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ロズウェナの友達観

「ふわあ────よく寝たぁ……ぁふ」


 カーテンの隙間から差し込む柔らかな光に、朝の到来を感じ取る。二度寝するほどの時間は…………多分なさそうだなあ。


 やはり疲れていたんだろう。

 顔合わせを兼ねた夕食────家で出ていたものより数段豪華だった────が無事に終わり、冗談みたいに広い大浴場のお風呂を頂くと、僕はいつの間にか眠ってしまっていた。


 因みにお風呂については、誰かとバッティングする可能性はなさそうで僕は胸を撫でおろした。

 この家における自分の立場が分かっていなかったのだけれど、夕食の時の説明を聞く限り、僕の立場はフラウさんと同等らしく、それはつまり入浴中に使用人と鉢合わせすることはない、ということを意味している。万が一被ってしまう可能性があるとすればフラウさんだけだが、それも問題ない。彼女には既にバレてしまっているからだ。


「一時はどうなることかと思ったけど…………何とかなりそうだ」


 実家のものより数段ふかふかのベッドから這い出て、目を擦りながら姿見の前に立つ。そこには紛れもないロズウェナが映し出されていた。見分け方は簡単で、胸がない方が僕だ。あははは。


「はあ…………」


 つくつもりのない溜息が勝手に喉から溢れてくる。


 …………はっきり言って憂鬱だ。女性として学院に通うことではない。それについてはとっくの昔に覚悟を決めている。それに他ならぬ最愛の妹・マールの為だ。僕に出来ることなら()()()()()という気持ちは、そのまま言葉通りの意味として僕の心の中にある。


「…………」


 両手の中の()()を握る。人肌より僅かにひんやりとした()()は、僕の手のひらに優しい反発を伝えてくる。


 繰り返そう。女装が嫌な訳ではない。いや、嫌は嫌なのだが、マールの為だと思えば耐えられる。

 だが、このパッドを胸に装着する瞬間だけは、どうしても一人の男として情けなさを感じずにはいられない。お父様の命令を突っぱねられなかった自分を叱咤せずにはいられない。マールの入学を来年にずらすことは本当に不可能だったのかと、可能性を探らずにはいられない。


 ぺた、と何度経験しても慣れることのない感触が胸に飛来する。感情的な話の例えとしての『胸』ではなく、物理的に飛来する。パッドはまるで生き物のように僕の胸に吸い付いていき、次第に境目も分からなくなった。


「────マールお嬢様。起きていらっしゃいますか?」


 分厚い木製のドアが上品にノックされる音が耳朶を打つ。少し遅れてメイドさんの怜悧な声が届く。その『いかにも仕事中です』といった雰囲気の声で、僕は実家の使用人であるメイシアさんの事を想起した。彼女は元気でやっているだろうか。ホームシックという訳ではないが、そんな事を思った。


「はい、起きています。おはようございます」


 言いながら、急いでブラジャーを装着する。使用人が主────この場合は僕だ────に断りなくドアを開けることはないとは思うが、胸を露出した状態で他人と応対すること自体が無条件に僕を焦らせる。一応この状態を見られてもバレることはないはずだが、僕にはまだそこまで女性としての胆力は備わっていない。


 メイドさんは僕の挨拶におはようございますと短く返すと、続けて「これから毎日この時間に声をかけさせて頂いてもよろしいでしょうか?」と聞いてきた。僕は即答する。


「よろしくお願いします。普段は寝ているでしょうから、助かります」


 扉の向こうの彼女はきっと、これから三年間毎日僕を起こしにくるのだろう。けれど、僕は一年間しかそれを聞くことはない。その事について、僕は特に何も思わなかった。何も胸に飛来しなかった。僕は本来ここにいるべき存在ではなく、表に出るのはマールの役割だ。僕はただ、マールを陰で支える存在であればいい。それが僕が生まれた瞬間から課せられている、たった一つの使命だ。


 メイドさんはいつの間にか去っていて、僕は静かな部屋で無感情に身なりを整えた。セレスティア王立学院の制服に身を包むと、そこには見まごうこと無きマールの姿があった。きめ細やかな純黒の髪は母親譲りで、僕は自分の髪が好きだった。眺めていると何だか心が落ち着くからだ。そんな理由で散髪を嫌がっていたら、すっかりロングになってしまっていた。同じ髪型のマールが髪を伸ばしている理由は分からない。きっと僕と同じ理由ではないと思うけど。マールは僕のように繊細な人間ではないからだ。


 部屋から出てメインホールに移動する。メインホールには果てしなく長く、そして豪華なテーブルが設えてあり、僕は『果たしてこのテーブルが満席になることはあるんだろうか』と考える。軽く数えてみると二十人以上は座れるようだ。等間隔で並べられた椅子のほとんどは、一度もそのクッションを沈み込ませること無く役目を終えるのだろう。そのことについても、僕は特に何も思わない。


「────フラウさん、おはようございます」


 その無駄に長いテーブルの隅っこに、フラウさんは座っていた。僕と同じ制服に身を包んだその姿は、思い返してみても、とても昨日木に登っていたあの女子生徒と同一人物とは思えない。『馬子にも衣装』という言葉が思い浮かんだので、僕は周りに使用人がいないのを確認すると、喧嘩を売ってみることにした。僕とフラウさんは友達だからだ。


「馬子にも衣装ですね」


 僕の言葉に、フラウさんは口をへの字にし、眉間に皺を寄せた。一瞬で木に登っていたあの女子生徒になったので僕は笑いそうになった。


「…………何よ、喧嘩売ってるわけ? 朝は憂鬱なんだからあまり苛々させないで頂戴」


 意外にもフラウさんは僕の挑発に乗ってこなかった。彼女が憂鬱な理由は分かる。きっと僕と同じだ。僕が性別を隠しているように、彼女も性格を偽っている。だから憂鬱なのだろう。


「ごめんなさい。ちょっとテンションをあげようと思っていたら、丁度フラウさんがいたので」


「何よそれ。アンタ、終わってるわね、性格」


「そうかもしれません」


 僕は言いながらフラウさんの隣に着席する。

 無言で隣り合っていると、朝食が運ばれてきた。実家より数段豪華な朝食に僕のテンションは急上昇し、未だ低空飛行しているフラウさんを周回遅れにした。


 よし、今日も一日頑張るぞー。

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