この気持ちはなんでしょう
「…………理由を、聞かせて貰えるだろうか」
まさか断られるとは思っていなかったのでしょう、アラン様はひと目で分かるほどショックを受けていました。
「理由────ですか」
それは私が男だからです────などと言えるはずもなく、私は途方に暮れました。冷静に考えれば皇太子であるアラン様の告白を断る理由はなく、この場にいるのが本物のマールであれば、きっと喜んでアラン様の恋人になっていたと思います。
グリーンウッド家の発展のためにマールはこの学院に入学することになりましたが、マールが修めうる最も優秀な成績が『王族であるアラン様との婚姻』であることは私の目にも明らかです。更に言えばそのような事情を抜きにしてもアラン様は同性の私ですらドキッとする程に見た目が整っていて、そんな御方からの告白を断る理由があるのなら、私が教えて欲しいくらいでした。
「まだアラン様の事をよく知らないので…………」
断る理由が見つからず、濁すことしか出来ませんでした。
正直に言えば、フラウさんとの事が無ければこの告白を受けてしまうのもアリではありました。
一年間だけ何とか誤魔化してマールにバトンタッチしてしまえば、グリーンウッド家の将来は約束されたも同然です。マールは「こんなイケメンよく捕まえた」と喜んでくれるでしょうし、あの厳格なお父様ですら、きっと私を褒めてくれるでしょう。
実際の所、フラウさんは結構なお人好しのように思えるので、あんな契約など無くとも私のことは黙っていてくれたような気はするのですが、それはそれとして、私は一人の友人としてフラウさんの恋路を応援したい気持ちがありました。
フラウさんは、私の初めての友人ですから。アラン様の告白を断る理由があるとすればそれでした。
「そうか…………それは言葉通りの意味だろうか。私のことが嫌いな訳ではないのだな?」
「嫌いなどということは決して。お気持ちは嬉しく思います」
ここでアラン様との繋がりが切れてしまっては、フラウさんの良い所を伝えることも出来なくなってしまいます。私の言葉に、アラン様はホッとした表情を浮かべました。
「…………良かった。では、これからも色々誘っても構わないか?」
「ええ。こちらこそ、よろしくお願い致します」
なんだか、自分が物凄い悪女のように思えてきました。アラン様、本当にごめんなさい。
◆
「────で、どうだったのよ」
「どうだった、とは?」
アラン様と別れ自室に帰ってきた僕を待ち受けていたのは、不満げな態度を隠そうともしないフラウさんだった。ベッドに座って僕の事を待っていたらしい。
「アラン様との事に決まってるでしょ」
どうだったのよ、と彼女は繰り返した。それが僕とアラン様の仲の事を聞いているのか、それとも『フラウさんの良い所をアピールする』という使命の事を言っているのか分からなかったので、僕は事実のみを伝える事にした。
「アラン様に告白されました」
「はあ!!??」
僕は姿見の前に立って自分の姿を確認しながらそう告げた。本当は私服に着替えたかったけれど、フラウさんが目の前にいる為それも出来ない。いや…………もう裸を見られているんだから今更か。でも、いきなり服を脱ぎ始めたらまたヘンタイ扱いされそうだ。
「ちょっと、アンタ、それ、どういう事!?」
「どういう事も何も、そのままの意味ですよ。カフェに連れ込まれて告白されました」
「──────っ…………!!!」
フラウさんは言葉を失っていた。公爵令嬢としてのプライドがそうさせるのか、ギリギリ白目を剥いていなかったけど、僕の目が無かったら泡でも吹いていそうだった。
ああもう、着替えてしまおうか。セレスティア王立学院の制服は生地がしっかりしているのは素晴らしいけど、その分重いのが難点だ。着ているだけで肩が凝る。僕は乱暴にファスナーを上げると、一息に上半身を解き放った。ひんやりとした空気を肌で感じられて、気持ちがいい。あとはスカートを落とせば着替えは完了だ。
「ちょっ…………何脱いでるのよ!」
「何って、着替えです。制服で過ごすのも億劫なので」
「私のいない所で着替えなさいよ!」
「もう裸を見られてるし一緒かなって」
言いながらスカートを落とす僕に、フラウさんが頭を抱えるのが視界の端に映った。絶対、今の性格の方が可愛いと思うんだけどな。
「…………で、どうしたのよ」
フラウさんは僕を見ないよう、律儀に下を向きながら小さく呟いた。
「当然断りましたよ。僕は男ですからね」
「…………そっか」
声だけでも、安心したことが伝わってきた。フラウさんは本当にアラン様の事が好きなんだな。そう思うと、何故か少しだけ心がちくっとした。
「それに、僕にはフラウさんとアラン様をくっつける使命がありますから」
「そっ、そうよ! ちゃんとやりなさいよね! こっちはいつでもアンタの秘密をバラせるんだから!」
その言い方では、僕の秘密をバラすつもりはありませんよと言っているようなものだとも思ったが、その事を指摘するのは辞めておいた。
「そうは言っても…………僕、フラウさんのいい所を知らないんですよね。それこそ本当に、木登りが上手い事くらいしか」
あとは…………優しい所くらいかな。癪なのでそれは言わないでおくけれど。