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フラウ・メスタ・ド・グレイシア

 少しの意識の断絶の後、ズシリという重みと痛み、それから腕の中の暖かく柔らかな感触が私を現実に引き戻しました。


「あいたたた……」


 耳に届いたのは、聞き馴染みのない声。鈴のなるような──という訳ではないですが鮮やかな花を思わせる快活な声でした。


 衝撃から視界を取り戻してみると腕の中には赤いツインテールの少女がすっぽりと収まっています。

 どうやら無事彼女を助けることに成功したようで私はほっと一息つきました。


「にゃ~」


 セレスティアキャットは何事も無かったかのように彼女の腕の中から飛び出ると、踊るような足取りで石畳を歩いて行ってしまいました。


「ふふ、お礼も言わずに行ってしまいましたね」


 折角彼女が身を挺して助けてくれたのに知らん顔の猫が何だかおかしくて、私はつい彼女に話しかけてしまいました。 


「お怪我はありませんか?」


 私がそう尋ねると、彼女はやっと状況を理解したようでした。


「えっ…………あっ! ごめんなさい!」


 何に対してなのか分かりませんが、彼女は謝罪の言葉を述べると身じろぎしだします。腕の中でもぞもぞと動かれると何だかくすぐったいですね。


「…………あの、抱き締められていてはあなたの上から退くことが出来ないのですが……あと、う、腕が思いきり当たっています……」


「うで?」


 むにっ。

 彼女の言葉につい手の中の柔らかい感触を確かめてしまいます。


「んっ……!」


 私の手に連動するように、腕の中の彼女が僅かに身体を震わせました。


「────ッ!!」


 私は自分が何を掴んでいるのか気が付くと、反射的に腕を広げ彼女を解放しました。


「ご、ごごごごめんなさい!」


 違うんです!


 誤解なんです!


 とっさの事で掴む場所なんて選ぶ余裕が無かったんです!


「い、いえ……大丈夫です……」


 彼女は腕を伸ばしたり足に体重をかけてみたりと怪我をしていないか確かめながら恐る恐る立ち上がると、依然仰向けで倒れたままの私に向き直りました。


「…………」


 角度的にスカートの中が危なかったので私は少し視線を逸らしました。スケベではないですからね。さっきのは事故なんです。


 本当ですよ?


「えっと…………助けて下さって本当にありがとうございます。あなたがいなければ今頃どうなっていたか……」


 彼女は恭しく頭を下げました。赤髪の立派なツインテールがふわっと優雅に靡いて、私はつい目を奪われかけました。

 流石貴族と言うだけあってただのお辞儀ですら絵になっています。さっきまでセレスティアモンキーの真似事をしていた御仁とは到底思えません。


「いえ、気にしないでください。あなたが無事で良かった」


 …………気を遣わせるわけにはいきませんね。


 私は自分の中の最も涼しい顔をして出来る限りのスマートさで立ち上がりました。

 ズキズキと痛む左足に極力体重をかけないようにして。


 パンパンと制服を払いつつ生地や縫製に傷みが無いか確認すると、お尻側が少しほつれていました。まあこれくらいなら問題ないでしょう。寧ろ、思い切り背中から落ちたのにこれしか傷んでいないのが驚きです。セレスティア王立学院の制服が丈夫な作りであったことを神に感謝すべきですね。


 彼女に視線を戻すと、彼女はこちらを心配そうに覗き込んでいました。逆の立場なら、まあ心配にもなりますかね。


「私は大丈夫ですよ。生憎頑丈なつくりですので」


 私は彼女に微笑みかけました。

 メイシアさんの厳しい指導の結果、私は女性らしい穏やかな笑みをマスターしているのです。今の私はセレスティア一の女神と言っても過言ではないはず。世界一可愛い妹のマールの姿をしているのですから当然です。


「きゃーーーーー!」

「女神…………いえ……王子様……」

「天使だ……」


 私の微笑みにギャラリーが沸き立ちました。黄色い声がそこら中から起こっています。


 …………ギャラリー?


 周りを見渡すと、どうやら私たちは多くのギャラリーを作っているようでした。皆一様に一定の距離を保ち遠巻きにこちらを見ています。


「……そろそろ解散しましょうか。どうやら多くの人の足を止めてしまっているようですので」


 彼女は私の言葉で初めて気が付いたのか、周りをみて驚いた様子でした。


「え、ええ……そうですね。あの……私はフラウ・メスタ・ド・グレイシアと申します。あなたのお名前を伺ってもよろしいですか? 社交界で会ったことはありませんわよね……? あなたみたいな綺麗な方、一度会ったら絶対忘れませんもの」


「…………グレイシア家のご令嬢でしたか」


 グレイシア公爵家……セレスティア公爵序列第四位。

 言わばセレスティア王国において国王を除けば四番目に偉い貴族。片田舎の子爵家であるグリーンウッド家からすれば正に天の上の存在。


 つまるところ、彼女の機嫌を害せばグリーンウッド家など吹いて飛んで行ってしまうくらいの差があるということです。私はなんてお方の胸を揉んでしまったのでしょう。まさかグレイシア家の令嬢がセレスティアモンキーだったなんて思いもよらなかったのです。


 私は左足に鞭を打ちピッと背筋に力を込めました。


「申し遅れました。私はロ────」


 じゃない。


「────マールです。マール・フォン・グリーンウッドと申します。これからよろしくお願い致します、フラウ様」


 ここでしくじるわけにはいきません。

 ────私の双肩にはマールの輝く未来が懸かっているのですから。

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