反攻作戦26
――扶桑軍 突入隊 グリフォン1――
『オーディンよりグリフォン1へ。
緊急事態により、作戦の変更が必要になった。
直ちに自爆ドローンの発射地点を制圧して欲しい』
そう切り出した秀嗣は、直也(グリフォン1)に想定以上の自爆ドローンが出ていることを説明し、これらを発射し続けている部隊の制圧を指示する。
直也はマップを確認しながら、サッと所要時間をはじき出す。
(渡河した後、楢柄市の南端に向かうことになるから、当初の迎撃ポイントでは≪メーティス・システム≫の無遅延通信圏外になる。迎撃ポイントを南に変更するか……)
≪タロス≫をタイムラグ無くコントロール出来る範囲は、≪九五式多脚指揮車≫が半径十キロメートルに対し、≪アトラス≫単体ではその十分の一しかない。それ以上離れると遅延が大きくなり、直接操作モードが使いものにならなくなる。自動モードを使えば遅延があっても問題は少ないが、それでも咄嗟に対処ができず使い勝手は悪い。
今回、市街地で敵の大部隊と戦うには半径一キロメートルという通信距離はあまりに狭い。そこで研究所が新たに開発した≪メーティス・システム≫用の通信機を≪バーロウ≫に搭載し持ち込んでいる。まだ試作段階だがほとんどの評価は終えており、問題が起きる可能性は無い。これを使うことで無遅延の通信距離が半径五キロメートルまで拡大し、オペレーターの搭乗する≪アトラス≫を銃火から遠ざけることが可能となる。ただし通信機とバッテリーを搭載する≪バーロウ≫二機が必要となり、さらに≪アトラス≫と有線で接続しなければならず、使用中はほとんど身動きできないという問題がある。後者は、遮蔽物に事欠かない市街地では(見つからない限り)問題とはならない。
当初の迎撃ポイントは≪九五式多脚指揮車≫の通信範囲ならばギリギリ二方面をコントロール可能な距離だが、≪アトラス≫単体はもとより、この試作通信機を使っても範囲外だ。このため、即時に迎撃ポイントの変更を決める。今回のような不測の事態を想定し、楢柄市全域で複数の迎撃ポイントを設定、その全てでシミュレーションを繰り返していた事が功を奏した。
「グリフォン1よりオーディンへ。
発射地点を制圧する場合、迎撃ポイントを<東の1>から<南の3>もしくは<南の4>に変更する必要がある。作戦時間も三十分以上遅れる見込みだ。また、奇襲にならないため敵司令官に逃げられる可能性がある。問題は無いか?」
直也も自爆ドローンの対処のために発射地点を制圧する必要性は十分理解しているが、その分作戦時間が延びる事と、当初の作戦目標を達成できなくなる可能性を敢えて示唆する。
『承知している。守備隊の損害を減らす方を優先する』
「グリフォン1、了解。
自爆ドローンの発射地点を制圧後、本来の作戦に戻る」
『よろしく頼む。以上だ』
直也は命令を受け、即座に作戦を考える。
直也の隊がいるのは、敵前線司令部のある楢柄市東側の郊外、木々生い茂る山の麓だ。すぐ南には川に架かった橋があり、市街地は橋を渡った先にある。
『グリフォン1……、大丈夫なのか?』
話を聞いていた龍一が直也の隣に姿を見せ、心配そうに声をかける。
「まあ、何とかなるんじゃないかな」
何て事は無いとばかりに言葉を返す。
(俺の体調さえ考慮しなければ、ね)
ドローンの発射地点までの往復と制圧をする分だけ戦闘時間が延び、その後の陽動はより過酷となる。それらは直也への負担増加へと直結する。
『……そうか。とりあえず陽動は任せる』
「ああ。そちらも頼む」
『おう、任せろ』
何か言いたげな龍一だったが思い止まり、見送りの言葉を贈る。
直也と龍一、向かい合う≪アトラス≫の拳が突き出され、“コツッ”と合わされる。「健闘を祈る」の合図だ。
龍一の≪アトラス≫が後ろに下がり、直也は眼下の様子を窺う。
山を降りて七百メートル先には橋があり、それを渡った先に一個小隊がいるのみだ。橋の上には、コンクリートと鉄からなる障害物が置かれ、車両を通しづらくしている。
川は降雨により増水していて、≪タロス≫で渡ることは不可能。必然的に橋の守備隊を倒して川向こうに渡らねばならなず、攻撃開始と共に、直也の存在は楢柄市の守備隊に知られることとなる。
当初の作戦ではそのまま市街地に雪崩れ込み、奇襲を繰り返して守備隊を引っかき回す筈だった。だが一旦南下する必要が出来た事から、敵に対応する時間を与えてしまうことになる。
(隊を二つに分けるか)
自爆ドローンの発射地点には、それほど多くの護衛はいないだろうと考え、半数以上の≪タロス≫を予め市街地に隠しておく事にする。
配下の≪タロス≫と≪バーロウ≫にすぐさま指示を出す。
待機していた≪タロス≫と≪バーロウ≫の数機が身を起こし、武器を構えると橋を守備する敵兵に照準を合わせる。
この場所に到着してすぐ、直也は小型偵察ドローン≪コマドリ≫を空に上げてルート上を偵察していた。
橋の守備隊は、戦場後方、しかも前線司令部より占領地域側にいるためか装甲車とトラック、小型車両が数両のみで、厄介な戦車はいない。「こんな所まで敵が来るはずが無い」と考えているのか、緊張感は薄いように見えた。
彼らを排除し、橋を渡る事が突入隊の最初の仕事だ。
(では、行くか……)
ふぅ、と軽く息をつくと、集中力をさらに高める。
『リンクレベル7』
≪メーティス・システム≫のシステムメッセージが、最高レベルに到達したことを告げる。その瞬間、目に見えるもの全ての動きが“さらに”遅くなる。
≪タロス≫をコントロールする為の根幹技術である≪メーティス・システム≫。体内に投与したナノマシン≪アメノサグメ≫がオペレーターの思考を外部に伝達、そしてその逆も行っている。リンクレベルによって、より高度な操作が可能となる。リンクレベル2以上で≪タロス≫を自動モードで操作可能となり、リンクレベル4以上で直接操作モードが可能となる。≪タロス≫のオペレーターは、全員がレベル5以上でリンク可能だ。さらに久子と亮輔はレベル6、直也に至っては最高レベルの7でリンクが可能だ。
リンクレベル5までは、≪タロス≫のコントロール数が最大十五機までの≪アメノサグメ≫を使用するのに対し、リンクレベル6以上は≪アメノサグメS(Superior)≫が必要となる。
リンクレベル2以上では、レベルが上がるほど時の流れが遅くなったように感じる。もっとも時の流れが変わったわけではなく、オペレーターの脳が活性化し思考力が跳ね上がった事でそう感じているだけだ。≪メーティス・システム≫を開発する中で見つかった現象であり、≪タロス≫や≪バーロウ≫を同時にコントロールしているようかのように見えるカラクリでもある。実際は短時間に命令を出す事で複数の≪タロス≫と≪バーロウ≫をコントロールしているのだ。
例えば通常ならば一秒で一機に命令しているところ、時間の流れが十分の一に感じる状況なら、単純計算で一秒に十機、百分の一なら一秒間に百機に命令を出せる事になる。それを出来るかはオペレーターの能力次第であり、直也にはそれが可能だった。
「グリフォン1よりグリフォン3。
突入を開始する」
『グリフォン3、了解。
健闘を祈る!』
迫撃砲を搭載した二機の≪バーロウ≫が、発射態勢に入るや否や、搭載しているアームが砲弾を発射筒に落とし込む。標的は装甲車とトラック、小型車両だ。
直也が≪タロス≫に送った命令の一部はこんな感じだ。
百一、百二番機(迫撃砲搭載≪バーロウ≫の事。≪バーロウ≫には百一番からの番号を振っている)は、(マップ上で標的を指示し)六秒間隔で二発ずつ発射。その後指定座標に退避。
十一、十二、十三番機は、迫撃砲弾着二秒前に発砲。
同時に(八機をグループ化して)このグループは、(マップ上の座標を指定し)交戦規定レベル5で移動。
この命令を受け、着弾のタイミングに合わせて三機の≪タロス≫が十二・七ミリ小銃を発砲すると共に、別の八機が茂みから飛び出し、敵へ向かって突入を開始する。
歩哨三人は山の方から動いてくる“何か”を確認した瞬間、十二・七ミリ弾に頭を撃ち抜かれ倒れ臥す。ほぼ同時に、最初の迫撃砲弾がトラックと装甲車に直撃。爆発音が衝撃波を伴い辺りに鳴り響く。
攻撃に気付いた兵士達は、「敵襲!!」と叫びながら慌てて近くの小型車両の陰に隠れる。だがその小型車両に二射目の迫撃砲弾が着弾し、諸共爆発に飲まれる。
車両から離れていて難を逃れた残りの兵士達にも、最期の時は迫っていた。遮蔽物に隠れて反撃の機会を窺っていたが、頭上を飛び交う≪コマドリ≫には一切気付いていなかった。橋を渡っていた八機の≪タロス≫が、≪コマドリ≫の映像が指し示す座標に四十ミリグレネードやライフルをピンポイントで撃ち込み制圧していく。
橋を渡る≪タロス≫に小銃を撃ってきた兵士もいたが、即座に撃ち返され永久に沈黙した。それ以外に抵抗は無く、結果的に二分に満たない時間で敵小隊は一人残らず沈黙した。
直也は部隊を分け、片方を市街地に送ると、残りは自身の≪アトラス≫と共に、ドローンの発射地点がある南へと進んで行くのだった。
これが後の世に「楢柄市市街戦」または「楢柄市の殲滅戦」と呼ばれる戦いの幕開けであった。また、≪タロス≫が“機械仕掛けの死神”とあだ名されるきっかけとなる出来事でもあった。




