初陣後のデブリーフィング
翌日、直也が朝食のため食堂に向かうと、入り口近くで彩華が待ち構えていた。周囲にピリピリした緊張感を撒き散らし、食堂に出入りする者達が「触らぬ神に祟りなし」とばかりに、迂回しながら早足で通り抜けている。
直也の姿を見つけると、ジト目とふて腐れた声で「兄様、おはようございます」と声をかけてくる。
「おはよう。……朝から何ふて腐れているんだ?」
彩華の肩をポンと叩き、「ほら、行くぞ」と声をかけて食堂に入る。
(そろそろ兄離れして欲しいんだけどな……)
彩華が不機嫌な理由は分かっている。昨日、あけみと二人で格納庫に行ったせいに違い無い。直也が同年代の女性と一緒に外出するとこうしてふて腐れるのだ。いつもの事なので、放置一択である。
料理を受け取り、空いているテーブル端の席に座ると、彩華は直也の前に陣取る。普段隣に座る彩華が対面に来た事から、朝食は事情聴取の時間になるようだ。
まずは、直也が一番気になっていた事を確認する。
「彩。昨日はしっかり眠れた?」
「……はい。薬のお陰か、朝までぐっすりでした」
直也は義妹の顔をまじまじと見つめる。肌の血色は良く、目の下に隈も見られない。安心し、「それは良かった」と微笑む。
料理を食べていると、次は自分の番と、彩華が問い質す。
「昨日は、あけみさんと何をしていたのですか?」
「言った通り、格納庫に行って≪タロス≫の調子を見てきただけだぞ」
「それにしては、今朝はあけみさんが不自然なほど機嫌良かったのですが、思い当たる事はありませんか?」
直也は昨日の出来事を思い出す。
「巻口大尉と、高周波ブレードの話をしていたけれど……」
しかしあの口調から、刀の有用性には否定的だったから、機嫌が良くなる事は無いだろうと考える。
(まさか、刀で人を斬る事に目覚めたりは……。いや、あけみさんに限ってそれは無い)
血まみれの刀を持ち、恍惚としているあけみを想像しそうになり、慌てて考えを振り払う。
≪タロス≫は生身の兵士を圧倒する性能を持つため、オペレーターは自分が強くなったように錯覚し、嗜虐的になる懸念が指摘されていた。
直也達もその危険性は十分認識し、注意を払っているのだ。だからあけみがその陥穽に陥る事は無いと信じていた。
考えながら食べていると、彩華がさらに追求してくる。
「兄様とあけみさんは、どんな話をしたのですか?」
「どんなって……。俺と彩の仲が良いって話かな?」
(そんな話で、あけみさんの機嫌が良くなるはずが無いです……)
普段から直也と一緒にいて仲が良いアピールをしているのは、変な女が直也に寄ってこないための牽制と、自らの独占欲を満たすためである。
昨夜も、直也とあけみの間に割って入ろうとしたが、体調を理由に止められてしまった。医務室でもらった薬のお陰で、朝までぐっすり眠れたが、朝に見た上機嫌のあけみのせいで「二人に何か進展があったのか?」と気になって仕方がない。
「他には、何を話しましたか?」
「あとは……、今日の昼から一緒に訓練をする、英川中隊の話かな? 俺達と演習をして、実力を確認した方が良いという話になった。……もしかして、演習を楽しみにしているとか?」
直也の推測に、またもや(それは無いです)と心の中でツッコミを入れる。あけみは戦闘狂ではない。
結局、あけみが上機嫌になる話題が出て来ないが、ゆっくりしていられるほどの時間も無い。仕方なく諦める事にした。
「それはどうでしょうか……。とりあえず、お話ありがとうございました」
話を打ち切ると、残っていた料理をきれいに平らげていく。
直也も追求から解放され、ホッと胸をなで下ろして食事に戻る。正解は、あけみを「綺麗だ」と言ったせいであるが、意図的に伝えなかった訳ではない。直也の中ではちょっとした雑談程度にしか考えておらず、大した話題では無いと思っていたのだ。
そもそも直也は、あけみから恋心を抱かれていることに気付いていない。だから彩華からさらに聞かれれば、話すつもりだった。もし話していれば、あけみの頭にツノが生え、般若の如き形相になっていたに違いない……。
食後、直也と彩華がグリフォン中隊用の会議室に入ると、三奈、レックス、亮輔、義晴がすでに席についていた。
「みんな、しっかり眠れたか?」
直也の問いに、頷く者とそうでない者がいる。
「寝付くまでに時間がかかりました。眠りも浅かったですし……」
「俺はすぐ眠れたのですが、変な夢を見て夜中に何度か目が覚めました」
少し眠そうなレックスと、出かかった欠伸をかみ殺す亮輔。
「僕は、いつも通りグッスリでした」
対照的に、三奈は元気いっぱいだ。
他愛も無い話をしているうちに残りの隊員や研究所の職員も部屋に入ってくる。全員が揃った事を確認すると、直也はデブリーフィングを始めた。
「昨日はご苦労だった。作戦は成功したが、初陣と言うことで課題もあったはずだ。意見を出して欲しい。昨夜はよく眠れなかった者もいるので、短めに終わらせよう」
続いて研究所の職員が、作戦のハイライトをスクリーンに表示しながら解説する。グリフォン中隊の戦闘は、全ての情報が残されている。≪タロス≫や≪カワセミ≫のカメラが見た物は全て録画されており、どのタイミングで誰が何の指示を出したのか、それぞれのロボット兵器がどのように行動したのか、どのような武器をどれくらい使用したのかなども漏れなく記録が残されている。これらは≪タロス≫の機体やAIを改良するための重要な情報となる。
小隊毎の戦闘が、作戦区域の部隊の動きと共に、所々≪カワセミ≫や≪タロス≫のカメラで撮影した動画に切り替わりながらダイジェストで再生される。
再生している中で、気になるシーンがあればその都度止めて意見を交換していく。
彩華の≪タロス≫が狙撃した場面も表示される。地図上に≪タロス≫とターゲットの位置関係や時刻、気温、風速、湿度と言った情報が表示され、別のスクリーンでは大隊長の頭が、まるでスイカのように爆発した映像が流れる。
「狙撃距離は千八百六十七メートル、さすが神威少尉ですね」
研究所の職員が感嘆混じりに解説をする中、彩華は狙撃したときの事を思い出して、苦虫を噛み潰したような顔で映像から目を逸らしていた。
映像は更に続く。デルタ小隊の三奈とレックスが息の合った遊撃戦で敵の迫撃砲陣地を破壊し、敵を追い立てていく場面だ。反撃手段を奪われ、態勢を立て直す時間も与えられなかった敵は、装備の大部分を放棄して逃走していく。
「レックスは、≪タロス≫と≪バーロウ≫のコントロールがかなり良くなったな。
次のシミュレーションから、八機に戻してみよう」
「ハイッ!」
直也の言葉に、レックスが喜びを表す。
続いて、ブラボー、エコー小隊が道路上に陣取っていた車両部隊へ攻撃する様子が映される。崖上からの奇襲によって、国道上の戦車や装輪装甲車が次々と数を減らしていく。
最後は、パワードスーツ≪ジウーク≫を装着する敵歩兵との戦闘場面だ。それまで見ていた物と同様に、戦闘と言うよりもはや蹂躙であった。
敵歩兵の銃弾が≪タロス≫に一切通用せず、逆に≪ジウーク≫を纏った兵士を翻弄し撃ち倒していく。
中でも刀を装備した≪タロス≫三機の戦闘は、全員が釘付けになっていた。本来は遠くから射撃で倒せば済むところ、武器のテストのためにわざわざ白兵戦を挑んでいるのだ。
一番機が通信機を背負った兵士と指揮官と思われる兵士を一刀のもとにまとめて斬り伏せる。二番機が、兵士が隠れている木ごと斬り倒す。三番機は、果敢にもナイフで斬りかかってきた敵兵士の腕を切り落とした後、反す刀で胴を薙ぎ払う。
その戦いぶりは、鬼神のようであった。誰かが零した「怖っ……」という言葉が全てを物語っていた。
映像を見終えると、昨日の格納庫でも話題になったオペレーターのリンク状態についての話だ。
「みんなも気付いていただろうが、戦闘中のリンク状態がシミュレーション時に比べて悪かった」
全員のリンク状態が、作戦中の状況と並べて表示されていく。直也、あけみ、龍一を除く全員が、それぞれの交戦時に大きく低下する傾向が見える。
「作戦の最後の方は、集中力が切れかかってヤバかったです」
「やはり、訓練とは緊張感が違いましたね」
義晴と久子の感想だ。この対策は、実戦経験を積んで慣れていくしかないとの結論に至った。
続いて装備の話に移る。
「あけみさんの使っていた刀って、量産する予定はあるんですか?」
「あの刀は……、技術的なデータ取りのため、出雲中尉に使用してもらっています。今の所は予定していません。
しかし、白兵戦用に高周波ブレード自体は有効と判断していますので、ナイフ型の生産は開始しています」
義晴の質問に研究所の職員が答える。ナイフであれば、刀に比べると小型で持ち運びしやすい上に、全員が訓練しているため使う事が出来る。
「新型ミサイルなどは、予定通りあと一ヶ月程度かかる見込みです」
人間よりも力のあるロボットやパワードスーツ向けに、今までより強力な武器を持たせたいという単純な発想の元、特殊武器が開発中となっている。
「研究所も大変でしょうから……。引き続き、よろしくお願いします」
あけみの言葉に、他の隊員も「お願いします」と言葉をかける。元々研究所に所属していたこともあり、職員達が多忙である事を理解しているのだ。
「万全の状態でお渡しできるよう、全力を尽くします」
デブリーフィングが終了すると、直也は改めて合同訓練の話を始める。
「知っての通り、十三:〇〇からケルベロス大隊との合同訓練がある。今日は疲れている者もいるだろうから、参加したい者だけで構わない。明日からの予定は追って連絡する。では解散」
午後の訓練には、亮輔と久子を除く隊員が参加する事になった。




