対艦ミサイル迎撃戦
「衛星との通信回復!」
空戦開始と共に始まった敵の強力なジャミングが弱まった。それに伴い通信が途絶えていた衛星からの映像が復旧し、再び敵艦隊を映し始める。
「あれ? 敵艦の様子がおかしくないか?」
「敵艦の装備が……、変わっている?」
映像を見ていたクルー達にざわめきが起こる。その声に、他の者も映像を注視する。艦隊司令官のドミトリエフ中将もまた、狐につままれたように、映像に目を奪われていた。
戦闘前に見た映像とは、明らかに見た目が異なる。
一つ目は、<ざおう>型と<かげろう>型の艦首に配置されている主砲だ。先程までは、百二十七ミリ砲をそのまま大型化したような物であった。だが今見えるそれは別物だ。砲塔は前後に長めで角張った形状となっており、砲身はその中程から伸びている。
二つ目は、艦橋上部やヘリコプター格納庫上などに見える複数の望遠鏡状の機器。
「もしかして、敵は擬装していたのか?」
「新兵器の主砲って、ただデカくしただけじゃないのか?」
「あの望遠鏡のような物は何だ?」
静かに、そして水が染み渡るように、確実に動揺が広がっていく。
艦隊司令官のドミトリエフ中将もまた、その映像に釘付けになっていた。
「拡大できるか?」
「お待ちください」
数秒後、艦首の砲が拡大される。画像は粗くて見辛いが、特徴的な形状が良く分かる。さらにその横に、望遠鏡のような機器も表示される。
(どこかで見た記憶があるのだが……)
軍人として、ドミトリエフ中将は勤勉であった。国内のみならず外国の兵器開発情報も欠かさず目を通している。その中に、似た形状の物を見た事を思い出し、記憶の糸をたぐり寄せていく。
たっぷり一分は経ったであろうか。とうとう知識の中から答えを見つけ出した。そして驚愕の余り、目を大きく見開く。
ガタン! と大きな音が鳴り響き、CIC内全ての視線が集まる。そこには、驚愕の表情を浮かべ、両方の肘掛けを握りしめたまま椅子から腰を浮かした姿勢で、金縛りにかかったように動かない艦隊司令官の姿があった。
「まさか……、レールガン? それに……、もしかしてレーザー砲か!?」
譫言のようなドミトリエフ中将の声が、物音一つ聞こえない室内に響き渡る。
その声に応えるかのごとく、スクリーンの先で主砲が砲塔を旋回すると、一拍を置いて射撃を開始した。
――――
擬装を解いた<ざおう>型ミサイル駆逐艦と<かげろう>型フリゲートの計六隻が、対艦ミサイルの迎撃を開始する。
新兵器とは、ドミトリエフ中将の見立て通りレールガンとレーザー砲であった。共にエトリオ連邦での開発が難航していたところ、扶桑国も参加して実用化にこぎ着けたものだ。数々の困難も扶桑国の技術によって解消した。また、実用化の最大の懸念であった大電力の確保と供給も、イコルニウムを使用したバッテリーとコンデンサーの使用によって解決していた。
このバッテリーやコンデンサーを搭載するために、VLSのセル数削減やヘリの格納庫の撤去など、艦の大規模な改装が必要となったのだ。
レールガンは<ざおう>型、<かげろう>型共に一門を装備し、それまで艦首に搭載していた百二十七ミリ砲と交換している。様々な口径の砲弾に対応し、最大百五十五ミリまで発射可能だ。そして初速は従来の火砲を優に上回り、さらに可変である。
レーザー砲は空母≪しなの≫には四基、<ざおう>型と<かげろう>型には三基搭載している。射程は条件が良い時には四十キロメートル程となる。天候に大きく左右されることから、既存の近接対空兵装のRAMやCIWSも残してある。
バッテリー容量に対して発電機の出力が小さく、搭載している発電機では充電が追いつかない点が短所だ。主に、寄港時に外部から電源供給で充電を行う。
レールガンが約五秒おきに、秒速三千メートルまで加速した砲弾を次々と撃ち出していく。
火砲とは異なる、鋭い轟音と共に発射された砲弾は、砲身から出た直後に装弾筒を分離し、弾体が目標へと飛び去っていく。
最初の標的となったのは、ナヴァリン隊から発射された二十発の空対艦ミサイルだ。
艦船のレーダー探知を避けるように超低空を亜音速で飛行していたが、≪E-5≫早期警戒管制機を始め、≪RQ-27≫、≪SH-55E≫と言った哨戒機の目は誤魔化せない。
そこに衛星測位システムで誘導された弾体が、対空ミサイルの倍以上の速度で到達し、近接信管で内蔵していた数百個の金属片を空宙に撒き散らす。
空対艦ミサイルは、その金属片の嵐の中に、モロに突っ込んだ。金属片は直径一、二センチメートル程度の球である。しかし猛烈な運動エネルギーを与えられた弾体から放出された金属片もまた、一つ一つが機関砲弾以上の破壊力を持っていた。
空対艦ミサイルの外装が、ボール紙を散弾銃で撃ったかのごとく、ズタズタに引き裂かれていく。ある物は制御を失って海中に没し、あるいは信管が誤作動し火球へと変わっていく。
ナヴァリン隊が文字通り命懸けで放った空対艦ミサイルを、無駄な努力と嘲笑うかのように叩き落としていく。ものの十五秒程で、二十発全てを撃墜する。
次の標的は、ナディム隊が発射した空対艦ミサイル≪アガート-B≫と、艦艇から発射した艦対艦ミサイル≪アガート≫だ。
飽和攻撃の大部分を占めるこの超音速対艦ミサイル≪アガート≫及び≪アガート-B≫は、空気の薄い高度一万五千メートルをマッハ三以上で飛行し、目標数十キロメートルまで近づくと超低空を飛行するようプログラムされている。しかし電磁気力によって発射された弾体は、その三倍もの速度だ。二百キロメートルの距離を一分半ほどで飛び、低空飛行に移る前に襲いかかった。
弾体内部から一斉に放たれた金属片は、一瞬陽の光をキラキラと反射しながら、付近を飛行していた対艦ミサイルを雹のように殴りつけた。
大型機すら蜂の巣にする強烈な威力の前に、≪アガート≫や≪アガート-B≫は一溜まりもなかった。内部の爆薬や燃料に引火して、大空に赤やオレンジ色の花を咲かせるもの、エンジンや翼を損傷し墜落するもの、シーカーに被弾し、位置を見失って明後日の方角へ飛び去っていくもの。次々と撃ち落とされていく。
人一人いない紺碧の空のあちこちで、鈍い銀色が輝き、赤やオレンジ色の火球が発生しては消え、黒色の煙が風に流されていく。
――――
同じ頃、ドミトリエフ中将は空母≪ナヴァリン≫CIC内で、全身から冷や汗を流していた。戦闘前の余裕や威勢は、今や見る影も無い。
敵艦隊の本当の新兵器が何であるかを知ったドミトリエフ中将は、敵艦からこちらに向けて艦対艦ミサイルの発射が無いことを見て取ると、すぐさま進路を反転する指示を出した。
だが、敵の新兵器がレールガン、そしてレーザー砲と知っても、ごく数名を除いて、その危険性を知るものは皆無であった。
大部分にとって、映画等でしか見たことの無い、“架空の兵器”という認識だ。「SFじみているな」と驚く程度であったのは、仕方ないかもしれない。
「閣下。恐れながら小官には、敵の新兵器に恐怖する理由が分かりかねます」
大慌てで反転を指示したドミトリエフ中将に、政治士官が声をかける。
この疑問は、CICに詰めているクルー共通のものであったが、ドミトリエフ中将の逆鱗に触れることを恐れ、誰一人として問い質す事が出来ずにいた。
そこでドミトリエフ中将と極めて良好な関係を築いている政治士官が、率先して貧乏くじを引いたのだ。
「あ、ああ……、そうだな。話しておくべきであろう」
周囲を見回し、全員の注目が集まっていることに気付いた中将は、椅子に座り直し、映像内で砲弾を吐き出し続けている敵艦を見ながら、ゆっくりと切り出した。
「あの新兵器は恐らく、エトリオ連邦で開発していた物である可能性が高い。
まずはレールガンについてだ。情報によると、初速は三千メートル毎秒以上。最大射程は三百から四百キロメートルと推定される」
「なんと……」
質問した政治士官のみならず、話を聞いていた全員の表情が凍り付く。司令官が慌てた理由をようやく悟ったのだ。
我が艦隊は、既にレールガンの射程に入っている。
東海艦隊には、対艦ミサイル以外に魚雷や主砲という戦闘手段を備えている。しかし、射程は最大でも五十キロメートルに届かず、命中させるには最低でも三十キロメートル以内まで接近する必要があった。
まだ三百キロメートル離れている状況では、こちらの射程に収めるまでに、敵のレールガンで一方的に殴られ続ける事になる。そして対艦ミサイルより小型、かつ高速の砲弾を迎撃する事は不可能だ。
「対空兵器として強力なのは、レーザー砲だろう。射程は二十キロメートル以上と聞く。これの命中精度と威力次第では、いかに≪アガート≫と言えど、全て撃墜される可能性がある。
レーザー砲は天候によって射程が大きく変わるらしいが……、今日の天候ならば最大の能力を発揮出来るだろうな」
霧や雨など大気中に遮る物があれば、レーザー光が散乱するため射程は短くなる。しかし今日は晴れており湿度も低い。迎撃には最適条件と言えた。
「しかし、こちらの飽和攻撃を防ぎきれるとは、小官には考えられませんが……?」
政治士官は、敵が新兵器を艦隊に向ける前に、既に放ったミサイルで撃滅出来るのではないかと主張する。ズレヴィナ軍は、ミサイルの飽和攻撃に絶対的な自信を持っており実績もある。たった七隻の水上艦隊が、三百五十発もの対艦ミサイルを防ぎ生き延びる事は、到底不可能に思えるのだ。
「私もそう思いたいが……」
先程まではドミトリエフ中将も、勝利を疑いもしなかった。しかし扶桑軍の新兵器が判明してからは、その自信が大きく揺らいでいた。
理由は、二年前に兵器技術者と話した内容だ。ドミトリエフ中将はこの時に、レールガンやレーザー砲の実用化はいつ頃になりそうかと、軽い気持ちで技術者に質問していたのだ。その回答は「我が国では、実用化まで少なくとも十年から二十年はかかると言われています。エトリオ連邦でも同じくらいかかると予測されています。
もし実用化されたら、我が軍の飽和攻撃という戦闘ドクトリンは過去の物になるでしょう」と、理由を交えて説明されたのだ。
そんな代物を、敵がまさか二年後に実用化しているなど、完全に想定外である。
(杞憂にすぎなければ、どれ程良いだろうか……?)
相変わらず、敵のジャミングによって敵水上艦隊の半径二百キロメートル圏内はレーダーに映らず、対艦ミサイルの状況も不明だ。
偵察衛星のカメラ倍率を下げると、対艦ミサイルのものと思われる爆発が多数見られた。レールガンによって、かなりの数が迎撃されていると考えられた。
「……なるほど。それで潜水艦隊を向かわせたのですね?」
「ああ、その通りだ」
首肯するドミトリエフ中将。話したことで、少し落ち着いたのだろう。険しい表情は先程よりも幾分マシになっていた。とは言え、状況は全く変わっていない。
水上艦隊は反転しているが、潜水艦隊にはそのまま敵艦隊への攻撃が命令されていた。敵の新兵器であるレールガンやレーザー砲では海中を攻撃出来ない。その上、ズレヴィナ軍の潜水艦には長射程の新型魚雷を搭載しているためだ。
新型魚雷の名は、ロケット推進魚雷≪スメールチ≫。既に運用しているロケット推進魚雷を元に、射程を延長したものだ。魚雷発射管から発射された後は対艦ミサイルと同様にロケットモーターで超低空を飛行。そして目標から最大四十キロメートル手前に着水すると、海中を二百五十ノット以上で驀進し敵艦に命中する。射程は飛行距離六十キロメートル+航行距離四十キロメートルの最大百キロメートルだ。
射程を重視した結果、炸薬は短魚雷と同等かそれ未満である。だが一般的な魚雷の五倍以上という速度は迎撃が極めて困難であり、命中すれば少なくとも敵艦の足を止められる。艦対艦ミサイルを発射し終えた東海艦隊に残された、唯一有効な攻撃手段であった。
(これでレールガンの射程外に逃げきれるか?)
職務に戻っていくクルー達を視界の隅に捉えながら、ドミトリエフ中将は厳しい表情を崩さず自らに問い続ける。内心に湧き上がる不安を抑え込もうと必死だった。
――――
「意外と当たらないものだな」
将紀は呟く。
攻撃開始から三分近く経過し、敵の対艦ミサイルは三百五十発から二百発弱まで、大幅に数を減らしていた。予測よりも命中率は高めだが、物足りなさを感じる。
(いや、新兵器に過度な期待を抱いていたのかもしれないな……)
≪アガート≫及び≪アガート-B≫対艦ミサイルは、ステルス能力を持つ上に、レーダー電波の照射を感知すると回避行動をとる高性能なミサイルだ。このため、レールガンと言えど百発百中とは行かない。
しかし、艦艇は一発のミサイルでも命中すれば沈む可能性がある。完璧に迎撃しなければならないのだ。
「間もなくレーザー砲の射程に入ります」
敵ミサイルとの距離は既に五十キロメートルを切り、一万五千メートルの高空から次々と降下して高度数十メートルのシースキミング飛行に移行している。速度はマッハ二以下まで低下しているが、着弾までは一分半も無い。油断出来ない状況には変わりないのだが……。
「レールガンは射撃停止。残りはレーザー砲で迎撃だ」
将紀は次の攻撃の備え、射撃停止を指示する。レールガン、そしてレーザー砲の使用には大電力が必要になる。少しでも無駄な電力消費を抑えるため、命中率の高いレーザー砲に切り替えることにした。まだバッテリー残量に余裕はあるが、レールガンは反撃にも使用する。そして初の実戦使用という事もあり、あまり無理をしたくは無い。
残った対艦ミサイルに対して、第二の新兵器がヴェールを脱ぐ。
「レーザー砲での迎撃を開始します」
艦隊の持つ全二十二基のレーザー砲門がそれぞれ旋回し、脅威度の高い順に獲物を定めると、不可視の矢を音も無く放っていく。
艦隊まで三十キロメートルまで接近していた対艦ミサイルは、回避する間もなく次々と撃ち落とされていく。発射音も無く、さらに可視領域外の光に撃ち落とされていく様は、まるでミサイルが自爆しているかのようだ。
レーザー砲の射撃開始から一分と経たずに、敵が放った全ての対艦ミサイルはレーダー画面から消滅した。ウロボロス艦隊は一発の被弾も無く、完璧にミサイルを迎撃してのけたのだった。
「対艦ミサイルの迎撃を完了しました」
レーダー担当士官の言葉に、秀嗣と将紀は揃って頷く。迫っていた危機が去り、CIC内の緊張も幾分和らぐ。安堵に笑みを見せ合う者達や、いつの間にか出ていた額の汗を拭っている者もいる。
「ヴィジュアル的に物足りないな……。せめて紅い光と共に『バシューン!』とか『ビビビビビッ!』とか、効果音が欲しくないか?」
正直すぎる秀嗣の感想に、周囲からは忍び笑いが漏れる。将紀もまた、総司令官の隣で肩を震わせ、笑いを堪えている。
「研究所に依頼するか?」
「そんな事で、向こうを困らせないでくださいよ」
なおもと真剣に悩んでいる上官に、将紀はぴしゃりとはねつける。研究所はここ数年、数々の新兵器を実用化するために忙しいのだ。どうでも良いことで無駄な負担をかけたくはない。
少し間を置き、新兵器の状態について報告が入る。
「レールガン、全艦異常なし」
「レーザー砲も、全て異常なし」
この報告に将紀は口元を引き締め、「わかった」と頷き、通信士に声をかける。
「セイレーン艦隊、及び対潜部隊に連絡。予定通り、第三段階に移ると伝えてくれ」
次はこちらのターンとばかりに、将紀は命令を下す。東海艦隊にとって、本当の悪夢はこれからであった。




