094話 魔王の居場所
モーゼス議長は自分の能力<爆弾魔>で自爆した。
残ったのは、俺たちと黒い霧だけ。
その黒い霧も、次第に散っていく。
「これで、倒した……んですよね」
ラミリィが困惑しながら言った。
「これだけ木端微塵になれば、もう再生できない。俺に言えるのは、それだけだよ」
確かに俺たちはモーゼス議長を追い詰めた。
だが、あいつは使徒になることを拒んで、自死を選んだ。
人間のまま死ぬことを選んだのだ。
奇妙な感覚だ。
あいつは確かに悪だった。
けれども同時に、あいつにも譲れない矜恃があった。
「カイ、おぬしはモーゼス議長の悪事を止めようとした。そして、それは叶った。今はそれを喜ぶべきじゃ」
俺の心情を察したのか、ロリーナが窘めるように言った。
「そうだよな、うん。勝ったのは、俺たちだ」
そうして俺たちが勝利を噛み締めていた時。
「今の爆発は何っ? お兄ちゃんたち、大丈夫っ!?」
リアが凄い勢いで地下室に入ってきた。
キラキラと白く輝いて、勇者の能力を完全に発揮している。
「ああ、無事だ。モーゼス議長が自爆しただけだよ──」
そこまで言って、ふと気づく。
リアの勇者としての白い<魔法闘気>は、他の<魔法闘気>に反応する。
ならば──
「──いや、リア! 黒い霧をできる限り切り裂けっ!!」
俺が言うとすぐに、リアは分身し、四散しつつある黒い霧を剣で切り裂いた。
その姿は、闇雲に剣で霧を払ってるようにしか見えない。
しかし。
「ぐわあああっっ! おのれ、カイめっ!」
魔王の苦しそうな声が地下室に響いた。
「えっ! 何が起きてるんですか、カイさん!」
「どうして俺はこんな簡単なことに気づかなかったんだ! 魔族は感情を糧とする。そして、感情のエネルギーを摂取するとき、魔族は人間の近くにいなくちゃいけない。それがルールだ!」
「なるほど、カイ! そういうことなのじゃな!!」
「あっ、ロリーナさんだけズルいです! あたしにも分かるように説明してください!」
魔王は絶望の感情を糧とする。
そして、そのエネルギーを得ようとしたら、絶望してる人間に近づく必要がある。
「俺たちは魔王の本体を探すつもりでいた! だが、俺たちはすでに見つけていたんだ! 人間から絶望のエネルギーを取ろうとする、黒い霧! これは、魔王の本体だったんだ!!」
俺が説明すると同時に、黒い霧が怪しく蠢いた。
「おのれ……矮小な人間の分際でええぇぇぇっ! 覚えていろ、この損失を補うほどの絶望をお前達に抱かせてやるっ!!!」
捨て台詞を吐いて、黒い霧は静かに消えていった。
静かになった地下室に、先程のような冷たさはない。
「あの言い方……倒したってわけじゃなさそうだな」
「ごめんね、お兄ちゃん。倒しきれなかったみたい」
平行世界の分身を解除して1人になったリアが、申し訳無さそうに言った。
「リアのせいじゃない。それに、状況は俺たちにだいぶ有利になった」
「そうなの?」
「ああ、これから先、ロリーナがどんなに絶望しても、魔王はロリーナから感情エネルギーを取れないってことだからな」
前のようにロリーナの周囲に黒い霧が湧いてきたら、俺たちはそれを倒せばいい。
「そっか、私達が攻撃してくるのが分かってるなら、魔王は出てきても損するだけだもんね」
「そういうことだ。それよりも気になるのは、大賢者パーシェンだ。モーゼス議長の言葉を信じるなら、あいつは<魔法闘気>を覚えて、さらにそれを強化するためにダンジョンメダルを探している」
「パーシェン……」
リアが苦虫を噛み潰したような顔をした。
大賢者パーシェンは、勇者パーティーの一員だった。
勇者であるリアには、思うところがあるのだろう。
「パーシェンの行動について、何か思い当たることはないか?」
「ううん、わかんない……。でも、あいつは普段から何かと成り上がることに執着してた」
「ともかく情報をまとめよう。もうパーシェンは勇者パーティーを裏切ったと考えていいだろう。そしてあいつは<魔法闘気>を習得していて、さらにダンジョンメダルで<魔法闘気>を強化できることを知っている」
「問題は、ダンジョンメダルが2個あることを、あやつが知っているかじゃな」
ロリーナの言葉に、リアが驚いた。
「ダンジョンメダルが、<深碧の樹海>の他にもあるの?」
「あるかもしれない、だけどな。かつてこの街には他にもダンジョンが存在したみたいなんだ。それを踏破したときに出来たメダルが、もしかしたら街に残ってるかもしれない」
パーシェンはもう1つのダンジョンメダルの存在を知っているのだろうか。
いや、おそらくは知らないはずだ。
俺たちはもう1つのメダルの存在を、この地下室で知った。
モーゼス議長がパーシェンをこの地下室に入れるとは思えない。
「パーシェンはきっといま、<深碧の樹海>を攻略している最中だ」
「お兄ちゃん、どうする? 私達で全力で追いかける?」
「いや、パーシェンも<魔法闘気>を覚えたというなら、あとの能力差はスキル依存になる。転移魔術を使えるパーシェンに、俺たちで追いつける可能性は低い」
「じゃあ……」
「どこかにあるかもしれない、もう1つのダンジョンメダルを探そう」
そうして俺たちは、地下室を後にした。
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地上に戻ると、すぐに異変に気づいた。
街が妙に騒がしい。
「お願いです、聖女様! 私達をお助けください!」
「わかりました、わかりましたから落ち着いて! こんなに大勢に掴まれたら、動くに動けないんですよ!」
聖女のプリセアの周囲に、人だかりができている。
だがその様子はただごとではなかった。
皆が縋るようにプリセアを掴んでいる。
「プリセア、何事だ!」
「あっ、お兄さん。それに勇者様も。いいところに!」
プリセアが俺たちのほうを見ると、プリセアに群がっていた人たちも一斉にこちらを向く。
思わず、後退りしてしまった。
それと同時に、群衆たちのほうが一気に押し寄せてきた。
「勇者様、お願いです。私達をお助けください!」
「何があったの。詳しく説明して」
「それは私が説明するね」
プリセアが市民をリアから引っ剥がしながら言った。
聖女よ、民草の扱いはそれでいいのか?
「<深碧の樹海>から魔物たちが溢れ出してきたらしいの。ついに、<大襲撃>が始まったみたい」
そろそろクライマックスです。




