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扶桑国戦記 (改訂版)  作者: 長幸 翠
第二章 第二次扶桑海海戦
31/99

航空戦4

 百キロ以上離れた空域では、最新鋭ステルス機≪Vo-51≫を駆る、通称、アホートニク飛行隊が≪Ab-34≫戦闘爆撃機三十機の直掩についていた。


 十二機を六つのエレメント(二機編隊)に分けると、一つは≪Ab-34≫に張り付け、残る五つで周囲を哨戒していた。敵のジャミングによってレーダーが使い物にならない今となっては、自らの目だけが頼りだった。


『アホートニク03より各機へ。東に敵機発見! 高度、約一万二千。数は十機以上!』

「アホートニク01より各機へ。第一、第二、第五エレメントで対処する。この敵は陽動の可能性が高い。引き続き警戒を怠るな」


 第二エレメントからの通信に、隊長のレオニート・ベスパロフ航空宇宙軍少佐はすぐさま隊へと指示を出す。


『『了解!』』


 小気味良い部下達の返答に、レオニートの口は無意識に笑みを形作る。僚機に合図を送ると、敵編隊へ機首を向け加速する。二機はあっという間に音速を超え、敵編隊に向かって矢のように一直線に突き進んでいく。


 “たった二十八歳の若造”である自分に、全幅の信頼を寄せてくれる仲間達。訓練や実戦では互いに高め合い、戦いでは背中を預けてきた。


 かつて訓練生の頃、傍若無人で孤立していた自分とは全く違う。あの時イサーク先輩が諫めてくれなければ、今は無かった。いくら感謝しても足りないと考えていた。


(あとは自らと仲間を信じ、立ち塞がる敵を撃ち倒すのみ!)


 自分を奮い立たせると、レオニートは無線に戦闘開始を意味する、部隊伝統の言葉を吹き込んだ。


「諸君、狩りの時間だ!」

『『ハッ!!!』』



 群青の空に黒い点が見え始めるが、機種までは判断できない。レーダーは相変わらず敵機の方角が見えず、使い物にならない。中距離空対空ミサイルの射程内にも関わらず、ロックオンする事が出来ない。だが、敵編隊は既にこちらを捉え、すぐにでも攻撃してくるだろう。


 敵に先んじて発見し、攻撃するという戦闘のセオリーから考えると、非常に不利な状況だ。しかしアホートニク飛行隊の士気と練度は極めて高く、≪Vo-51≪の機動性は、今まで乗り継いできたどの機体よりも優れている。この状況を覆えせると確信していた。


『敵ミサイル接近!』


 部下からの無線とほぼ同時に、レオニート機もロックオンされた事を告げる警報が鳴り響く。


「ミサイルを回避しつつ、接近戦に持ち込め!」


 レーダー誘導の中距離空対空ミサイルは、敵のジャミングで使用不可能。ならば赤外線誘導の近距離空対空ミサイルの間合いまで入れば良いだけの事だ。


「02は自由戦闘を許可する。他の機と連携して敵に当たれ」

『ハッ!』


 アホートニク02――オレーシャ機――に通信を送る。レオニートがこれから行うのは超高速の一撃離脱戦法で、隊でも他に同じ事が出来るのはごく一部だ。そしてオレーシャにはまだ難しい。オレーシャ機は他のエレメントに合流するべく進路を変える。


 レオニート機がさらに加速。恐れを知らぬかのように、音速を超えた速度のまま単機で敵編隊へと迫る。


「敵編隊は、前衛が≪MQ-12B≫八機、後衛が≪F-17≫八機。ドローンは任せる!」

『『了解!』』


 素早く機種を判定すると、部下達へ情報を送る。


 ≪F-17≫戦闘機は扶桑国の主力戦闘機で、カテゴリー的には第四世代機に属する。ステルス性能を持つ≪Vo-51≫と≪F-33≫といった第五世代機の一つ前の世代ではあるが、あくまで付加機能によって分けられているにすぎない。世代間に明確な性能差がある訳でも無く、何より優れたパイロットが搭乗している敵機を侮れるはずもない。


 手元の兵装選択パネルを操作し、短距離空対空ミサイルに切り替える。弾数は六発、他に中距離空対空ミサイルが二発。一撃離脱戦法を採るレオニートは、射程よりも弾数を優先した装備となっている。


 接近する中距離空対空ミサイルを視界に捉える。数は四発だ。


(今!)


 操縦桿を素早く倒す。推力偏向ノズルが稼働しての急激な旋回だ。更に反対側に倒しながら引き上げ、ゆるやかに上昇する。翼端からは水蒸気の白い糸が薄く尾を引く。猛烈なGが体を上下左右へと揺さぶるが、シートベルトと最新型の対Gスーツ、そして鍛え上げた体で耐えきる。


 レオニート機の急激な機動に、敵ミサイルは二発が目標を見失いそのまま飛び去って行き、残る二発は急速に反転して追いすがってくる。しかしマッハ一・五で飛ぶレオニート機を追跡するには推進剤が足りなかった。途中で力尽きて落ちていく。


 さらに発射された三本の敵ミサイルには、チャフと最新型のジャマーで躱しきる。


 ミサイルを発射し引き上げようとする≪MQ-12B≫には目もくれず、一分足らずで敵後衛と距離を詰める。レオニート機に向けて≪F-17≫の編隊から三機が離れて真正面から迫ってくる。だが、単機で突入するレオニート機の気迫に、敵が怯んだように感じた。≪Vo-51≫が三機をロックオン。すぐさまミサイル発射ボタンを押し込む。開放されていたウエポンベイから次々と解き放たれた短距離空対空ミサイルが、空中でロケットモーターに点火。レオニートの意思を乗せたミサイルは、白い尾を引き飛び去っていく。


 ほぼ同時に、敵もレオニート機に向けて近距離空対空ミサイルを発射していた。


 レオニートは構わず突っ込み、視線と連動した機銃を一瞬だけ発射。そして機体を捻り、背面飛行で急激に高度を下げる。


 短距離空対空ミサイルの一発に機銃弾が命中し、内部の炸薬が炸裂した。近くを飛んでいた別のミサイルも誘爆する。


 敵機は、まさかミサイルを迎撃してのけるとは想像しておらず、虚を突かれて一瞬動きを止める。この状況では、その一瞬が命取りだった。ミサイルを回避しきれなかった二機が被弾し、黒煙を纏いながら落ちていく。一機には回避された。


 反転すると、下後方から残る≪F-17≫へと向かう。接近してしまえば鈍重な≪MQ-12B≫がかえって足枷となり、≪F-17≫が思うように動けない事がこれまでの戦いで分かっていた。まあ、敵のミサイルを掻い潜り接近することが最大の難関であるが、アホートニク飛行隊のパイロットの技量と≪Vo-51≫が組み合わされば十分に可能だ。このためレオニートが敵中に突入し、他機が≪MQ-12B≫を狩る戦法を採ったのだ。


 前方では、部下達が≪MQ-12B≫への接近に成功し、近距離空対空ミサイルで攻撃していた。≪MQ-12B≫が装備しているのは中距離空対空ミサイルのみ。機体の機動性も低いため、接近されると脆弱であった。その様子は、草食獣の群れを襲う肉食獣さながらであった。


『敵別働隊を発見。第三、第四、第六エレメントで攻撃に移る』


 副隊長であるルドルフ――アホートニク05――からの通信だ。


「支援は必要か?」

『必要ありません。敵は≪F-33≫四機と≪MQ-12B≫八機』


 無線の向こうから、ロックオン警告音と共に落ち着いた声が返ってくる。


「了解した。任せる」


 あとは任せておけば問題無いと判断すると、周囲の戦況を確認する。五人の部下達は、≪MQ-12B≫を六機落とし、≪F-17≫の編隊へと向かっていた。レオニート機と部下達五機で、挟み撃ちの状況に持ち込んだ。


 レオニート機の接近に、≪F-17≫二機が反転して向かってくる。敵は生き残ったMQ-12B≫二機が戦場を離脱。≪F-17≫と≪Vo-51≫それぞれ六機と同数であるが、レオニート機を脅威と見て二機で立ち向かってきた。


(良い判断だ……!)


 敵機が即座に中距離空対空ミサイルを発射する。


 敵ミサイルの接近を知らせるアラームがうるさく鳴り響くが、レオニートは気にするでもなく突っ込んでいく。そしてもうすぐ命中すると言うところでチャフを放出し、機首を一気に引き上げる。≪Vo-51≫が宇宙へ打ち上げるロケットの如く一直線に空を駆け上がる。


 目標を見失った敵のミサイルが、チャフ雲に突っ込む。


 敵の≪F-17≫二機がレオニート機の後方に張り付く。レオニートは愛機を何度もブレイクさせるが、敵は二機が連携して引き剥がす事が出来ない。


 敵機との命懸けの攻防に、レオニートは人知れず獰猛な笑みがこぼす。技量と技量、読みと読みのぶつかり合い。一瞬の判断が生死を分ける戦い。全身の肌を粟立たせるような殺気を躱し、心臓を鷲掴みにする恐怖に耐え、必殺の一撃を叩き込んだ時の快感は、筆舌に尽くし難い。


(ならば、これはどうだ?)


 敵がさらにミサイルを一射する。レオニートはそのミサイルを引き付けるように飛び、片方の≪F-17≫にぶつけんばかりに接近させるとフレアを放出した。ミサイルはそれに飛び込むと爆発。破片が≪F-17≫を痛めつけた。


 この反撃に、自らの放ったミサイルに被弾した一機は、薄い黒煙を吐きながら離脱していく。残りは一機。


 一旦離れたレオニート機と敵の≪F-17≫は、正対すると示し合わせたようにミサイルを発射し、ほぼ同時にブレイクする。ミサイルが交差し、互いの機を追う。レオニートは機を急降下させながら、冷静にカウントダウンをしていた。


 ……三、二、一、〇。エアブレーキを展開し操縦桿を引き上げると、海面の数十メートル上空で上昇に転じる。敵ミサイルは旋回しきれずに海面へ突っ込み、水柱を上げる。


 一方、レオニートが≪F-17≫に放ったミサイルも回避されていた。


 上昇するレオニートの≪Vo-51≫と降下する敵の≪F-17≫。


 レオニートは、真っ直ぐ降下してくる≪F-17≫の中で、パイロットがニヤリと笑う顔が見えた気がした。そして自分も同じ笑みを浮かべていることに気付く。


(この緊張感は、何度経験しても素晴らしい……!)


 ロックオンするタイミングは同じ。短距離空対空ミサイルの発射したタイミングもほぼ同じ。互いに必中を確信して放ったミサイルだが、その結末は異なっていた。


 レオニートの≪Vo-51≫は推力偏向ノズルによって機首を急速に振りながら機銃を発射。数発の銃弾が敵の放ったミサイルに直撃し、爆発させた。そのまま機を水平にすると、背面飛行のまま飛び去っていく。


 それに対し≪F-17≫は、レオニートのミサイルを回避出来なかった。


 キャノピーが吹き飛び、パイロットが射出される。一拍おいてミサイルが命中すると、≪F-17≫は真っ二つに千切れ飛び、炎と黒煙を吹きながら海上へと落ちていく。


 レオニートは満足げに息を吐き出すと、再度戦況を確認する。勝敗はほぼ決していた。≪F-17≫二機が空域から離脱していく。敵の別働隊も、ルドルフ以下六機の活躍によって攻撃隊に接近できずにいる。こちらにいた四機が支援に向かったので、敵は諦める事だろう。


 レーダースクリーンに、後方から接近してくる友軍機がある。オレーシャ機だ。レオニート機に並ぶと、聞き慣れた声が飛び込んでくる。


『隊長、ご無事で良かったです。こちらの敵が離脱したため、四機が別働隊に向かっています』

「ああ、良くやってくれた。……損傷は無いようだな?」


 オレーシャ機の状況を目視で確認していく。右側を済ませると、愛機をオレーシャ機の反対に移動させ、左側も見ていく。そして無事と見るや、再び元の位置に戻る。


『隊長……。そんなに気を使っていただかなくても……』


 無線越しでも、かなり恐縮している様子が分かる。オレーシャとしては、目標としている人に気にかけてもらう嬉しさはあるが、申し訳ない気持ちが強いようだ。


「部下を気遣うのは当たり前の事だ」


 事も無げに答えるが、内心は無事に戦いを乗り切ってくれた事に、安堵の息をついていた。


 オレーシャは一般的なパイロットから見ると技量はそこそこ高いものの、アホートニク飛行隊の中では未熟であった。しかし真面目で勤勉な性格によって着実に腕を磨いており、将来が楽しみな存在だ。成長していく姿は、教えているレオニート達にとって非常に教え甲斐のあるパイロットだ。難点を挙げるなら、少々思い込みが激しいところだろうか。


「敵の別働隊は諦めたようだ。ミハイロワ少尉、我々も引き上げよう」

『了解!』


 反転していく敵編隊を見ながら、隊員達の元へ戻っていく二機。


 アホートニク飛行隊の十二機は全機健在。三機が被弾しているものの、幸い飛行に支障が無い。


 レーダーが未だに使えないため、友軍護衛隊の戦況は気になるところだ。しかしアホートニク飛行隊の燃料は余裕が無くなっているため、行ったところで役には立てないだろう。このまま攻撃隊と共に引き上げるしか無い状況だった。


「01より各機へ。全機、攻撃隊と共に基地へ帰還する。最後まで気を抜くな」

『『了解』』


 ≪Vo-51≫と≪Ab-34≫からなる四十二機は、一機も欠ける事無くナディム基地への帰還の途につくのであった。


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