私、実は男なんです
「ふふっ、ごめんなさい。どうやら私の早とちりだったみたいです」
私はメイシアさんに鍛えられたお嬢様イズムを全開にし、アラン様を仕留めにかかりました。果たしてアラン様を仕留めてどうなるのか。そんな事は頭に無く、ただ鬱憤を晴らしたかったのです。
ついでに言えば学院に来てからというもの、ひそひそ話経由ではありますが容姿を誉められ続け、私は少し天狗になっていました。何というか、自分の容姿を試してみたかったのです。この学院のトップであるアラン様で。
私の思惑通り、アラン様は私の放つお嬢様オーラに何も言えなくなっているようでした。その奥ではフラウさんが、『アンタ何やってんのよ、話が違うじゃないの』と言いたげな視線をこちらに突き刺してきていましたが、今の私には蚊の刺すように感じられました。
「あ、ああ…………マール、君は存外、冗談を嗜むのだな」
アラン様は少しでも紅潮を隠したいのか、手の甲を口にあてています。隠しきれてはいませんが。
「アラン様が訪ねて来て下さったので、少し気分が高揚していたみたいです」
これに関しては嘘ではありません。主に恨み方面の高揚ではありますけれど。私の輝かしい学院生活を返してください。
「それで、一体どのような要件で訪ねて来て下さったのですか?」
私が話を振ると、アラン様は「助かった」というような顔になりました。意味のある会話に逃げることで、この恥ずかし地獄、いえ、恥ずかし天国から脱出出来ると思ったのでしょう。
「学院の案内をしようと思ってな。昨日断られただろう」
「ああ────」
まあ、そうだろうと確信はしていました。とはいえ、昨日断られたから今日来るというのは、それはもう私の事が好きだと公言しているようなものだと思うのですが。
可憐な私の名前はロズウェナで、残念ながら僕は男です。だから心配する必要はないんですよ、フラウさん。お願いですから睨むのを辞めて下さいまし。
「────是非お願い致します。右も左も分からなかったものですから、助かります」
「分かってるでしょうね」と顔に書いてあるフラウさんに、「大丈夫ですよ」と目配せし、私達は教室から離れました。これでまた、私はさらに教室で浮いてしまうのだろうと考えると、早くも私は後悔の念で一杯になりました。
◆
「恥ずかしながら、グリーンウッドという名前に聞き覚えが無くてな。昨日はそれについて調べていたんだ」
アラン様は廊下を歩きながら────時折会話を遮るように「ここが職員室だ」などと注釈をいれつつ────そんな事を言い出しました。あなたについて調べましたよというその宣言は、高貴な身分でもなければ気持ち悪さが勝ってしまいそうだとも思いましたが、アラン様が言う分には何の問題も無いように感じられました。その理由はアラン様には身分だけでなく、容姿も備わっているからに他なりません。
「グリーンウッド家は、田舎の辺境子爵ですから。ご存じ無くとも無理はありませんわ」
少なくともマールは何度か社交界に顔を出したことがあるはずですが、無論私にはその経験はなく、なのでアラン様が田舎の辺境子爵家を知らなかった事が普通なのかそうでないのかは、私には判断出来ないことでした。社交界事情については全くの無知と言っても過言ではありません。まあ、クラスの皆さんも私の事を知らないようでしたので、やはり誰もグリーンウッド家になど興味がないのでしょう。
「その事についてだが、私の記憶ではこの学院は少なくとも伯爵家以上でないと入学出来ないはずだ。気を悪くしないで欲しいんだが…………どうしてマールはこの学院に?」
その質問はいつかされると思っていました。まさか皇太子様に聞かれるとは、想像もしていませんでしたが。
「どうやら、私のお祖父様がローレンティア公爵家と懇意にされていたようで。私がここにいるのは、その名残ですわ」
そういったことは上流階級の間では日常茶飯事なのか、それだけの説明でアラン様は納得したようでした。
「そうか。マールと出会えたのは運命かもしれないな」
「運命?」
「ああ。────そうだ、この先にカフェがあるんだが、案内してもいいだろうか」
「学院内にカフェがあるんですか? それは楽しみです」
私への好意を隠そうともしないアラン様は、近いうちに告白でもしてくるんじゃないかと思わせられるほどで、自分が蒔いた種ながら私は頭を抱えました。アラン様とフラウさんをくっつけるという役目を、忘れたわけではありません。
◆
「────マール。単刀直入に言うが…………私の恋人になってくれないだろうか。君に惚れてしまったんだ」
すらっと背筋の伸びたメイドさんが、優雅な所作でティーカップを二つテーブルに置き、音もなく去っていった次の瞬間…………私は、アラン様に告白されていました。
「は────」
開いた口が塞がらない、とはこの事でしょうか。色々な想いが脳内を駆け巡りますがその大半はフラウさんへの謝罪でした。
「それとも、君には既に許嫁がいたりするのか? もしそうなら名前を教えて欲しい」
アラン様の表情は真剣そのもので、その整ったお顔で正面から見つめられると、いくら同性とはいえ心にクるものがあります。おかしい、さっきまでは私が優位に立っていたはずなのに。
私はまるでマール本人になってしまったかのように、「確か許嫁はいないはずだな」と考えていました。グリーンウッド家の将来を任せられるような許嫁がいるのであれば、私が女装をしてまでこの学院に通う必要はそもそも無く、私がここにいる事がそのままマールに許嫁がいない事の証明でした。
「そういった方は…………いない、ですけれど…………」
「そうか! なら────」
「ま、待って、待って下さい」
私に許嫁がいないということを知って顔を綻ばせるアラン様は、私が口を挟まなければそのまま婚姻の儀まで突っ走ってしまいそうな勢いがあり、焦った私は何とか声を上げることに成功しました。
「お気持ちは嬉しいのですが…………アラン様と付き合うことは出来ません」
だって私…………実は男なんです。