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密談

「心当たりないわけ?」


 学院の敷地内にあるこじんまりとしたカフェはどうやら公爵家以上しか利用できないようで、その代わりにあらゆるサービスに対応していた。フラウさんはカフェに入るなり傍に控えていたメイドさんに「二人きりにして欲しいのですが」と告げると、メイドさんは「畏まりました」と機械的に頷き、静かに出て行った。そんな訳でフラウさんはキャラを脱ぎ捨て、口をへの字に歪めている。


「心当たり、ですか」


 僕はこのカフェに来るのは二度目だった。一度目は忘れもしない、アラン様に告白されたあの時。子爵家である僕がカフェを利用するには公爵家以上の誰かに連れて来て貰うしかなく、人によっては一度も利用することなく卒業していくんだろう。それを考えると、入学一週間で二度も利用出来た僕は幸運かもしれない。そういえば、アンナさんはここの存在を知っているのかな。明日にでも教えてあげよう。コーヒーが得意そうには、見えないけれど。


「正直、思い当たることは何もないですね」


 僕は嘘をついた。

 きっとアラン様絡みだろうという事は、何となく予想がついている。

 というのも、教室での僕は良くも悪くも浮いているせいで、まともに会話をする相手はフラウさんとアンナさんくらいしかいなかった。他の生徒とも全く話さないという訳ではないが、主に相手が及び腰なせいで、交わすのは当たり障りのない会話程度だ。そんな理由から、教室で過ごす大抵の時間は空気のように過ごしていた。黒板にメッセージを書かれるほど誰かに嫌われているというのは考え辛い。


 そんな僕が空気でなくなる瞬間があるとすれば、それはアラン様が訪ねて来た時に他ならない。アラン様は学院内で絶大な人気を誇っていて、それこそ他の男子生徒のウワサを一切聞かない程度には令嬢達の視線を独り占めしていた。聞けばファンクラブもあるらしい。そんなアラン様が好意を隠そうともせず一人の女子生徒に会いに来たとあっては、嫉妬の炎も勢いを強めるだろう。それが人間という生き物だ。

 それで言えば寧ろ、僕と普通に接しているフラウさんの方がおかしいとすら思う。僕の性別を知っているから平気なのかもしれないが。


「本当に? 誰かと喧嘩したとか無いわよね?」


「無いですよ。まあ、あれじゃないですか? 僕が可愛すぎたとか」


 頬っぺたに人差し指を当てながらそう言うと、「真面目に考えなさいよ」とフラウさんは呆れた様子で首を振った。


 僕がフラウさんに嘘をつく理由は簡単で、優しいフラウさんはきっと、アラン様が原因だと知れば「私との契約はもういい」と言ってしまうからだ。恋愛経験ゼロの僕の目から見ても現状フラウさんとアラン様の間には少しの脈も感じられず、フラウさんのアラン様に対する鉄壁のキャラ付けを見る限り今後も期待が持てそうになかった。いつもの調子で「アンタ何なのよ!」くらい言ってやれば、また違うと思うのだけど。


 アラン様はあと一年で卒業してしまう。フラウさんに残された時間は意外にも短い。それを考えたら、僕はそれなりに頑張る必要があった。彼女が「もういい」と言っても僕がよくないのだ。この友達想いの優しい友人が秘めている長年の恋心は、報われるべきだと僕は思う。来年バトンタッチするマールの事を考えたら大人しくしておくべきなのかもしれないが、こっちはこっちで譲れないのだ。


「…………とにかく、何かあったらすぐに言いなさいよ」


 フラウさんは立ち上がった。その横顔は明らかに不完全燃焼といった様子で、きっとすぐにでも犯人を見つけ出したいんだろう。でも肝心の僕があまり深刻に捉えていないから、気持ちのやり場が見つからないんだと思う。「ごめんなさい」僕は心の中でフラウさんに謝った。ある意味で、フラウさんの気持ちを裏切ってしまうことになるからだ。アラン様と仲良くすればするほど嫌がらせはヒートアップしていくだろう。それでもいいと僕は思っている。


 今朝は面食らってしまったけれど、今となっては僕はそれほどダメージを受けていなかった。アラン様と表立って仲良くすることで反感を買うだろうことはある程度予測していたし、何よりフラウさんとアンナさんの存在が大きかった。友達というのは、近くにいてくれるだけで僕を強くする。そんな事に僕はこの歳になって気が付いたのだった。


 …………ああ、久しぶりにマールの声が聴きたいな。今夜、通信魔法でマールと話してみよう。マールが療養しているグリーンウッド家の別邸までは、ここから馬車で五日ほどの距離が離れているけれど、魔法のお陰でいつでも話すことが出来るんだ。そういえば、「落ち着いたら一度連絡して」と言われていたような気もする。今の状況を相談してみるのもいいな。優しいマールならきっと、自分が来年から大変になることが分かっていたとしても、「友達の恋路を応援してあげなさい」と言ってくれるはずだ。


 そんな事を考えながら、僕はフラウさんの背中を追いかけた。

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