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扶桑国戦記 (改訂版)  作者: 長幸 翠
第一章 統合機動部隊
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合同訓練1日目

 昼食を終えた直也と彩華は合同訓練に参加するため、待ち合わせの場所へと向かった。


 遥の率いる中隊の面々と少し離れた所に、龍一、三奈、エイミー、レックスがいた。


 遥の部下達は遠巻きにこちらの様子を窺っているが、エイミーとレックスは、髪や目の色といった外見の違いから、特に注目を集めている。


 直也を見つけた遥が、精悍な顔に笑みを浮かべてやってくる。


「参加してくれて感謝する」

「こちらこそ、声をかけていただきありがとうございます」


 平均的な身長よりも少し高い直也だが、遥はそれを上回り、龍一と同じくらいだ。そして筋肉の量は、グリフォン中隊で一番大柄な龍一をも上回っており、さながら筋肉の壁とも言える。


(少し暑苦しいな)


 そんな事を考えながらも顔には出さず、遥の中隊の隊員を見ていく。昨日遥と共に食堂に来ていた隊員達の顔も見かけるが、他の隊員より明らかに体格が良いうえ、纏う雰囲気も異なる。


「俺の前の部隊は空挺旅団だ。あいつらも引っ張ってきた」


 遥は直也の視線に気付いて説明をする。


「やはりそうでしたか。他とは雰囲気が違いますね」


 話をしていると、あけみと義晴も到着し、訓練開始となった。


 まずはランニングや筋トレだ。遥に「俺たちの普通のメニューでも大丈夫か?」と心配された。


 自ら歩兵として戦場に立ち動き回る彼らと異なり、グリフォン中隊は自らが直接戦闘せずに指揮車に籠もって、ロボットという駒を動かす立場なのだ。個人としての体力や戦闘技術は劣っていると考えても当然だろう。


 現に遥の部下達からは、嫉妬や軽蔑混じりの視線を向ける者もいる。


「問題ありません。“最低限”は鍛えていますので」


 気負った様子も無く頷く直也に、遥は「わかった」と、それ以上何も言わずにトレーニングを開始する。


 小休止を挟みながらトレーニングが続く。始めは侮っていた遥の部下達も、直也達が涼しい顔で同じメニューをこなしている姿を見て、少なからず驚いていた。


 次は格闘訓練。遥が適当に組み合わせを作り、一対一で戦う形式だ。遙の中隊は人数が多いため、いくつかのグループに分かれて訓練を行っていく。初めての合同訓練のためグリフォン中隊は全員が同じグループとなり、遙も立ち会っている。


「神威中尉、ちょっと相談なのだが……」


 遥は直也を呼ぶ。見た目はお子様なエイミーに格闘訓練をさせて良いものか困っていたのだ。


「彼女はうちの隊で一番格闘強いですから、気にせず強い相手にしてください。……小さいので、相手は戦いにくいでしょうね」


 事も無げに言う直也に、遥は軽く目を見開き「そ、そうか……」と答える。半信半疑であった。


 遥の部下達が数組戦った後、エイミーと女性兵士が呼ばれて向き合う。相手の女性兵士は身長百七十センチほどで首回りは女性にしては非常に太く、しっかり体を鍛えている事が分かる。並の成人男性ならば簡単にねじ伏せるだろう。


 小柄なエイミーと女性兵士の身長差は二十センチ以上。体格、ついでに胸の大きさは“大人と子供”程の差がある。


「中隊長、えげつねえ」

「さすがに可哀想だろ……」


 遥の部下達は全員、女性兵士と対峙するエイミーに哀れみの表情を向けている。


 遥も心配そうに「良いんだな?」と目で直也に確認するが、直也は微笑を浮かべたまま首を縦に振る。


「小さなお嬢ちゃん、お家に帰ってお人形遊びでもしていた方が良いんじゃないか?」


 日に焼けた顔に嘲笑を浮かべる女性兵士。全く勝負にならないと、表情が雄弁に語っている。


 完全に侮った態度に、エイミーは可愛らしい顔からは想像できないような獰猛な笑みを返すと、周囲にハッキリ聞こえる声でこう告げた。


「うるせえゴリラ。檻の中でバナナでも食って寝てろ」


 思いも寄らぬ言葉に、女性兵士は呆気にとられた顔を見せ、次の瞬間にはエイミーを鬼の形相で睨み返す。その様子を見るに、自分でも外見を少し……と言うより結構気にしていたようだ。


 遥の部下の数人が(あちゃー……)という表情で天を仰ぐ。過去に同じような挑発をして、返り討ちにされた者達だった。


「言ってくれるな、チビッコ……。“洗濯板”のくせに」


 女性兵士が先程よりも明らかに低い声で言い返すと、エイミーの視線に殺気が籠もる。


「……立派な胸があっても、使い道無いだろうが」

「何、だと……」


 女性兵士の額に青筋が浮かぶ。


 毒を込めた言葉を投げ合う二人は、さながら睨み合う子供のオオカミと大人のゴリラか。審判役の兵士は二人の殺気にあてられ、額から汗を流している。表情から(今すぐ逃げ出したい)という気持ちがありありと見える。


「エイミー! それくらいにしておけ!」


 見かねた直也が声をかけると、エイミーは「はいっ!」と大きな声で答え、纏っていた殺気を引っ込める。そして女性兵士に向き直り、両手を肩の高さで構えると半身を下げる。


「あの兄ちゃんが、てめーの飼い主か。……ちょっと好みかも?」


 周囲に聞こえない声で女性兵士がさらに挑発する。だがエイミーは「フッ」と鼻で笑うと、逆に女性兵士の目付きが鋭くなった。


 開始の合図と共に、エイミーは得意の瞬発力を活かして女性兵士との距離を詰める。急激な動きに、金色のポニーテールがサッと揺れる。


 予想外の素早い動きに女性兵士は反応が遅れた。伸ばした腕は空を掴み、懐に潜り込んだエイミーが女性兵士の上着を掴んでバランスを崩し、さらに脚を払ってアッサリ引き倒すと、首筋に手のひらをそっと押し当てた。砂埃が舞い、それが穏やかな風によって流される。


 審判役の兵士が「へっ?」とした表情で硬直した後、僅かに遅れてエイミーの勝利を伝えた。


 余りの早業に、女性兵士は何が起きたのか分からずに目を白黒させ、周囲の兵士達も呆気にとられて場内は静寂に包まれる。遥も「これは……」と呟くのが精一杯だった。


 体を起こしたエイミーは、呼吸一つ乱す事なく元の場所へと戻っていく。


 女性兵士は倒れたまま数秒間青空を仰いでいたが、我に返るとガバッと起き上がり、再びエイミーに対峙する。


 二戦目が始まると、今度は女性兵士が前に出た。エイミーの上着の左腕と襟を捕まえると、並の男性をも上回る筋力で引き寄せようとする。ところがエイミーもそれに匹敵する力で抵抗して微動だにしない。


(小さいくせに、何て力!?)


 女性兵士が驚愕する。刹那、エイミーは空いている右手で、襟を掴む女性兵士の親指を掴んで引き剥がすと、今度はその腕を掴んで軽く捻る。

「ちょっ! ストップ!!」


 女性兵士は掴んでいたエイミーの左腕を離し、慌てて降参する。このままでは自分の左腕が壊されると直感したのだ。


 その声にエイミーは動きを止めて手を離すと、襟を直しながら再び元の場所に戻っていく。


 女性兵士は「あいつ、何者?」と悪態をつくと、心を落ち着かせるように数回深呼吸してから再びエイミーと向き合う。


 遥とその部下達は今や、固唾を飲んで二人の戦いに見入っていた。対照的に直也達は、エイミーの勝利に疑いを持たず、リラックスして見守っていた。


 三戦目が始まると、今度は二人とも構えたまま、フェイントをかけるだけで大きく動かない。


 数秒後に動き出したのはエイミー。先程より数段ゆっくりと前進しパンチと前蹴りを打ち込んでいくが、女性兵士は後退しながらそれを受け流し続ける。先の二戦で女性兵士の警戒心が高まり、ひたすら防戦に回っていた。エイミーも手足のリーチの差があるため迂闊には攻め込まない。


 一分ほどの膠着が続き、苛立ちを表すようにエイミーのパンチが大振りになる。女性兵士はその隙を見逃さず、横に移動してエイミーの背中側に回り込むと、伸びきった腕を掴んで捻り上げようとする。


 だが、それこそがエイミーの狙いだった。カウンター狙いの女性兵士に敢えて隙を見せて誘い出したのだ。


 関節をキメられる前に並外れたパワーで振りほどくと、逆に相手の腕を掴んで勢いよく引っ張る。続いて体勢を崩しよろめいた女性兵士の足を払ってひっくり返した。辛うじて受け身を取った女性兵士だが、動けたのはそこまでだった。


 女性兵士の見上げた先には、エイミーの左拳が突きつけられている。本当の戦いであれば、顔面を殴りつけていたぞという合図だ。状況を理解した女性兵士は、力を抜いて地面に大の字になった。


 慌てて審判役の兵士が、エイミーの勝利を告げる。


 エイミーは女性兵士の腕を放すと、直也達の方に戻っていく。


 三戦全敗。中隊の中でトップクラスの格闘能力を持つと自負していた女性兵士だったが、エイミーに為す術なく負けたことで自信は崩壊していた。ゆっくり立ち上がると、呆然としたまま戻っていく。見ていた兵士達も、かける言葉を見つけられずにいる。


 戻ってきたエイミーは、龍一達の「お疲れ」という労いの言葉に小さく頷くと、直也の前に立って顔を見上げる。


「挑発にはあまり乗らないように。今の戦いはよくやったな。さすがうちの隊の最強だ」


 頬を緩めた直也は、労いの言葉をかけながら肩を優しく叩く。


 子供の頃は頭をなでていたが、いい歳になったので直也が自粛して、代わりに肩を叩くようになっていた。褒められたエイミーは笑顔を弾けさせて直也を見上げる。ポニーテールが、喜ぶ犬の尻尾のように振れている様が幻視出来そうな程だ。


「相変わらず、飼い主に褒められた犬みたいだな……」


 龍一の感想に、あけみ、義晴、三奈も無意識に頷く。彩華とレックスには、子供の頃から幾度となく見てきた、ある意味見慣れた光景であったが。


 いくつかの組が戦った後、レックスの番となった。相手は遙の隊の軍曹の一人だ。日に焼けた厳つい顔、そして胴と手足は筋肉質で、道着を着ていれば格闘家に見えるに違い無い。対してレックスは、色白で優しげな顔、すらりと伸びた手足と対照的で、何も知らない人たちに「どちらが強そうか?」と聞いたなら、全員が前者を選ぶことだろう。


 しかし結果は違っていた。エイミーほどではないものの、レックスもまた、人並み以上の筋力を持っていたのだ。格闘技術はそれほど高くはないが、力でねじ伏せる戦い方で勝利し、周囲を驚かせていた。


 その後も格闘訓練が行われた。直也達は概ね、中隊隊員の中の上くらいの成績で格闘訓練を終えた。


 訓練が終わる頃には、遥の部下達からはある程度の実力を認められ、侮るような視線は無くなっていた。


「訓練への参加に改めて感謝する。……可能ならば、明日もどうだろうか?」


 遥から、期待の籠もった眼差しを向けられる直也達。


「ぜひ参加させてください。我々も良い訓練になりますので」


 期待していた流れに、直也は二つ返事で了承して訓練を終えた。


 解散となり全員が思い思いに散っていく中、エイミーは直也の前で立ち止まる。


「直兄、走ってきても良い?」

「良いけど、程々にな」

「うんっ!」


 嬉しくなるとジッとしていられないエイミーは、直也の了承を得ると、軽い足取りで元気にランニングへと旅立っていった。



 少し離れた所では、遥が先程の女性兵士を呼び出していた。


「玄海軍曹……。そう気を落とすな。……相手が悪かったと思った方が良い」

「……いいえ。自分が未熟でした」


 慰めの言葉をかける遥に、女性兵士――玄海軍曹は首を横に振る。訓練の間は、エイミーに負けたショックから立ち直れず、他の兵士との戦いでも動きに精彩を欠いていた。


 衝撃を受けたのは玄海軍曹だけではない。遥自身を含む、中隊の全員だ。驕っているつもりはないが、普通の兵士よりは優れているからこそ、≪アトラス≫が配備される最初の隊に選ばれたと思っている。にも拘わらず、あの“お子様”達に良いように遇われてしまった。


(大隊長から「相手をしてやってくれ」と言われて呼んでみたものの……。相手してもらっているのは俺達の方かよ)


 明日の訓練はどうなるのだろうかと、大きな期待と少しの不安を感じる。


「中隊長、少し走ってきます」

「……ああ、無理するなよ」


 玄海軍曹はエイミーに完敗し、居ても立ってもいられなくなっていた。気持ちを整理するため、考え込んでいた遥に声をかけて辞すと、ランニングに向かった。他にも直也達に刺激されたのか、既にランニングやトレーニングルームに向かった部下も多い。


 偶然にもエイミーとほぼ同じタイミングで走り出した玄海軍曹は、互いの姿を認めると競い合いハイペースで走り出す。数十分後、滝のような汗を流し、グラウンドで大の字になって転がっている玄海軍曹と、変わらぬペースで嬉しそうに走り続けるエイミーの姿があった。


 玄海軍曹は、心にさらなる傷を負った。


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