お兄ちゃん、ファイトです
それから数日が経過し、気がつけば僕はすっかり男としての退路を絶たれ、数人のメイドさん達に囲まれて身体を好き放題されていた。
「はあ…………お坊ちゃまのお肌、ホント綺麗…………」
「お顔だってこんなに小さくて…………正直嫉妬しちゃうわ。何ですか、このパッチリした目は」
身体のあちこちを複数の手が這いずり、くすぐったくて思わず身をよじる。
「…………んっ……! ……あのっ、くすぐったいです……!」
何故かメイドさんたちが頬を赤らめている。口からは熱い吐息が漏れ出していた。
「ああ…………お坊ちゃま…………この罪深きメイシアをお許し下さい……」
メイシアさんはグリーンウッド家の本宅にてメイド長を勤めている。僕と歳が十個くらいしか違わないのにその仕事振りはまさに八面六臂という他なく、立場を抜きにして僕が尊敬する人物のひとりだ。
そんな人に身体中を弄られ…………僕は恥ずかしいやら情けないやらで消えてしまいたくなっていた。
「あっ…………んっ……! あの…………メイシアさん、これ…………いつ、終わるんです、か」
メイシアさん曰く、僕の身体付きを正しく測定する必要があるらしい。僕がマールとして学院に通うために必要なことなのだそうだ。
「ふふ…………もう少しの辛抱ですよ、お坊ちゃま…………ふふふ」
いつもは刃物のように怜悧な瞳で淡々と仕事をこなすメイシアさんだけど、今日はなんだか様子がおかしい。瞳にいつもの切れ味がなく、目端がとろんとしている。
結局僕は暫くの間身体の隅々を余す所なく触られ続け、解放されたのはそれから十分以上後のことだった。
「…………ふう。ごちそうさまでした」
「あーーー若いエキス吸ったーーー!」
ぐったりとする僕とは対象的に、メイシアさんを始めとしたメイドさんたちはなんだか艶々していた。
「お坊ちゃまの身体のことは完全に把握致しました。これから色々と手配するものが御座いますので、私達はこれにて失礼致します」
さっきとは打って変わって僕のよく知る仕事モードになったメイシアさんが、乱れた僕の衣服を直しながらそう告げる。
うやうやしくお辞儀をすると、綺麗にターンして僕の部屋から退室していった。
「…………つかれた…………」
ぼふっ、とベッドにダイブする。
ベッドの柔らかい感触に身を任せると強烈な眠気が襲ってきた。
…………いいや、夕食まで時間もあるし、少し寝てしまおう。
心臓の音がさっきからうるさくて、かなわないんだ。
◆
メイシアさんが奇妙なものを持って僕の部屋を訪ねて来たのは、それから一週間ほど経った日の夜のことだった。
「メイシアさん、それはなんですか?」
「お坊ちゃま、これはパッドというものです」
「パッド…………?」
メイシアさんが手にしているのは、手のひらサイズのゼリーのようなものだった。白味の強い肌色をしていてメイシアさんが動くたびプルプルと身を震わせている。
「ゼリーですか? なんだか美味しそうですね」
僕の率直な感想に、メイシアさんは眉一つ動かすことなく説明を続ける。
「いえ、これは食べ物ではありません。身に付けるものです」
「身に付ける…………?」
「ええ。ですのでお坊ちゃま…………脱いで下さい」
「えっ」
メイシアの口から信じられない言葉が発されたような気がして思わず聞き返す。
「脱いで下さい。上全部」
◆
それから僕の身に起こった事については描写を差し控えさせて欲しい。
一つだけ言える確かな事実は、僕はもうお嫁には行けないだろうということだ。
…………いや、男だけども。
「マール様のサイズに合わせて作成致しましたが…………なにぶんマール様は成長期ですので。一年後を考え、少し大きめに作らせて頂きました」
自分の胸部でぷるぷると揺れる二つのそれを、つい見てしまう。
なるほど、マールはこれより少し小さいくらいなんだな…………いやいや違う違う。何を考えているんだ僕は!?
「メイシアさん…………一応聞きたいんですけど…………これは一体?」
上半身裸で胸にぷるぷるした装飾品をつけた涙目の僕は、男としての尊厳という概念の対極に位置していると言っていい。何か納得の行く説明を要求したかった。
「簡単に言えば、詰め物です。まさか胸を平らにして学院に通う訳にもいかないでしょう?」
「…………つまり僕は学院に通う間、ずっとこれを…………?」
「勿論です。そのパッドはグリーンウッド家が持てる最高の技術で作りましたので、触り心地は本物に限りなく近いですし、無理やり引っ張られても剥がれることはありません。安心して下さい」
メイシアさんの言葉に僕はつい自分の胸に貼り付いたそれを引っ張ってしまう。
「……………………」
それはぽよん、と情けなく揺れるだけで僕の胸から落ちたりはしなかった。随分強力に貼り付いているらしい。それに色も僕の肌と全く同じになっていて、貼り付いた境目が分からない。しっかりと確認しなければこれが作りものだとバレることはないだろう。
ただそれが僕の胸に完璧にマッチしているのを認めれば認めるほど、僕の胸の内には諦観にも似た重い感情が広がっていった。
ああ、本当に僕は女の子として学院に通うんだな…………と。
僕がその事を本当に心から認識したのは、その時だったと思う。