友軍救出作戦3
「第一、第二歩兵大隊との通信出来ません!」
通信士の声を聞きながら、第一〇二山岳旅団、自走榴弾砲大隊の大隊長は、薄暗い車内で光を放つディスプレイの一つを睨みつけていた。
大隊は陣地に立て籠もった敵を砲撃するために、十八両全ての自走榴弾砲を展開中で、間もなく準備は整う。敵部隊の規模に対し過剰な数ではあるが、“地面を耕すほどの砲撃”は我が国の伝統とも言えるし、敵の撤退が続き最近出番の減りつつあるこの部隊にとっては、訓練も兼ねている。
砲撃予定時刻を迎えたが、無線機は沈黙を保っている。本来は、第一歩兵大隊からの砲撃要請を以て開始する手筈であったのだ。
「指定されていた座標に、砲撃を開始しますか?」
動かない大隊長を見かねて副官が声をかける。しかし大隊長は首を横に振った。
「誤射は避けたい。状況を確認してからだ」
「はっ!」
戦域図には、敵の救援部隊も表示されているが、海岸線沿いの国道八号線で守りを固めている戦車隊と小競り合いをしている程度だ。
「海岸線沿いに展開している部隊に、敵の状況を問い合わせろ」
通信士は頷くと、無線機に質問を吹き込む。回答は「射程ギリギリで撃ち合いをしているが、双方に被害は無い」との事だった。こちらの戦車を陣地から誘い出すため、挑発しているという。
「敵にとっては時間が無いはずなのに、随分悠長な戦い方をしますね。まるで、何かを待っているような……」
副長の何気ない言葉に、ピクッと眉を動かす大隊長。
(どのような存在かは分からないが、第一、第二歩兵大隊は攻撃を受けているのかもしれん。グズグズしていると、敵を取り逃がしてしまうぞ!)
砲撃予定地点は、予め第一、第二大隊に連絡済みだ。間違っても立ち入ることは無いだろうと判断する。
「第一、第二歩兵大隊の状況は不明だが、指定座標に砲撃を行う。間違っても友軍の上に落とすなよ!」と声を上げる。
だが、指揮車の内部が俄に活気付き始めたところで、突如、空襲警報が鳴り響いた。
「敵攻撃機、三時方向から急速接近! 数は二……、いや、六機!!」
周囲は北から東にかけて山が続いている。敵機は低空で山の陰に隠れて接近してきたために発見が遅れた。
「砲撃中止! 全車退避だ!!」
慌てて指揮車から飛び出した大隊長と副長が東北東の空に目を凝らすと、小さな点がいくつか見えた。随伴してきた高射ミサイル中隊に所属する自走式対空ミサイル車両から対空ミサイルが発射され、白い尾を残して敵機に向かっていく。
自走榴弾砲に敵機を撃ち落とす能力は無い。周囲にいる八両の対空車両だけが頼みの綱だった。敵も対地ミサイルを発射するのが見えた。
(撃ち落としてくれよ!)
歯を食いしばり、大隊長は空を睨みつける。
こちらの放った対空ミサイルを回避しようと、敵機がパッと広がるのが見えた。追いすがるミサイルに対し、チャフやフレアを撒き、そして高機動で次々と躱していく。
自走榴弾砲の周囲に展開していた自走対空砲四両が、敵機の放った対地ミサイルを迎撃しようと三〇ミリ機関砲を撃ち始め、轟音が辺りを満たす。
空に三つオレンジ色の爆発が見えたが、次の瞬間、迎撃できなかった対地ミサイルが対空車両に突き刺さった。爆発音が響き渡る度、機関砲の発射音が減っていき、十秒と経たずに全ての機関砲が沈黙した。大隊長が辺りを見回すと、高射ミサイル中隊八両の対空車両は全て炎上していた。
ジェットエンジンの爆音が響き渡り、大隊長は目を見開いたまま音のする方角に顔を向ける。胴体が少しずんぐりしているが、凹凸の少ない、濃淡のグレーで塗装された単発の戦闘爆撃機。正面から見ると、ステルス機特有の平行四辺形のエアインテーク、そしてV字の垂直尾翼が見えた。
「≪F-33≫……!」
エトリオ連邦で開発され、扶桑国でも運用されている新型ステルス機。あろうことか、こちらの対空ミサイルを全て回避し、六機全て健在だった。そして、こちらに対抗する手段は残っていない。
そのうち二機の兵器庫の扉が開き、小型の爆弾が次々と投下されていく。その様子を大隊長は鬼の形相で睨みつけるが、それで敵機を撃ち落とす事など出来ない。二十名以上の兵が、手にする小銃や自走榴弾砲の機関銃で敵機や爆弾を撃っているが、命中することなど奇跡に近く、“無駄な足掻き”以上の意味は持たなかった。
十八両の自走榴弾砲と十両の砲弾補給車に爆弾が命中していく。砲弾が誘爆した砲弾補給車が、轟音と共にオレンジ色の火球と化し、衝撃波が周囲の兵を根こそぎ転倒させる。自走榴弾砲の砲塔が吹き飛び、百メートルも離れた場所に落下する。爆弾が命中しなかった自走榴弾砲に≪F-33≫が二五ミリ機関砲を浴びせると、車体に穴が開いて動きを止める。十二・七ミリ機銃に取り付いて撃ちまくっていた兵士が、血飛沫と共に吹き飛ぶ。
大隊長と副官は、苦楽を共にした兵士が次々と斃れていく様を見ている事しか出来なかった。
敵機発見から十分も経たないうちに、第一自走榴弾砲大隊は数両を残して壊滅し、付き従っていた高射ミサイル中隊は全車両を失ったのだった。
――――
再び時は遡る。
グリフォン中隊のブラボー、エコー小隊は、副隊長である南雲あけみ中尉の指揮の下、海岸線沿いを走る国道八号線へ向けて西に移動していた。目的は、救援部隊本隊の進撃を阻んでいる敵戦車や車両、そして山の西側斜面に潜む敵兵を排除する事だ。
友軍はチャーリー小隊と合流し荷物をまとめた後、この西側の斜面を降りて国道八号線を進む本隊と合流、車両で北に撤退する手筈だ。
攻撃予定地点へ移動しながら、あけみ(02)はペアの支倉義晴曹長(05)、そしてエコー小隊の穂高亮輔少尉(08)、播磨エイミー曹長(09)に指示を出す。
「02よりブラボー、エコー小隊各員へ。自分と09は戦車の排除、08と05は他の敵を攻撃してね。敵の反撃に注意して、攻撃後はすぐ移動するように。目標は08に任せるわ」
『05了解』
『08了解です』
『09了解っす』
義晴、亮輔、エイミーから返事が返ってくる。
移動中、哨戒中の一個小隊と遭遇し、すでに排除済みだ。敵は国道東側からの攻撃は無いと考えていたようで、守りはこの部隊のみ。しかし敵は警戒を強めており、間もなく攻撃開始地点と言ったところで、敵の偵察ドローン十機が周囲を警戒していた。
「偵察ドローンは≪カワセミ≫の対空ミサイルで攻撃。撃ち漏らしたものは地上からのミサイルで排除」
『『了解』』
あけみの指示に、ブラボー、エコー小隊の面々は「いよいよ本当の戦闘が始まる」と気合いを入れる。
≪バーロウ≫に積んでいた携帯式対空ミサイル、携帯式対戦車ミサイルを≪タロス≫に持たせていく。準備が整うと、まずは敵の偵察ドローンの排除を開始した。
五機の≪カワセミ≫が計十発の超小型対空ミサイルを発射し、敵偵察ドローンは二機を残して撃墜。残った敵偵察ドローンも≪タロス≫から放たれた携帯式対空ミサイルから逃れることは出来ず、空中に爆発の花を咲かせた。
偵察ドローンの排除を終えると、間を置かずに敵車両への攻撃準備を始める。≪カワセミ≫数機が大胆に敵部隊上空を西に抜け、海上から敵部隊の映像を送る。敵は≪カワセミ≫に気付いて小銃や機関砲で攻撃してくるが、変則的な機動に惑わされて、撃墜される事無く射程外へと抜けた。
あけみは海岸沿いの国道上に展開する敵部隊を確認する。崖下で北の本隊戦車隊と交戦している八両の敵戦車は、南下しようとする本隊の前進を阻んでいる。四両ずつ前後に並べられ、砲弾を消費すると入れ替わるようになっている。戦車の前には巨大なコンクリートブロックがいくつも置かれており、突入を防ぐ障害、そして車体への被弾を防ぐ役割を果たしている。後方には、弾薬補給のためにトラックと兵員が待機する。
戦車隊が塞いでいる辺りは、国道のすぐ東が切り立った崖になっている。しかし南に行くに従って斜面が緩やかになっていき、人が歩いて通れるようになっている。この辺りには、戦車五両の他に装輪装甲車と装甲兵員輸送車の合計十両が長い列を作っている。戦車の百二十五ミリ滑腔砲、そして装輪装甲車の三十ミリ機関砲が、東の山頂側に向けて睨みを利かせている。これは、自走榴弾砲部隊の砲撃で陣地を追い出された友軍歩兵を掃射するためであろう。道路東側の斜面には塹壕が掘られ、敵歩兵も多数確認できる。
敵は崖の上に何かが接近している事に気付き、兵士や車両が慌ただしく動き始める。
『08より02へ。射撃を開始します』
『05より02へ。同じく射撃を開始します』
「02了解。二人とも訓練通りにやれば大丈夫よ」
緊張の籠もった亮輔、義晴の声に、あけみは努めて優しく声をかける。指揮官であるあけみ自身も今回が初陣だが、驚くほど冷静でいられた。あけみは過去の経験から、いくら練習を繰り返しても、本番になると不安が押し寄せてくる事を知っていた。そしてそれに打ち勝つ為には、自分の積み上げたものを信じるしか無いこともまた知っていた。
『09、準備完了っ!』
「02了解。表示の通り、タイミングを合わせてね」
『あいよっ!』
あけみとエイミー配下の≪タロス≫の合計八機の持つ歩兵携行式対戦車ミサイルが、斜め上に撃ち出される。目標は崖の下二百メートルに展開する敵戦車だ。≪タロス≫からは直接見られない位置にある敵戦車も、海上の≪カワセミ≫からは丸見えである。
四機の≪カワセミ≫にレーザー誘導された対戦車ミサイルは、対ミサイル防御システムが機能しない真上から垂直に襲いかかった。砲塔に過たず直撃したミサイルから吹き出したメタルジェットが、上面の薄い装甲を易々と穿ち、戦車内の乗員を殺傷する。瞬く間に八両全てが鉄屑となった。
続いて、≪バーロウ≫から取り出した対戦車ミサイルを、南の車列にいる五両の戦車に撃ち込んでいく。時間差を付けて発射されたそれは、一、二発目が対ミサイル防御システムの迎撃弾に阻まれ撃ち落とされる。だが、防御システムの迎撃弾はそれで弾切れだった。本命の三発目、四発目が砲塔の上部と車体前部に命中すると、戦車は鋼鉄の棺桶へと変わる。執拗に撃ち込まれた対戦車ミサイルによって、残っていた五両は沈黙し、一個中隊十三両全ての撃破に成功した。
エイミーの『よっしゃあっ!』という小さな声が聞こえてくる。
時をほぼ同じくして、亮輔と義晴の迫撃砲搭載≪バーロウ≫計六機の砲弾が敵の頭上に降り注ぐ。
最初に餌食となったのは、国道上に停車していた車両部隊だった。対装甲破片榴弾の威力は、戦車を破壊するには不足だが、軽装甲車両には十分であった。さらに発煙弾も打ち込み、敵の視界を奪っていく。
偵察ドローンが撃墜され、接近してきた敵から退避しようとしていた車両部隊は、動き出す前に迫撃砲弾の雨に晒され、満足に回避も出来ないまま葬られていく。運良く狙われなかった車両は退避しようとするが、発煙弾によって視界が奪われて思うように身動きが取れない。無理に動いた車両が、破壊された車両や逃げようとする他の車両と衝突し、混乱に拍車がかかる。
半数以上が行動不能になると、砲弾は塹壕や車両の影に潜む兵士へと襲いかかる。頼みの綱である戦車や装甲車両が既に破壊されているため、兵士達は射程外からの攻撃に対して無力であり、物陰で息を潜めるか、逃げ惑うしか道が無かった。
「グリフォン02より、リントブルムリーダー。敵戦力をほぼ排除しました。捕虜として確保しても良いでしょうか?」
『リントブルムリーダー了解。見事なお手並みだ。捕虜の確保を頼みたい。後送はこちらで行う』
本隊を指揮するリントブルム大隊長が感嘆混じりで応答する。
「状況は把握されていると思いますが、車両を十両以上破壊しましたので、通行にはご注意を」
『ああ。まずは手前の障害物を退けてから侵入する』
「グリフォン02了解」
本隊との通信を終えると、次はエコー小隊を呼び出す。
「02よりエコー小隊へ。敵の迎撃に備えてくれる?」
『08了解。先行して罠を設置しておきます』
「よろしく」
指示を終えると、ブラボー小隊の≪タロス≫が山を降りていく。敵は初めて見る≪タロス≫の姿に武器を構えようとするも、威嚇射撃によって戦意を喪失し、武器を捨てて両手や白旗を揚げて降伏する。
本隊に随行していた工兵が、手際よく障害物や破壊した車両を撤去していく。その間から歩兵が姿を現し、敵捕虜の確保を引き継ぐのだった。




