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扶桑国戦記 (改訂版)  作者: 長幸 翠
第一章 統合機動部隊
16/73

友軍救出作戦5

 あやか達ブラボー、エコー小隊は、国道に展開していた敵部隊を殲滅後、小隊毎に別れて別行動となっていた。


 敵の第二、第三中隊を攻撃したのはブラボー小隊とエコー小隊だ。≪カワセミ≫、そして≪タロス≫の索敵能力を活かし、ズレヴィナ軍部隊の移動ルートを完璧に把握して待ち伏せ、一方的に攻撃して蹴散らして見せた。


 敵第三中隊への攻撃中に離脱した亮輔とエイミーのエコー小隊は、一足先に第四中隊の側面に回り込んでいた。


『02よりエコー小隊。準備は良いかしら?』

「08より02。いつでもいけます」


 あけみからの通信に、亮輔は緊張した声で答える。この緊張は戦いを前にしてと言うのではなく、年上の女性との会話のためであった。実際は声を発しているのではなく、考えた内容を相手の脳裏に送っているのだが、緊張感は比較的忠実に再現している。


 あけみも亮輔の緊張している理由は分かっているため気にすることはなく、『02了解。攻撃開始』と指示を出す。


「エイミー、攻撃開始だ」

『あいよっ!』


 威勢の良い声と共に、先回りしていたエイミーの≪タロス≫五機が敵の側面に向けて前進を開始する。


 先程の第二、第三中隊への攻撃は、侵攻してくる敵をただ待ち受けて迎撃するだけであったが、第四中隊への攻撃は、後退する敵の追撃となる。


 五機のうち三~五番機の三機は重装型と呼ばれる機体だ。通常型に比べると機動性と稼働時間は少し低下するが、その名の通り各部のアクチュエータや装甲が強化されており、重量のある武器を装備可能となっている。


 この三機が今回装備しているのは、≪タロス≫や≪アトラス≫用に開発した十二・七ミリガトリングガンだ。三銃身化する事で重機関銃より連続射撃時間に優れる。反面、重量は増加し、人が二人がかりでなければ持ち上げられない。


『09、攻撃開始するぞ!』


 敵の側面七百メートルまで接近すると、第四中隊の端にいた第三小隊に掃射を開始する。


 側面から予想だにしない銃撃を受け、敵兵士数名が火花と血飛沫を上げて倒れ込み、そのまま動かなくなる。銃撃を免れた兵士達が慌てて木や岩の陰に逃げ込むと、後を追うように銃弾が命中して木片や岩の欠片を巻き上げる。


 銃撃が止むと、恐る恐る顔を出す。≪タロス≫の姿を確認した兵士達は、初めて見る異形の兵士に目を見開いていた。そこに亮輔のコントロールする≪タロス≫三機が狙撃する。二十ミリ対物ライフルの銃弾は≪ジウーク≫の装甲を紙のように貫き、敵兵士を血祭りに上げていく。


 動きの止まった兵士達に、エイミーの≪タロス≫一、二番機が左右から襲いかかる。その手には二丁の十二・七ミリライフルがあった。これも≪タロス≫や≪アトラス≫用に開発された武器だ。


 気付いた敵が無我夢中で銃撃をしてくる。五人が≪タロス≫一番機に、七人が二番機に集中攻撃するが、≪タロス≫はその体格からは考えられないような身軽な足さばきでジグザグに回避行動を取る。ほとんどの銃弾が外れ、一部は命中するも空しく弾かれて装甲に火花を散らせるだけだった。


 一、二番機に気を取られて物陰から体を出すと、ガトリングガンや対物ライフルを持った≪タロス≫に撃ち抜かれて数を減らして行く。敵兵士の必死の抵抗を嘲笑うかのごとく、≪タロス≫一、二番機は走りながら三百メートル離れた敵兵士に銃弾を浴びせかける。


 人間の兵士では、走りながら発砲して三百メートル先の標的に当てることは到底不可能であるが、≪タロス≫には可能だ。縦横無尽に走りながらも射撃は正確。人間に勝ち目などあるはずも無く、第三小隊の三十人は五分と経たずに全滅した。


「08より02へ。一個小隊規模の殲滅を完了」

『02了解。迫撃砲の攻撃は指示あるまで継続。あとは無理しない範囲で、他の小隊への攻撃もお願いね』

「08了解」


 通信を終え、亮輔は少し緊張を解く。戦いの高揚感は感じられず、初の実戦のせいか、いつも以上に疲労を感じる。


 配下の迫撃砲搭載≪バーロウ≫三機は、敵の分断と撤退を阻害する目的で射撃を継続している。


「今のうちに補給だ」

『わかったー』


 戦場に似合わぬエイミーの子供っぽい声に、内心でほっと息をつく。


 チャーリー小隊が友軍と合流し、作戦はようやく後半に差し掛かってきたところだ。今戦っている敵を完膚無きまでに叩いて戦意を奪い、友軍の撤退まで寄せ付けなければ良い。


 これまでの戦闘で数機の≪タロス≫が被弾しているものの損傷は全く無い。敵兵士が持っている武器のほとんどが、対人用の五・五六ミリライフルだったことが理由だ。


 残弾もまだ余裕があり、まだ二戦ほどは可能だ。バッテリーも平均で六割以上残っていて不安はない。あとはオペレーターの体調だけだ。


 表示をオペレーターのバイタルサインとリンク状態に切り替える。自分を含めたほとんどのオペレーターで、訓練時に比べて変動が大きいように思える。


「エイミーは疲れていないか?」

『うーん……、ちょっと疲れたかも? 訓練より楽なはずなのに、おかしいな……?』


 今までの訓練では、連続で十二時間戦い続けるというハードなものもあった。それに比べると今回の作戦は軽い部類に入る。にも拘わらず疲労を感じていることに疑問がある様子だ。


「初めての実戦だからかもしれない。俺もいつもより疲れている気がするし」

『そんなもんかなー? みんなはどうなんだろう?』


 エイミーが、≪タロス≫五番機の十二・七ミリガトリングガンの弾薬を交換しながら聞いてくる。この銃の欠点は、弾薬交換に手間がかかる事だ。まるで着物の着付けのように、別の≪タロス≫や人が手伝ってやる必要がある。今はエイミーが一番機を直接操作モードで動かして作業している。


「確認は基地に戻ってからだな。まずはしっかり任務をこなして無事に帰ろう」

『んー、そうだね』


 弾薬の補充を終えると、エコー小隊は次の敵を求めて移動を再開するのだった。



――――


 第二、第三中隊の生き残りで臨時の二個小隊を作り上げ、中隊は通常編成の三個小隊から五個小隊となり、元来た道を戻り始めた第四中隊。数分後、隊列の一番東側を進んでいた第三小隊が攻撃を受けたと連絡が入った。


「第三小隊の援護に行くべきです!」

「敵は強すぎる。残念だが諦めて撤退するべきだ!」

「仲間を見殺しにしろというのか!?」

「お前たちは交戦していないからそう言えるのだ! 早く逃げないと全滅するぞ!!」


 救援に向かうべきと進言する第四中隊の兵士と、第二、第三中隊の生き残った兵士の間で意見が対立する。中隊長が諫めようとしたところで、周囲に迫撃砲弾が降ってきた。


「クソッ! 迫撃砲小隊に撃ち返すよう伝えろ!」


 敵の姿は見えないが、威力から八十一ミリ迫撃砲と判断できる。後方――来た道を戻っているため、今は前方になる――で射撃準備をしていた小隊に予想座標への攻撃を指示する。一分程の後、敵の迫撃砲陣地に次々と着弾。敵の攻撃は止んだ。


(やったか……?)


 ピタリと止んだ敵の攻撃に、中隊長が第三小隊の援護に向かうべく指示しようとしたのも束の間、今度は別の方角から迫撃砲弾が降り注ぐ。ただし今度は迫撃砲陣地へのカウンター攻撃だ。十発以上の砲弾によって、迫撃砲小隊からの通信が途絶える。


 ほぼ時を同じくして、後方から狙撃を受けていると報告が入り、多くの兵士が背筋を凍らせる。処理能力を超え、頭の中が真っ白になりかけた中隊長だが、敵は自分たちの手に負えないと考えるだけの判断力は残っていた。


「総員撤退! 全力で逃げろ!」


 周囲には迫撃砲弾が降り注ぎ始め、後方からは断続的に銃声が響く。戦意を喪失した中隊は、待っていましたとばかりに、全員が走り出す。


 砲弾が固まって走っていた集団に着弾すると、数名の兵士が吹き飛ばされ、砲弾の破片によって傷を負う。


 脇目も振らず走っていた兵士が背後から対物ライフルに撃たれ、数メートル空を舞った後に地面に叩きつけられる。


 ズレヴィナ軍兵士に、さらなる凶報が舞い込む。


「十時方向から敵襲!!」


 弾薬補充を負えたエコー小隊だ。エイミー配下の≪タロス≫三~五番機によるガトリングガンの掃射によって、≪ジウーク≫を装着した兵士が薙ぎ払われる。その猛烈な火線に飛び込むわけにも行かず、多くの兵士が足を止めざるを得なかった。


 そこに、ブラボー小隊が追いつき、最後の戦闘が行われた。



 足を止めた中には、第一、第二小隊の一部と行動を共にしていた中隊長もいた。ようやく大隊と通信が繋がり、通信兵から受話器を受け取った所だった。後ろを振り返り、迫り来る五つの人型に目を奪われた。二足歩行の人型だが、森林迷彩に塗装されたボディに角張ったフォルム。直感で「人では無い」と思ったのは、SF映画で見たロボットの動きに似ていたためか。


 二機が持っているのはライフルだ。しかし口径五・五六ミリや七・六二ミリのものよりも大きく、長さは十二・七ミリ重機関銃並みに見える。それを軽々と振り回し、右へ左へと動き回ってこちらを翻弄しながら、正確な射撃で仲間を撃ち倒している。


 残りの三機に目を留めた中隊長は、その手に持つ物に思わず「えっ?」と声を漏らす。他の二機とは違い、時代遅れとも言える近接戦闘用の装備――剣――を持っていたせいだ。いや、ブレイドが緩やかに反っているから、扶桑国に伝わる“刀”という武器だろう。


 その三機が地を蹴り走り出し、二つの集団目がけて突入してきた。中隊長のいる十人程度の集団に一機が、もう片方の二十人ほどには二機が。


 中隊長は、自分の方に突っ込んでくる一機に意識を集中する。


 こちらの銃撃を器用に掻い潜り、一気に距離を詰めてきたロボットは、兵士を小銃ごと袈裟切りにした。兵士は小銃で刀を受け止めようとしたが、火花と不快な高音を響かせつつアッサリと断ち切られたのが見えた。「まるで熱したナイフがバターを切るように」という表現その物の光景だった。


「な……」


 集団に入り込まれると、こちらは誤射を恐れて容易に攻撃出来なくなる。


 銃床で殴りつけようとした兵士は、反す刀で両腕を切り飛ばされると、その腕が地面に落ちる前に首を撥ねられる。


 続いて近くにいた兵士の胴を切って上半身と下半身を泣き別れにする。≪ジウーク≫の装甲が火花を散らしながら容易に切断される様子は、余りにも現実離れしていた。


 まるでアクション映画のような非現実的な光景が目の前で繰り広げられ、中隊長は恐怖で我を忘れていた。


『オイッ!! 第四中隊! 状況を報告しろっ!』


 手元から聞こえてくる声に、慌てて受話器を耳に押し当てる。


「こちら第四中隊! 現在交戦中っ!!

 第二、第三中隊は、敵の攻撃によって壊滅!」


 中隊長が顔を上げると、七人目が倒れるところだった。


「敵が強すぎるっ!!」


 残っていた軍曹と通信兵が、敵を近寄らせまいと手にした小銃を撃ちまくる。


「アレは……」


 敵機は軍曹に狙いを定め、車のような速さで一息に近付く。


 そこからはスローモーション映像のように、全ての出来事がとてもゆっくりと見えた。


「ウオオオーーッ!!!」


 軍曹が腹に響く雄叫びを上げながらライフルを振り上げ、銃床で殴りつけようとする。だが、敵機は踏み込むと、すれ違いざまに軍曹の胴を薙ぐ。ライフルを持ったまま軍曹の上半身が宙を滑り、ドサリと地面に落ちた。


「ば、化け物だ!!」


 あまりの恐怖に、中隊長は我を忘れて泣き叫ぶことしか出来ない。


 敵機はこちらを見ると、向きを変えて接近してきた。森林迷彩を施した塗装に、赤黒い染みが点々と付いている。


 隣にいる通信兵がマガジンを入れ替え、敵機に向かって引き金を振り絞る。


 タッタッタッタッタッタッ!!!


 間延びしたような銃声が聞こえ、ほんの数メートル先まで迫った敵機の体に火花が散る。しかし効いている様子は全くない。


 二メートルまで接近した敵が斜めに刀を振り上げると、通信兵の持っていた小銃の銃身が断ち切られる。


「助けて……」


 眼前の敵は、振り上げた刀を返すと、中隊長を通信兵もろとも袈裟懸けに断ち切った。



 大隊長は、第四中隊からの通信を受けて救援を送ろうか迷っていたが、パワードスーツを装備した兵士ですら相手にならなかった事から躊躇し、偵察ドローンを飛ばすことしか出来なかった。そのドローンも悉く撃墜され、敵の姿は掴めなかった。


 それから間もなく、出撃時の十分の一以下の二十四人まで数を減らした兵士が、這う這うの体で逃げ帰った。


 兵士は誰もが怯えきり、錯乱している者も少なくない。情報を得ようにも要領を得なかったが、優れたパワードスーツまたはロボット兵器を実戦投入し、こちらの≪ジウーク≫を圧倒したと言う事は分かった。


 謎の敵によって既に包囲が破られていることもあり、大隊長は作戦中止を進言するため、司令部との通信を開くのであった。






――――


 反撃に出てきた敵の三個中隊を難なく壊滅させたブラボー中隊とエコー小隊は、本隊に迎撃に成功した事を報告し通信を切った。


 チャーリー小隊は、包囲されていた第十二師団の生き残りと合流を果たして撤退中。アルファ小隊とデルタ小隊も、損害無く敵の排除に成功していた。


(ここまでは予定通りね)


 弾薬を補充している間、あけみはブラボー、エコー小隊の状況を確認する。バッテリー残量や残弾は問題無いが、オペレーターは初の実戦による緊張のためかリンク状態は低調だ。とは言え敵を圧倒していた事もあり、戦闘に影響した様子はない。


(今時の戦場で刀なんて、役に立つのかしら?)


 ≪タロス≫五番機の視界を通して、≪九五式多脚指揮車≫の近くに待機させている一~三番機を見る。三機とも所々に血痕が付着しており、自らの所業を嫌でも思い知らされる。


 今回、刀を装備した≪タロス≫は、あけみ配下の一~三番機のみだ。あけみの母親は数年前まで入院しており、転勤の多い父親との二人暮らしよりは良いだろうと、父親の実家で中学生まで過ごしてきた。実家には剣術道場があり、あけみも幼い頃から従兄弟と共に刀や長刀の鍛錬に勤しみ、“天才剣術少女”として大会で数々の実績を残してきた。


 それに目を付けた研究所が、≪タロス≫や≪アトラス≫用の白兵戦用に開発した高周波ブレードで刀を作り上げた。


 本来はナイフ型として開発したものだが、“刀型にした場合の戦場での有用性を調査する”というお題目――要はデータ取りのため――で刀型も作成していたのだ。試作品で数も少なく、現状はあけみ専用の装備である。


 初めて見た時、一彰が臆面も無く「ロマンだ」と言い切った時には突っ返すつもりだった。しかし直也の「敵のパワードスーツと戦うときに使えるかもしれない」との言葉に思い止まり、今回の戦闘に持ち込んでいた。


 技術屋のロマンに付き合う趣味は無いが、同じ戦闘班の直也の言葉であれば(直也君の言うことなら、あり得るかも?)と考え直した次第だ。


 先程の戦闘では、敵がパワードスーツであったことから敢えて刀を使ってみた。しかし十二・七ミリ弾で倒せる程度の敵ならば、射撃の方が接近する必要も無くて手っ取り早い。ブレードを駆動するためにバッテリーを消費する必要も無い。至近距離でグロテスクな映像を見る必要も無い。何より精神的な負荷の大きい直接操作モードにする必要が無い。弾薬を消費しない以外、刀で戦闘するメリットは全く感じられなかった。


 今使っている≪タロス≫のAIは接近戦の機能が乏しく、使用する時は直接操作モードにする必要がある。先程の戦闘でも、刀を装備した三機を同時に直接操作モードで動かしていた。


 グリフォン中隊では、“自動モードで戦闘時も≪タロス≫を六機以上コントロール出来る事”、“直接操作モードで同時に≪タロス≫を二機以上操作出来る事”が必須条件となっている。特に直接操作モードで安定して操作するためには、驚異的な集中力とセンス、そして訓練が必要である。しかも二機以上操作する事は、一つの脳で二人以上の体を別々に動かすことに近い。ある意味“超能力”とも言えた。


 弾薬補充完了の知らせに思考を戻し、レーダースクリーンを確認する。


「みんな大丈夫ね? このまま前進して、敵の侵攻を阻止します」


 あけみの号令によってブラボー、エコー小隊は南下を再開した。



 その頃、チャーリー小隊は友軍と共に山を下っていた。数機の≪タロス≫を護衛に付け、その他の≪タロス≫と≪バーロウ≫は足早に山頂と道路の間を往復して、次々と荷物を運んでいく。


 国道には護衛の戦車隊と共に多くのトラックやバスも待機しており、輸送準備が整っていた。焼け焦げた敵車両は道路脇へとよけられ、所々穴の開いた道路も砂利で埋められており、走行には支障がない。


 負傷兵を収容したトラックや救急車、荷物を積み終えた車両が次々と出発していった。続いて兵士達の亡骸を載せたトラックもまた、周囲の敬礼に見送られて発車していく。


 救助された無事な兵士達が、トラックやバスに乗り込んでいく。例外なく疲労の色は濃いが、絶望の淵から救われて気力は幾分回復しており、粛々と撤収作業が進んでいる。ある者は生還出来る喜びに頬を緩ませ、またある者は仲間達と冗談を言い合い、そして肩を震わせ涙する者もいた。


「俺たち、生きているんだな……」


 バスの窓から海を見つめていた若い兵士が、ポツリと呟く。つい先程までは、死を覚悟していたのだ。


 ふとポケットから、所々土が付いて汚れている紙を取りだす。それは塹壕内でしたためていた遺書であった。内容は両親と弟、そして婚約者に宛ててのものだ。届けられないと分かっていても、書かずにはいられなかった想い。それを自分の口から伝えられる幸運に、思わず胸が詰まる。改めて読み直しているうちに、若い兵士の頬を涙が伝っていた。


 兵士の収容が終わった車列は、由良市近郊の基地への帰途に就く。



 春の夕暮れは早い。出撃時は曇っていた空もいつしか晴れ渡り、西日でオレンジ色に染まっている。≪九五式多脚指揮車≫から、バッテリー交換が終わった≪カワセミ≫が飛び立っていく。


 アルファ、デルタ小隊は予定通り第二山岳大隊を攻撃し南に押し返すと、ブラボー、エコー小隊と共に敵の北上を阻止するべく警戒していた。


 撤退した部隊によって、敵旅団の司令部にはグリフォン中隊の存在が知れ渡っていた。ズレヴィナ軍はこの得体の知れない敵に対して戦闘ヘリと攻撃機の編隊を差し向けたが、由良基地から迎撃のため出撃した≪F-33≫戦闘攻撃機によって一発の弾丸も発射する事無く引き返していった。


 睨み合いのまま時間が経ち、グリフォン中隊は後退を開始する。大損害を受けたズレヴィナ軍に追撃する余裕も無く、救出作戦は無事に終了した。


 入れ替わりに、この方面を担当する第十師団の部隊が戦域に入り、警戒と敵兵士の遺体の埋葬を行う。


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