反攻作戦21
――扶桑軍 ≪文殊≫――
「空野司令! 仮想環境上で、敵のサイバー攻撃が停止しました!」
ズレヴィナ軍のサイバー攻撃を見守っていたオペレーターが声を上げる。
≪文殊≫周辺の地対空ミサイルで≪Tu-221≫を攻撃した事から、そろそろ敵に気付かれると予想していたので驚きはない。
(今頃、あちらさんはディスプレイを見て愕然としているだろうな)
表示する文章の案はいくつかあったが、採用したのは“比較的”普通の案だった。中には「ねぇ、今どんな気持ち?」や「ざまぁ」など、思い切り煽っているものもあった。おおよそどこかの中将あたりが考えたに違いないが、選ばれなくて良かったと思っていた。下手をすると核ミサイルが飛んで来かねない。
「分かった。
……擬装班は作業終了だ。撤収次第、レーダーを稼働しろ」
敵に擬装がバレているのに、わざわざ続ける必要は無い。すぐに≪文殊≫の機能復旧させるよう指示を出す。あとは“通常通り”の任務をこなすだけだ。
――ズレヴィナ軍 笛崎市 扶桑国侵攻軍総司令部――
司令部にいた者達は皆動揺し、悪夢のような現実に打ちのめされていた。作戦立案をしたブルガーニン中佐も例外ではない。
(この決戦を考えた時点で、敵の術中に嵌まっていたのだ……)
決して油断していたわけでは無い。様々な事態を想定し、政府のバックアップを受けながら、出来る限りの兵力と物資を準備したのだ。これまで立案してきた数々の作戦の中で最も心血を注ぎ、絶対的な自信を持つ作戦だった。
だが現実は、敵の欺瞞に踊らされ徒に兵力を失うばかり。
しかし<巨人の鉄槌>作戦が動き出したからには、勝利を得る(または――考えたくはないが――完全に敗北する)まで立ち止まることは許されない。
展開している兵力を総動員し、何とかして敵の防御陣地を突破するしか無い。
「兎に角、あの艦を自由にさせてはなりません。追尾中の友軍艦隊に攻撃指示、並びに本国から攻撃機を出撃させるよう要請しましょう。
陸上部隊は、残る五個旅団も直ちに前進させなければなりません。敵陣を突破するのが先か、あの艦に陸上部隊が削りきられるのが先か。スピード勝負になります」
進言するブルガーニン中佐に、居合わせる参謀達の全員が賛同する。一部の者達が、先程、即座に撤退すべきと考え本国に進言したものの、聞き入れられなかったのだ。従わなければ自分達のみならず、家族や親戚の首が物理的に飛ぶ事も分かっているため従うほかにない。それならばと核兵器の使用許可も申請したが、他国への影響が大きすぎる為に許可は下りなかった。
半眼で部下達を見ていたワルデネフ上級大将が小さく頷く。
「……この期に及んでは、どうしようもないか。よかろう。すぐに指示を出せ」
「「ハッ!!」」
扶桑軍に裏をかかれ続けた<巨人の鉄槌>作戦は、強引に次のステージに進むのだった。
――ズレヴィナ軍 楢柄市 西部方面軍前線司令部――
≪Tu-221≫攻撃隊が撃退され、そこから判明したサイバー攻撃の失敗。総司令部から連絡を受けた前線司令部は、絶望を感じながらも何とか状況を打破しようと懸命だった。
総司令部からの厳命に従い、前進中の第二陣に続き、五個旅団からなる第三陣の前進を指示した。集結が完了していないため、バラバラに前進することになるが、兵力が分散することから逆にクラスターミサイルの被害を抑えられるメリットもある。尚且つ第二陣の交戦中に到着すれば、数を頼りにそのまま押し込めるという判断だった。
ただし重大な問題があった。ロボット兵器は、互いに通信しているロボット兵器同士を除き、敵味方の識別が不可能なのだ。要するに、友軍の車両や兵士がいても、交戦対象と認識する。
このため、通常はロボット兵器に交戦許可エリアを指定しており、他の部隊は誤射を避けるため近づかないようにしている。だから今回、もし第二陣のロボット兵器に第三陣の兵士が近づくことになれば、問答無用で同士討ちになってしまうのだ。命の危機が迫り咄嗟の判断が求められる状況で、兵士に「ロボット兵器に近寄るな」と言っても守られるとは限らない。結果として(破壊されても命を失うことはない)ロボット兵器側で何とかすることになる。具体的には、オペレーターが接近してきた友軍を攻撃対象から外すよう、その都度指示を出すしか無かった。
なお≪タロス≫の場合は、兵士一人一人にビーコンを持たせることで敵味方の識別をしている他、画像認識でも判別は可能だ。しかし画像認識の場合は精度が落ちるため、ビーコンを持つことを推奨している。もちろん民間人やビーコンを持たない友軍がいる場合も考慮し、「戦闘モード」かつ武器使用を許可しなければ攻撃しないようになっている。
この考えの違いは、ロボット兵器のみで運用するか、人間と協調して運用するかの思想の違い、そして人型か否かが影響している。
「第三陣は、第二陣に続いて突入させる。ロボット部隊が友軍を攻撃しないよう、確実に指示を出せ。
……あと、薬物の服用を許可する」
ニカロノフ大将の指示が、前線の各部隊に伝達される。
“薬物”とは、ズレヴィナ共和国が数年前から開発し、この戦争の前に完成させた物であった。恐怖と痛みを和らげ、覚醒作用と集中力、そして攻撃性を高める効果がある。これまでも同様の薬物は存在していたが、それらよりも常習性や副作用は少ないとしている。だが、これまでと同様に効果が切れると倦怠感や吐き気をもよおす場合があった。ここぞという時に使用しなければならず、服用には司令官の許可が必要だ。
この薬物の開発では、モルモットなどの動物の他に、比較的早い段階から人間に対しての実験も行われた。重犯罪者の他に、これまで侵略した地域に住む反抗的な少数民族が被験者となった。実験によって三桁にも登る(一説によると四桁の)人々が犠牲となった。もちろんこの事が表沙汰になれば国際社会からの猛烈な非難は免れないため、公式記録には記載されていない。
独裁国家の持つ闇の一端である。




