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扶桑国戦記 (改訂版)  作者: 長幸 翠
第四章 反攻作戦
103/110

反攻作戦24

 ――扶桑軍 第三回廊 第二ライン――


 敵はロボット兵器に続き、戦車を前に押し出してきた。最新型の≪T-89≫戦車だ。扶桑軍の≪九一式戦車≫と同世代であり、百二十五ミリ滑腔砲は先代の≪T-76≫よりも高腔圧化して威力が上がり、モジュール装甲による防御力向上やネットワーク対応など、集団戦闘能力も大幅に向上している。


 必然的に、リントブルム大隊と後衛オペレーターがコントロールする戦車が対応し、戦車同士の戦闘となった。対戦車壕に近づきすぎると携帯式対戦車ミサイルが飛んでくるために≪T-89≫は接近出来ず、三キロメートル以上の距離からAPFSDS弾の応酬となった。新型主力戦車同士の殴り合いは、常時走行しながら、かつ長距離のため互いに回避しやすく、命中率はそれほど高くはなかった。時折命中弾はあるものの、装甲に阻まれて有効打となりえない。


『リントブルム・リーダーより各車へ。回避パターンを蓄積した。訓練通り、二両で一両を攻撃。まずは足を止めろ』


 数分間の戦闘で、敵車両毎の動きの癖を戦術コンピュータにアップロードしていたが、予測に必要なデータを集められた。この行動予測をもとに砲撃を行うのだ。


 リントブルム大隊の各車両がデータをダウンロードし終えると、指示に従い戦術を変えた。


 十二両が敵に向けて砲撃。直後に残る十二両が砲撃する。


 敵戦車隊は最初の十二発に対してそれぞれ急旋回して回避行動を取る。直後、狙った十二両中九両に砲弾が直撃した。このうち三両が予測と違う動きをしたために、狙いを外れて砲塔や車体の装甲に阻まれたが、六両は車体側面に命中して履帯を切り、走行能力を失った。


 動けなくなった敵戦車に集中攻撃して止めを刺す。


『リントブルム・リーダーより各車へ。この調子だ。弾切れまで敵を叩くぞ!』


 敵戦車隊は、戦いの潮目が変わった事を察するが、逃げることなど許されない。命中率を上げるため、距離を詰めてきた。


『四号車、被弾! ……車両に異常なし。戦闘を継続する!』

『十三号車、エンジンに被弾した! ……走行不能。脱出する!』

『十八号車。……すいません、弾切れです。離脱します!』


 リントブルム大隊側も被弾や弾切れで戦線離脱する車両が出始めているが、その時点で敵方の半数近くを撃破していた。重久隊もまた、突入を繰り返していたロボット部隊の七割ほどを破壊し、戦況は落ち着きつつある。


 だが戦車隊の弾薬も乏しくなっており、北上を開始した敵の第三陣と交戦するには後退して弾薬を補充しなければならない。リントブルム・リーダーが後退すべきか考え始めた時、戦場に新たな動きがあった。


『グリフォン5より各隊へ。≪するが≫がミサイルを発射。敵第三陣の前方に地雷を散布し足止めします』


 ≪するが≫が発射したのは、対戦車地雷を搭載した四十発の滑空弾だ。VLSから打ち出された後に、低空で敵の第二陣と第三陣の間を飛行し、対戦車地雷をばら撒いていった。第二陣、第三陣に随伴する対空車両によって、十発の滑空弾が撃ち落とされたが、一発の滑空弾あたり三十発、計九百発の対戦車地雷を第一ラインと第二ラインの間に散布した。


 第三陣はそのまま前進した。だが至る所で戦車や装甲車両が地雷の餌食になると、慌てて動きを止めるのだった。


 第二陣はなおも攻撃を続けたが、頼みの綱の第三陣は地雷原に阻まれて前進出来ない。そして敵防衛ライン後方から襲いかかる筈だった迂回部隊は、山岳地帯で亮輔の罠によって全滅していた。


 程なくして数が減りすぎた第二陣は、戦闘継続が不可能となり、前線司令部の命令で後退していった。


「グリフォン11よりリントブルム・リーダー。

 敵が撤退を開始。支援感謝します」

『リントブルム・リーダー、了解した。グリフォン11も、ひとまずご苦労だった。

 あと、隊員の救出に、感謝する』


 リントブルム大隊は二十六両中、二両が撃破され、五両が被弾や弾切れで戦線離脱した。撃破された二両の乗員六名は脱出に成功したものの、車両や砲弾が縦横無尽に行き交う戦場で身動きが取れなくなっていた。そこで井手田少尉のコントロールする≪九一式戦車≫一両と≪タロス≫三機が向かい、無事救出していたのだ。


 第三回廊で戦闘は、一時は対戦車壕内まで攻め込まれた事はあったが、一機も第二ライン突破を許すこと無く守り抜いたのだった。


 他の回廊でも、ズレヴィナ軍第二陣との戦闘は、対戦車壕に殺到するロボット兵器と、それを必死に防ぐ扶桑軍の構図であった。重久達の第三回廊に比べて第一回廊、第二回廊共に敵は少なかった事もあり、そこまで苦戦すること無く守り切れたのであった。



 ――扶桑軍 由良基地 作戦室――


 敵第二陣の撃退後、神威中将と新崎中将の判断によって、第二ライン放棄を決定した。


 第二ラインは、ズレヴィナ軍の苛烈な砲撃によって対戦車壕の至る所が崩れており、第三陣を受け止めきれないと判断したためだ。


 地雷によって足止めされた敵の第三陣は、地雷除去を完了した後も前進を再開せずに、沈黙を守り続けている。


 動きを止めたのを良い事に、≪するが≫からミサイル攻撃を行おうとした。ところがカーバンクル中隊の≪カワセミ≫が送ってきた映像を解析すると、近接防空用の対空車両を多数随伴させていることが分かった。このままでは多数迎撃され効果が薄いと判断し、ミサイル攻撃は中止した。


 その代わりに、レールガンを使用してミサイル攻撃の障害となる対空車両の“狙撃”に切り替えた。しかしそれも、三十両ほど破壊したところで止めざるを得なくなった。雲が薄くなり敵は血眼になって≪カワセミ≫を迎撃するようになったため、容易に近づけなくなったのだ。



「この静けさは……、怖いな」


 かれこれ三十分以上続く静かな時間に、新崎中将はお茶の入ったコップを置くと秀嗣に話しかける。


「同感だ。でもそのお陰で、今は飯が食える」


 そう言うと、梅干し入りのおにぎりを頬張る。


 いつ敵が侵攻を再開するか分からず、全員が作戦室で食事を取っている。中将である秀嗣と新崎中将もまた、椅子に座って配られたおにぎりを食べていた。


 作戦エリア全域で戦闘は収まっているため、室内には幾分ゆったりした空気が流れている。


 まだ午前十時と、朝食とも昼食とも言えない時間の食事ではあるが、昨夜から働き続けている作戦室の面々にとっては、貴重な休憩時間でもあった。何人かは仮眠のため、机に突っ伏していた。


 今の所はかなり有利に戦闘を進めている。


 自走榴弾砲や戦車、対空車両の他、兵士にいくらか死傷者は出ているが、想定よりは少ない。


 最前線に立つグリフォン中隊と英川遥中尉率いる≪アトラス≫中隊に、大きな被害は出ていない。≪タロス≫は数機がダメージを受けたが、応急修理を終え戦線に復帰しているため、実質的に被害は無い。


 突入隊とは通信を絶っているため状況は不明だが、緊急通信が無いことから問題は出ていないのだろう。


 懸念は榴弾砲用の砲弾が残り少ないことだ。第三陣への砲撃中に尽きる予測だ。


 新崎中将が「それにしても、前線は良くやっているな」と感心すると、秀嗣は「そうだろ? 自慢の部下だ」と誇らしげに頷く。


 作戦立案時、寡兵で前線を支えることに新崎中将を始め多くの将校は反対していた。≪タロス≫や≪アトラス≫が既存兵器と異なるため、性能を聞いてもイメージ出来なかった事もあるし、人型の見た目から「所詮は歩兵と変わらないのでは?」という先入観もあった。オペレーター達が二十歳前後の“ヒヨッコ”である事も、懸念を大きくさせた一因だ。


 それを秀嗣や出雲基成大佐、グリフォン中隊の面々が様々なデータを示し、訓練を見せ、新崎中将麾下、第十師団の精兵を演習で叩きのめす事で納得させたのだ。


 ベーコンとおかかの入ったおにぎりを食べ終えた新崎中将は、四個目のおにぎりに手を伸ばす。


「突入隊は、トラブルがなければ予定地点に到着している時間だな」


 ツナマヨおにぎりを頬張った秀嗣は、壁の時計に目を走らせ「んんっ」と頷く。


「秀嗣。前から思っていたんだが……」

「何だ?」


 お茶を流し込んで口の中をスッキリさせた秀嗣が、小首を傾げる。


「よく自分の息子を、最激戦地に送り込めるな……」

「……まあ、実力はあるから、な」


 そう言うと軽く笑う。


 直也を始め≪タロス≫のオペレーターの多くが、遺伝子操作によって生まれた特殊な人間である事は機密であり、新崎中将に話す訳にはいかない。


「子供の頃から戦い方を教えていたんだったか?

 親が子供に考えを押しつけたせいで、潰れたり、グレたりすることもあるだろう?

 大丈夫だったのか?」

「そういう話は聞いたことはあるが……。直也の場合、あの子の方がやる気になったんだよ。俺はその手伝いをしただけだ」


 直也は中学生の頃に自らが死ぬ夢を見て以来、戦う術を身につけることに積極的になった。


 どうやって早くから兵士としての訓練をさせようかと思案していた秀嗣は、これ幸いとばかりに、ツテを使って軍の訓練に参加させたり、講師を用意したりして、後押しをしたのだ。結果として、想定以上の英才教育になったが。


「赤ん坊の頃から、お前が洗脳したのではないのか?」

「酷いな。洗脳はしてないぞ。

 ……八歳までは親父の所に預けていたし、再婚してからも自由にさせていたからな」

「平和だった我が国で、そんな殺伐した事に興味を持つなんて、特別な理由がありそうだが……」


 指摘は正鵠を射ていたが、直也の見た夢や、自らの秘密も伝えるわけにはいかない。


「直也の動機が何にせよ、戦い抜く力を持っていて、この作戦の鍵を握っている事には変わりないよ」

「……そうだな。

 あとは、突入隊が司令部を制圧するまで、こちらが持ちこたえられるか、だな」


 最後のおにぎりを食べ終え、お茶で一息ついていると、敵に動きが見られた。


「敵の第三陣に動きあり! 前進を再開するようです!」


 戦況を見守っていたオペレーターが声を上げると、作戦室の空気は一変し張り詰める。次々と士官が部屋に飛び込んできては、席に着いて作業を始める。机に突っ伏していた者達も、ガバリと身を起こす。


「ようやく来たか」


 秀嗣が席を立つ。そこに、≪文殊≫から再び緊急通信が飛び込んでくる。


『自爆ドローンの射出を確認!』

「何!?」


 ≪玉座≫に向かっていた秀嗣が、驚き顔でスクリーンを見遣る。


 続いて洋上の≪しなの≫からも連絡が舞い込む。


『敵艦隊が我が艦隊に向け対艦ミサイルを発射。これより迎撃を行う』


 眉間に皺を寄せた新崎中将が秀嗣に歩み寄り、周囲に聞こえないよう小声で話しかける。


「おい。これはマズいんじゃないか?」

「ああ……。これはヤバい」


 扶桑軍が想定していた自爆ドローンの数は、最大で三千機。これは幾つかの情報筋から入手した数で、それなりに確度は高いとされていた。だから第二陣突入に合わせて投入された物で打ち止めと考えていたのだ。しかし実際は違った。


 先程、自爆ドローンを一網打尽にした、サーモバリック弾頭を搭載したミサイル≪カグツチ≫は、一斉射で撃ちつくしてしまった。本来、予備としてもう二斉射分を調達する手筈だったが、これも作戦直前になって陸軍から提供が中止されてしまい予定数を揃えられなかったのだ。この他に有効な迎撃手段である≪モリガン≫は拠点防衛用であり、第五ラインや由良基地に配備しているので前線は射程外だ。たとえ前線に持っていっても、展開と撤収に少し時間がかかることから間に合わない上に、砲弾がガンガン降り注ぐ前線では的にしかならない。


 このため、現時点の最前線となる第三ライン上には、自爆ドローンの迎撃に有効な手段は存在しない。


 残るは榴弾砲やレールガンの砲弾を空中で炸裂させて自爆ドローンを撃ち落とす方法しかないが、迎撃効率が落ちるのはもちろんのこと、ただでも残り少ない榴弾を使うことになる。また、≪するが≫のレールガンは敵艦隊からの対艦ミサイル迎撃に使用するため、陸上への支援砲撃は不可能になる。


 普段は飄々としている秀嗣も、さすがに動揺を見せる。心臓は早鐘を打ち、背筋を幾筋も汗が流れる感覚が伝わる。


 一つ深呼吸をして気を落ち着かせ、右手をゲンコツにして顎に添えると目を瞑り、しばし思考の海に沈む。


(直也に、発射地点を攻撃させるしかないな)


 今飛んで来る分は何とか迎撃するしかないとしても、これ以上増えることは避けねばならない。自爆ドローンの予測発射地点は二箇所ある。片方は前線司令部付近にあり、守りが厚いと予想されるため手出しできない。もう片方は楢柄市の南側、大型ショッピングモールの付近と推測している。こちらならば前線司令部よりも敵支配地域側にある為、守りは薄いはずだ。それに直也が突入する地点からそこまで離れていない。だから敵前線司令部の奇襲に向かった直也に寄り道させ、自爆ドローンの発射を止めさせることが可能だ。しかし本来の任務である奇襲が成立しなくなり、直也は防備を整えた一個旅団を相手にする事になる。それでも負ける事は無いだろうが、ただでも負担の大きい直也に、さらに重荷を負わせる事になってしまう。また状況次第では、前線司令部にたどり着く前に、司令官のニカロノフ大将に逃げられる可能性もある。


(いや。俺の仕事は、可能な限り損害を減らしつつ勝利することだ。

 直也一人より、守りに就いている兵士達の命の方が優先しなければならない……。

 そのためには、前線司令部を制圧出来なくても、撤退に追い込めば良しとするべきだろう)


 守備隊の壊滅を防ぐため、勝利条件を引き下げる事も考える。


 十秒後、秀嗣は迷い振り切ると、緊張を含む声で指示を出した。


「全軍に緊急連絡! 自爆ドローンが接近した場合は、全力で撃ち落とすよう伝えろ! 

 前線には俺から指示を出す!」


 優位に作戦を進めていた扶桑軍も、正念場を迎えつつあった。


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