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お姉さまの役目

「そうそう、順番に足を出して…………上手ですよアンナさん」


 まったりとした音楽に合わせて私たちはゆっくりとフロアの一員になりました。

 アンナさんは女性が相手なのに(女性が相手ではないですが)何故だか緊張している様子で、関節の硬いお人形さんのようになっていました。


「わっ、わぷっ」


 私に合わせようとして勢い余ったアンナさんが私の胸に顔面からダイブしました。大丈夫だと分かっていてもこの瞬間はひやっとします。バレませんようにバレませんように。


「ご、ごめんなさいお姉さま」

「大丈夫ですよ」


 アンナさんはたった今顔を埋めた柔らかな感触が偽物だとは気が付いていないようでした。それどころか顔を真っ赤にしています。女性同士なのですから(女性同士ではないですが)気にしなくても良いのですけれどね。寧ろ変態なのは私の方なのですから。


 変態ではないですよ。


「お姉さまは…………ダンスがお上手なんですね」

「小さい頃から練習させられていただけですよ」


 …………実際は練習と呼べるような生易しいものではありませんでしたが。


「私も家で先生と練習するんですけど…………全然上手に出来なくて…………」


 アンナさんはきっと身体を動かすのがあまり得意ではないのでしょう。

 それにこういうのは苦手意識があるとどんどん及び腰になってしまいますからね。

 悪循環を打破するには圧倒的な成功体験が必要不可欠なのですが、そのきっかけが掴めずズルズルと悪い流れにハマってしまい、最終的には対象が嫌いになってしまうんですよね…………。気持ちは分かります。


 …………ここはお姉ちゃんが一肌脱ぐ所でしょう。

 本当に脱いだら大変なことになってしまいますので、気持ちだけですよ。


「────アンナさん。私に合わせてみて貰えませんか?」

「お姉さまに…………?」


 ダンスは男性側がリードするものです。

 けれどリードするにも限界があって、ダンスが苦手な人と組む場合はどうしてもうまく行かないのが普通です。


 けれど、私にはアンナさんを気持ちよく踊らせる自信がありました。それだけの練習を、いや訓練をしてきたつもりです。その成果を発揮する時がついに来たのかも知れません。


「アンナさん、ずっと私の顔を見ていて下さい。頭を空っぽにして。いいですね?」

「えっと…………は、はい…………」


 アンナさんは戸惑いながらも小さく頷きました。このささやかな勇気を、無駄には致しません。


「では、行きますよ────」


 私は音楽に合わせてゆっくりと足を踏み出しました。

 アンナさんに触れている全身で、そして表情で、全力でアンナさんを導きます。


 あなたを絶対、踊れるようにしてみせます。





「────踊れた…………! お、お姉さまっ! わたっ、私……踊れました! ちゃんと踊れました!」

「ええ。とってもお上手でしたよ」


 …………アンナさんに自信を取り戻させることが出来て、本当に良かった。

 私はアンナさんに微笑み返しながら、ほっと一息つきました。


「お姉さまは本当に凄いですっ、私、何もしてないのに…………身体が勝手に動いちゃいました!」

「それはアンナさんの練習の成果ですよ」


 アンナさんは私の言いつけを守って、というか何故だかそれ以上に熱心に、私の顔を見つめてくれていましたから、そのお陰で自然と私に身体を預ける形が出来上がっていました。

 緊張さえ無くしてしまえばアンナさんは人並みに踊れるのです。練習はしているのですから。勿論ある程度リードしてあげる必要がありますけれど。


「アンナさん、今の感覚を忘れないようにしてくださいね」

「分かりました! …………私、さっきの先輩にもう一度お願いしてきますっ! ご迷惑をお掛けしてしまったので……!」

「行ってらっしゃい。今度はきっと上手く踊れますよ」


 「お姉さま、本当にありがとうございました!」と言葉を残して、アンナさんは逆サイドの壁に駆けて行きました。

 道中踊っている人たちにぶつかりそうになって、びっくりしながら走っていくその後ろ姿はやはり小動物で、私は目を細めてその愛らしい背中を見送りました。


「…………ふう」


 妹を送り出し暇になった私は壁を彩る華に逆戻りしました。

 アンナさんの晴れ姿でも眺めることにしましょうかね…………そう考えていた私に横から声が掛けられました。


「アンタ、凄く目立ってたわよ」


 我がワガママお姫様、私の逆らえぬ契約主、グレイシア家が誇る才色兼備の公爵令嬢フラウ・メスタ・ド・グレイシアが隣に背中を預けました。


「フラウさん。ダンスはもういいんですか?」

「流石に休憩。ずっと踊っていたからね」

「見ていましたよ。だらしない笑顔を周囲に晒されていましたね」

「晒してないわっ! というか何見てんのよ」

「まあそりゃあ、一応」


 周囲に他の生徒がいないので私たちはオフモードで談笑を始めます。


「それよりアンタよアンタ。なにアンナさんと踊ってるのよ」

「私は姉の役目を果たしただけですが」


 素知らぬ顔で答えます。


 そのアンナさんは丁度先程の先輩とフロアに踏み出した所でした。

 少しの間眺め…………それだけで十分でした。アンナさんはしっかりとステップを踏めています。そこに緊張の色は見えませんでした。もう心配はいらないでしょう。


「女同士で踊ってるから皆見てたわよ。それに何かただならぬ雰囲気だったし」

「そうなんですか? ただならぬ雰囲気とは?」


 まさか注目を集めていたとは…………アンナさんの事で頭が一杯で気が付きませんでした。


「アンナさんよ。ぽーっとした目でずっとアンタの事見てたわよ? …………ねえ、アンナさん、アンタの事好きなんじゃないの?」

「まさか。女性同士ですよ私達」

「アンタ男でしょうが」

「そうですけど」


 …………私自身、アンナさんから並々ならぬ親愛の情を頂いていることは承知していますよ。

 けれどそれはきっと姉妹愛。家族愛のようなものだと思うのです。


「まあ何にせよ、あんまり目立つことは避けた方がいいんじゃないって釘を刺しに来たのよ。只でさえアンタ狙ってる男多いんだから。笑っちゃうけどね」

「私、狙われているんですか」

「世の中には見た目でしか判断できない男が多いってことよ。あんまり暇してると誰かにダンス相手誘われるかもね」


 「あーやだやだ」とフラウさんは首を左右に振りました。

 私も振りたい気分でした。誰が好き好んで男性に好意の視線を向けられ、肌を重ね、ダンスを踊らなければいけないのでしょう。そんなのアラン様くらいお綺麗でギリです。アラン様でギリ。


 ────ああ、そうだ。


 私は名案を思い付きました。早速口にしてみます。何故ならフラウさんの協力が必要不可欠だからです。


「フラウさん」

「なによ」


「私と────踊って頂けませんか?」

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