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扶桑国戦記 (改訂版)  作者: 長幸 翠
第一章 統合機動部隊
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帰還後

 由良基地に戻るまで、グリフォン中隊の十人にほとんど会話は無かった。


 直也達十人が初の戦闘で殺傷した敵兵の数は、四桁にも達した。軍としては大戦果と誇る所かもしれないが、直也達にはそんな気持ちは一切湧いてこなかった。それよりも、画面越しではあるが、数々の生々しくも衝撃的な光景が思い出され、思わず顔を顰めてしまう。作戦中は淡々と戦闘をこなしていたが、戦闘から解放されて緊張が解けると、自らの行為に強い罪悪感や嫌悪感がこみ上げてくるのだ。


 軍人とは言え、今まで平和な国で命の奪い合いとは縁遠い生活をしてきたのだ。そのような気持ちを持って当然であろう。


 由良基地に戻ると、直也達十人は部屋の一つへと通される。中には陸戦旅団長の出雲大佐と二人の幕僚、そして救出した兵士が数名いた。直也達が成人するかしないかの年齢と知り、兵士達は驚愕の表情を浮かべている。


「ご苦労だった。戻ってきたばかりの所済まない」


 直也達を出迎えた出雲大佐は、傍らの士官に発言をするよう促す。


「第十二師団、第二大隊を指揮していた九鬼康宏少佐だ。諸君に命を救ってもらった。隊員を代表して心より感謝する。

 ……本当にありがとう」


 九鬼少佐の言葉に、後ろに控えていた兵士達も頭を下げる。


 そして九鬼少佐は直也達一人一人と握手を交わしていく。龍一には「今度は本人と握手できたな」と笑っていた。


「今回が初陣と聞いた。戦闘の凄惨さに思うところはあるだろうが、我々は国民と国土を守るために戦っている事を、改めて思い出して欲しい。そして諸君のおかげで救われた命があった事は覚えていて欲しい」


 その言葉にグリフォン中隊の十人は頷く。戦争とは言え、無条件に人殺しを肯定する事は出来ない。それでも心の中の重りが少し軽くなる気がした。


 話が終わると、救出された九鬼少佐と兵士達が部屋から退出する。今後は後方で休息と再編成をするらしい。


「初の任務ご苦労だった。明日から三日間は待機とするので、どうするかは神威中尉に任せる。ゆっくり休んでくれ」


 出雲大佐はそう言うと、直也達一人一人の表情を確認し、最後に愛娘――あけみ――に気遣う視線を送ると、踵を返し司令部へと戻っていく。部屋には直也達十人が残され、緊張が解ける。


「今日は自由行動とする。今晩はしっかり休むように。……あと、全員医務室に行って薬をもらってきた方が良いだろう。

 明日は〇九:〇〇にブリーフィングルームへ集合するように。……では解散」


 解散を宣言すると、隊員達はぞろぞろと部屋を出て行く。最後に部屋を出ようとしたあけみが、動かない直也と彩華の姿に眉を顰めるが、何も言わずに出ていった。後には直也と彩華が残される。


「彩、今日はよく頑張ったな」


 直也は慈しみを込めた微笑みを義妹に向ける。あの狙撃から、彩華はずっと塞ぎ込んだままだった。作戦中はリンク状態も常に低調で、直也は内心でハラハラしっぱなしだった。


 兄妹として子供の頃から一緒にいるため、家庭的で優しい彩華が戦闘に向かないだろう事は分かっていた。それでも考えを押しつける事はせず「直也と共に戦いたい」という意志を尊重していた。


 今ではグリフォン中隊でも重要な人物に成長し、一緒に戦い続けて欲しいと考えている。しかし今回の戦闘で本人が「もう戦いたくない」と言えば、その判断に任せるつもりでもいた。


 彩華は青ざめた顔に、今にも泣きそうな表情を浮かべながら、ゆっくりと直也に歩み寄る。


「今だけ、良いですか……?」

「……ああ」


 上目遣いの彩華に直也は小さく頷くと、彩華は義兄の胸に顔を埋め、胴に両腕を回して抱きついてくる。直也もまた、震える義妹の肩を優しく抱きしめる。


 子供の頃は「くっ付いていると安心する」と、よく直也に抱きついていた彩華だったが、成長するにつれて頻度は減り、彩華が中学生になった頃からはほぼ無くなっていた。今回は、彩華が精神的に参ってしまいそうだったから、特別だ。


 まるで幼子をあやすように、直也は何度もやさしく頭を撫でる。


「兄様……。もう、大丈夫です」


 抱きしめていたのは三分ほどだろうか。再び直也を見上げ「ありがとうございます」と言う彩華の表情は、とても穏やかなものに変わっていた。直也は両腕を解く。


「どうする? やっていけそうか?」

「はい。兄様がいるので大丈夫です」

「……あまり無理するなよ」

「辛い時には、また兄様にギュッとしてもらいます」

「それは約束出来ないな」

「えーっ……」


 調子が戻ってきたようで、直也と彩華は互いに笑い合う。そして二人で部屋を後にすると、廊下にはあけみとエイミーが待っていた。


「あれっ? 二人はどうしたんですか?」


 軽く目を見開き、直也は問いかける。既に部屋に戻っているものと思い込んでいたのだ。するとあけみは、「一緒に夕食でもどうかしら?」と聞いてくる。


「そうですね……。一時間くらい後はどうでしょうか?」

「ええ、分かったわ」


 優しく微笑むあけみ。あけみの誘いに乗る直也に、彩華は(私が誘っても、「俺と一緒に行動しなくて良いんだぞ」って言うくせに……)と、口をへの字にして見ている。


 一行は隊舎へと歩いて行く。


「直兄、今日はあたし頑張った!」

「そうだな。お疲れさん」


 エイミーが無邪気に笑いながら直也に抱きつく。直也は笑いながら慣れた様子でその頭をわしわしと乱暴に撫でる。エイミーの姿は、飼い主にじゃれつく犬のようでもある。その様子に、今度はあけみと彩華が、(羨ましい)と、揃って口をへの字にする。


「エイミー、離れなさい」

「えー、彩姉も直兄にギュッてしてもらっていたじゃん」


 半眼で睨んでくる彩華に、反論するエイミー。あけみとエイミーは、ドアの隙間からこっそりと部屋の中を覗いていたのだった。


 彩華が「兄妹だから、良いんですっ!」と言い返せば、エイミーからは「ずるーい」と声が上がる。


「エイミーもおしまい」


 直也が引っ付いているエイミーの髪を整えると、渋々エイミーが離れる。


 男性棟の前であけみ達と別れる。


「では、一時間後に食堂の前で」

「ええ、分かったわ」

「私も行きますから、待っていてください」

「彩は、別に一緒じゃなくても良いんだぞ」

「いいえ。兄様は一人にすると変な虫が寄ってくるから、目を離したらダメなんです」


 強い口調で否定され、直也が若干たじろぐ。


「変な虫って……」


 整った顔立ちの直也は、幼少の頃から同じ年頃の女子から人気があった。彩華というお目付役が目を光らせているせいで、告白されたことは少ないが。


 直也としては、彼氏を見つけてくれればと思う反面、義妹が知らない男と過ごす場面を想像したくない気持ちもあり、複雑な心境になるのだ。


 学生時代には、彩華が男子生徒から告白されている場面に遭遇し、思わず声をかけたこともあった。その時のことを、自分が義妹を見守って当然と考えて正当化していたが、彩華と同じ事をしていると気付いていなかったりする。端から見ると、似たもの同士とも言えた。


 ともあれ、直也としても彩華と行動を共にするのはいつもの事なので、断る理由も無い。


「分かった。待っているよ」

「はい、ではまた後で」

「あたしは適当に行くから、先に行っていてもいいよー」


 彩華は嬉しそうに微笑み、エイミーはブンブンと手を振る。


 女性陣と別れた直也は、男性棟にある自室で着替えを用意し、シャワー室でシャワーを浴びてから食堂へと向かう。


 待ち合わせ時刻の十五分ほど前に食堂に到着して待っていると、義晴とレックスがやってくる。曹長の二人は同室なので一緒に行動しているのだろう。


「あけみさんと彩華さんと待ち合わせですか?」

「ああ」


 義晴の問いに答える。研究所でも鈴谷市の基地でも同じ光景を見ていたので、今更の質問ではあった。


「俺たちも同席させてください」

「先に食べていても良いんだぞ」

「ぜひお願いします。俺たちはアウェイな感じなので」


 義晴の言葉に、直也は「分かったよ」と頷く。二十歳前後で下士官以上、さらに得体の知れない特別な兵器を扱う部隊。その隊長と副隊長の父親が上官である。知らない者達から見ると、コネで良い扱いを受けているようにも見える。そのため大部分の者からはあまりいい目で見られていないのだ。


 本拠地の鈴谷基地、そしてこの由良基地でも必然的に他の部隊と関わる事は少なくなり、中隊内で固まることがほとんどだった。


 間もなく迷彩服姿のあけみと彩華がやってくると、五人で食堂へと入っていく。


 直也達を見つけた他の隊の兵士が、近くの兵士達と囁き合う姿が見えるが、直也達は気にしない。


「大戦果だったそうじゃないか。たくさん食ってくれ」

「期待しているぞ」

「しっかり食べて活躍してちょうだいね」


 食堂の配膳を担当している係員達も今日の戦闘結果を知っているようで、いつも以上に声をかけられる。係員は中年のおじさんやおばさんが多く、ちょうど自分たちの子供くらいの直也達に世話を焼いてくれるのだ。いつも以上にたくさん盛り付けられた食事を見て、直也達も苦笑いを交わす。


 食堂の席は半分ほど埋まっていたが、直也達が定位置にしている席の辺りは空いており、

龍一と亮輔、久子が既に食事をしていた。近くの席に着いて食事を始める。


「周りの反応がいつもと違いますね」

「今日の戦闘の話を聞いてビビってるんだろ」


 レックスの言葉に、食べ終えていた龍一が少し不愉快そうに答える。


 程なく三奈とエイミーのコンビもやってきた。手に持つトレーにも山盛りの料理。一見、小柄なエイミーは小食に見えるが、かなりの大食家だ。


「いつもより多いから、食べきれるか心配だよ」

「そうか? アタシは余裕だけどな」


 少し心配そうな三奈と、なぜか得意げなエイミー。


「エイミーって色々小さいのに、たくさん食べるよね。どこに消えているんだろう?」

「うるせー」


 同年齢で友人の二人は気安くいじり合う。どちらも性格はアッサリしており、元気で明るい三奈と、男っぽいエイミー。ついでにポニーテール同士である。


「三奈、多いならもらうぞ」

「良かった。お願いします」


 まだ食べ足りない龍一の皿に、三奈は喜んで取り分けていく。結局、三割ほどが龍一の方に移動した。


「そんなにやったのか。大きくならないぞ」

「僕は食べ過ぎると、お腹に脂肪が付くんだよ……」

「弱っちいなあ。アタシはどれだけ食べても太らないのに」


 何が「弱っちい」のかは不明だが、勝ち誇ったようにエイミーは平らな胸を反らす。その言葉に、あけみと彩華の頬がピクッと引きつる。その反応から、二人も食べ過ぎると腹回りに影響があるらしい。


(苦労しているんだな……)


 直也はそう思いながらも、表情に出さずに食事を続ける。直也達からすると、成人男性以上の量を食べているのに、お子様体型を維持しているエイミーの方が謎である。


 初めての戦闘を終えた後で、皆の様子が心配だった直也は、普段とあまり変わらない食卓の風景に、内心で安堵していた。


「そういえばひーちゃんって、全然食べないのに胸大きいよな。何かやっているの?」


 エイミーが久子に胸の話題を振る。久子はグリフォン中隊の女性オペレーターの中で、最大の胸の大きさを誇っているのだ。あけみと彩華の眉がピクッと上がり、話に集中するかの如く耳を澄ませている。ちなみにこの二人は、胸部装甲の薄い方から三位と二位を誇る。裏で色々と涙ぐましい努力をしているが、一向に成果は出ていなかった。


「特に何も。敢えて言うなら、適度な運動をして、しっかり寝る事かしら?」


 久子が頬に手を当て、まるでちょっとした健康のコツを話すような軽いノリで返す。内容が内容なだけに、男性陣の間に気まずい空気が流れる。


 レックスは姉の無遠慮な質問とその内容に、少し頬を赤らめていた。そして、外見に似合わず女性が苦手な亮輔は、落ち着き無く視線を彷徨わせながら、食事を口に運んでいた。食事が終わっていれば、すぐにでも席を立っていたことだろう。龍一も、そのゴツい外見に似合わず顔を朱に染めている。


「……直也さん、明日からの三日間はどうするんですか?」

「そうだな……」


 気の利く義晴が話題を振り、直也は少し考える様子を見せる。亮輔とレックス、そして龍一は、傍目にも分かるほどホッとした様子を見せていた。


 オフの時間は階級の上下は気にせず、友人のような気軽さで話しあう直也達。年齢が近く、研究所で一緒に行動していたからとも言えるだろうか。


「明日は朝〇九:〇〇にデブリーフィングをしてからは自由行動かな? と言っても戦況次第で緊急招集もあり得るし、由良市は疎開中で誰もいないから、基地で時間を潰すしかないだろうな」

「鈴谷市まで戻れば色々あるのにな……」

「前線だから仕方ないよ。僕は自主トレやって終わりだろうな」


 エイミーの残念そうな声に、運動好きな三奈が答える。直也にも訓練以外にやることが思いつかなかった。


 あけみも「指揮車でシミュレータを使えるように頼んでおきましょう」と付け加える。≪九五式多脚指揮車≫を使えば、シミュレーターで訓練が出来る。由良基地にもシミュレーターが使える部屋を用意してもらえる事になっているが、移動して間もないために準備が出来ていなかった。


「休みとは言え、結局は訓練するしか無いのか。俺は構わないけどな」


 三奈からのお裾分けを平らげた龍一が会話に参加する。それからも休みの過ごし方をどうするか話し合ったが、結局は自主トレーニングと訓練をする事に決まった。


 戦闘では車両に乗っているため、ほとんど体を動かさない。しかしいつ自分の乗る車両が破壊され、自分の足で移動することになるかも分からないのだ。軍隊という組織上、体力が資本という意識が根強く、トレーニングが推奨されている事もある。


 明日からの話は終わり、今日の戦闘の話に移る。


「戦闘で色々な物を見た割に、食欲はあまり変わらないね」

「……きっと、画面越しで臭いが無いのが大きいと思います。多分臭いがあったら、食事出来なかったと思います」

「確かに、今日は戦場で車外に出ていないからな」


 三奈と亮輔、龍一の言葉に数人が頷く。


「でも、今回は僕たちがあの光景を作り出したんだよね……」

「……奴らが戦争始めやがったんだから、しゃーねーだろ」


 顔を顰めるレックスに、エイミーが苛立ちの籠もった声で続ける。やはり、実戦に色々思うところがあるのだ。


「これからも見る事になるから、辛い時は一人で抱え込まないで、誰かに相談して欲しい」


 今日一日で、直也も多くの死体を見てしまった。戦争が無ければ、あと数年、数十年生きていたかもしれない人々。国の舵取りをする者達の身勝手な意思によって、数え切れないほど多くの人々が体や心に深い傷を負い、不幸になるのだ。


(俺もいつ、死者の列に加わるのだろうか……?)


 直也はふと思い浮かんだ考えを、次の瞬間には振り払う。弱気になってはいけない。自分の判断によって大切な仲間達を死なせる可能性があるのだから。自分だけならともかく、仲間達が死ぬ事は絶対に避けねばならない。


「今日はゆっくり休むように。先程も言ったけど、医務室で睡眠薬をもらった方が良いかもしれないな。明日の〇九:〇〇に遅れるなよ」


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