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美しき姉妹愛

 金縛りにあったように動くことが出来ない私をよそに、フラウさんは黒板に歩み寄ると乱暴にその文字を消していきました。そうして教室に向き直ると、時が止まったように固まっている皆に向けて言い放ちました。


「誰が書いたのか、分かる方はいらっしゃいますか?」


 よく通るフラウさんの声が、静かな教室に響き渡ります。フラウさんの呼び掛けに、どこからか声がしました。


「私が来た時には、もう…………」


 口振りから察するに、一番早く教室に来た生徒でしょうか。つまり、犯行は朝早くか昨日の放課後に行われたということでしょう。


「そうですか…………皆さん、この事はくれぐれも他言無用でお願いします」


 フラウさんはその爵位のお陰か、それとも本人の持つ人望によるものか、早くもクラスのまとめ役のようになっていました。教室中から了承の声が上がります。

 言い終わるとフラウさんは足早に私の元へ戻ってきました。


「マールさん、大丈夫ですか? 今日は早退しても構わないと思いますけれど」


 フラウさんに話しかけられ、私は肩から力を抜き、そこで初めて肩に力が入っていたことに気が付きました。


「…………いえ、大丈夫です。フラウさん、ありがとうございました」


 あまりの出来事に固まってしまいましたが…………フラウさんのお陰で何とか自分を取り戻すことが出来ました。フラウさんには感謝してもしきれません。自分の為に動いてくれる人がいる、その事が私の心を落ち着かせてくれました。


「そうですか…………放課後、ちょっと付き合って貰っても?」


 大丈夫です、と私が答えると、フラウさんは自分の席に歩いていきました。それを皮切りにして徐々に教室に喧騒が戻り始めます。多くの生徒はやはり私の事が気になるようでしたが、それでも露骨に視線を向けてくることはありませんでした。


 …………教室の皆様と違い、私はまだフラウさんと会って一週間しか経っていません。過ごした期間で言えば何分の一にも満たないでしょう。それでもこの一週間同じ家に住み、同じ物を食べ、秘密を共有してきた私には、彼女が分厚く張り付けているそのキャラの下に、燃え盛る炎を滾らせているように感じました。


 ────有り体に言えば、フラウさんは怒っていました。恐らく、私以上に。





「…………お姉さま……っ」


 席に辿り着いた私を待ち受けていたのは、アンナさんの泣き声でした。私が教室に着く前から泣いていたのか、机の上には小さな水溜まりが出来ています。


「ごめんっ…………なさい…………! わたしっ、消そうと…………でも…………できなくて…………」


 子供のように声を引き攣らせながら抱き着いてくるアンナさんを、私は優しくあやします。小さくて丸い頭と、それ以上に華奢な背中をゆっくりと擦ると、腕の中の優しい妹はゆっくりと落ち着きを取り戻していきました。


 …………はじめは、不思議な子だなと思ったのは確かです。いきなり『妹になりたい』だなんて普通はありませんから。変わっているか、変わっていないかで言えば、きっとアンナさんは変わった子なのでしょう。


「…………私の為に泣いてくれたのですね。ありがとうございます、アンナさん」


 それでも、私の為に涙を流してくれるアンナさんは、既に私の大切な妹でした。彼女の姉になれて良かったと心から思います。彼女の隣の席になれたことが、この学院に来て一番の幸運と言っても過言ではありません。何故ならば、姉というのは妹の為ならばどこまでも強くなれるからです。私は長年兄をやっていたのでその事を知っていました。


「心配をかけてごめんなさいね。私は大丈夫ですから…………ほら、そろそろ泣き止んで。ね?」


 アンナさんが落ち着いてきたのを見計らって、私は努めて優しい声色でそう告げました。さっきの騒動があった直後なので私は只でさえ教室中の視線を集めていましたし、とりわけ男子生徒たちが妙に優しい瞳で私たちを見守っていました。はっきり言って、少し気味が悪いです。


 アンナさんの身長は低く、正面から抱き着かれても、その可愛らしい栗色のショートカットが私の視界を覆うことはありません。アンナさんは作り物の私の胸に顔を埋めているので、私は一人で教室中の視線と対峙する羽目になりました。皆一様に目を細めて、何か尊いものを眺めるような目つきをしているのがとにかく気になりました。しかしその中で、ひとり他とは違う、突き刺すような視線を送ってくる生徒がいます。赤いツインテールのその生徒に、私は見覚えがありました。


「……………………」


 …………フラウさん。言いたいことは分かります。『アンタなに女の子抱き締めてるのよ!』だとか『お姉ちゃんじゃなくてヘンタイでしょ!』だとか、そういう事が言いたいのですよね。気持ちは分かるのですが、私はアンナさんの事を本当の妹のように思っているのです。腕の中の温かな感触に、興奮など一切していないと誓います。本当です。


 だから、そんな目で私を見るのは辞めて下さいませんか。


 そんな事を思える程度には、私の精神は回復していました。フラウさんとアンナさんには足を向けて眠れませんね。本当に。

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