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扶桑国戦記 (改訂版)  作者: 長幸 翠
第二章 第二次扶桑海海戦
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提督の憂鬱2

 艦橋を出た秀嗣と将紀は、近くの司令官室に入る。


 室内は応接室となっている。木目調の壁と絨毯敷きの床は落ち着いた雰囲気で、殺風景な艦内の様子とは別世界だ。窓が無く狭い事を除けば、陸上の建物と大きな違いは無いだろう。


 部屋に用意されている豪華なソファセットに、秀嗣と将紀は向かい合って腰を下ろす。世話係の水兵は、二人にコーヒーを出すと将紀の合図に従い部屋を辞する。


「外務省から、エトリオ連邦との交渉に関する連絡が入った」


 政府にパイプを持つ秀嗣は、戦闘技術研究所そして外務省と密接に連携を取り、エトリオ連邦からより多くの支援を得るため双方に様々なアドバイスをしていた。この関係で、様々な情報が秀嗣の元に集まってくるのだ。もはや一介の将官の範疇には収まらない活躍振りだ。


「まず一つ目。エトリオ軍の参戦は期待できない」


 秀嗣はそう切り出すと、コーヒーに口を付ける。ブラックコーヒーが苦手で甘党な秀嗣には、ミルクと砂糖がたっぷり入っている。


「まあ、当然でしょうな」


 将紀もコーヒーカップを手にする。こちらのコーヒーにもミルクは入っているが、砂糖は無い。


 扶桑国は前の政権が駐留していたエトリオ軍を追い出した手前、戦争が始まったからと言って呼び寄せる事は出来ない。エトリオ連邦の経済が回復していないこともあるが、何より国家間の信頼度が低下している。人間関係でも、自分の都合ばかり優先していては、相手にそっぽを向かれる事と同じだ。


 だから、基本的に独力でズレヴィナ共和国と戦い抜く事は、政府そして軍の共通認識である。


 扶桑国は外交面で、ズレヴィナ共和国の侵略を非難する決議と経済制裁を諸外国に働きかけている。世界中からズレヴィナ共和国に圧力をかけ、撤兵を目指すのだ。


 しかし今の所、ズレヴィナ共和国に決定的な打撃を与えられていない。


 その大きな理由は、欧州とエトリオ州が不況から完全に脱していない事である。不況の後、欧州とエトリオ州の各国にはズレヴィナ共和国から多額の資金が流入していた。このため、下手に刺激してズレヴィナ共和国に資金を引き上げられてしまうと、折角上向きかけた景気がまた沈んでしまう。その事態を恐れており、非難に消極的だ。


 もう一つはズレヴィナ共和国に同調する国――主にズレヴィナ共和国に侵略され、属国化した国――が多いことだ。これらの国が国際会議でズレヴィナ共和国に不利な決議に反対している。


 これが、扶桑国と諸外国の現状であった。


 救いは、エトリオ連邦および数カ国の友好国が、武器弾薬、食料や日用品を無償または安価で提供してくれている事だ。輸入国であり、さらには国内生産力も大きく低下している扶桑国にとって、これがあるために戦い続けられている。


 ズレヴィナ共和国は、扶桑国への輸出を止めない場合、輸送船でも撃沈すると国際社会を脅しているが、実力行使に至っていないため効果は出ていない。


 ズレヴィナ軍が通商破壊に出るためには、太平洋側(ズレヴィナ共和国にとって、扶桑国を挟んだ反対側)に進出しなければならず、補給に問題がある。さらには、外国船籍の船舶を撃沈した場合、ズレヴィナ共和国は敵を増やす事になるためだ。万が一にも世界最強の軍を擁するエトリオ連邦の船舶を撃沈しようものなら、参戦してくる可能性さえある。


 これが、ズレヴィナ共和国が扶桑国に対しての通商破壊に踏み切れない理由だ。


「二つ目。追加で兵器の無償提供が決まった」


 将紀はコーヒーカップを戻すと、悪巧みが得意な幼馴染みの顔を見る。


(この顔は、コーヒーを飲みながら話を聞いたら絶対吹き出すやつだ)


 笑いを堪えている秀嗣に、将紀はそう確信していた。四十年来の付き合いは伊達ではない。


「まず飛行隊の再建のために、≪F-33≫五十機」

「ぶほっ!」


 想定を軽々と飛び越えた内容に、将紀は吹き出す。ちなみに≪F-33≫一機あたり百五十億円だ。戦車が一両十億円程度なので、遙かに高価な事は言うにあらず。


「次に、陸軍強化のために≪アトラス≫百機」

「は?」


 将紀が立ち直るより早く、秀嗣は言葉を重ねる。立て続けの衝撃に、口を半開きにしたまま、将紀は硬直している。


 ≪アトラス≫一機辺りの値段は装甲車並みと、兵士一人の装備としては桁はずれに高価だ。


「海軍再建のために、建造中のフリゲート二隻とコルベットを八隻。それから退役予定の艦を何隻かもらえる事になった」

「……」


 思考を放棄した将紀は、背もたれに寄りかり天を仰ぐ。真っ白な天井は、将紀の心情を表しているかのようだ。


 前の海戦で多くの艦船を失い、シーレーン確保もままならない扶桑国としては、非常にありがたい。しかし建造中の最新鋭艦まで無償提供とは、度が過ぎた。


「最後に、弾薬を必要なだけ」


 ピクリとも動かない将紀を、秀嗣は満足そうに見ている。


「あー……、どんな手を使ったのですか……?」


 たっぷり一分以上かけてから上半身を戻すと、将紀は眼前の幼馴染みに向けて口を開く。


 扶桑国が十年かけて揃える規模の兵器を、エトリオ連邦から無傷で提供させる。予想だにしない大盤振る舞いに、将紀は困惑を通り越し、不気味な感情しか無かった。秀嗣が噛んでいる事に間違いはない。


「兵器が足りないから、このまま戦い続けても押し負けると伝えただけだぞ」


 眉をひそめる将紀に、さも心外だと言わんばかりの秀嗣。


 エトリオ連邦にとっては、扶桑国は様々な意味で重要な友好国だ。


 いわゆる東側諸国を防ぐ盾として。貿易対象として。イデオロギーの異なる共通の敵を持つ国として。


 さらに重要なのは二点。世界で扶桑国しか産出しないレアメタル、イコルニウムの存在だ。これを添加したバッテリーは、世界にエネルギー革命を起こしている。次に、エトリオ連邦よりも更に進んだ新兵器を開発しうる技術を持つ事だ。もし扶桑国がズレヴィナ共和国に敗れる事になれば、イコルニウムと新兵器の技術は、かの国に流出する事になる。


 軍事バランスを一変させる強力な新兵器の流出は、“世界の警察”を自負するエトリオ連邦にとって、決して許容できる事では無い。


 武力介入出来ない情勢にあって、兵器の提供は、エトリオ連邦が出来る精一杯の支援であった。


「まあ、あとは新兵器の実戦データを渡す事になっている」


 新兵器が実用化されるまでには、数々の試験を行って問題点の改善や改良をしていく必要がある。実戦のデータを得る事が出来れば、その手間が省け、さらに開発の助けになる事は疑いない。


「どちらにせよ、イコルニウムと新兵器のお陰ですか。確かに軍事バランスをひっくり返す程のものですからね」


 将紀は納得してみせる。自身も、艦隊が装備している新兵器の威力を見た時は、雷に打たれたかのような衝撃を受けた。と同時に、「これで戦える」と確信を得たのだ。扶桑軍は今回の海戦で最大の戦果を挙げられるように“秘匿”し続けていた。新兵器は交戦の直前まで擬装しておく事になっている。


「敵さん、新兵器見て度肝を抜くだろうな」

「まあ。もし内容を知っていたなら、南海艦隊も出していたでしょうね。自分も新兵器を見て驚く、敵司令官の顔を見てみたいものです」


 揃って意地の悪い笑みを浮かべる秀嗣と将紀。二人とも四十代の中年ながら、まるで悪戯の成功を思い浮かべる子供のようですらある。将紀は秀嗣に文句を言いながらも付き従う辺り、気が合うことは間違いなかった。この場では中将と少将ではなく、幼馴染みの兄貴分と弟分として話し合っていた。


「ともあれ、我々は初めての戦闘ですし、電源にも不安はあります。気は抜けませんね……。

 と言うことで、由良港で降りてください」


 艦橋での話に戻り、秀嗣に下船を促す。


「嫌だ。降りない」

「そんな子供みたいな事言わないでください。直也君を呼びますよ」


 将紀は最後の手段で、直也の名前を出す。グリフォン中隊は由良基地に展開しているため、呼び出す事は容易だ。


 真面目な直也に伝えたら、父親を引き取るため飛んで来るに違い無い。正直、どちらが保護者か分からない。


 秀嗣も、直也に知られたらどうなるか分かっているらしく、恨めしげに将紀を睨む


「ぐっ……。そんな事したら、作戦開始を遅らせてでも長門さんの乗船を許可するぞ……!」

「そ、それは……」


 統合機動部隊の司令官である秀嗣は日程変更も可能だ。しかしこんなしょうもない事で権力を振りかざしてくると思わず、将紀が怯む。


 長門さん――長門彰利大佐――は戦闘技術研究所の所長、そして一彰、双葉、三奈の父親だ。次々と新兵器を生み出している研究所の所長だけあり、扶桑国にとっても重要人物である。今回の新兵器にも関わっており、「活躍をこの目で見たい」と乗艦したがっていた。それを将紀は「危険だから」と説得し、思い止まらせた経緯があったのだ。


 艦から重要人物を一人降ろそうとしたら、降ろせないばかりか逆に一人増えたなど、笑い話にもならない。仕方なく将紀は降参する。


「はぁ……、分かりましたよ」

「さすが将紀だ。話が早いな」

「付き合いは長いですからね。あなたは本当にやるから困るんです……」


 ニッと笑う秀嗣と、ため息をつく将紀。


「大丈夫さ。次の戦いは勝てる。

 陸では子供達が戦っているんだ。親の俺達が無様を見せるわけにはいかないぞ」

「そうですね。我々も戦いを始めましょう。先の海戦のように、好き勝手はさせません」


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