたのだ。


 それによると、各飛行隊は想定を遙かに上回る被害を受けている事が判明した。


 北東側から攻撃予定だったリゴラ隊は、出撃した機の半数以上を失い攻撃を断念した。


 北西側の≪ナヴァリン≫から発艦した艦載機隊も、五十機中二十六機を失って帰還した。こちらは四十発の空対艦ミサイルのうち、発射できたのは半数の二十発だ。


 戻ってきた≪ナヴァリン≫所属の飛行隊は、果敢にも少数による第二次攻撃を進言してきた。しかし艦隊上層部の誰一人として、“失敗確実な”攻撃を許可する程、自暴自棄になってはいなかった。


 結果として、数機が直掩に上がっている以外は、艦内で待機中である。


 南西側のナディム隊は、規模、機体性能、パイロットの技量に優れていたため、高速空対艦ミサイル≪アガート-B≫を六十発全て発射する事に成功している。ただし、護衛隊は三十機近く失っていた。


 合計で百四十発発射する予定だった空対艦ミサイルは、八十発しか発射できていない事になる。しかし今となっては、たとえ全て発射していても、失敗していただろうと言う、諦めすら広がっていた。


 重い空気の流れる中、それを吹き払うかのようにCICの一角から声が上がる。


「潜水艦隊。攻撃地点まで残り十分!」


 海中を進む潜水艦隊との通信は出来ないが、離れる前に受け取っていた攻撃予定地点と速力から、大体の時間は分かる。


 厳しい顔で報告を聞きながら、ドミトリエフ中将は心の中で攻撃が成功するよう祈っていた。戦闘前の余裕に満ちた表情は、見る影も無い。このままでは栄達どころか、破滅が両手を広げて待っているのだ。


 恥も外聞も捨て、侵攻軍総司令部への支援要請は済ませていた。総司令官のアレクセーエフ元帥は、半信半疑の様子ではあったが支援を約束してくれた。


 今できる事は、衛星経由で送られてくる敵水上艦隊の映像を見ながら、無事に友軍の勢力圏下まで退避出来ることを祈る以外に無かった。


 穴が開くほど見つめているスクリーンの中で、敵艦隊に動きが見られた。<ざおう>型ミサイル駆逐艦と<かげろう>型フリゲートの前部VLSから、炎と共にミサイルが次々と発射されていく。続いて、レールガンの砲塔が旋回し、再び射撃を開始する。


「敵艦隊からミサイル発射、さらに射撃を確認! 

 射撃は我が艦隊に向けてのものと推測! ミサイルは……、対潜ミサイルと考えられます!」


 レーダー要員の叫び声が響き、ドミトリエフ中将は頭を殴られたかのような衝撃を受け、椅子に座ったまま無意識によろめいた。


(百キロメートル以上先の潜水艦を探知している上に、攻撃手段を持っているだと!?)


 扶桑国の対潜ミサイルは、最大射程が五十キロメートル程度のはずだった。そして何より、百キロメートル先の潜水艦をどうやって探知しているのか、皆目見当も付かなかった。新兵器はレールガンとレーザー砲だけでは無かったのか?


「各艦に連絡。回避行動を開始しろっ!」


 顔に汗の粒を光らせたまま、身じろぎ一つしないドミトリエフ中将を見かね、幕僚の一人が回避行動を指示する。


 ドミトリエフ中将は、自らの祈りが聞き入れられなかった事を知った。


――――


 東海艦隊、潜水艦隊十二隻のうち、三隻は攻撃型原子力潜水艦、残りは通常動力艦で構成されている。


 ロケット推進魚雷≪スメールチ≫は、各艦に六発から八発搭載している。一度この高速魚雷を発射してしまえば、敵は防ぐことなど出来ない。水上艦隊の脇役として付いてきた潜水艦隊は、思わぬ活躍の機会と虎の子の魚雷を使用する好機とあって、全艦の士気は高かった。


 だがこの時、潜水艦隊の全員は、自らがガラス張りの水槽を泳ぐ観賞魚になっている事には、全く気付いていなかった。


 <サルディーナ>型潜水艦≪リュカラン≫もまた、その一隻だった。


 ≪スメールチ≫の発射位置まであと僅かと言うところで、各艦のソナー員が水面に着水音を聞き取った。


「水面に着水音!」


 青天の霹靂とも言うべき報告に、艦長を始め発令所の全員に緊張が走る。


「なに!? 魚雷か!?」

「本艦の推進音で聞き取れません!」

「戦闘用意! 十ノットに落とせ! 急げ!」


 二十ノット超の速力では、自らの起こすノイズによって外の音を拾いにくくなる。そのため、速力を落とすように伝える。


 戦闘用意のアラームが艦内に響き、照明が赤色灯へと変わる。艦が減速し、乗員達は体が前のめりになるのを、手近な物に掴まって耐える。


「魚雷ですっ!! 雷数一、距離千メートル、速力四十五ノット! 本艦に向かってきます!!」


 数秒後、ソナー員は悲鳴のような声を上げた。魚雷は目と鼻の先とも言える距離だ。既に回避するタイミングを失している。


(いくら何でも近すぎる! 百キロメートル以上先から捕捉されていたのか!)


 艦長は自らの状況をようやく悟り、反射的に「機関停止! デコイを射出! 深度百につけろ!」と声を張り上げる。


 魚雷発射管が開き、念のため装填されていたデコイが射出される。ほぼ同時に艦の律動が止まり、周囲が静寂に包まれる。


「距離六百!」

「マスカー展開!」


 浮力を得た艦が、惰性で滑りながら次第に浮上していく。その表面を、艦内から放出された無数の泡が覆い隠す。


 艦内では全乗員が物音一つ立てず、体を耳にして海中の様子を探っている。


(デコイに食いついてくれ)


 全乗員が心の底から祈っている。潜水艦はただの一発でも被弾すれば、致命傷となり得るのだ。


 一秒一秒が気の遠くなるほど長く感じる。


「距離三百!」

「衝撃に備えろ!」


 回避して生を得るか、命中して艦と運命を共にするか。全員の緊張が極限に達する。


 十秒後、艦の近距離で魚雷が爆発。水中を伝播した衝撃波が艦を下から殴りつけ、クルーを残らず転倒させた。艦長も強烈な衝撃によって投げ出され、壁に肩をしたたかに打ち付けた。


「被害を報告しろっ!!」


 立ち上がった艦長は、痛む肩を気にする余裕もなく叫ぶ。間もなく被害状況が入ってきた。耐圧殻は異常なし。舵とスクリューにも大きな異常は無さそうだ。転倒によって数名が軽傷。艦内のパイプがいくつか破損し水が漏れ出していたが、それも収まりつつある。


 ひとまず凌いだと、艦長は帽子を脱いで額の汗を拭う。早鐘のような心臓の音を聞きながら、次の行動を決断するべく、両手で被り直す。


(本艦への攻撃は魚雷一発のみ。しかも正確な攻撃だった。完全に捕捉されている事は間違いない。

 僚艦の状況は不明だが、このまま攻撃せずに逃げるべきだ……。いや、逃げ切れるのか?)


 少しずつ水中の雑音が収まりつつある中、目を閉じ耳を凝らしていたソナー員が異音に気付く。


「艦長。艦の周囲から……、声が聞こえます」

「声、だと?」

「はい。ハッキリと聞き取れます!」


 逡巡していた艦長は思考を中断すると、「スピーカーに出せ」と指示を出す。


『……我々は扶桑国軍、統合機動部隊。勇敢なるズレヴィナ共和国海軍の潜水艦に告げる。

 我が艦隊は、既に貴艦隊十二隻を捕捉しており、威嚇攻撃を実施した。直ちに機関を停止し、五分以内に浮上して投降せよ。

 従わない場合は、撃沈する。

 繰り返す、我々は扶桑国軍……』


 あまり流暢では無いズレヴィナ共和国公用語――ガスク語――で、同じ文章が繰り返し流れる。


「威嚇攻撃……、だと!?」


 呻くように言葉を絞り出した艦長は、その言葉の意味に身を震わせる。


 艦長の他には発令所の誰一人として、声を発せられない。敵がその気になれば、今の攻撃で乗艦は撃沈されていたのだ。


 自らの生死を他者に握られる恐怖。生きるか死ぬか、シンプルな二択を突きつけられ、発令所にいるクルー全員の視線が艦長に集まる。


 艦長は全員の血走った瞳を見返した後、自らの瞳を閉じる。


(この艦と乗員の命と引き換えに攻撃するか? いや、ここから発射しても届く保証はない。確実に届かせるには、まだ距離を詰める必要がある。

 しかし強引に移動しても、射程に収めるまでに敵の攻撃で沈むだろう……。

 せめて僚艦と連携を取れれば可能かもしれないが、この短時間では難しい。それに、そこまでの犠牲を払って敵艦隊にどれ程の損害を与えられるだろうか……?)


 素早く頭を働かせ、軍人の責務と乗員の命を秤にかける。家族の顔が脳裏に浮かぶが、それを片隅に寄せて打開策を考えていく。しかし、どんなに考えても分が悪すぎるという結論に向かう。


 そして数秒後に瞼を開くと、口を開いた。


「本艦は敵に捕捉されており、一矢報いる事も不可能だ。これ以上の戦闘は無意味と判断し、投降する。……よろしいな?」


 最後の一言は、発令所の片隅にいる政治士官に向けてのものだ。


 全員の視線を集めた政治士官は、他のクルーと同様に、恐怖に体を震わせ、冷や汗で顔を光らせていた。


「このままでは任務を果たす事無く沈められるに違い無い。艦長の判断に同意する……」


 そう言って小さく頷く。その反応に、クルーが一様に安堵の表情を浮かべる。


「……浮上だ」


 復唱される指示を聞きながら、艦長は間もなく捕虜となる自分と、祖国に残る家族の行く末をボンヤリと考えていた。


(私が戦死すれば、英雄として家族の生活は安泰だろう。だが捕虜となった場合、どのような扱いを受けるだろうか……?)


 一党独裁国家のズレヴィナ共和国では、国の判断や命令が常に正しく、それに従うことが国民の義務とされている。だから戦死ならたとえ無駄死にであっても英雄とされるのだ。しかし降伏した場合は、任務放棄や国に対する反逆と判断されることもあり、その場合は家族が辛い目に遭う可能性もあった。


 僚艦の艦長達も、抵抗か降伏か大いに悩んでいるに違い無い。


 程なくして浮上すると、艦長は哨戒長と共に艦橋に上がり、双眼鏡で周囲を見回す。敵はどのように潜水艦隊を探知したのか、そして僚艦の状況を早く確認したかったのだ。


 空を見ていた艦長は双眼鏡を下ろし「そういうことか……」と悔しげな声を絞り出すと、崩れ落ちそうになる体を、艦橋に預けた。


 ネタが割れると、何の事は無い。


 数百メートル先には≪SH-55E≫哨戒ヘリ、他にも見たことのない小型の哨戒ヘリが複数確認出来る。こちらの潜水艦隊が前進してくることを予測し、進路上に対潜哨戒ヘリを多数並べて哨戒網を張っていたことに気付いたのだ。


 ここまでの規模で対潜哨戒する事など、余程の確信があり、かつ空母が無ければ出来ないだろう。


(行動が完全に読まれていたのか……)


 視線の先では、一隻、また一隻と、僚艦が浮上してくる。最終的に、視界の中に八隻程を見つけられた。


 だが一部は、投降を良しとしない艦がいるのであろう。数機のヘリが飛び去っていくと、その方角から雷鳴のような爆発音が散発的に聞こえてきて、そして静かになった。


 浮上してから二十分程だろうか。半ば呆然としていた艦長は、制圧部隊を乗せているであろう輸送ヘリが、戦闘ヘリを従え接近してくるのを、眺めることしか出来なかった。



 結果として、東海艦隊の潜水艦は十二隻全てが投降した。内訳は、九隻が威嚇攻撃後の降伏勧告に従い浮上。残りは旗艦≪スヴィルスク≫と他二隻が離脱を図ったが、≪SH-55E≫の短魚雷と爆雷によって追い立てられ、舵とスクリューを損傷し投降した。


 直後、輸送ヘリから降り立った部隊によって艦内が掌握された。潜水艦の乗員のうち一部が輸送ヘリに移され、残りは制圧部隊の監視の下、艦内に残っている。拿捕された潜水艦は、由良港に回航されることになった。


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