アラン様は恥ずかしい
「マール、君のダンス相手を務めたいんだが」
「…………おぅ」
私の机に両手をついてそう宣言するアラン様があまりに想像通りだったので、私は小さく息を漏らしました。アラン様と接する機会が増えて行動パターンが分かってきたのでしょうか。
さて、ここで首を縦に振っては全てがご破算です。私は漏れなくアラン様と婚約する事になり、我がグリーンウッド家は晴れて王族の仲間入りをするでしょう。あれ……これでいいのでは?
…………そんな訳はありません。私は友情に生きる女。親友のフラウさんの恋路を見届ける事こそ、私がセレスティア王立学院で成すべき仕事です。何としてでもアラン様にはフラウさんのダンス相手を務めて貰わなくては。
「その事なのですけれど…………私、ダンスパーティは不参加にしようかなと思っているんです」
「不参加? 何か事情があるのか?」
「あぁ~~…………えーっと…………」
身体が弱いんです、と言おうと思っていたんです。ですが、口にする直前に気付いてしまいました。
────私、入学式の日にダイブしてフラウさんを助けたところを見られてるじゃん!!!
身体、弱くないじゃん!!!
あああああどうしましょうどうしましょう、これでは不参加の理由がありません。ただでさえ、『極力参加しろ』と先生から厳命されている行事です。軽い理由では不参加は認められないでしょう。
「……………………」
かくなる上は仕方ありません。
奥の手にしようと思っていましたが、背に腹は代えられませんね。
「あの…………私、実は男性があまり得意ではなくて。勿論アラン様の事が嫌いという訳ではないんですよ? ですが、身体が触れ合ったりするのがどうにも慣れなくて…………」
申し訳なさそうに軽く目を伏せると、視線の端でフラウさんが軽く噴き出すのが見えました。
あの~、私今あなたの為に頑張っているんですよ?
兎にも角にも、これを言われてはアラン様といえどおしまいなはずです。
今の私は男を知らぬ純朴な生娘。無理に迫っては自らの品性を疑われるだけのこの状況、さあどうなさいますかアラン様!?
「────それはいけないな。マール、君は男に慣れておくべきだ」
「はい……?」
「着いてこい」
「へ?」
アラン様は私の手首を掴むと強引に歩き出しました。やだ、強引な殿方ってステキ。
……………………。
な訳ないでしょう。
◆
「さっきは済まないな。強引に連れ出して」
「いえ…………」
訳も分からぬまま、私はセレスティアサクラが咲き誇る中庭に連れ出されていました。玄関とは逆方向のこの場所には放課後という事もあって人影は全くありません。もしかして、エッチな事とかされるんでしょうか。恐ろしい想像をした私は唾を飲み込みました。
「先程の話だが、マール、君は男に触れられるのが苦手だと言っていたな」
「え、ええ…………」
「お節介かもしれないが、それは治しておいた方がいい。マールは子爵令嬢だろう。男と踊る機会はこの先、必ずやってくるからな」
社交界には、決して失礼を働いてはならぬ相手が存在します。もしそんな相手からダンスに誘われた時に「男性が苦手なんです」などと言って断ることは、最悪家系の断絶すら意味します。アラン様の言う事は残念ながら至極最もでした。
「まあ、私と結婚してくれるのであればその限りではないのだが…………」
「えっ? …………すいません、聞き逃してしまいました。つい考え込んでしまって」
「いや、いいんだ。何でもない。とにかくだ、今のうちに慣れておいた方がいい」
「そうかもしれませんが…………」
うーん…………困った。困りました。まさかアラン様がこんな強硬策に出てくるとは。私の生娘作戦はどうやら逆効果だったみたいです。
「いきなりダンスを踊れるようになれとは言わないが。まずは手を握る所から始めてみてはどうだろうか」
そう言って手を差し出すアラン様。ちらと上目遣いに視線を向けるとアラン様はゆっくりと頷きました。何ですか、その頷きは。
そもそも私は男性が苦手ではありません。そりゃ勿論私も男ですから、どうせ触れ合うなら女性がいいとは思いますが、それでも男性と身体的接触を行うことくらい訳ないのです。気を使って下さったアラン様には申し訳ないのですがここは手早く終わらせてしまいましょう。
「…………っ」
私はさも男性が苦手なふうに、まるで服の裾を掴むときのように、アラン様の指先をそっと掴みました。
「こ、これで…………どうでしょうか……?」
どうもこうも無いとは思うのですが、一応自分が蒔いた種ですので設定は全うしなければいけません。恥ずかしがりながら伏し目がちに目を合わせると、そこには私以上に顔を赤くしたアラン様の姿がありました。
「…………あ、ああ……。と、とりあえずは大丈夫だ」
訓練すべきは、私ではなくアラン様なのでは?
「あの…………大丈夫ですか? 顔が赤いようですが」
覗き込むように顔を近づけると、アラン様の顔は更に赤くなりました。
「…………っ、すまない…………少し体調が優れないようだ。今日は失礼させて貰う」
アラン様は私の手を振り切ると、足早に去ってしまいました。
「…………で、どうしましょう……これ」
果たして、どうやってダンス相手を断ったらいいものか。
行き場を失った私の手のひらを、セレスティアサクラの花びらがひらりと撫でていくのでした。