航空戦2
統合機動部隊、第一飛行隊、通称フェニックス飛行隊の≪F-33≫十一機、≪MQ-12B≫十機、≪MQ-13A≫三機からなる編隊は、陸上の基地から出撃すると北西へと針路を取り、紺碧の海原に白い航跡を描いているウロボロス艦隊の上空を通過した。
艦隊は旗艦≪しなの≫を中心に置き、斜め後方に二隻の<ざおう>型ミサイル駆逐艦、前後と斜め前方に四隻の<かげろう>型フリゲートを配した輪形陣を組んでいる。
目指すは艦隊の約三百キロ先、空母≪ナヴァリン≫から発艦した≪Vo-29≫マルチロール機である。AWACSからの情報では、三十機が護衛隊、二十機が攻撃隊と推定している。
ワイバーン飛行隊や空宙軍が受け持つ空域と違うところは、敵艦隊の防空圏内で戦闘を行うところだ。いかにステルス能力を備えた≪F-33≫と言えど非常に危険である。
フェニックス飛行隊とワイバーン飛行隊は昨年末の開戦以来実戦を繰り返し、第一次扶桑海海戦にも参加していた。だがフェニックス飛行隊の方が練度が高いことから、この空域の担当となった。前の海戦でフェニックス飛行隊は、圧倒的不利な状況にありながら二十機あまりを撃墜する戦果を挙げていた。その代わり、出撃した≪F-33≫十一機のうち一機が撃ち落とされ、二機が被弾していた。しかし幸運にもパイロットは全員無事で、今回の海戦に参加している。
敵艦隊からのロックオンを避けるため、三機中二機の≪MQ-13A≫はECMユニットを装備し電子戦機としている。代わりに近距離空対空ミサイルは搭載せず、二十五ミリ機関砲のみが搭載武装だ。
この≪MQ-13A≫三機をコントロールし、僚機を守りつつ、ミサイル誘導を行うという非常に困難な任務を担当するのは、弱冠二十四歳の宇喜多翔子中尉だ。彼女も伊吹健太朗中尉と同じく、≪MQ-13A≫のテストパイロットの一人だ。今年初めに統合機動部隊に来たばかりで、今回の戦闘が初の実戦となる。
『翔子。お前の仕事は敵を落とすことじゃない。仲間を守ることだ。良いな?』
「了解です!」
前席で操縦桿を握る上林莉緒大尉の声に答える。フェニックス飛行隊ではドローンのオペレーターの翔子が女性のため、搭乗機のパイロットも女性が割り当てられている。
統合機動部隊の飛行隊では、女性のパイロットや整備員の比率が空宙軍に比べて高い。指揮官の品川大佐が女性であること、そして何より伊吹飛鳥少佐がいる事が理由だ。多くの女性パイロットにとって、空宙軍時代から数々の逸話を残し、男性に勝る技量を持つ飛鳥は生きる伝説となっていた。そんな飛鳥が当時発足したばかりの統合機動部隊に移籍すると、後を追う女性が殺到したのだ。上林大尉もその一人だ。
隊長機から交戦用意と通信が入り、二人の乗る機体が旋回し始める。翔子は≪メーティス・システム≫を起動する。配下の≪MQ-13A≫三機のうち、ECMユニットを装備していないのが一番機、装備しているのが二番機と三番機だ。今は十機の≪MQ-12B≫と共に有人機より先行しており、≪MQ-12B≫のミサイル誘導を行う。
≪MQ-13A≫とのリンクを完了する。その途端、子供の頃に幾度も夢見た、自分の体で空を飛び回ったあの開放感に包まれる。飛行機を操縦するのとはまた違う、肌で風を感じ、心のまま自由に空を駆ける快感。
あの夢こそ、翔子が空に憧れ、パイロットを志すことに決めた最初のきっかけだ。
隊長機から通信が入り、≪MQ-13A≫一番機と同化した翔子は注意を向ける。
『フェニックス01より各機へ。作戦通り、ドローンは護衛隊に向かい、有人機は二機を残して攻撃隊へ向かう。ドローンを押し出せ!
フェニックス12は防御優先で頼む』
「フェニックス12、了解っ!」
≪MQ-13A≫一番機を先頭に、≪MQ-12B≫の編隊が加速する。≪MQ-13A≫二番機と三番機は、≪MQ-12B≫の護衛に付く。
次第に敵編隊との距離を詰めていく。≪F-33≫は発見されないようレーダーを使用せず、AWACSから送られてくる情報で動いている。≪Vo-29≫五十機のうち、ドローン隊が狙うのは護衛隊の三十機で、距離は六十キロメートルを切るところだ。敵編隊はこちらに気付いた様子は無く、無防備な姿を晒している。
『各機、攻撃開始! ミサイルを叩き込んでやれ!!』
編隊から「了解っ!」と一斉に声が上がり、その数秒後、≪MQ-12B≫六機から二十四発のミサイルが発射される。
翔子の≪MQ-13A≫一番機は、その中から最大同時誘導数の八発のコントロールを取得して目標への誘導を行う。
こちらに気付いた敵護衛隊は蜘蛛の子を散らすように散開すると、ミサイルを撃ち尽して機首を翻した≪MQ-12B≫の編隊に突っ込んでくる。ウロボロス艦隊はジャミングしているが、この空域は東海艦隊が近いために長距離艦対空ミサイルで攻撃される可能性が高い。これに狙われてしまえば、機動力の高くない≪MQ-12B≫が危険に晒される。
(撃たせない!)
≪MQ-12B≫の編隊に張り付いている≪MQ-13A≫二番機と三番機がECMユニットを稼働。敵のレーダー探知を妨害し≪MQ-12B≫の離脱を支援する。
その傍ら、翔子は≪MQ-13A≫一番機でミサイルの誘導を続ける。
狙われた八機は、中距離空対空ミサイルから逃れるために、チャフを撒いたり急激な機動をするが、≪MQ-13A≫はミサイルを誘導し続けた。八発中七発が≪Vo-29≫に命中もしくは至近弾となり機体に大きな損傷を与えたのだ。五機が大空で爆ぜ、二機は黒煙を棚引かせながら戦場を離脱していく。なお一発は、ミサイルの推進剤が切れたため命中には至らなかった。
それに対し≪MQ-13A≫の誘導が無かった中距離空対空ミサイルは、半数以上が命中しなかった。敵飛行隊の練度が高く、巧みに回避されたのだ。
(≪MQ-13A≫三機で誘導出来れば、もっと当てられたのに……!)
一番機のカメラ越しに、接近してくる敵機を見ながら悔しがる。≪MQ-13A≫二機を援護に回すのは、飛行隊指揮官の品川大佐の判断だ。翔子は「三機全て攻撃に使えば、もっと落としてみせます!」と訴えたが、翔子が初陣であること、そして何より敵艦の対空ミサイルが脅威であるとの理由で認められなかった。ならば健太朗と入れ替えてほしいと意見したが、これも拒否された。
(援護なら健太朗の方が向いているのに……。アイツはスコア稼いでいるんだろうな……)
適材適所を考えるなら、今回の戦闘はワイバーン飛行隊の伊吹健太朗中尉をこちらの戦域に回すべきだったと考える。そして健太朗が、友軍機の援護を考える事無く攻撃に専念出来る事に、羨ましいと感じてしまう。
翔子は、健太朗と共に≪MQ-13A≫のテストパイロットとして開発に関わっていた。年齢が一つ違いと言うこともあって、互いに良きライバルとして見ていた。また、憧れの伊吹飛鳥少佐の息子である事も、翔子が意識する理由であった。
パイロットの優劣を決めるには、訓練で直接戦うのが手っ取り早い。研究所で翔子と健太朗は、シミュレーターで数え切れぬ程戦っていた。互いの力量はそれなりに理解し、翔子は援護よりも攻撃が得意、健太朗は万能寄りだが援護の方が得意と分かっていた。
ドローン隊と共に付いてきた≪F-33≫二機、フェニックス09から通信が入る。
『フェニックス09より12、ドローンに付けた電子戦機を戻せ。敵の動きが怪しい』
「まだ敵の射程から抜けていませんが……?」
翔子は戸惑った。敵の動きに不自然さは感じられないし、離脱中の≪MQ-12B≫から≪MQ-13A≫を離してしまえば、敵艦のミサイルに狙われる可能性があるのだ。
『フェニックス12、状況を考えろ。それに、有人機と無人機のどちらが重要だ?』
その言葉にハッとして、考えの至らなさを恥じ「っ……! 了解っ!」と答える。
(また視野が狭くなっていた……)
敵にとって、遠ざかりつつある弾切れの機体と、近くで友軍機を狙う武器満載の機体のどちらを攻撃するべきかという事だ。ドローンを不空数機コントロールする立場は、ただのパイロットのみならず、指揮官としての判断力も必須だ。しかし翔子にはそれが欠けており、本人も理解して改善の努力をしているものの、まだまだ不足している。
指示通り、≪MQ-12B≫の護衛に付けていた≪MQ-13A≫二番機を敵攻撃隊に向かった本隊に向かわせ、三番機をこちらに合流させる指示を出す。
『気にするな。我々はどうすれば良い?』
「フェニックス12より04と09へ。≪MQ-13A≫を一機回しますので、上手く盾にしてください。あと、ミサイル八発ください!」
『『了解』』
04と09は即座に中距離空対空ミサイルを発射。位置を特定され、敵機の動きが変わる。だが二人ともベテランなので、上手く立ち回ってくれるだろうと考える。
≪MQ-13A≫一番機が敵≪Vo-29≫の攻撃範囲に入る。敵は中距離空対空ミサイルがジャミングで使えないが、赤外線誘導の近距離空対空ミサイルには影響が無い。三機の≪Vo-29≫から追われる一番機。
(熱い歓迎だねっ!)
敵から二発のミサイルが発射されるが、超高機動力を発揮して回避する。旋回時のGは十五を超え、有人機であればパイロットが失神するレベルだ。
そこに二機の≪F-33≫が発射した八発の中距離空対空ミサイルが飛来する。
すでに≪MQ-13A≫一番機から目標の設定と誘導が行われていた。敵機はそれぞれ回避するが、ミサイルはなおも食いつき四機に命中した。他にも一機が炸裂したミサイルによって損傷する。
ほんの数分で半数を落とされ、数機が戦闘不能となり、護衛隊は離脱していく。翔子が安堵しかけた瞬間、フェニックス09が切羽詰まった声を上げる。
『敵艦から攻撃が来る! フェニックス12、電子戦機を急がせろっ!!』
咄嗟にレーダーを確認したが反応は無い。まさかと思ったが、フェニックス12の言葉を信じ「了解!」と答えると、≪MQ-13A≫二番機と三番機を加速させる。
直後、敵艦隊から艦対空ミサイルが発射され、レーダー画面が俄に賑やかになる。
フェニックス飛行隊の本隊は敵の攻撃隊に攻撃を開始しており、すでに位置は把握されていたようで、三十発のミサイルが本隊に向かっている。それとは別に、こちらにも十発が向かってきている。
(本当に撃ってきた!?)
フェニックス04、09、そして≪MQ-13A≫一番機はアフターバーナーを点火して三番機の方へと急がせる。
≪MQ-13A≫一番機が敵艦からの強力なレーダー照射に晒され、警告音が引っ切りなしに鳴り響く中、ようやく三番機と合流する。
≪MQ-13A≫三番機のECMユニットが全力稼働する。
電波を妨害、攪乱され、敵ミサイルは次々とあらぬ方向へ飛び去っていく。ミサイルの到達予測時間を考えると、三番機との合流はかなりギリギリだった。フェニックス09の言葉が無ければ、間に合わなかったに違いない。
(危なかった……)
本隊の≪F-33≫も≪MQ-13A≫二番機のECMによって難を逃れたようだ。しかし退避しているうちに敵攻撃隊は空対艦ミサイルの発射を完了していた。十一機から二十二発のミサイルが発射され、ウロボロス艦隊へと向かっていく。
『フェニックス01より全機へ。基地に帰還する。警戒を怠るな!』
「了解!」
≪MQ-13A≫に指示を出した後、≪MQ-13A≫とのリンクを切断し≪メーティス・システム≫を終了する。
(これが……、実戦……)
背もたれに上体を預けながら、手袋を填めたままの両手を目の高さまで上げて握ったり開いたりする。翔子は、思いの外疲れていることを感じる。シミュレーターとは違う空気と緊張感に当てられ、圧倒されていた。
『ご苦労さん。上々の結果だ』
前席の上林大尉から声がかかる。
「ありがとう、ございます……」
『基地に帰るまで気を抜くな!』
「っ! す、すみませんっ!」
力ない返答に上林大尉から渇が飛び、翔子は慌てて姿勢を正す。
フェニックス飛行隊は一機の損害も出すこと無く、空母≪ナヴァリン≫の飛行隊を撃退したのだった。