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扶桑国戦記 (改訂版)  作者: 長幸 翠
第一章 統合機動部隊
13/99

友軍救出作戦2

 山岳歩兵旅団。山岳地帯の戦闘を得意とする部隊であり、通常の歩兵部隊から特に優れた者が選抜され、過酷な訓練を乗り越えたエリート部隊とも言える。


 山の多い扶桑国を攻略するためには必要な部隊であり、ズレヴィナ陸軍が持つ四個山岳歩兵旅団のうち二個旅団が扶桑国に上陸していた。


 そのうちの一つ、ズレヴィナ陸軍第一〇二山岳歩兵旅団は由良市南方に配置されていた。六百人規模の歩兵大隊が二個、他には偵察中隊、高射ミサイル中隊、そして自走榴弾砲十八両からなる大隊が一個という編制である。


 扶桑国陸軍第十二師団の残存部隊を包囲している二個大隊はこの旅団所属の部隊で、敵の立て籠もる陣地に対し、第一山岳大隊は北と北東に二個中隊ずつ、そして第二山岳大隊は南と南東に二個中隊ずつ布陣していた。


 ≪スケリェット≫と呼ばれるパワーアシストスーツを装備した部隊が山岳地帯に先回りして、敵第十二師団に奇襲をかけて混乱に陥れたところまでは良かった。だが、殿を務めた敵の二個歩兵大隊が予想以上の抵抗を見せたため、戦車や装甲車両の多くを逃してしまった。敵歩兵大隊は半数近くを失いながらも、山頂付近に密かに構築されていた陣地に逃げ込み、立て籠もっている。陣地には弾薬や物資も用意されていたようで、偵察に向かった部隊が手痛い反撃を受け、一時的に攻撃を中止していた。


 そして現在、確実に敵を仕留めるための準備が整いつつあった。二十キロメートル南方の平地に自走榴弾砲大隊を配置し、敵陣地へ砲撃して弱らせる。そして包囲している歩兵部隊が突入し殲滅する作戦だ。


 砲撃予定時刻まであと三十分を切ったところで、北側の二個中隊が布陣している方角から爆発音が聞こえ始めた。


「状況を確認しろ!」


 突然聞こえ始めた爆発音――音から迫撃砲と判断――に、大隊長はそう叫ぶ。


「無線が使えません! ジャミングを受けているようです!」

「偵察ドローンと斥候を向かわせろ!」


 敵の救援部隊が接近しているという情報は入っていた。だが北部の平地からここまでは、直線距離で四十キロメートルはある。山中を徒歩で休まず移動しても、丸一日はかかる距離だった。それなのに、移動が余りにも早すぎた。


 速度を考慮すると、西側の国道からの経路しか考えられないが、友軍の戦車隊が敵を寄せ付けないようガッチリ固めており、簡単に突破する事は不可能だ。だからこそ、救援部隊の接近に先んじてケリを付ける作戦だったのだ。


 他に考えられる手段としては、空挺降下だろう。しかしヘリや輸送機が接近しているのであれば、対空レーダーに捉えられない筈が無い。


 悩んでも結論は出ないが、可能性から空挺部隊と大隊長は判断した。そしてこちらに気付かれない程度の空挺部隊であれば、数は多くても一個中隊未満。百人を超えるとは考えにくい。そして重装備も無いはずだ。奇襲を受けたとしても、北に配置した二個中隊が破られるとは考えにくい。


(だが、この胸騒ぎは何だ……?)


「嫌な予感がする。気に入らんが、一時包囲を解き、北からの部隊に警戒しろ! 急げ!」


 大声で指示を飛ばし、続いて第二山岳大隊へ支援要請を出すために伝令を送った。


 周囲が慌ただしく動き回る中、大隊長はふと東側の斜面に気配を感じ、双眼鏡を手にする。


 双眼鏡を覗き、気になる方角を探すこと一分ほど。気のせいかと手を下ろそうとした所で、ある一点に目が留まる。木の脇に佇み、迷彩塗装された甲冑とヘルメットに身を包む人影。


(何だ、あれは? 人……、なのか?)


 ヘルメットで顔を確認する事は出来ないが、目が合ったように思えた瞬間、手にしている対物ライフルが火を噴くのが見えた。


 自分が狙われているとようやく気付いた大隊長は直後、頭部を吹き飛ばされて絶命した。


――――


 彩華は、直接操作モードにしていた≪タロス≫一番機(04-1番機)のカメラを通し、頭部を砕かれ、糸の切れた操り人形のように崩れ落ちていく標的を見つめていた。


 直接操作モードとは、オペレーターが被るヘルメット内のセンサーが意思を読み取り、≪タロス≫を“自分の体のように”動かすモードのことだ。高度な動きをさせられる反面、オペレーターとのリンクがレベル4以上にならなければ使用出来ず、操作時間も集中力に依存する。


 ≪タロス≫の持つ高倍率レンズは、あらゆる物を肉眼よりも鮮明に映し出す。飛び散る鮮血や脳漿、頭蓋骨の破片までもが、克明に見えてしまった。しかも初めて人を殺したのだ。自らの意思で引き起こした光景に衝撃を受け、僅かな間、息をすることも忘れた。


 それでも、標的の手にしていた双眼鏡が空を舞い、地面に落ちた所でハッと我に返る。


「も、目標クリア」


 ≪メーティス・システム≫上で、意識だけで言葉を発しているにも関わらず、合成音声は感情の起伏すら再現し、震える声音で結果を告げる。


 直也からは攻撃を≪タロス≫に任せても構わないと言われていた。そうすればこのおぞましい光景を見ないで済むからだ。しかし生涯で初めて“人命を奪う”という行為から目を背けない為に、敢えて直接操作モードで狙撃していたのだった。


 訓練の一環として、過去の戦争で犠牲となった人々の映像や写真を見たり、≪メーティス・システム≫を使ったシミュレーターにより五感で戦場を感じ、耐性は付いていると思っていたからでもある。


 しかし、ただの映像を見るのとは違いすぎた。自分の手で銃を構え、自分の目で相手を狙い、自分の指でトリガーを引いたわけでは無い。しかし、直接操作モードはほぼそれと同じ体験を彩華に与えた。明確に相手を殺そうと意識して起きた結果に彩華を強く動揺した。全身が総毛立つ感覚に襲われ、思考がまとならなくなる。


『グリフォン04のリンクレベルが2に低下。一番機を切断します』


 電子音声が警告を伝える。


『彩っ!』


 義兄からの焦った声に、意識が引き戻される。すぐに≪タロス≫一番機を直接操作モードから自動モードに切り替え、他の≪タロス≫に合流するよう指示を出す。これならば硬直状態で敵の攻撃を受ける事なない。


「すいません。大丈夫です!」


 深呼吸を数回すると、十秒ほどで動揺も治まってくる。


『わかった。……だが、状況によってはコントロールをもらうぞ』

「……はい!」


 彩華は気を引き締め直し、戦場へと意識を戻した。≪メーティス・システム≫はロボット兵器のコントロール権を持つレベル2を辛うじて保っている。しかしレベル1との境界ギリギリで、気を抜くと落ちてしまいそうだ。レベル1になると、ロボット兵器からの情報は見えるがコントロール権を失う。もしそうなれば、義兄は躊躇わず彩華を戦力外と判断するだろう。


(兄様、そしてみんなと一緒に歩いて行くためには、こんな所で立ち止まっていられない……!!)


 直也の後を追い、軍人になることを選んだのは彩華自身だ。今思えば、その決断が正しかったと心から思っているし、後悔もしていない。


 ≪タロス≫のコントロール能力を獲得したことで秀嗣の部隊に配属され、直也や幼馴染みの播磨姉弟、さらに頼りになる仲間達と出会い共にいる事が出来る。望みうる限り最高の環境だ。


「みんなが全員無事であること。そして戦争に勝利すること」


 直也が教えてくれた願いを共に叶えるために、自分が脱落するわけにはいかないと、弱気になりそうな心を必死に保つのだった。



「10より、こちらもクリアです!」


 高倍率カメラで標的が動かなくなった事を確認し、レックスは伝令の狙撃完了を報告した。絶対に撃ち漏らしてはいけないと、念のため二機の≪タロス≫に狙撃をさせていたが杞憂だったようだ。


 狙撃に使った二機をデルタ小隊に合流させた後、彩華の様子が気になり状態を確認する。一時的にリンクレベルが低下していたが、すぐに持ち直したようだ。レックスはホッと小さく息をつく。



「01より04へ。砲撃開始」

『04了解!』


 狙撃完了の報を受けた直也は、直ちに砲撃を指示する。彩華が気がかりではあるが、リンク状態は問題無いレベルまで回復しているため、様子を見ることにした。


 四門の迫撃砲が、一斉に砲撃を開始する。砲弾の雨は敵大隊本部と迫撃砲陣地を襲い、指揮系統と反撃能力を同時に奪った。続いて、無力な歩兵部隊に容赦なく降り注ぐ。


 一方、敵にとっては悪夢そのものであった。真っ先に大隊本部が機能を喪失し、中隊は独自の判断を迫られた。敵がこちらの配置を把握していることは確実で、真っ先に迫撃砲陣地が叩かれ、反撃の手段を失っている。偵察ドローンを飛ばそうとするが、離陸前に狙撃されて破壊されてしまった。一個分隊を偵察に出そうとしたが、兵士が塹壕から出るなり次々と狙撃され、五百メートルも離れないうちに全滅した。絶望的な状況に錯乱した兵士数名が、分隊長の制止を振り切って南へ逃走したが、一分と経たずに同じ方角から銃声が聞こえた。多分、生きてはいないだろう。


 周囲の惨状に、生き残っていた中隊長は白旗を揚げるよう指示をするしか無かった。ほぼ時を同じくして、もう一つの中隊も降伏し、第一〇二山岳歩兵旅団、第一歩兵大隊は、全ての兵力を喪失したのだった。



 時は少し遡る。


 デルタ小隊の任務は、アルファ小隊が敵第一歩兵大隊の二個中隊を攻撃している間に、南の第二歩兵大隊に先制攻撃して、追い払うことだった。第一歩兵大隊は殲滅するが、第二歩兵大隊は追い払う事が目的だ。同行するケルベロス大隊の人数が少なく、捕虜をあまり取りたくないのが理由であった。


 先行させている≪カワセミ≫が、敵の偵察ドローン八機の接近を知らせる。第一歩兵大隊の異変に気づき、状況を確認するためであることは明らかだった。


『数が多いけれど、落としとこうか』

「そうだね」


 播磨レックス曹長は、ペアを組んでいるグリフォン07こと長門三奈少尉に賛成すると、攻撃準備を始める。同じ十九歳ではあるが、三奈は早生まれのため学年は一つ上で階級も上だ。にも拘わらず、傍目には友人同士の会話である。


 デルタ小隊の持つ≪カワセミ≫は四機あるが、そのうち三奈のコントロールする一機はバッテリー交換のために帰還中のため、攻撃に使えるのは三機のみ。一機あたり二発の超小型対空ミサイルを装備しているので六発。あとはレックスの≪タロス≫二機が持つ二十ミリ対物ライフルで落とすことに決めた。さらに失敗したときのバックアップのため、三奈の≪タロス≫三機に、携帯用対空ミサイルを持たせる。


『あと三十秒後に攻撃』

「了解」


 敵機の進路上から≪バーロウ≫を退避させ、攻撃の時を待つ。レックスのコントロールする二機の≪タロス≫(10-1番機、10-2番機)は、それぞれ三奈の≪タロス≫二機の肩に銃を載せて空を睨む。敵ドローンは、四機ずつの編隊を組み、一直線にキルゾーンへと接近してくる。


『攻撃開始!』


 三奈の号令と共に、レックスの≪タロス≫一号機、二号機が口径二十ミリメートルの弾丸を発射し、九百メートル先の敵偵察ドローンの本体を貫通する。回避行動も取らず一定速度で飛行するドローンは、≪タロス≫に取ってただの標的だった。もちろん、レックスの狙撃の腕があってこその結果だ。


 同時に、木々の高さスレスレで滞空していた≪カワセミ≫三機が急上昇し、六発のミサイルを一斉に切り離す。その一秒後、ミサイルのロケットエンジンに点火すると、小さなオレンジ色の炎を吐きながら敵偵察ドローン目がけて突入していく。


 敵偵察ドローンには、ミサイルを回避する能力も機動力も備わっていない。遠隔操作で慌てて回避行動を取るが、操縦者の見る映像とはタイムラグがあるため、振り切ることは不可能だ。至近距離で炸裂する対空ミサイルの破片によって、次々と落とされていく。


「一発外れた!」


 その中、爆発に煽られて錐揉み状態になった一機が、空中でバランスを取り戻して逃走に入った。急激に高度を落としたことで対空ミサイルが外れたのだ。


『任せて!』


 気合いの入った声と共に、三奈の≪タロス≫八番機が、携帯式対空ミサイルを一発発射する。ヘリや航空機さえ落とせる威力を持つこのミサイルは、全長一メートル程度のドローンにとってはオーバーキルであった。直撃しても爆発しない可能性があるため、近接信管で炸裂させる。爆風に煽られ、破片に打ち据えられた敵偵察ドローンは、空中で呆気なくバラバラになって落ちていった。


『07から10、こっちの位置がバレたから、一気に行くよ!』

「10了解!」


 声を弾ませる三奈に、レックスも元気よく返す。レックスは配下の≪タロス≫二機、砲撃用の≪バーロウ≫二機、補給用の弾薬を搭載した≪バーロウ≫四機の計八機に移動指示を与える。


『07より10へ。敵の迫撃砲が射撃を開始!』


 レーダー画面には各隊全ての索敵情報が表示されており、見ていれば気付く事ではあるが、見落としている可能性を考慮して気付いた方が声をかけることになっている。


 敵の第二歩兵大隊は、通信が効かないものの、異変を察知して北側への警戒を強めていた。偵察ドローンが攻撃された位置を元に敵は迫撃砲で反撃を行ってきた。砲弾が、先程までいた辺りに着弾していく。


『04より10へ。迫撃砲を潰せる?』

「04、少し待って……」


 レックスの迫撃砲搭載≪バーロウ≫二機が足を止め、荷台を水平に保ったまま砲門を敵の迫撃砲陣地に向ける。調整ダイヤルのモーターが回り、方位と角度を微調整する。


「射撃開始っ!」


 ≪バーロウ≫に搭載されているマニピュレーターが荷台の迫撃砲弾を掴み、砲身に落とし込んでいく。連続で二発発射すると、すぐに移動を開始。五百メートルほど離れた場所で二発発射、これを繰り返す。自走迫撃砲だからこそ可能な攻撃方法だ。


 移動できない敵の迫撃砲陣地に四発ずつ着弾し、一箇所ずつ陣地を潰していく。五回目の砲撃で全ての陣地が沈黙した。二箇所の陣地では敵の迫撃砲弾が誘爆し、大爆発も起きていた


『04より10へ。全ての迫撃砲陣地の破壊を確認!』

「10了解!」


 レックスはいつの間にか緊張で固まっていた肩の力を抜き、レーダースクリーンに意識を移す。それと同時に、輸送用≪バーロウ≫から、迫撃砲弾を補充することも忘れない。


 アルファ小隊も敵の排除を完了し、こちらに移動を開始していた。捕虜は後続のケルベロス大隊の歩兵が集めている最中だった。


 あとは敵の撤退を促すように攻撃をするだけだった。


『02より01へ。国道八号線の敵は排除完了』

『01了解。チャーリー小隊は山頂に向かえ』

『03了解だ。チャーリー小隊は、これより救出対象と合流する』

『チャーリー小隊へ。誤射には十分注意を。アルファ、デルタ小隊はこのまま敵の後退に合わせて南下、足止めする』

『ブラボー、エコー小隊も、西側の敵を排除しながら南下する』


 立て続けに飛び込んできた直也、あけみ、龍一の通信を聞きながら、レックスは(姉さん、突っ込みすぎないか心配だな……)と考えていた。


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