契約
「────という事情で……僕はマールとして学院に入学した次第です……」
まずは正座しろと鬼の形相で言うフラウさんの圧力に負け、僕は服を着ることも許されず、上半身裸でフラウさんの前に跪いて事情を説明させられていた。グリーンウッド家における僕の立場など、言う必要のない事は伝えなかったけれど、それ以外はほぼ全て喋ってしまった。
多分新手の拷問か何かだと思う。
羞恥心で死にそうだ。何故ってスカートを履いたままだから。
「…………事情は大体分かったけど、まずはひとつ言わせて貰ってもいいかしら?」
「…………どうぞ…………如何様にでも……」
「じゃあ言うけど────グリーンウッド家って、アホなの?」
「いや…………うん。それは…………うん。多分アホなんだと思います……」
実家を悪く言われて黙っていられるはずもなく何とか言い返そうと頭をフル回転させたけど、言い返せる余地はセレスティアキャットの額ほどもなくて、僕は肯定するしかなかった。
「土台無理があったんですよね。この男らしさに溢れた僕が女装なんて」
「いや、それは完璧だったと思うけど」
「え?」
「ん?」
フラウさん、見かけによらず冗談が上手いなあ。何だかキャラ違ってるし。
「何はともあれ、私に露見した以上諦めて頂戴」
話は終わりよ、と言わんばかりにフラウさんが立ち上がった。
まずい。まずいまずいまずい。ここで帰られたら全てがご破算。僕はただ女装して学院に潜入しただけの変態になってしまう。それだけは何としても避けなければならないんだ。
「それは…………出来ません」
「は?」
フラウさんは信じられないものを見るような目で僕を睨みつけてくる。けれどその目は上半身裸でスカートを履いている男を見るにはあまりにも適切で、僕は思わず笑いそうになるのを必死に堪えた。
「僕はどうしてもマールをこの学院に通わせてあげたいんです。お願いします、どうか黙っていて頂けないでしょうか」
僕は生まれて初めて家族以外に対し、というよりお父様以外に対し頭を床につけた。
「…………いやいや無理よ。こんなヘンタイとクラスメイトになるなんてゴメンだわ」
「ヘンタイではないです。僕は言われてやっているだけだから」
「そんな格好してる時点でヘンタイでしょ」
「これはフラウさんが服を着させてくれないから……」
「そもそもどうして脱いでるのよ」
交渉は劣勢だった。何を言おうにも、僕が乳首を晒しながらスカートを履いている時点で、まともに取り合って貰えない。
もう残された手段はひとつしかなかった。
「────フラウさん。そういえば何だかキャラ違いませんか?」
「ギクッ!?」
「もしかして、それが本当の性格なんですか? 公爵家第四位の御令嬢がそんなお転婆娘だと知ったら、皆さんどう思いますかね?」
「な、なによ! もしかして脅す気!?」
「いえ、僕はただフラウさんと協力しあえたらなと思っているだけです。お互い後ろ暗い事情を持つ者同士…………ここはひとつ手を取り合いませんか?」
「別に私は後ろ暗いわけではないのだけど……」
「お願いします! 黙っていてくれるなら何でも言う事聞きますから!」
「…………何でも……?」
僕の言葉に、フラウさんの目の奥がキラッと光った。
「あ、いえ、僕に出来る範囲であれば──」
「今何でもって言ったわよね?」
「いや、それは言葉の綾というやつで……」
フラウさんは顎に手を当て何やら考え込んでいる。なんだろう、エッチな命令とかされるのだろうか……?
「────よし、いいわ。とある条件を呑むのなら黙っていてあげてもいいわよ」
「本当ですか!?」
「ええ…………あなた、アラン様に気に入られているわよね?」
「そうですね。多分僕のことが好きなんだと思います」
「そんな訳あるもんですか! …………あなた、アラン様に私の素晴らしい所を伝えてアピールしなさい」
フラウさんはそわそわしている。しきりにツインテールを触って落ち着きがない。
「何ですか? フラウさん、アラン様の事好きなんですか?」
「な────っ!? どうしてそうなるのよ!?」
「その様子じゃ赤子だって分かりますよ」
フラウさんは顔を真っ赤にしていた。どうしよう、チョロすぎて少し可愛いかもしれない。
「ぬぐぐ…………そ、そうよっ! ずっと前から片思い中よ! アンタに関係あるの!?」
「いや、あるかないかと言われれば無いですけど…………とにかく、フラウさんが素晴らしい人間だと言うことをアラン様にアピールすればいいんですね」
「そうよ、話が早いじゃない」
「と言っても、僕フラウさんの事よく知らないんですよね。木登りが上手いことくらいしかアピールの材料がないです」
殺気を感じフラウさんに目をやると、角でも生えんばかりの形相で僕を睨みつけていた。何か癪に触ったのだろうか。
「…………アンタ……それ言ったら家ごと潰すわよ……!」
「ひ、ひいっ!! ごめんなさい!!」
僕が必死に頭を下げるとフラウさんは大きな溜め息をついた。
「…………はあ。なんだかアンタと話してると気が抜けちゃうわ」
「いいんじゃないですか? 自然体の方が可愛いですよ」
「か、かわっ!?」
折角落ち着いたのにフラウさんはまた顔を真っ赤にしてしまった。山の天気より表情の変わりやすい人だ。
「教室でのキャラよりは親しみやすくていいと思いますけどね。アラン様にもそういう態度で接すればいいのでは?」
僕は割と真剣にアドバイスしたつもりなのだけれど、フラウさんはがっくりと肩を落とすだけだった。
「…………無理よ。私、もう十年以上必死に取り繕ってきたんだもの。今更どういう顔でキャラを変えればいいのよ」
「頭打ってキャラ変わっちゃいましたーとか?」
「アンタ、私の事バカにしてるでしょ」
「いやいや、していませんよ。確かにどうして木に登ってたんだとか、部屋に入る前にノックも出来ないのかとか、色々思ってはいますけど馬鹿にしてるなんてそんなことは決して」
「…………アンタが男だってことチクってしまおうかしら」
「あああごめんなさいごめんなさい!!」
僕は額を床に擦り付けました。このペースじゃ来週には僕の額は磨り減って無くなってしまうかもしれません。
「…………はあ、もういいわ。ええと………ロズウェナ、だっけ? とりあえずアンタの事は黙っててあげるわよ」
「…………お優しいんですね」
「脅しといてよく言うわね」
呆れ顔も可愛いですね、なんて言ったらまた怒られるかな。
「いえ…………確かに脅しはしましたけど、冷静に考えればフラウさんに黙っているメリットはないはずですから。正直無理だろうなと思ってました」
「まあ…………そうね。…………でも、アンタが妹さんを想う気持ちは本物みたいだから。どうやらヘンタイでもなさそうだし」
「…………やっぱり優しいですよ」
まだ知り合って間もないけど、フラウさんの恋路を応援したいと思えるくらいにはフラウさんはいい人なのだった。