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扶桑国戦記 (改訂版)  作者: 長幸 翠
第一章 統合機動部隊
18/98

合同訓練のお誘い

 全員の食事が終わり食堂を出たところで、若い士官に呼び止められる。


「グリフォン中隊だよな? 今日はお疲れさん。≪タロス≫の戦闘はスゴかったな」


 日に焼けた厳つい顔に笑みを浮かべ、直也を見る士官。年齢は二十代後半から三十代前半くらいだろう。先程の戦闘で、グリフォン中隊に随伴していたケルベロス大隊の一人と気付いた。


「今日はお疲れ様でした。無事に任務を終えられてホッとしています」


 直也は小さく笑みを浮かべると、相手の襟章を確認していく。話をしている士官は直也と同じ中尉、後ろに控えている三人は曹長と軍曹だった。


 直也の視線に気付いた士官は、ハッと気付いて頭をかく。


「すまん、自己紹介がまだだったな。ケルベロス大隊、第一中隊の英川遥中尉だ。後ろにいるのは俺の部下達だ。今日はお前さん達の後に付いて、森林浴をしてきた」


 ケルベロス大隊の兵士が敵を前にした時には既に降伏した後で、一発の弾丸も撃っていない。だからこそ自らを揶揄したのだろう。


 迷彩服の上からでも分かるマッチョ体型。部下達も同様だ。陸軍空挺旅団や海軍特殊部隊から統合機動部隊に移ってきた人員もいると聞いていたので、元はそうだったのかもしれない推測する。


 身長は直也より五センチほど高く、龍一と同じくらいだろう。


「グリフォン中隊、神威直也中尉です」


 姿勢を正す直也。後ろにいた隊員達も倣う。


「まあ、そう改まらなくても良い。明日から三日間は待機と聞いたのだが、予定はあるだろうか?」

「いえ……、明日の午後からは特に。“アレ”の件ですか?」


 ケルベロス大隊に配備される≪アトラス≫の話かと判断するが、人の行き交う場所のため、言葉を濁す。


「ああ、それもあるのだが……。もしそちらの気が向いたらで構わんのだが、うちの隊と合同で訓練をしないか? 親交を深めるには良い機会と思うのだが……?」


 遥の茶色の瞳に、好奇の光を感じ取る。


(あれだけの戦果を挙げれば、興味を持たれるのも当たり前か)


 隊員の年齢が若く、特殊な兵器を扱う部隊のため、他の隊からは遠巻きにして見られている。それだけでは無く、一部からは“人形”を前線で戦わせ、自分たちは「後方から高みの見物をする意気地無しな奴ら」と陰口を囁かれている。


 直也の意思は決まっていたが、念のため後ろを振り返る。他の面々も異論は無いようで頷きが返ってくる。


「こちらも助かります。明日の午後からで良ければ、是非ご一緒させてください」


 直也の返答に、遥は少し安心したようだ。


「では、明日一三:〇〇に第二グラウンドに来てくれ」


 遥はそう言うと食堂に入っていく。部下達は彩華達女性陣に目を奪われており、遥が食堂に入っていったことにも気付かない。三奈がジェスチャーで遥が先に行った事を伝えると、数秒遅れてから慌てて後を追って食堂の入り口に向かっていった。


「予定が入って良かったわ」


 あけみの言葉に「そうっすね」「他の隊の能力を知る良い機会です」と声が上がる。


 食堂を出ると、直也はあけみ達に向かって手を上げる。


「じゃあ、俺は格納庫の様子を見てくるよ」


 その言葉に、あけみもサッと直也の隣に移動してくる。


「折角だから、私も行ってくるわ。副隊長だから」


 続いて彩華も「私も行きます」と言うが、直也は「彩は疲れているんだから、早く寝る事」と首を横に振る。


「エイミーと三奈。悪いけど彩を医務室に経由で部屋に送ってもらえるかな?」

「分かりました」

「合点承知っ」


 なおも付いていこうとした彩華だが、三奈とエイミーを付けられては、渋々部屋に戻るしか無かった。


「俺も行こ――。あ。疲れているので、やっぱり止めておきます……」


 義晴も付いていこうと口を開いたが、あけみからスッと睨まれ、顔を引きつらせながら撤回する。龍一はその様子を見て自粛した。


 結局、グリフォン中隊の格納庫に行くのは、直也とあけみの二人だけになった。龍一達と別れ、星空の下を並んで歩く。


 月は雲の陰に隠れているが、所々にある灯りのお陰で歩くのに不自由はない。昼間はトレーニングする兵士達で賑わうグラウンドも、夜のため直也達の他に人影は無く、遠くで巡回する車両のライトが見える程度だ。


「彩華ちゃんって、本当に直也にベッタリよね」


 並んで歩く直也を見上げ、悪戯っぽく笑うあけみ。だが視線は、直也の心の内を探ろうとするかのように鋭い。


「昔からお節介というか、色々世話を焼いてくれるんですよね。時々、煩わしく思う時もありますけど……」


 直也はその視線に気付かず、前を見たまま苦笑する。「煩わしい」と言いつつも、それほど嫌がっていない様子を見せる。


「私は一人っ子だから兄弟の事は分からないけれど、直也君と彩華ちゃんって、とても仲が良いと思うわ」


(まるで、恋人みたいに)


 あけみは軍学校での一件以来、直也のことを密かに想い続けている。だからあえてこの言葉は口にしない。自分の負けを認めるような気がするからだ。


「それはよく言われますね。彩が言うには“普通”らしいですけれど」


 彩華にとって直也は、義兄であると同時に初恋の人そして最愛の人であった。義理の兄妹の立場を武器として、ぐいぐいアプローチをかけているが、恋愛に疎い直也にはあまり効果が無いらしい。


 なぜそんな事を知っているのかというのは、直也のことが好きなあけみ、彩華、エイミーが互いをライバルとしながらも情報交換しているためだ。目的は、余計な敵を増やさないように協力するためと、正々堂々戦うため。


 “正々堂々”には、「各自が直也の隣に立った時、胸の張れる行いをすること」という意味(交戦規定、ROE)が込められている。


 これには直也との関係(義妹や幼馴染みなどの立場)を利用することは許されるが、直接的、間接的に、互いに危害を加えることは禁止している。


 例えば、今のように隊長と副隊長として一緒にいることは構わないが、誤射と称してライバルを排除したり、階級を利用して敵中に突入させる命令を出すことは禁止だ。


 全員が軍に属しているからこその(ある意味恐ろしい)条件である。


 それに直也は、家族や仲間を大切にしている。だから、相手を排除した事が知られたら、たとえ直也と恋仲であろうと絶対に許されない事を理解しているためでもある。


「それは置いといて、先程の英川中尉の中隊って、≪アトラス≫が最初に配備される予定でしたよね?」

「……ええ、そうね。初めは配備数が少ないから、機体は小隊の持ち回りにするらしいけど。今は私たちが使っていた試作機で訓練しているはずよ」

「三ヶ月後の反攻作戦では俺たちと連携するから、彼らの能力を確認しないといけませんね」


 パワードスーツ≪アトラス≫が普通の歩兵より優れている点は、力や装甲、機動力だけでは無い。≪タロス≫と同等の高性能なセンサーや優れた情報処理能力を持っているところだ。この点がズレヴィナ軍で使う≪ジウーク≫との決定的な差でもある。


 生身よりも遙かに情報が近いところにあり、戦況把握や相互連携が容易である。しかしそれを活かすには搭乗者側にも能力が求められる。


「実力を知るには、演習をするのが一番手っ取り早いわね。……あまり苛めない方が良いかしら?」

「いや、敵の精鋭と当たっても生き残る力が無いと、彼らのためにならないでしょう」

「そうだけれど……」


 命に関わるのだから、手を抜くべきでは無いと直也は断言する。しかしあけみは、相手の自信を叩き潰す事で、心を折ってしまう可能性を憂慮していた。何せ父からは「旅団の中で、能力のある者達を集めた中隊だ」と聞いていたからだ。当然、本人達もそう自負している事は疑いない。にも拘わらず、自分たち若造に“けちょんけちょん”にされたとあっては、どれ程の精神的ダメージを負うか想像出来ない。


(何かあったら……。まあ、父に任せましょうか)


 ともあれ直也の言い分は最もなものだ。≪アトラス≫は高性能な分、値段も兵士一人の装備品としては破格であり、戦果も期待される。


「では、演習ではこちらもしっかり相手しましょう」


 問題が発生した時の対処は、上官である父に丸投げする事にしたのだった。


 話をしているうちに、格納庫に到着する。入り口にいる歩哨の敬礼に答えて中に入ると、喧騒が響き渡っていた。整備員と研究所の開発者が忙しなく動き回り、クレーンや工具の音がそこかしこで響き渡る。


 装甲板が外された≪タロス≫の足回りを確認する者、ノートパソコンからマニピュレータを操作している者、≪バーロウ≫に部品や工具を載せて動き回っている者。その中に、整備班長を見つけると、直也は声をかける。


「巻口大尉。お疲れ様です」

「……おお、神威の坊主と出雲の嬢ちゃんか。初陣ご苦労だったな」


 タブレットを見ていた巻口大尉は、日に焼けた顔を上げると直也達を見る。口ひげを蓄えた強面は近寄り難い雰囲気を与えるが、面倒見の良さから部下達から慕われていた。神威秀嗣中将、出雲基成大佐よりも年上のため、直也は“神威の坊主”、彩華は“神威の嬢ちゃん”、あけみは“出雲の嬢ちゃん”と呼ばれていた。


「≪タロス≫の調子はどうですか?」

「全く問題ないぞ。今回は一方的な戦いだったんだろ」


 予想通りの回答に「機体にトラブルも無くて良かったです」と答える。今まで研究所ではより過酷な試験をしてきたので、問題がないとは思っている。しかし実戦は初めてだった事もあり、念のため確認をしたのだ。


「≪タロス≫よりもオペレーターの方に問題があるぞ」


 そう言うと、巻口大尉はタブレットに表示していた情報を近くのスクリーンに映し出す。戦闘中の全員のバイタルサインやリンク状態が表示されていた。その状態が、訓練時の者と比べると悪く、さらに作戦時間の経過に伴って悪化していた。


「戦闘中にも見て、あまり良くないなと思っていましたが、想像以上ですね……。実戦はここまで違うのか……」


 訓練では長時間の作戦にも耐えられるように、半日以上連続で戦闘し続けるような事もやっていた。だが今回は六時間程度の作戦時間で限界近い者が多く、訓練と同等の状態を保っていたのは直也、あけみ、龍一の三人だけだ。複数のロボットをコントロールするには、かなりの集中力を要する。


 集中力が高まるほどリンクレベルは上がる。最低のリンクレベルは1で、これはロボット兵器からの情報を得られるが、コントロールが出来ない状態だ。


 次いでレベル2。ここから上で自動モードのコントロールが可能となる。


 そしてレベル4以上になると、直接操作モードが可能になる。グリフォン中隊のオペレーターは、全員がレベル4以上でリンクしている。


 しかし精神的な負荷が多ければ、それだけ集中力が低下しリンクレベルに影響してしまう。レベル1以下になると、グローブを使った補助入力が必要で、「意のままに操る」事は出来なくなり、全体として戦闘力も低下するのだ。


「経験を重ねれば改善するはずだけれど、……今後の課題ね」


 あけみの言葉に、直也も同意する。


「と言う訳だ。明日の朝にはデータをまとめておく。だから、今日はしっかり休んどけ」

「ええ、そうします」

「そうだ忘れてた。出雲の嬢ちゃん、ちょっと良いか?」

「はい?」


 隊舎に戻ろうとした直也とあけみだったが、再び巻口大尉に呼び止められ、揃って振り返る。


「高周波ブレード、どうだった?」

「どうだった、とは……? とりあえず、良く切れます。でも銃弾の飛び交う戦場で有用とは思いません。あと、肩や腕の装甲が邪魔で、刀を振りにくい事がありました」


 言葉に棘がある。そこには「なぜ数百メートル離れた場所から攻撃すれば良いのに、目の前まで接近して刀を振らねばならないのか?」との抗議が込められていた。


 ただし、直也には七・六二ミリ弾を防げる≪ジウーク≫の装甲を、薄紙のように切り裂く威力は魅力を感じている。


「モノは大丈夫そうだな。装甲は少し工夫する必要がある、と。用途は……、まあ、上手く考えてくれ」


 手をパタパタと振り、もう帰っても良いと合図をすると、作業に戻っていった。


 腑に落ちない様子のあけみを見ながら、直也は内心で苦笑していた。巻口大尉も「刀のロマン」が分かる人だ。用途はともかく、作り上げた物が期待通りの性能を発揮して満足したらしい。


 格納庫を出ると、来た道を引き返していく。直也とあけみのゆっくりとした足音だけが、周囲に響いている。


 途中、雲の切れ間から月が姿を見せた。何気なく傍らに視線を向けた直也は、月光に照らされたあけみの顔に目を奪われる。ショートカットの髪、凜とした瞳にすっと通った鼻筋、一級の工芸品のように見事なバランスの顔立ちは、人々の目を引き付ける磁力を持っていた。


 視線に気付いたあけみが直也を見上げる。上目遣いの瞳に、直也の心臓がドクンと大きく脈打つ。


「どうしたの?」


 直也の様子に、あけみはからかう口調で問いかける。


「……月に照らされたあけみさんが、綺麗だなって思っただけですよ」


 それだけ言うと、直也は視線を正面に逃がし(良いものを見られた)と微笑を浮かべる。


 不意打ちの賞賛に、あけみは一瞬キョトンとした後、瞬間湯沸かし器のように一気に顔を赤らめる。


 あけみはオペレーターの中で歳年長のため、普段は“頼れるお姉さん”として余裕があるように振る舞っている。しかし恋愛経験は皆無で、しかも想いを寄せている直也に言われたとあって、頭の中がパニックになっていた。


(えっ? 直也君に綺麗って褒められたんだけど!? もしかして私の事が好きなのかな?)


 嬉しくて、顔がにやけてしまいそうになる。今なら木刀の素振り千回と、二十キロのランニングが余裕で出来そうな程、気持ちが舞い上がる。しかし直也に浮かれた姿を見せられないと、≪メーティス・システム≫を使いこなすために鍛え上げた精神力を総動員して抑え込む。


 そんなあけみの胸中など露知らず、直也は足を止めたあけみに気付く。


「あけみさん? どうしました?」

「誰にでも“綺麗”とか“かわいい”って言っているんでしょ?」

「いえ……。本当に思った時にしか言っていません。彩に止められているので……」


 微笑を浮かべる直也。幼少の頃から、父に「相手の良い所は褒めるように。特に女性は小まめにな」と言われていた。普段から彩華やエイミーで実践していた事もあり、ほとんど意識する事無く、素直に相手を褒めるようになっている。


(「本当に思った時」って。もうっ……! 直也君ったら……!)


 それは、あけみに取って不意打ちの追撃になった。抑えていた喜びが溢れかけて直也を直視出来ない。心臓が高鳴り顔が火照ってくるのを感じ、思わず俯く。


 あけみの心は、宇宙への打ち上げを待つロケットのように、舞い上がらんばかりだった。いま口を開いたら、愛の告白とか、色々余計なことを言ってしまいそうだ。しっかり口を結び、赤くなった顔を見せないように俯いたまま歩き出す。直也も何も言わずに従う。


 会話が途絶え、隊舎へと向かう数分間を無言で歩く。女子棟に到着した頃には、あけみは幾分落ち着きを取り戻していた。


「あけみさん、今日はお疲れ様でした。ゆっくり休んでください」

「お疲れ様。直也君もゆっくり休んでね。おやすみ」


 自然に笑みが浮かび、意図せず手を振ってしまう。それに気付いたあけみは、(子供っぽかったかしら?)と内心で慌てていた。しかし直也も、同じように手を振り返し去って行く。


(まるで恋人みたい……)


 無骨な宿舎の前で、二人とも迷彩服姿で手を振り合っていて、ムードの欠片もない。だがあけみはそんな事などお構いなしに、軽い足取りで部屋へと戻っていった。



(あけみさん、初めての戦闘の後だったけれど、すごく元気そうで良かった)


 直也は、隊員達の精神的な面を心配していた。中学生から“特殊訓練”を行ってきた直也と異なり、他の隊員達に今日の光景は相当な精神的負荷を与えたに違いない。それは副隊長のあけみも含まれる。いくら直也より年上でも、まだ二十三歳と若者なのだから。しかし、話した限り問題無さそうに見える。少なくとも今の所は。


(さっきのあけみさん、可愛かったな)


 顔を赤くして慌てたり、笑顔で手を振るあけみの姿は、いつものキリッとしてクールな雰囲気と異なり、愛らしさを感じるものだった。そのギャップがとても新鮮で好ましく感じた。


 そう、直也はギャップにちょっと弱かった。


 自室に戻った直也は書類仕事を片付けると、いつもより早く眠りについた。


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