表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
扶桑国戦記 (改訂版)  作者: 長幸 翠
第二章 第二次扶桑海海戦
25/98

東海艦隊出航

 母港ワルテレスグラードを出港したズレヴィナ共和国海軍、東海艦隊は、ノヴォネスク湾の各地から出航した分艦隊と合流後、湾を抜けて扶桑海を東進していた。


 出港式は、水兵達の家族はもちろんのこと、ワルテレスグラードの市民も多数訪れ、港はまるで祭りのように多くの人で賑わっていた。


 四ヶ月前の海戦の大勝利はまだ記憶に新しく、楽観的なムードが漂っている。とはいえ肉親や友人、恋人といった大切な人を戦場に送り出す人々は、無事な帰還を祈って最後の時を過ごした。


 恋人と抱き合い、暫しの別れを惜しむ者。母親の胸に抱かれながら、あどけない顔に満面の笑みを浮かべ、父親に手を振る幼子。乗艦する娘に手を振る両親。


 軍楽隊の奏でる勇壮な軍歌と、そして多くの人々の声援に見送られ、ズレヴィナ海軍の誇る艦隊の一つ、東海艦隊は、穏やかな春の海へと漕ぎ出していった。


 艦隊の陣容は、空母一隻、ミサイル巡洋艦一隻、ミサイル駆逐艦四隻、それに加え多数のフリゲートとコルベットを擁する二十二隻の水上艦。さらに海中には、攻撃型原子力潜水艦と通常動力潜水艦の計十二隻が潜んでいる。


 ごく一部のフリゲートやコルベットを除けば、東海艦隊のほぼ全ての戦闘艦が出撃している。


 ズレヴィナ共和国艦隊の基本戦術は、敵艦隊の防空能力を上回る対艦ミサイルを撃ち込んで撃滅する、いわゆる“飽和攻撃”だ。


 この戦術を実現するために、一艦辺りの対艦ミサイル搭載数は西側諸国の艦艇に比べて多い。さらにフリゲートやコルベットと言った小型艦も多数配備している。


 旗艦は空母≪ナヴァリン≫、同型のネームシップである。


「敵艦隊は鈴谷市近郊の母港を出航後、西に進路を取り海峡を通過。扶桑海に入った後は黒崎島沿岸を南下し、由良港に寄港しました。翌日には出港し、現在は北西に進路を取っています」


 作戦会議室のスクリーン表示された敵艦隊を示す画像が、説明と共に移動していく。その様子を見ながら、艦隊司令官ティモフェイ・ドミトリエフ海軍中将はコーヒーを楽しんでいた。


 コーヒー豆の原産は、昨年属国化した国の一つで、今までよりも良質な豆を安い価格で入手出来るようになった。コーヒーだけでは無い。様々な農作物を属国化した国々から安く手に入れる事が可能となり、国内の食糧事情は改善している。


(これは偉大なる党の、優れた手腕によるものだ)


 ドミトリエフ中将は、心の中で党を称える。


「我が艦隊は既に編制を完了しており、いつでも戦闘可能な状況です」


 説明を終えた副官が居並ぶ幕僚達を見渡した後、ドミトリエフ中将に視線を送る。


 侵攻軍総司令部、そして党本部から出撃命令を受け、出航したのは二日前。来る第二次上陸作戦の為ほとんどの準備は整っており、急な出港命令にも混乱は無かった。ただし、突然休暇を返上する事になった一部の兵士達を除いては。


 攻撃目標の敵艦隊は、通常より低速で航行していた。その動きは、こちらの艦隊を恐れているように見えた。


(たった七隻の水上艦艇など、瞬く間に海の藻屑にしてくれよう)


 ドミトリエフ中将は開戦直後にも東海艦隊を率いて出撃し、扶桑海軍を相手に多大な戦果を上げていた。今回の敵艦隊の出撃も、第二次上陸作戦を牽制するための、苦し紛れの行動と考えている。


 敵が新兵器を投入する可能性が高いと情報があり、当初は強い警戒を抱いていた。しかし情報部が入手した情報は、それまでの百二十七ミリから百五十五ミリに大口径化した、新型の主砲を搭載していると言うものだ。出航後の衛星写真を解析した結果も、それを裏付けるものだった。


 エトリオ連邦では百五十五ミリの新型砲を開発していたため、それを搭載したのだろうと予測している。従来の百二十七ミリ砲より射程は伸び、砲弾の種類によっては百キロメートル程度と推測している。だが対艦ミサイルの射程には及ばない。


 海戦が数百キロメートル彼方の敵と対艦ミサイルを撃ち合う形になって久しいご時世、主砲の射程が三、四十キロメートルから百キロメートルになったところで、戦闘への影響は少ない。射程外から対艦ミサイルの攻撃でケリを付けてしまえば、戦況に影響はないと言うのが、情報部、総司令部、そして東海艦隊共通の認識だ。


 その他には艦尾の形状が変わっている程度である。肩透かしを食わされたと同時に、一部の者は「時間をかけて改装した割には、期待外れだ」と鼻で笑ってさえいた。


 和やかな雰囲気の中、幕僚の一人が口を開く。


「総司令部が申請していた南海艦隊の出撃が認められなかったのは残念でした」

「……それは、党に対する不満かね?」


 残念そうな幕僚に、ドミトリエフ中将はコーヒーカップを置くと鋭い視線を投げる。それだけで場の空気は数度下がったように感じられ、全員の背筋がスッと伸びる。


 発言した幕僚は、「いえ、そういうわけではありません……」と撤回する。


 ドミトリエフ中将が党の熱烈な支持者であることは有名で、不満を口に出して左遷された者が何人もいるという噂だった。


 先の海戦では、扶桑軍はほとんどの艦を投入し、ズレヴィナ海軍もまた、北海艦隊の一部と、東海艦隊、南海艦隊の大部分を投入していた。しかし今回は東海艦隊のみの出撃だ。だから敵艦隊を撃滅すれば、功績は東海艦隊が独り占めできる。


(これで、ミハイロフより上に立てる)


 ドミトリエフ中将は、南海艦隊司令官の顔を思い浮かべ、内心でほくそ笑んだ。


 南海艦隊司令官のアルトゥール・ミハイロフ海軍中将は、細身で長身の老紳士と言った風体だ。何事も考えてから行動を起こすタイプで、即決即断のドミトリエフ中将から見ると、全てがとろくさく見える。


 そして何より、党が計画した扶桑国との戦争に反対の立場を取っていたのだ。


 一時期は、一緒に反対していたマクシム・アレクセーエフ陸軍元帥ほか数名と共に解任の噂も流れたが、慰留となっていた。それどころか、アレクセーエフ元帥を侵攻軍総司令官に任命し、ミハイロフ中将を南海艦隊司令官に残している。党指導部の度量の広さには、感嘆を禁じ得ない。


 ドミトリエフ中将にとってミハイロフ中将はライバルであり、党に楯突く愚か者であり、そしてアレクセーエフ元帥の腰巾着という認識であった。


 今回の海戦にあたり、侵攻軍総司令部が政府に申請した兵力は、第二次上陸作戦に投入予定である、東海艦隊と南海艦隊の二個艦隊、約五十隻であった。過剰戦力と言うほか無いが、ミハイロフ中将が自らの功績を挙げるため、アレクセーエフ元帥に掛け合ったに違い無いと考えた。しかし偉大なる党はそんな企みを見透かしており、南海艦隊の出撃を却下した。


 党や軍では、先の海戦での大勝利から潜水艦を脅威とする意見が支配的であり、水上艦は恐れる必要はないとの認識になっている。しかも新兵器のネタが割れており、脅威にならないと判断しているのだ。


「敵艦隊は引き続き、我が艦隊に正面から挑む形で移動中です。このままの速度ですと、明朝七時には我が艦隊の射程に入ります」

「偵察衛星によると、敵の航空機も由良市方面に集結しています。こちらの攻撃に合わせて迎撃に来るものと考えて、間違いないでしょう」

「艦の少なさを、航空機でカバーする気なのかもしれんな。寡兵で挑んでくる敵艦隊には同情を禁じ得ない」


 皮肉を込めたドミトリエフ中将の一言に、幕僚達からも追従の笑みがこぼれる。三倍以上の水上艦艇を揃え、負ける要素は見られない。柵に囲われた敷地の中、多数の猟犬を従えてウサギを狩るようなものだ。


「作戦通り、艦隊戦の前に航空機で攻撃を行う。飛行隊司令部に作戦通りと伝えろ」


 作戦会議の終了が伝えられると、全員が立ち上がる。そしてドミトリエフ中将へと体を向け、ピンと背筋を伸ばし敬礼をする。


「「偉大なる祖国に、勝利を!!」」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ