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バレちゃった

「…………アラン様?」


「マール。まだ帰っていなかったか」


 アラン様は私の姿を認めると私の側までやってきました。教室は物音ひとつしない静寂に包まれ、全員の視線がアラン様と私に集まっていました。


「丁度帰ろうと思っていたところです」


「そうか、それは良かった。マールは入学したばかりで学院のことをよく知らないだろう。必要なら学院内を案内しようと思ってな」


「なるほど。お気遣いありがとうございます」


 アラン様の申し出は正に渡りに船でした。


「────ですが、今日は友人と一緒に帰る約束をしています。申し訳ありませんが明日でも構いませんか?」


「友人?」


「アラン様、お久しぶりです」


 私とアラン様のやり取りを黙って聞いていたフラウさんがそこで初めて口を開きました。


 アラン様はフラウさんが隣に立っていることに気が付かなかったようで、驚いた様子でフラウさんを見ました。


「…………フラウ。この前の晩餐会以来か。そういえば今年入学だったな」


「はい。この制服を身に纏い、歴史あるこの学び舎で励めることを光栄に思いますわ」


 フラウさんは恭しくお辞儀をしました。


 …………ん?

 アラン様とフラウさんのやり取りに私は違和感を覚えます。というのも、二人の関係はどうにもアラン様が上位に立っているように感じたからです。

 フラウ様は公爵家第四位のグレイシア家の御令嬢。いくらアラン様が年上とはいえ、そこまでぞんざいに話していいものなのでしょうか。フラウさんも畏まっているようですし。


「お二人はお知り合いなのですか?」


 気になってつい質問してしまいました。


「ええ。グレイシア家は王室と深い関係がありますから。アラン様とは小さい頃より何度も顔を合わせているのですわ」


「王室?」


 どうして今王室が出てくるのでしょう?


「マールさん。私の事は構いませんからアラン様と行ってください。皇太子様のお誘いをお断りするなんて、優雅ではありませんわ」


「…………は?」


「いや、いいさ。友人は大切にすべきだ。今日の所はフラウに譲るとするよ」


 アラン様が軽く手を挙げ颯爽と出ていくと、教室内は割れんばかりの黄色い声に包まれました。


「…………アラン様が皇太子……?」


 そんな馬鹿な。


 だって、ぶっちゃけますけど…………アラン様、私に惚れていませんか?





「それでは、フラウさんとアラン様は幼馴染なのですね」


「いえ、幼馴染だなんてそんな…………ただ少し、家同士の仲が良かっただけですわ」


 フラウさんはアラン様と知己の間柄だという事を、口では否定するものの、内心ではその事を誇りに思っているようでした。アラン様の話題になると少し頬に赤みが差すフラウさんはとても()()()()()()て、その分かりやすさが私には好ましく思えました。

 家主には失礼ですが、単純なフラウさんはきっと私の女装に気付くこともないでしょう。フラウさんの隣を歩きながら私はそう分析を終えました。こちらも文字通り生死が懸かっていますから、気を抜くことは出来ないのです。


「綺麗な庭園ですね」


 学院から歩くこと十数分。程よい立地にあるグレイシア家別邸・エーデルワイス館は、敷地に入ってからが本番でした。延々と続く緑の中を、もう十分ほど歩いています。大きさこそ私の実家と変わりませんが、あちらの庭園はただ広いだけなのに対して、このエーデルワイス館の庭園は木の一つ一つ、花の一本一本まで丁寧に手入れされていて、一体どれほどの人とお金がかかっているのだろうと考えると、田舎の辺境子爵生まれの私はそれだけで気が遠くなります。


「このエーデルワイス館の庭園は、グレイシア家の別邸の中でも最も手が込んでいると聞いたことがありますわ。…………きっとご先祖様が『セレスティア領だから』って気合をいれたのね」


 フラウさんはまるで何でもない事のように、微笑みながらそう言いました。これだけの庭園を持つ家が普段全く使われていないというのですから、それだけでグレイシア家の強大さが分かります。


「…………あら……?」


 そういえば…………どうして田舎の辺境子爵家であるグリーンウッド家が、天下のグレイシア家の別邸を貸して頂けるのでしょうか。学院に入学出来たことといい、先代のご当主様は一体何者なのでしょう。残念ながら、私には知る由もないことです。





「…………疲れた……」


 玄関でフラウ様と別れた私は、自室に戻ると大きな溜息をつきました。


 家に到着するまでは何ともなかったのですが、唯一安心出来る空間である自室に戻ってくると疲労が噴き出してきます。

 やはりスカートを履いて他人と接するというのはかなりのプレッシャーになっているみたいです。普通はそんな経験することありませんからね。


「…………」


 全身がうつる大きな姿見の前に立ち自分を眺めると、そこには完璧なまでにマールが立っているのでした。胸は実物より少し大きいですが。


「…………こりゃバレないよなあ」


 制服とブラを脱ぎ胸を露出させると、作り物の胸がぷるんと勢いよく飛び出しました。


 つんつん。つんつん。


 真顔で自分の胸をつついて遊ぶ美少女がここにひとり。


「…………虚しい」


 やめやめ。一体何をやってるんでしょうかね、私。


「…………いいや、取っちゃえ」


 顔合わせを兼ねた夕食の集まりまではまだ時間があります。私の心と体は少しの時間だけでも男に戻ることを望んでいました。


 私はパッドに手をかけるとベリベリと胸から剥がしていきます。凄い技術が使われているらしく何度剥がしても粘着力が落ちないスグレモノなので気軽に外すことが出来ますね。


「…………おお!」


 急に標高を失った自分の胸を見て私は歓喜の声をあげました。


 パッドがないだけなのに、なんという解放感!

 思い出しました、そういえば私は男だったんです。


 私は心の赴くままに踊りだしました。鏡の前で思いつく限りの男らしいポーズを決めていきます。

 身体は華奢ですが、今の私はどうしようもなく男なのでした。


 …………今思えば、迂闊だったのかもしれません。気が緩んでいたのかもしれません。


 ですが、仕方ないじゃありませんか。まさかノックもなしで入ってくるなんて、そんなマナーのなっていないお嬢様がいるなんて思いもしなかったんですもの。


「────マールさん。少し聞きたいことがあるのです、けれ、ど…………」


「…………あ」


「…………え……?」


 鏡の前でマッチョポーズを決める私に、正確にはその胸部に視線を向けてフラウさんは言葉を失っていました。


「なん…………なの……それ……?」


 背景、我が愛しの妹へ。


 ごめんなさい。兄はしくじりました。


 先立つ僕をどうか許してください。


 合掌。

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