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マール・フォン・グリーンウッド

『…………さて、言い訳を聞かせて貰おうかしら?』


「言い訳?」


 思い切り飛び込んだ僕の背中を、ふかふかのベッドが優しく受け止める。「このまま食べられちゃうんじゃないか」と錯覚しそうになる所までベッドは沈み込み、そこで僕の自重とベッドの反発力が釣り合った。公爵家のベッドの半分は優しさで出来ている。


 夕食を終えお風呂も終え、あとは寝るだけ。そこで僕は連絡魔法を使いマールと話すことにした。学院に通ってからマールと話すのは初めてで自然と心が躍る。話したいことは山ほどあるんだ。ウキウキしながら空間に手をかざし連絡魔法の魔法陣を展開すると、その形が定まらぬうちから不機嫌な声が聞こえてきた。マールの声だ。


『…………お兄様が学院に入学する為に家を出たとき、私が何と言ったか覚えてる?』


「えっと…………何だっけ。『体に気を付けてね』とか?」


『違う』


「うーん、じゃあ何だろ。…………あ、思い出した。『女装似合ってるね』だ」


『言ってない。私はお兄様の女装姿には割と複雑な感情を持ってる』


「…………降参。答えを教えてよ」


 魔法陣から、大きな溜息が聞こえてきた。何か大事なことを忘れてしまったんだろうか。


『正解はね…………さっさと連絡してこい、このボケ兄貴!!!』


 マールの声に合わせて魔法陣がビカビカ、と輝く。あまりの眩しさに僕は目がやられかけた。


「マール、大きい、声が大きいって……!」


『私言ったよね! 落ち着いたら連絡してね、って! 今日何日目か分かる!?』


「えっと…………一週間……?」


『一週間と一日! 一体どういうつもりなわけ!?』


「ごめん、ごめんって」


 必死に謝るけれどマールの勢いは収まりそうになかった。でも僕には謝ることしか出来ない。残念なことに非は完全に僕にある。正直、こっちに来てから色々ありすぎて完全に忘れてしまっていた。


『なんで連絡してこなかったのよ。…………というか大丈夫だったわけ、女装は』


 マールの声色は、単純に連絡が無かったことを怒っているというよりは、心配をかけさせるなと言っているようだった。確かに逆の立場ならと考えると、僕の代わりに男装してセレスティア王立学院に入学したマールから一週間連絡が無かったら、物凄く心配するだろうな。マールには悪いことをしてしまった。


「それに関しては大丈夫。初日にバレたから」


『…………は……?』


 言葉を失っている様子のマールを待たずに、僕は続けた。


「マールはさ、僕がどこに住んでるか知ってる?」


『…………確か所縁のあるグレイシア家にお世話になるってお父様が言ってたけど…………それよりバレたってどういうことよ!?』


「そのグレイシア家の令嬢にバレちゃったんだよ。不幸な事故でね」


 姿見の前で、する必要のないマッチョポーズを決めていた半裸の僕と、ノックもせずに入ってきたフラウさん。いったいどちらに過失があるのか。分が悪い気がするのでここは不幸な事故ということにしておく。


『はっ、えっ、じゃあ今どうしてるの!? どこにいるのよ!?』


「どこって…………普通に家にいるよ。グレイシア家の」


『は…………? ごめん…………ちょっと状況がつかめないんだけど』


 マールの困惑が魔法陣越しにも伝わってくる。


「グレイシア家の令嬢、フラウ…………ごめん、フルネームは忘れちゃったんだけど、とにかくフラウさんに女装がバレた。僕は女装を見逃がして貰う代わりに、()()()()を結んだんだ」


「契約…………?」


 基本的に、契約というものは権力の高い者が得をするようになっている。それを熟知しているマールは不安そうな声を漏らした。





『お兄様ッ! 本当に言ってるの!? ~~~~~ッ、ナイス!!!!! やったああああ玉の輿よ! 未来の王妃マール様よ!!!!!』


 魔法陣からは極まった様子のマールの声だけでなく、ベッドの上を跳ねるような、そんな衝撃音が聞こえてきた。マールは全治一年の病気を患っているはずなんだけど…………完治したのかな?


「ちょっとマール、話を聞いてってば」


 フラウさんとの契約を話す上で、とりあえずアラン様に告白された事を告げた所、マールはおかしくなってしまった。発狂していると言ってもいいその変貌振りに、僕は少し引いていた。


『これが落ち着いていられるもんですか! ふふふ…………うふふふふっ…………!!!』


 マールの脳内では既に王族のドレスを着たマールがアラン様の隣を歩いている様子が再生されているみたいだった。


「断ったよ」


『ふふふ…………えへへへへ……………………は?』


「だから、断った。だって僕男だし」


『ちょっ…………え…………何やってるのよ! 頭おかしいんじゃないのっ、相手は王族なのよ!?』


「おかしいのはマールだよ。男同士で付き合える訳ないじゃない」


『今のお兄様は女の子でしょうが!』


「見た目だけね。それに契約のこともあるから」


『…………契約って一体なんなのよ。危ないこととか、させられるんじゃないでしょうね』


 予定とは少し違う形にはなってしまったけど、ようやく本題に入ることが出来る。今日は元々フラウさんとアラン様の事について相談する予定だったんだ。


「フラウさんがアラン様のこと好きなんだ。僕は二人の仲を取り持つようフラウさんに頼まれた。つまり、二人をくっつけるのが僕の契約内容。だから僕とアラン様が付き合うことは出来ないんだよ」


『…………なるほどね』


 さっきまでのヒートアップ具合とは裏腹に、マールはすんなり納得したようで僕は拍子抜けした。てっきり『そんなの知らん今すぐアラン様に告白してこい』くらい言われるものだと思っていたけど。


「それでさ、マールにちょっと相談というか、謝らないといけないことがあるんだけど」


『これ以上、私を怒らせる何かがあるわけ?』


 ドスの効いた声が魔法陣から発せられる。前言撤回、やっぱり怒っていたらしい。


「…………マールのさ、学院での立ち位置というか。その辺、ちょっと微妙な感じになっちゃうかもしれないんだけど…………いいかな?」


 明言を避けるような僕の言葉に、魔法陣は少しの間沈黙を守った。

 やっぱりだめかな…………そんな考えが脳裏をよぎったそんな時、魔法陣が輝きだす。


『…………好きにやんなさいよ。別に、私の立ち位置くらい自分で何とかするわ。だから、お兄様はやりたいようにやりなさい』


「…………ありがとう」


『その代わり! 危ない事とかは無しだからね! ああそうだ私とも契約を結びなさい。「お兄様の体に絶対に傷を付けないこと」いいわね!?』


「分かったよ。危ないことはしない。本当にありがとう、マール」


 最愛の妹・マールの優しさを胸に噛み締め、僕は通信魔法を切った。


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