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上級生が下級生の教室に来ると空気がピリつくやつ

 ほどなくしてやってきた先生に治癒魔法をかけて頂き私は歩けるようになりました。先生は「これくらいなら一瞬だよ」と言わんばかりの緊張感のなさで、やはりアラン様は治癒魔法がお下手なんだなと勝手に親近感を強くしたのは秘密です。


 さて、セレスティア王立学院には他の学院のようにクラス分けは存在しません。理由は簡単で、単純に入学出来る人数が少ないからです。狭き門であればあるほど卒業した時に箔が付くのでしょう。強烈な権力の匂いを感じますね。


 私は今まで学校というものに通ったことがありません。というのも、私はグリーンウッド家において秘匿すべき存在だからです。表舞台に出るのはいつもマールひとりでした。


 私はとある事情からマールの為に生き、マールの為に死ぬ事を義務付けられた存在です。そんな私がグリーンウッド家の長男として広く知られては色々と都合が悪いのでしょう。

 あそこの家は長男を酷く扱っている、とレッテルを貼られてしまうかもしれません。私は気にしていないのですけどね。


 というわけで私は基本的に屋敷の中で様々な勉強やトレーニングに励む毎日を送っていました。なので学校にこそ通っていませんが同世代と遜色ない学力は有しているはずです。

 集団生活というものだけは経験出来なかったのでそこは不安ではありますが、トータルで見れば学院生活へのワクワクが大きく勝っている、そんな精神状況です。


「…………よし」


 私は深呼吸をひとつして、どんどん大きくなっていく期待、それと少しの不安を胸に教室のドアを開けました。


「…………」


 ────私を出迎えたのは、これから三年間共に生活をする同級生全員の強烈な視線。


 廊下から中の喧騒が聞こえるくらいには室内は話し声で満たされていたはずですが、今教室を包んでいるのは水を打ったような静けさ。自分の心臓の鼓動まで聞こえてきそうでした。


 何事かと思いましたが出入口に突っ立っている訳にもいかず、私は唯一空いている席に歩きだしました。どうやら私が最後だったようです。

 するとそこかしこからひそひそ話がおこりました。


「あの方よ……今朝アラン様にお姫様抱っこされていたのは……」

「本当に綺麗……お人形みたいだわ……」

「未来の妻を見つけたって親父に連絡しないと……」


 どうやら私、何やら噂されていますね……。

 ひそひそ話を聞く限りどうやらアラン様はやんごとなきお人のようです。私、失礼を働いていないでしょうか。不安で仕方ありません。


 あと私、容姿を褒められていませんか?

 今の私はマールと同じ見た目をしているはずなのでとても嬉しいです。我が最愛の妹が多数の貴族に褒められています。えへへ。


「…………」


 席に座っても周りからの視線は止みません。もしかして登校中見られていたのもこの容姿のせいだったのでしょうか。であれば喜ばしいことです。男としては複雑ではありますが、妹を褒められた喜びが勝ります。いえい。


「マールさん」


「はい?」


 脳内で喜びの舞を踊っていると、私を呼ぶ声が聞こえました。

 声のする方を振り返ると、いつの間にか机のそばにフラウ様が立っています。大きなツインテールが目の前でぶらぶらと揺れてなんだか面白いですね。


「フラウ様。先程ぶりですね」


「ええ。さっきは本当にありがとうございました。ところで、そのフラウ様というのは辞めて頂けませんか?」


「…………といいますと?」


 突然呼び方を注意され私は面食らってしまいました。何か失礼に当たってしまったのでしょうか。

 でも様付けより相手を敬う表現ってありましたっけ?


「私の事はフラウで構いません。私達クラスメイトでしょう」


「ああ、なるほど。…………申し出は大変ありがたいのですが、私は子爵の出です。グレイシア家の御令嬢を呼び捨てにするのはいささか遠慮が勝ってしまいますね……」


 『子爵の出』という言葉に教室がざわついたのは、きっと気のせいですよね。


「私は気にしませんよ。それに私、あなたとお友達になりたいんです。ダメかしら……?」


 不安そうにこちらを覗き込んでくるフラウ様を見ていると、なんだか断れない気持ちになってきました。


「うーん…………それならフラウさんで。これで勘弁して頂けないでしょうか?」


「ではそれで。あなたとクラスメイトになれて嬉しいですわ。是非仲良くして下さいね」


 フラウさんは柔和な笑みを浮かべると自分の席に戻っていきました。とてもさっき木に登っていたとは思えない落ち着きっぷりです。


「凄い……あのフラウ様と早速御友人になられているわ……」

「決めた……俺、あの子に告白する」

「……子爵の癖に生意気」


 先生が教室にやってくるまでひそひそ話は止むことはありませんでした。もう少しボリュームを抑えて下さいませんかね。





 入学式はつつがなく終了し、私達は教室に戻ってきていました。

 授業は明日からなので今日はこれでお開きです。


「…………」


 教室内は既にいくつかのグループが出来ており、再会を懐かしんだりクラスメイトになれたことを喜ぶ声が散見されます。きっと皆さん社交界で既に顔馴染みなのでしょうね。


 私はというと当然ながら談笑するような友人はまだ出来ていません。何しろ団体生活はこれが初めてのことなのです。自分から話しかけるなど出来るはずもありませんよね。


「マールさん」


「はい?」


 強烈なデジャビュ。このやり取りさっきもしませんでした?


 顔を上げるとフラウさんが側に立ってこちらを見下ろしていました。

 フラウさんは友人がいないのでしょうか。私に話しかけてくれるのはありがたいのですが。


「フラウさん。どうされました?」


「えっと…………マールさんは寮ですか?」


 セレスティア王立学院には多数の寮が存在します。

 私のように遠方から来ていて、かつ首都セレスティアに別邸を持っていない家の生徒は基本的に寮に住むことになるようです。きっとさぞかし豪奢な寮なのでしょうね。


「いえ、私は懇意にさせて頂いている方の別邸に下宿しているんです」


 懇意にしているといってもそれは家単位の話で、私は顔も名前も知らないのですけれどね。グリーンウッド家の事情はお父様と次期当主のマールしか知りません。


「そうなのですね。因みにどちらの家にお世話になっているのですか?」


「えと…………ごめんなさい。詳しいことはお父様しか知らないんです。エーデルワイスという名前の立派な館なのですが。丘の上の」


 私の言葉にフラウさんは驚いた表情を浮かべました。


「あら…………それ、()()の邸宅ですわよ?」


「そうなんですか!? 凄い偶然です」


「ええ、本当に! 私達が知り合ったのは、きっと運命ね」


 いえ、それはあなたが木登りをしていたからだと思います。


 フラウさんは言葉を選ぶようにしながらつい、と歩み寄ってきます。


「それで良かったらなのですけど……一緒に帰りませんか?」


 フラウさんのお誘いを断る理由はありませんでした。

 マール、お兄ちゃん…………ちゃんと友達作れたよ。何とかやっていけそうだよ。


「是非。では行きましょうか」


 そうと決まれば長居は無用です。夢に見た「友人との放課後」を一秒でも早く堪能したいです。


 希望に胸を膨らませ立ち上がったその時、教室のドアが開き一瞬で教室が静かになりました。


「マールはいるか?」


「…………アラン様?」


 声のする方へ視線を向けてみれば、アラン様が教室の入口で私の名前を呼んでいます。今日はよく名前を呼ばれる日ですね。可憐な私の名前はロズウェナです。

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