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扶桑国戦記 (改訂版)  作者: 長幸 翠
第二章 第二次扶桑海海戦
23/99

提督の憂鬱1

「敵さん、どう来るかね?」


 統合機動部隊総司令官の神威秀嗣中将は、窓から外の景色を眩しげに見つめたまま、並んで立つ播磨将紀少将に話しかける。ここは統合機動部隊の水上艦隊、旗艦≪しなの≫の艦橋である。


 昼を過ぎ、薄くかかる雲の切れ間からは青空も覗く。風もなく、海はどこまでも穏やかな表情を見せている。とても穏やかな、春の海だ。


 水上艦七隻からなる艦隊は、鈴谷基地の港を出港後は西に進路を取り、要島と黒崎島の間に横たわる海峡を抜けて扶桑海に出ると、南西に進路を変更。今は黒崎島に沿って南下中で、夜には由良港に入港予定だ。


 艦橋には二人の他に、副艦長と六名の当直員がいた。現在は艦載機の発着艦訓練中のため、穏やかな海とは裏腹に緊張感が漂っている。


「先の海戦以来の水上艦隊です。大歓迎してくれることは間違いないでしょうな」


 艦隊司令官の将紀は、内心で溜め息をつくと、上官であり幼馴染みの呟きに答える。


 陸海空宙、全ての部隊を持つ統合機動部隊の司令官である秀嗣は、本来ここにいないはず……いや、いるべきでは無いのだ。出航前、激励のためやってきた秀嗣は「折角だから海戦を見てみたい」と、将紀や他の者達が押し留めようとするのを聞かず、強引に≪しなの≫に乗り込んできた。


 例えるなら、急に支店の視察に訪れた社長のようなものだ。しかもここぞとばかりに艦内を歩き回るのだ。現場からしてみれば、迷惑甚だしい。


(この人はいつもこうだ)


 秀嗣と将紀の付き合いは幼少期まで遡る。近所に住む幼馴染みで、いわゆる腐れ縁だ。突拍子も無いことをしでかす兄貴分の秀嗣と、それに振り回される弟分の将紀。この構図は、二人が家庭を持ち、軍内部でそれなりの地位を持った今も変わりがない。


 将紀が軍に入ったのは、播磨家が軍人を多く輩出する家であった事の他に、秀嗣から誘われたからという理由もあった。さらに海軍を選んだのも、軍に入るならば、海軍か空軍と考えていた所に秀嗣から「俺は船酔いするから陸軍に入る。だから将紀は海軍に入れ」という一言が後押しとなっていた。


 軍学校を経て海軍に入隊後、数隻の艦の乗員を経てフリゲートの副艦長に就任。その艦がエトリオ海軍と合同演習した際に、今の妻であるエトリオ人の海軍士官と知り合った。翌年、彼女は将紀を追って扶桑国駐留艦隊の士官として現れると、将紀に猛烈なアタックを繰り返した。あまりの勢いに負けて交際を開始。そのまま押し切られ結婚となった。


 ちなみに妻の父親は、数年前まで太平洋艦隊の司令官であった大物である。交際を開始してから知り、思わず頭を抱えたことも懐かしい。


 秀嗣といい妻といい、将紀は自分の人生が押しの強い人間に誘導されていること承知しているが、その結果が良い方向であったこともまた、紛れもない事実であった。今の所は。


「由良港で下船してくださいね」


 少し強い口調で言うと、秀嗣は「えー……」と不満を表す。


 主要基地のある由良市。港湾都市として古くから栄えた大都市だ。前線に指定されていることから都市の住民達は疎開済みで、都市には軍と指定の輸送業者しか出入りしていない。統合機動部隊の陸上部隊は先日から由良基地で活動を開始している。


 第一次扶桑海海戦はこの北西海域で行われた。


 扶桑軍四十隻余りとズレヴィナ軍五十隻余りの戦闘艦が交戦し、先の大戦以来最大規模の海戦となった。結果は扶桑軍の大敗。ズレヴィナ軍の黒崎島上陸を許す結果となった。


 開戦前は六十隻近い水上艦を擁していた扶桑海軍。開戦直後の第一次扶桑海海戦で、四割にのぼる二十隻以上の撃沈は、あまりにも大きかった。このせいで周辺海域を警戒するだけで手一杯の状況だ。今も空母≪むつ≫を含む六隻がドックに入っている。


 ズレヴィナ軍の上陸が始まると軍はこの地を最終防衛ラインの一角に指定した。反攻作戦もこの都市南方の平野を主戦場に設定し、防御陣地の構築を進めている。


 艦隊は由良港に寄港し、燃料や食糧の補給後にこの海域で哨戒と敵艦隊の迎撃任務に就く。だから由良港でこの物見遊山で付いてきた“荷物”を降ろさねば、戦闘に巻き込んでしまうのだ。


 先程発艦したフェニックス飛行隊の≪F-33≫が、着艦のため次々と戻ってくる。


 ふと、将紀はある事を思い出す。


「そういえば閣下」

「ん?」


 艦橋左側の窓から、飛行甲板に垂直着艦する≪F-33≫を眺めていた秀嗣が振り返る。先程から秀嗣は、座っている事に飽きたらしく、艦橋内を珍しげに歩き回っては、乗員に色々な質問をしていた。ただでも気を使う着艦作業中に、上官が話しかけて邪魔してくるのだ。質問攻めから解放された乗員があからさまに安堵する様子が見える。


「船酔いは大丈夫なのですか?」

「ああ。子供の頃は酷かったけれど、大人になったら酔わなくなっていたよ」


 あっけらかんと言い放つ秀嗣に、将紀はしばらく硬直していた。外見上は頬を引き攣らせるだけに見える。だが、内心は様々な――主にどす黒い――感情が渦を巻いていた。


(またか? 俺はまた、この人に振り回されているのか!?)


 少し気を抜けば、叫び出したくなる気分だったが、秀嗣に(幼い頃から振り回され続けたことで)鍛えられた強靱な精神力で抑え込む。やっとの事で「そう、ですか……」と声を絞り出す。


 その様子に、副艦長が気遣わしげな視線を送ってくる。


 二人が幼馴染みという事は、部隊内に広く知られている。従って、将紀が海軍に入る切っ掛けとなった話は知らずとも、秀嗣に振り回されて苦労している事は想像がつく。その同情の意味合いから来る視線だ。将紀はとりあえず、気付かない振りをした。


「国防省より入電。東海艦隊に動きがあるそうです」


 通信士の声に、秀嗣と将紀、そして副艦長が弾かれたように反応する。将紀の視線を受け、副艦長は大型スクリーンに状況を表示する。


 ズレヴィナ共和国の艦隊は担当区域毎に大きく三艦隊に分けられている。


 北極圏から太平洋北部を担当する北海艦隊、扶桑海を担当する東海艦隊、最後にそれ以南を担当する南海艦隊。そのどれもが、二十隻以上の水上艦、そして複数の潜水艦を持つ。


 情報は東海艦隊出撃というものだ。北海艦隊、南海艦隊に出撃を示唆する動きは見られない。


「水上艦艇二十二隻……、東海艦隊のほぼ全てですか。潜水艦も十隻以上いるでしょうね」

「こちらの三倍以上か。本気で潰しに来たな」


 秀嗣は敵艦隊の規模に眉を上げるが、悲壮な様子はない。むしろ気楽とさえ言える。


「しかし南海艦隊が出てこなかったのは幸運でした。先の海戦のように、五十隻を相手にするのは骨が折れますから」


 偵察衛星の写真から、ズレヴィナ軍の各軍港の物資や部隊の動きが活発化していた。この事から、第二次上陸作戦が近い事が判明していた。


 今回の出撃は、敵の第二次上陸作戦に先立ち敵艦隊に損害を与えて上陸作戦自体を思い止まらせること主目標である。敵の準備は大部分が整っていると推測され、南海艦隊が出撃してくる可能性もあったのだ。


「閣下。やはり陸に上がるべきです」

「いや、敵が出てきたんだ。このまま残って見届けるよ」


 秀嗣は首を横に振る。仕事を放り投げてきた都合上、まだ何日もかかるのであれば戻らざるを得なかった。しかし敵が想定より早く出てきたため、そのまま残ることにした。


「艦隊が敗れ、閣下に何かあれば、統合機動部隊はどうするのですか……」

「まあまあ。今回負けたら、我が国は終わりなんだから」


 サラッととんでもないプレッシャーをかける秀嗣。将紀はと言うと、出航してから尽きないため息をさらに一つ重ねる。


「これだけの新兵器を装備した艦隊です。簡単にやられる事は無いでしょうが、“絶対”はありませんからね」


 秀嗣の様子から、翻意する事は無いと判断するが、一応釘は刺しておく。


「ああ、もちろん承知しているとも」


 その時、秀嗣の持つ携帯端末が震える。海上では、民間の通信機器はほとんど電波が届かない。しかし軍用のものは通信衛星を介し艦の設備を通して通信が可能だ。


 端末を見ている秀嗣の表情が、笑みの形に変わる。付き合いの長い将紀には、それが悪巧みが成功した時の顔である事が分かった。


「少し話がある」


 顔を上げて切り出す秀樹は、言外にここでは話せない事を伝える。


「分かりました。私の部屋に行きましょう」


 将紀は部屋に戻る事を副艦長に伝えると、秀嗣と共に艦橋を出るのだった。


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