反攻作戦30 ~振り返り~
――ズレヴィナ軍 アホートニク飛行隊――
扶桑軍の≪MQ-13A≫ドローンとの交戦を終え、基地に帰投中だったレオニート・ベスパロフ少佐は、アホートニク2――オレーシャ・ミハイロワ少尉機――被弾の報告に衝撃を受けた。
すぐさま無線で状況を確認し、オレーシャに負傷のないことが分かると、胸を撫で下ろす。
だがオレーシャ機の状態は酷い。主翼や尾翼に目立った損傷はないものの、胴体中央から後方にかけて二十五ミリ機関砲弾を浴びた事により、エンジンは二基とも停止していた。今はグライダーのように滑空し基地を目指しているが、計算では基地までたどり着けず、機体を放棄することが確定している。
レオニートは出来る事ならオレーシャ機の元に向かいたかったが、隊長という立場から思い止まり、五機を率いて基地へと移動している。
『隊長、申し訳ありません……』
『気にする必要はない。無事に帰投することだけを考えろ』
『ハッ……』
気落ちしているオレーシャに、レオニートは努めて平静を装い答える。少しでも気を抜くと、安堵が漏れてしまいそうだった。
というのも、オレーシャ機の護衛に付いている二機が撮影した写真を見ると、思わず「運が良かった」と声が出てしまうくらいに酷い状況だったためだ。
もし敵機があと〇・二秒早く機関砲を撃っていれば、コックピットはズタズタになっていただろうし、銃弾が右か左に五十センチでもズレていれば、エンジンが爆発していた可能性もあった。また、被弾した中央のウエポンベイが空で、ミサイルの誘爆が無かったことや、主翼や尾翼、操作系に異常が無い事も幸運のうちに数えて良いだろう。
兎に角、様々な条件が重なった結果、オレーシャ機は被弾しながらも飛行(というか滑空)を続けていた。
運が良かったと言えば、レオニートも同様だ。先程の戦いでは、機関砲を撃ち込み、煙を吐く≪MQ-13A≫の上を通り過ぎようとした時、直感が警鐘を鳴らしたのだ。根拠などない、単なる直感であったが、レオニートはこの直感に幾度も助けられてきたことから、迷わず操縦桿を引いた。
その直後、≪MQ-13A≫が乗機に追いすがろうと急に加速してきたが、途中で力尽き雲海へと消えていった。あの様子から、レオニート機に体当たりを仕掛けようとしていたと思われた。
もしレオニートが直感に従わず、あのまま≪MQ-13A≫に接近していれば、体当たりを受けていたかもしれず、こうして無事にはいられなかっただろう。
有人機ならば相手パイロットは脱出を優先するので、余程のことが無い限り体当たりしてくることは無い。しかしドローンは、パイロットが搭乗していないため、撃ち落としても体当たりしてくる可能性がある。考えれば想像がつくことではあるが、経験しないと考えを改めることは難しい。
また、実際に交戦しての感想だが、≪MQ-13A≫は、一人のオペレーターが複数機を操作している可能性が高いと感じた。三機が複数人のオペレーターでは不可能なレベルの連携を取っていた事と、動きの癖が同じに見えたためだ。もし扶桑軍が、その先を行く完全自律AIを実現していなければ、だが。
今回の戦闘では、≪MQ-13A≫が出てきたにしては主力編隊の被害が少ない。初めこそ奇襲によって新型妨害装置を搭載した機を墜とされたものの、その後はアホートニク飛行隊が≪MQ-13A≫をほぼ抑え込み、自由に行動させなかったためだ。
この結果から、今後もアホートニク飛行隊が≪MQ-13A≫の相手を任されることは間違いないだろう。
(今回の戦闘を、しっかり検証する必要があるな)
≪MQ-13A≫はアホートニク飛行隊に取っても油断できない強敵だ。今後も戦い、かつ全機が無事に帰還するには、しっかり対策せねばならない。あと少しで随伴型戦闘ドローンが配備されるので、それの出来次第では今回より優位に戦いを進められるはずだ。
レオニート達が基地を視界に収めた頃、ついにオレーシャ機の高度が限界に達する。
『アホートニク2、ベイルアウトを確認』
護衛機からの通信より数秒後、レーダーからオレーシャ機を示す輝点が消失する。
墜落予定地点には、既にオレーシャを救出するためヘリが空中待機していた。既にこちらの支配領域であり、敵襲の心配は無い。天候も回復しつつあり、薄曇りとなっている。風も弱く、救出には何も問題は無かった。
程なくして、無事に救出完了の報告が入り、レオニートは心から安堵するのだった。
――扶桑軍 由良基地 作戦室――
<瑞雲>作戦開始から十三時間が経過し、ズレヴィナ軍最後の攻勢が始まろうとしていた。
その僅かな時間を使い、神威秀嗣中将は≪玉座≫に座り作戦を振り返る。
<瑞雲>作戦のベースとなる作戦は、昔から仮想敵国であったズレヴィナ共和国を念頭に、戦前から検討されていた<赤の九号>作戦の焼き直しだ。ただしこの作戦では、同盟国のエトリオ軍と共に迎撃する前提だったものが、実際は扶桑国のみで迎え撃たねばならない。それもこれも、「平和憲法さえ掲げていれば、恒久的な平和が約束されている」という根も葉もない幻想を信じ、エトリオ連邦との軍事的な繋がりを切り捨てた、扶桑国民の選択によるものだ。
これだけでも数的不利があるところ、扶桑軍の内部事情のせいで、作戦に投入可能な陸上兵力は、神威派の統合機動部隊と、由良市を防衛担当地域に含む第十師団しか無い。同じ派閥の第七師団は、黒崎島北端の要衝、鈴谷市周辺を防衛担当地域としており、大部隊を割くことは不可能だ。
陸軍の他の派閥に属する師団は、次のような理由により、作戦に参加していない。
陸軍の半数は敵対派閥の朝加部派で、師団長の官僚化が進んでおり、能力的、従順性の問題から使えない。他に頼りになりそうなのは楠美野派だが、太平洋側の防衛ラインを守らねばならず動かせない。無派閥の第十一師団は中央の山脈を守っており同じく動かす事は出来ない。
<瑞雲>作戦は、そんな扶桑軍のお寒い事情がありながらも何とかひねり出した、苦心作であった。
作戦の概要は、防御陣地で敵を足止めしつつ、背後に回り込んだ部隊で敵司令部を制圧するというものだ。寡兵で大軍を打ち破る方法としてはオーソドックスなものだろう。
作戦に先立ち、扶桑国とズレヴィナ共和国の間にまたがる扶桑海には、ズレヴィナ軍艦艇が南北の広範囲に展開し、要島と黒崎島沿岸部へ接近する構えを見せていた。この動きはレールガン搭載艦艇を由良市近海から遠ざけるための陽動とは分かっていた。しかし無視する事など出来はしない。これに対応するため、海軍と統合機動部隊が合同で各海域に艦艇を派遣した。結果、戦場となる由良市近海には、空母≪しなの≫、アーセナル艦≪するが≫――この時点では元の空母≪ずいかく≫に擬装――、レールガン非搭載の海軍フリゲート≪しぐれ≫の三隻のみが残った。
そして昨日の二十一時、ズレヴィナ軍による≪避来矢≫防空システムのネットワークへのサイバー攻撃を皮切りに、作戦が始まった。
開戦以来、扶桑国を空の脅威から守り続けている≪避来矢≫防空システムは、ズレヴィナ軍にとって“目の上のたん瘤”であり、扶桑国を征服するためには必ず潰さねばならない存在だ。
そこで本物そっくりのネットワークに敵を誘い込み、サイバー攻撃をさせたのだ。
防空システムが停止したと思い込んだズレヴィナ軍は、続いて防御陣地とレーダー施設≪文殊≫へミサイルの飽和攻撃を実施。
もしここで≪文殊≫を破壊できなければ、ズレヴィナ軍陸上部隊の侵攻が中止される可能性があった。しかし扶桑軍としては本当に破壊させるわけにはいかない。そこで、≪文殊≫を破壊したように見せかける擬装工作を行った。
この偽装工作は拙いものではあったが、何とかズレヴィナ軍を欺くことに成功した。
ズレヴィナ軍はロボット兵器を主力とした陸上部隊を二度に亘って前進させてきたが、扶桑軍のロボット兵器≪タロス≫とパワードスーツ≪アトラス≫を主力とした部隊により、撃退に成功した。
この間には、ズレヴィナ軍別働隊の迎撃、砲兵部隊同士の激しい砲撃戦と≪するが≫の参戦、≪文殊≫の擬装解除もあった。
今の所、戦局は概ね想定通りで優位に進めている。しかし綱渡りの状況に変わりは無い。
空の戦いは、ひとまず引き分けと言える。
ズレヴィナ軍の新型妨害装置によって、正直危ないところであったが、翔子の奇襲が成功した事で、扶桑軍が負ける事態は避けられた。しかしアホートニク飛行隊によって≪MQ-13A≫が完全に封じ込められた事により、勝利を得るまでには至っていない。
アホートニク飛行隊との交戦により、≪MQ-13A≫に損害が出たのは非常に痛い。高価な上、補充の見込みが全く無いためだ。予備機が一機あるので撃墜された分の穴埋めは出来るが、ミサイルの破片によって中破した方は、しばらく使えない。
陸上では、自爆ドローンによるスウォーム攻撃に合わせ、陸上部隊の第三陣も前進を再開して来た。
第一陣と第二陣では、敵は損害を減らす意図もあって、どこかの回廊に攻撃を集中して突破を狙っていた。しかし第三陣では、損害を度外視して、五個旅団規模が三つの回廊全てに押し寄せている。何が何でも突破してやるという確固たる意志が窺える。
海でもズレヴィナ軍は攻勢に出た。由良市沖にいる≪しなの≫、≪するが≫、≪しぐれ≫の三隻に対し、監視していたズレヴィナ軍南海艦隊所属の艦艇、さらにズレヴィナ共和国本土から出撃した航空機が、対艦ミサイルを発射し続けている。
迎撃される事は分かっていても、攻撃し続けることで、何とか陸上への支援を妨害しようとしているのだろう。
だが、≪するが≫の戦闘能力は、レールガンだけではない。
第三陣の五個旅団が敵の最後の攻勢と分かっているため、≪するが≫が抱える残りの≪八八式艦対地クラスターミサイル≫を惜しみなく撃ち込む事になっている。
懸念は自爆ドローンだ。数は想定より多く、完全に読みが外れた。守備隊への到達前にしっかり数を減らせなければ、守備隊に大きな被害が出てしまう。
急遽、突入隊の直也を出撃地点に向かわせているが、間に合うかも分からないし、何より前線司令部への奇襲効果が失われる事で、敵に防備を整える時間を与えてしまう。
(≪アメノサグメ≫の最終リミッター解除の許可は与えているから、直也が失敗することはないだろうが……。何日か寝込むことは確実だ。脳に異常が出なければ良いのだが……)
脳裏に映し出される戦況を見ていると、直也から通信が入った。
『グリフォン1よりオーディン。
自爆ドローンの発射地点を確認。これより攻撃を行う』
「オーディン了解。健闘を祈る」




