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萌芽

 夕暮れに染まりつつある空の下────手を取り合い、私たちはステップを踏む。

 無人の中庭は、今だけセレスティアサクラに彩られたダンスホールと化していた。


「マール、君は随分ダンスが上手いんだな」


「アラン様がお上手だからだと思います。上手くリードしてくれますから」


「普通は初めて踊る相手とこんなにスムーズにはいかないさ。君が上手く合わせてくれているのは分かるよ」


 社交ダンスというのは、基本的に男性側が足捌きや握った手で次の動きを女性側に伝えるものです。女性側は男性側の動きを読み取り、それに合わせる。男性側が上手であれば女性側はそれに合わせるだけで良く、逆に下手であれば女性側はどう動いて良いか分からず、困惑することになります。


 その点で言えばアラン様はとてもダンスが上手でした。手や足だけでなく腰を使って、私が次にやるべき事を示してくれます。私も社交ダンスは幼少期より教育の一環として叩き込まれていますから、ある程度のフォローは出来ますが、その必要は全くありません。ほとんど頭を空っぽにした状態でもアラン様の動きに着いていくことが出来ます。それは男性側のリードがスムーズだから出来る事でした。


「もう少し速くしても大丈夫か?」


「ええ。お相手致します」


 アラン様はギアを一つ上げ、くるっと体を回転させました。遠心力に振り回される私を背中に回されたアラン様の大きな手が優しく受け止めてくれます。

 先ほどまではゆっくりとしたスローステップがメインでしたが、タップを踏むような激しいステップが徐々に混ざっていきます。


「…………はは、凄いな。まるで十年来の相手と踊っているようだよ」


「私もです。とても慣れ親しんだ動きのように思います」


 正直な所、私はある程度誰とでも同じように合わせることが出来ます。社交ダンスの動きは基礎から応用編まで、全て頭と身体に叩き込まれてあるからです。それでも、踊りやすい相手であることは確かでした。


 アラン様がひときわ強く私を抱き寄せます。お腹の部分がぴったりと密着して制服越しにアラン様の体温を感じました。

 胸は先程から偶に当たっているので大丈夫だと思いますが、股の間に足を差し込まれるとバレてしまうかもしれないので、私は内心ひやひやしっぱなしでした。セレスティア王立学院の制服が分厚い生地でなければ、既にバレていたでしょうが。


 アラン様が更にスピードを上げました。

 敷き詰められたサクラの花びらはまるでピンクの絨毯。

 その上を私たちは滑るように跳ねていきます。


「回るぞ」


 返事をする代わりに、私は重心を少し後ろにずらしてアラン様の手にもたれかかる様にしました。

 アラン様は意思をくみ取って、私を支えたまま力強くその場で回転していきます。


 …………普通ならこのまま私も回るだけなのですが、私は気が付けば思い切り上半身を仰け反らせていました。この動きをするのは女性側だけであり勿論私は経験が無かったので、いい機会だと思ったのかもしれません。


 ────音楽もないダンスホールでしたが、止まる瞬間は何故だか分かる気がしました。


 幾度、空が一周したでしょうか。

 ゆっくりと静止すると、アラン様は背中に回された手に力を込めて、私を起こしてくれました。視界が空からアラン様の顔に戻ります。


「…………え」


 アラン様はそのまま私の手を口元まで持ち上げると、手の甲に優しく口づけました。


「────夢のような時間だった。またいつか、今度はドレス姿の君と踊れる日を楽しみにしているよ」


 そう言って、アラン様は踵を返しました。


 私はその背中をぼーっと眺めながら、そっとキスされた手に触れました。


 ────キスされちゃった。男に。




「ちょっとロズウェナ! アラン様が踊ってくれるって!」


 ある日、けたたましい音を立てながらフラウさんが僕の部屋のドアを叩き開けて来た。

 相変わらずノックという文化はフラウさんには根付いていないらしい。


「そうですか。あと私の名前はマールです」


 仮にグレイシア家の使用人さんに聞かれたところで問題はないと思うけど、何かの間違いで親御さんの耳に入って「大切な娘がどこの誰とも知らん男と仲良くしている」と思われれば大事になる可能性がある。という訳で極力誰にも聞かれたくないのだった。


「ごめんごめん」


 フラウさんは待ちきれないように後ろ手でドアを閉めると、ベッドに座ってきた僕の元に走り寄ってくる。


「上手くいったんですね」


「うん! 何だかびっくりするくらい簡単だったわ」


 「でしょうね」とは勿論言えなかった。


「おめでとうございます。フラウさんの努力が実って僕も一安心です」


 フラウさんは余程機嫌がいいのか、締まりのない笑顔を僕に晒している。公爵令嬢の面影はどこにもなく、そこにいるのは只の恋する少女だった。


 アラン様はきっと、フラウさんがこういう風に笑うことを知らない。僕は何故か独占欲に似た感情を抱えていた。


「えへへ…………アラン様とダンス…………」


 頬に両手を当てて茹で上がっているフラウさんを見ながらも、僕の意識は遠いところにあった。

 アラン様の事で幸せそうにするフラウさんを何故だか見たくなかった。


「そういえばロズウェナはどうするのよ? ダンスパーティ」


 思い立ったようにフラウさんはそんな事を聞いてくる。


「さあ…………適当に誰かと踊るか、見学させて貰うかしますよ。万が一バレないとも限らないので」


 この前アラン様と踊って気が付いたけど、ダンスはかなりバレる危険を孕んでいる。


「そ。まあアンタの場合バレないようにするのが最優先だものね。流石にダンス中にバレたら私も庇い切れないし」


「庇ってくれるつもりだったんですか?」


「? 当り前じゃない。だって私も共犯でしょ? それにアンタの事は嫌いじゃないしね」


「…………そうですか」


「じゃあ私は部屋に戻るわ。報告しに来ただけだから。色々ありがとね、ロズウェナ」


 乱暴に閉じられたドアを眺めながら、僕は頭の中に思い浮かんだ致命的な疑問について考えていた。


 ────もしかして、僕、フラウさんの事…………好き?

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