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人はそれを逆恨みと呼ぶ

「フラウ・メスタ・ド・グレイシアです。パーティ等で会った事のある方が殆どですけれど、改めてよろしくお願い致します。皆さんと紡ぐこの三年間を、楽しみにしておりますわ」


 フラウさんの挨拶に所々から歓声が漏れました。どうやらフラウさんは、セレスティア王国含め周辺国の次世代の社交界の中心と言っても過言ではないこのセレスティア王立学院において、既に一目置かれているようでした。セレスティア公爵序列第四位の名は伊達ではありません。きっと、爵位だけで言えばこの教室で一番高いのではないでしょうか。


 次々と行われる自己紹介を、私は一言一句聞き漏らさないように集中しながら記憶していきます。顔と名前と爵位が一致しないようではコミュニケーションのはかりようがありませんからね。


「え、えっと…………アンナプルナ・ブルーメンブラッドです! アンナって呼んでください! よろしくお願いしますっ!」


 自己紹介は順調に進み、小動物さんの名前はアンナさんということが分かりました。ブルーメンブラッド家というと…………確か公爵序列第七位だったと記憶しています。田舎の辺境子爵の出である私には、グレイシア家とどれほど差があるのか見当もつきません。両方とも天の上の存在だということだけは確かです。


「────アンナさん」


 私は小声で自己紹介を終えたばかりのアンナさんに話しかけました。アンナさんは人前があまり得意ではないのか、胸に手を当てて呼吸を整えています。


 私の呼びかけに、アンナさんはビクッと首を動かして応じました。そこから受ける印象はやはり小動物です。小動物系公爵令嬢。それがアンナプルナ・ブルーメンブラッドさんでした。


「先程まで名前が分かりませんでしたから。改めて、よろしくお願いしますね」


 私がそう言うと、アンナさんは恥ずかしそうにはにかみました。


「────はい、お姉さま……!」


 幸せそうなアンナさんを見ていると、何だか、本当に妹が出来たように錯覚します。私に新しい妹が出来たと知ったら、マールは嫉妬してくれるでしょうか。


 自己紹介はいつの間にか私の番になっていました。教室中の視線が私に集まるのを肌で感じます。アンナさんは熱の籠った視線を向けてくれるし、フラウさんは何だか微妙な顔でこちらを見つめていました。

 私は立ち上がると、あらかじめ用意していたセリフを再生します。

 

「────グリーンウッド領より参りました、マール・フォン・グリーンウッドと申します。緑しかないような田舎からやって参りましたので、皆様に世間知らずを晒してしまう事もあるかと思いますが、仲良くして頂ければ嬉しいです。よろしくお願い致します」


 頭を下げると、自分が存外緊張していることに気が付きます。思えば、自分を誰かに受け入れて貰おうとするのは生まれて初めてのことでした。今まではグリーンウッド家の極々小さな空間の中で生活していたので、他人と接する機会が殆ど無かったのです。果たして私は、皆様に受け入れて頂けるでしょうか。


「……………………わ」


 下げた頭をゆっくりと上げると、私を迎え入れたのはまるで時が止まったかのような静寂。

 そして遅れて押し寄せるのは、割れんばかりの拍手の雨でした。それは今までの誰でも起こらなかったことです。公爵令嬢であるフラウさんでも、アンナさんでも。


 きっと見覚えのない私を緊張させまいと気を使って頂いたのだと思います。その気遣いに、私は救われたような気持ちになりました。初めて、セレスティア王立学院が私の居場所なのだと心から思えた気がしました。気付けば目から熱いものが零れそうになるのを必死に堪え、私は席につきました。





 私は学校にこそ通った経験はありませんでしたが、その代わりにマールの助けになりうる、ありとあらゆる知識と技術を身に付けさせられてきたので、学院の授業の内容が分からないという事はありませんでした。それどころか、感覚としては、あと五年は昔でも十分に対応出来たのではないでしょうか。マールの為にと努力してきた人生でしたが、こうして実際にマールの役に立つことが出来て私はテンションが上がりました。


 初日の授業をつつがなく終え、さて帰りますかと気持ちを入れ替えていた所、教室の入り口付近から歓声が上がりました。二日目にして分かったことですが、セレスティア王立学院はよく歓声が上がります。


「────マール、今構わないか?」


 歓声の方を振り返る暇もなく、その()()は私のテーブルまで歩み寄ってきていました。金色の髪に、宝石のような青い眼。クラス中の視線を一身に集め、それでもまだ足りないほどのオーラを身に纏った上級生が立っています。


「アラン様。…………もしかして、デートのお誘いですか?」


 白状すると、私はふわふわしていました。『果たして授業に着いていけるのか』というのは私の中でもかなり大きな、それこそ『女装がバレないか』という懸念の次くらいには大きな心配事だったのですが、その懸念が解消されたからです。テンションの上がっていた私は、つい満面の笑みでアラン様を見つめ、挑発してしまいました。もしかすると、人付き合いというのがあまり得意ではないのかもしれません。


 けれど、何も思っていない相手に挑発するほど私も人間が終わっているわけではありません。アラン様には実のところ、少し思うことがあるのです。


 …………というのも、私は気が付いたのです。

 私が教室内で浮いているのは、もしかしなくてもアラン様のせいなのでは!?


 自己紹介こそそつなく終えた私でしたが、その後の休み時間で四方八方をクラスメイトに囲まれ質問攻めにされるという事もなく、その代わりクラスメイトの大半は遠巻きに私の事を眺めてきました。皆様ボリューム機能が壊れているのか、それとも聞こえてもいいと思っているのか、ひそひそ話がそこかしこから聞こえてきます。


「話しかけても、迷惑じゃないかしら……?」

「許嫁とかいるのかな?」「馬鹿お前、アラン様が狙ってるみたいだぞ」

「あのアラン様がお姫様抱っこしてたらしいじゃない」「それにしても、本当に美しい…………」

「恐れ多すぎて、近付くことすら出来ない自分が憎い……」「アンナさんが羨ましいですわ。私もお姉さまとお慕いさせて頂きたいのに」


 その他、様々。

 ひそひそ話を整理すると、どうやら誰も私に話しかけてこない理由は主に二つあるようでした。一つは、喜んでいいのか悪いのか、私の容姿が優れている事。更に言えばメイシアさんに鍛えられた『お嬢様イズム』も影響しているのかもしれません。田舎からやってきた得体の知れない子爵令嬢が、予想以上にお高くとまっているので話しかけ辛いと、つまりはそういうことでした。


 それについては仕方ありません。キャラ付けを間違えた私とメイシアさんの責任です。もう少し砕けた、親しみやすいキャラの練習をするべきだったのでしょう。問題はもう一つの方です。


 やれアラン様が狙っている。


 アラン様のお気に入りだ。


 アラン様アラン様アラン様。


 私の輝かしい学院生活は、どうやらアラン様によって破壊されつつあるようです。ひそひそ話の中には好意的な言葉だけではなく、『子爵令嬢の癖にアラン様に色目を使って生意気だ』といったような内容のものも少なくありませんでした。こちらはわざと聞こえるように言っているのでしょうが。


 少なくとも、昨日のお姫様抱っこ、そして教室にまでやってくるという蛮行は決して許されることではありません。私の友達を返してください。


 そのような逆恨みから、私はアラン様を挑発するという暴挙に出た次第です。果たしてその効き目はと言うと。


「────っ…………マール、君は、一体何をっ……」


 アラン様は口元を手で隠して、それでも隠しきれぬ顔は真っ赤に染まっていました。


 ざまあみろです。



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