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095話 立ち向かう者と逃げる者


 <大襲撃(スタンピード)>。

 魔力を集めるという役割を終えたダンジョンが、その領域を拡大するために生息している魔物たちを一斉に解き放つ、魔物の群れの大行進。


 それは、人類社会の復興を拒む、魔の驚異。


 多くの村が、街が、そして国が。

 <大襲撃(スタンピード)>に呑まれ、滅んでいった。


 その<大襲撃(スタンピード)>が、ここサイフォリアの街に襲いかかろうとしているのだ。


「状況はどうだ!?」


 話を聞いた俺たちは、急ぎ<深碧(しんぺき)の樹海>の状態を確認するために、町外れにやってきた。


 そこでは冒険者や街の衛兵たちが、戦々恐々といった様子でダンジョンを注視していた。


「おや、いつぞやの坊主じゃないか。ダンジョンに潜っていなかったのか、幸運だったな」


 冒険者の男が俺に話しかけてきた。

 どこか見覚えのある顔だったので、記憶をたどる。


「あんた、俺たちが<刺突牙虎(ニードルタイガー)>を退治する依頼を受けていたときに出会った、採取ポイントから撤退してきた冒険者か」


「覚えていたか。今にして思えば、魔物がやたら増えていたのは<大襲撃(スタンピード)>の前兆だったのかもしれんな。あれを見てみろよ」


 冒険者の男はそう言いながら<深碧(しんぺき)の樹海>の出入り口をあごで指した。


 ダンジョンからは、魔物たちがあふれ出していた。

 様々な魔物たちが一つの塊となってうごめいている。


 そのおぞましい光景に、思わず眉をひそめた。


「あれが<大襲撃(スタンピード)>か……。はじめてみたけど、凄い数だな」


「こちらに向かってくる様子はいまのところないが、いつ襲ってくるか分からん。あんたらも早く逃げたほうがいいぜ」


「逃げるつもりなのか?」


 冒険者の言葉に、眉をひそめたまま返事をする。

 冒険者の男は、変なものを見るような目つきで俺を見た。


「危なくなったら撤退する。冒険者の鉄則じゃないか。この街ではそれなりに稼がせてもらったが、俺たち冒険者は街から街へと移り住む根無し草だぜ? この街のために命を落とす戦いに参加する義理はねえよ」


 以前の俺なら、冒険者の言葉に憤慨ふんがいしていただろう。

 だが、俺は男の言葉を、ああ、こんなもんかとすんなり受け入れた。


 冒険者とは、そういう生き物なのだろう。

 そして、俺がなりたかったのは、冒険者ではなく、ヒーローだ。


 だからきっと、俺はこの男と肩を並べて戦うことは決してない。


「そうか、達者でな。俺は逃げずに戦う」


「ちっ。てめぇの命だ。ヒーローごっこで命を落としたとしても、俺には関係ねぇ」


 そうして立ち去ろうとした冒険者を、意外にもロリーナが引き止めた。


「まあ待つのじゃ。<大襲撃(スタンピード)>が起きたということは、冒険者ギルドから緊急クエストが発令されているはずじゃぞ。拠点変更の手続きは済んでおるのか? 黙って立ち去れば逃亡扱いになり、今後の活動に問題が出るぞ?」


「……そういえば、そうだったな。くそ、口の回る嬢ちゃんだ。逃げるのは冒険者ギルドに寄ってからにしないとな。だが、俺は逃げるからな! 街の危機なんてのは、勇者に任せときゃいいんだよ!」


 そう言うと、街の外に抜け出そうとしていた冒険者の男は、きびすを返して街の中に戻っていった。

 きっと、冒険者ギルドへ向かったのだろう。


 男の言葉に感化されたのか、それともロリーナの言葉で気づいたのか。

 他の冒険者たちも、慌てて街の中へと戻っていく。


 残された衛兵たちは、何かに気づいたようにリアを見た。


「あの冒険者の言う通りだ! いま、この街には勇者様がいるじゃないか!」


「勇者様、お願いです! どうか我らをお救いください!」


「サイフォリアの街を、<大襲撃(スタンピード)>の驚異からお守りください!」


 そして衛兵たちは勇者リアにすがる。

 リアの返事は、聞くまでもなかった。


 勇者であるリアは、人々の助けを求める声を拒めない。

 勇者モードになったリアは<大襲撃(スタンピード)>を前にしても、戦い続けるだろう。


 リアは人類を救う勇者だ。

 なら、誰がリアを救うのだろうか。


「リア」


 俺はリアに呼びかけた。

 振り返ったリアは、覚悟を決めた表情をしていた。


「お兄ちゃんは安全なところに隠れていて。私が魔物を食い止めるから」


 知らない。

 こんな表情をするリアは見たことがない。

 こんな言葉を妹から聞いたことがない。


 臆病者で、いつも俺の後ろに隠れていた妹のリア。

 そのリアが、魔物の大群を前にして、戦うと言っている。


 ”その言葉は、本当にお前の本心なのか”


 抱いた疑念を言葉にできず、俺は別の言葉を口にしていた。


「何を言ってるんだ、俺も戦うよ」


「もちろん、あたしも戦いますから!」


 ラミリィが俺の言葉に続く。

 だが、俺の言葉に続いたのはラミリィだけだった。


「いや、カイ。妾たちは他にやるべきことがあるじゃろう。ここはリアたちに任せるべきじゃ」


 ロリーナの言葉に、プリセアがうなづいた。


「お兄さんたちはダンジョンメダルを探して。もしパーシェンが本当に敵になっていたとしたら、きっと<大襲撃(スタンピード)>以上の驚異になっているはずだから」


「けれど、リアとプリセアだけであの大群を迎え撃つつもりなのか?」


「2人だけではないぞ!」


 威勢のよい声が俺の背後から響いた。

 振り向くと、その声の主、大剣のフェリクスが元気そうに立っていた。


「フェリクス! 傷は癒えたのか!」


「ああ、カイ君たちがモーゼス議長と闘っている間に、受付嬢のサイリス君が<治癒のポーション>を持ってきてくれたのだよ!」


「俺たち勇者パーティーに任せておきな! 守ることに関しちゃ、超一流だぜ!」


 フェリクスと一緒にいる、重装備の男が頼もしい声をあげた。


「えーっと……」


「おいおい、忘れちまったのか? 俺だって、勇者パーティーの一員なんだからな! 大盾のアーダインだよ!」


 影が薄いので完全に忘れていた。

 ともかく、<大襲撃(スタンピード)>を前にして、大賢者パーシェンを除く勇者パーティーの面々が集ったのだ。


「……分かった。みんな、リアをよろしく頼む。危なくなったら<風精霊の花言葉>で連絡してくれ」


 そうして俺たちは街の防衛を勇者パーティーに任せ、どこかにあるかもしれないダンジョンメダルを探すことにした。


「あの、でも……どこにあるかもわからない1枚のメダルを、どうやって探せばいいんでしょうか」


 ラミリィが心配そうに呟いた。


「うむ、それなのじゃが……妾には心当たりがあるのじゃよ」


 ロリーナは、ラミリィの心配を吹き消すような、得意げな顔をしていた。


「本当ですか、ロリーナさん!」


「単純な話じゃよ。かつてこの街の近くに他にもダンジョンがあって、誰かが踏破したことにより消滅したのなら……冒険者ギルドに報告するはずじゃろう? ダンジョンメダルの手がかりは、冒険者ギルドにあるはずじゃ!」

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