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扶桑国戦記 (改訂版)  作者: 長幸 翠
第四章 反攻作戦
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反攻作戦29

 ――扶桑軍 ワイバーン飛行隊 ワイバーン12――


 時は少し戻る。


 フェニックス12――翔子――の奇襲が成功した後、健太朗の操る三機の≪MQ-13A≫は、アホートニク飛行隊の新鋭機≪Vo-51≫六機から猛攻を受けていた。


 つい先程までは、雲の中にいる≪MQ-12B≫からのミサイルを警戒していたが、その攻撃が収まったことからミサイルを(ほぼ)撃ち尽したと判断したのだろう。実は残弾を残した≪MQ-12B≫二機が空域に残っている。


 健太朗は今すぐ空中のダンスを止めて逃げ出したい気持ちでいっぱいだったが、実行に移してしまうとこのエースパイロット達は翔子または主力編隊の元へと向かってしまう。何としてもここで足止めするしか道はなかった。


 敵機を振り切ろうと戦闘機動を続けるが、どうやっても振り切られない。いや、正確には一機を振り切っても、もう一機が即座に背後に周り込んでくるのだ。後ろを取られても攻撃されることはほぼ無いが、油断して良かろうはずもない。


(クソッ! 母さんと戦っているみたいだ!)


 シミュレーター上で母――飛鳥の駆る≪MQ-13A≫と相対した時のようだと悪態をつく。



 開戦前の時点で、有人戦闘機と空中戦ができるドローンは、≪MQ-13A≫が世界唯一の存在だ。しかし今後増えることは確実視されており、ドローン同士の空中戦に備えると共に、技量向上を目的としてシミュレーター上で≪MQ-13A≫同士の戦闘訓練が検討された。


 しかし≪MQ-13A≫はオペレーターの数が非常に少ない。かと言って訓練のためだけに戦闘機パイロットを≪MQ-13A≫に慣れさせる訳にもいかない。


 白羽の矢が立ったのは、年齢や体力的に泣く泣く戦闘機から降りたパイロット達だ。遅延無く遠隔操縦可能な≪MQ-13A≫ならば強烈なGに耐えることなく大空を再び自由に飛び回られる。統合機動部隊内で候補を募ると、大型機や地上勤務に転向した元戦闘機乗り六人が手を上げた。飛鳥もその中の一人で、≪アメノサグメ≫を投与されていた。


 訓練相手の六人は、健太朗や翔子といった正式なオペレーターのように複数の機体を操る事は出来ないものの、一機だけならば特別な能力無しにコントロール可能だ。彼ら彼女らはシミュレーターで機体操作を習得した後、健太朗達の訓練相手をしていた。


 その中でも、健太朗と飛鳥の一対一の空中戦が突出して多い。


 航空機と飛ぶことが大好きな飛鳥は、戦闘機パイロットだった当時、数少ない女性パイロットながら並の男性パイロット以上の実力を持っていた。戦闘機を降りた後はヘリコプターやティルトローター機を乗り回し、今では大型輸送機≪C-3≫や早期警戒管制機≪E-5≫を操るベテランパイロットだ。当然≪MQ-13A≫にも強い関心を持っていて、健太朗達の訓練相手になれたことを幸いに、暇を見つけては健太朗を捕まえてシミュレータールームに連行していった、ということが理由だった。


 飛鳥が戦闘機を降りて二十年近くのブランクはあった筈なのだが、持ち前のセンスからかすぐに≪MQ-13A≫を物にしてしまった。なんと一対一ならば正式なオペレーターである健太朗や翔子よりも強くなってしまい、飛行隊総指揮官の品川大佐や秀嗣を大いに悩ませたのだった。


 ≪MQ-13A≫同士が戦うと、互いにミサイルが当たりにくいことからドッグファイトになることが多く、技量や経験の差が勝敗に直結しやすい。ドッグファイトの経験が少ない若いパイロットが、勘を取り戻したベテランパイロットに敵わないのは致し方ないと言えよう。


 ちなみに、一対一で健太朗の勝率は三割程度。二対一なら七割、三対一なら十割になるが、数が多い方が有利なのは当たり前である。



 飛鳥と健太朗が戦うと、互いにミサイルを当てられず大抵はドッグファイトに移行する。そして健太朗機が飛鳥機の後ろに付いても簡単に逃げられ、逆に飛鳥機が健太朗機の後ろに付くと、どんなにフェイントやマニューバを駆使してもなかなか振り切られないというパターンばかりだった。


 理由を母に尋ねたところ「動きが素直だし、フェイントも分かりやすい」と言われ、シミュレーターのリプレイでもそれが事実だと証明されていた。


 以来、癖の矯正に努めてはいたが、直しきれてはいない。まだ余裕が無い場合には癖が出てしまっていた。そう、今の戦闘のように。


 健太朗は必死に≪MQ-13A≫をコントロールし続ける。頻繁にヒヤリとする場面が続き、余裕が無くなっていく。≪メーティス・システム≫で体感的な時間は引き延ばされている事で判断する時間的猶予はあるものの、様々な回避方法を試しても逃げ出せない。


 そして、決定的瞬間が訪れた。


 ≪MQ-13A≫三機がほぼ同時に攻撃を受け、反射的に最小半径での回避指示を出した。有人機ならば猛烈なGによってパイロットは間違いなく失神する機動であり、訓練と実戦問わず、健太朗が最も多用する機動でもある。


 一、二番機は無事に切り抜けたものの、三番機が捕まった。旋回中、攻撃してきた敵機と別の敵機が狙い澄まして突っ込んできたのだ。


(しまった!!!)


 自分の癖が見抜かれていた事に気付いたものの、時すでに遅し。敵機の発砲炎をカメラ越しに見つめながら回避しようと必死に三番機をコントロールするが、≪MQ-13A≫がいくら機動力に優れていても、所詮は飛行機であり航空力学を覆す事は出来ない。


 ≪メーティス・システム≫特有のスローモーションの世界で、二十三ミリ弾が≪MQ-13A≫の背面に縫い付けられていく。


 着弾の度に三番機各部の状態が、正常を示す緑色から、異常を示す黄色や赤色へと変化していく。三百六十度全方位が見えていた視界が欠落していき、機体各所にあるセンサーが見る間に機能を喪失する。双発エンジンの片方が停止し、燃料が急激に減り始める。


(やられたっ!!)


 被弾から〇・二秒程で三番機の墜落は免れないと判断した健太朗は、せめて一矢報いようと生き残った視界から銃撃してきた敵機を見つけ出す。敵機は上昇しながら右に緩く旋回し、三番機の斜め上を抜ける針路を取っていた。


(当ててやる!)


 無人機と有人機の違い。それはパイロットが搭乗しているか否かであり、有人機であれば機体よりもパイロットの命を優先し脱出しなければならないが、無人機ではそれが不要なことでもある。加えて≪MQ-13A≫には、被撃墜時に機密を保持するため、自爆機能を持っていた。


 健太朗は、被弾した≪MQ-13A≫三番機を自爆させることで、敵機を墜とそうとしたのだ。


 三番機は未だにコントロール可能であり、エンジンも片方だけだが生きている。〇・二秒で自爆攻撃のシミュレーションを行い、可能な事がわかると、躊躇いなく実行に移す。


 実は健太朗は、母とのシミュレーターで模擬戦を行った際に、同じように自爆や体当たりをさせて相打ちに持ち込んだことが数回あったのだ。


 最初に相打ちに持ち込んだ時は、模擬戦後に母から「いい気合いだ! 良くやった!」と乱暴に頭を撫でられた後、「……でも、有人機ではするなよ」と言われ、抱きしめられたのだった。


 被弾から〇・六秒後、敵機が爆発の加害範囲に入ろうとした瞬間、敵機は何を思ったのか急に機首を上げ上昇していく。


(まずいっ!!)


 こちらの意図が気付かれたのかと思ったが、三番機は被弾したときと進路を変えず、緩やかに下降させていただけだ。


 ともあれ、このまま敵機と離れてしまえば爆発に巻き込めないと、健太朗は慌てて三番機の生きているエンジンの出力を上げて追いすがろうとする。だが、そこで三番機が限界を迎えた。


 被弾により強度が落ちていた尾翼の片方が風圧で吹き飛び、同時に生きているエンジンで小さな爆発が起きた後に火が消える。制御と推力を喪失した三番機は、敵機に届くことなく、黒煙を棚引かせながら堕ちていく。


(クソッ! 失敗したあっ!)


 堕落するしてゆく三番機のカメラから、飛び去る敵機をチラッと見た後、≪MQ-13A≫一、二番機へと意識を移す。一機墜とされたが、まだ戦闘は終わっていない。しかも二対六とさらに厳しい状況となってしまうのだ。


 主力編隊同士の戦闘は終息に向かいつつあるが、あと数分は時間を稼ぐ必要があった。


 三番機を墜とした二機が一番機へと向かう。二機を相手にするだけでも困難なところ、四機となれば間を置かずして墜とされることは明白だ。


 これ以上≪MQ-13A≫を失わないために、最後の手段を取ることにした。雲海に潜む≪MQ-12B≫を囮にするのだ。


 ≪MQ-13A≫は扶桑国内に十二機――いや、たった今一機喪失したので十一機しか存在せず希少な機体だ。さらに一機当たりのコストは≪F-33≫五機分と驚くほど高く、製造にも時間がかかるため補充は容易ではない。対して≪MQ-12B≫も、ドローンとしては高価な部類に入るが、エトリオ連邦から継続的に供給されており補充しやすい。


 また、≪MQ-12B≫はいざという時は有人機の身代わりになる事も考えられている。


 指示を受けた≪MQ-12B≫二機が急上昇して雲海から飛び出ると、≪MQ-13A≫一番機を追う≪Vo-51≫目がけてそれぞれ突っ込ませる。


 突如下方から現れた≪MQ-12B≫に、狙われた≪Vo-51≫は急旋回して回避する。これで≪MQ-13A≫一番機を狙う敵機は二機となった。


 互いにそのまま進めば衝突するコースであったが、≪MQ-12B≫は亜音速機であり、機動力も低い。そして相手のパイロットの腕は優れている。


 健太朗も当然、ぶつけられるとは思っていない。ただ≪MQ-13A≫に向かう敵機を減らすための行動だ。


 ≪MQ-12B≫はそのまま上昇しながらウエポンベイの扉を開き、残っていた中距離空対空ミサイル二発ずつを虚空に向け発射する。ミサイルは≪MQ-13A≫一番機からの指令を受けると反転し、回避した二機の≪Vo-51≫へと向かう。


 妨害装置の範囲外からの攻撃に、二機の≪Vo-51≫はチャフをばらまきながら回避行動を取るが、≪MQ-13A≫からコントロールを受けているミサイルに効果は無い。


 それでも片方の≪Vo-51≫は、ミサイルを何とか妨害装置の範囲内に収めて無力化に成功する。一発は制御回路を破壊されてあらぬ方向へと飛び去り、もう一発は爆発し青空に黒色の染みを残す。


 もう片方の≪Vo-51≫は、他に比べてパイロットの技量が劣っているらしく、必死に逃れようとするも敵わず、ミサイルの接近を許す。一発のミサイルは推進剤が切れて雲海に消えたが、もう一発は猟犬のごとく獲物を追い続ける。そしてついに≪Vo-51≫を捉えるかと思った瞬間、別の≪Vo-51≫が発射したミサイルによって撃ち落とされる。撃ち落としたのは、≪MQ-13A≫三番機を追っていた片割れだ。


(アレを撃ち落とすなんて……)


 ようやく一機を落とせるかと考えていた健太朗は、想定外の結末に舌を巻く。当然、その間にも≪MQ-13A≫と≪MQ-12B≫をコントロールし続けている。


 ミサイルを撃ち尽し丸腰となった≪MQ-12B≫は、訓練で使う標的機並みに狙うことが容易い。上下左右と必死に動き回り続けるが、あっさりと敵機に捕捉されミサイルを撃たれる。自動でフレアを射出し逃れるものの、続いて機関砲の射程に捉えられるとどうしようもなかった。二機の≪MQ-12B≫は、黒煙を引きながら雲海へと消えていく。


 とはいえ、貴重な時間を稼ぐことには成功した。レーダー上では敵味方の主力編隊が戦闘エリアを離れ始めている。


 健太朗も帰還許可が出ており、あとは一目散に逃げるだけだ。


 交戦していた≪Vo-51≫も、時間切れと判断したのだろう。≪MQ-13A≫の追跡を止め、次々と翼を翻していく。


(なんとか助かった……)


 離れていく敵機を油断なく見つめながら、安堵する健太朗。


 今回の戦いは、健太朗にとって実戦初の敗北だ。


 いくらズレヴィナ軍最強の飛行隊を相手にしたとは言え、≪MQ-12B≫二機と貴重な≪MQ-13A≫を失ってしまったのだ。


 もう少し戦闘が続いていれば、残る二機の≪MQ-13A≫もどうなっていたか分からない。


(原因は、技量不足……。いや……、それ以前に……、慢心していたことだ)


 今のような厳しい戦闘が起きることは、開戦前から分かっていたことだ。


 にもかかわらず、自分は訓練や実戦で良い成績を残していたことから、「もう十分な技量を持っている」と錯覚をしていた。実際は≪MQ-13A≫の性能に依るところが大きいと言うのに。


 確かに、母やベテランパイロットとの訓練では負ける事も多いが、「これはシミュレーターだから仕方がない」「まだ、≪MQ-13A≫と戦える機体は存在しない」と、目を逸らしていた。しかしそれは大きな間違いだった。


 これが安物の使い捨てドローンなら問題にならないかもしれない。


 しかし健太朗の操る≪MQ-13A≫は、有人機を凌ぐ機動性、索敵性能、ミサイル誘導性能を持つ超高性能機。使い方次第で、戦域を支配する事さえ不可能ではない。


(そういえば……、司令官は『扶桑軍最高峰のパイロットとなって、五人分十人分の働きをしてくれることを期待する』と言っていた……)


 統合機動部隊に着任した際、神威中将や品川大佐から言われた言葉を思い出す。あの頃は「ブラック待遇な部隊に来てしまったのか?」と内心でヒヤヒヤしたものだが、今、改めて思い返せば、扶桑軍最強の機体を三機も与えられているのだから、その期待も当然と理解できる。


 今回の戦闘で、自分がまだ期待されているレベルに至っていないことが証明された。この程度の腕で満足せず、さらに成長して見せねばならない。


 健太朗は悔しさをバネに、さらなる成長を誓うのだった。


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