066話 新たな敵
俺たちの目的は、ロリーナの呪いを解くことだ。
そのためには魔王を倒すための力と、魔王の居場所を突き止める情報が必要だ。
そしてどちらも、ダンジョンを攻略して冒険者として成り上がれば手に入る。
そんなわけで、以前にも増して精力的に冒険者としての活動に励むことになった俺たちは、身支度を終え、さっそく冒険者ギルドを訪れた。
まず初めにやったのは、パーティー名の登録だ。
「<煌く紫炎の流星群>ですか。いい名前ですね」
受付嬢のサイリスさんが、書類に記録を取りながら言ってくれた。
「カイさんのことですから、<にんじん丸>などの趣きのある名前を出してくるかと思っていました」
なんで分かったのだろうか。
「お兄ちゃん、ネーミングセンスの悪さも直ってないんだ。なんか懐かしいな」
勇者リアが俺の横でクスリと笑う。
本当に、俺との関係を隠す気はまったくないようだ。
受付嬢のサイアスさんが、リアに気づいてわずかに驚いた顔をする。
それに気づいたのは正面で話をしていた俺ぐらいだろう。
詳しく追求されても面倒なので、別の話題を振ることにした。
「サイリスさん! 俺、早く上のランクに上がりたいんです。何かいい依頼はありますか!?」
「そういう時こそ、焦らず堅実に行動するべきですよ。とはいえ、今日になって急に低ランク向けのクエストがたくさん余るようになったんですよね。薬草採取の依頼がまた出ているので、それを受けてはいかがですか」
そういえば、昨日のいざこざで<黒衣の戦士団>の冒険者たちは壊滅していたんだった。
だいぶ叩きのめしたので、しばらくは活動できないだろう。
彼らの妨害が無くなったため、低ランク向けの依頼が増えたということか。
ならば薬草採取の依頼も、前より簡単にこなせるはずだ。
「じゃあ、それでお願いします」
「はい、では手続きをしますね。同時進行中の討伐依頼も無事に達成すれば、Dランクへの昇格のための実績を最短で満たせますよ」
討伐依頼と言われて、ラミリィがハッとする。
「あっ! そうでした! あたしたち、<刺突牙虎>の駆除の依頼も受けていたんでした!」
「えっ? お兄ちゃんたち、Eランクでしょ? なんでCランク向けのクエストを受けてるの?」
リアが不思議そうな顔をする。
そういえばリアは、俺たちと大賢者パーシェンの確執を何も知らないんだった。
「大賢者パーシェンに同行してもらったんだよ。しまった、もうあいつ協力してくれなさそうだな」
前回、大賢者が依頼に同行したのは、俺たちを罠にはめるためだった。
それが失敗に終わった以上、大賢者側に俺たちを手伝うメリットは無い。
「パーシェンがお兄ちゃんたちに協力? フェリクスじゃなくて? あのパーシェンが低ランク冒険者のために何かすること、あるのかなぁ」
さすがは勇者パーティーのリーダーだ、仲間のことをよく分かっている。
ちなみに俺からリアに、大賢者が俺たちを陥れようとした話をするつもりはない。
あれは、そのことを黙るかわりに聖女にロリーナの呪いを見てもらうという取引だった。
「たまたまパーシェンが調べたいことと俺たちの目的が一致したんだよ。それにしても困ったな、ここで依頼が失敗になるほうが、よほど痛手だぞ」
あの討伐依頼は、まだ<刺突牙虎>の撃破数が達成条件まで届いていないのだ。
ここでEランク冒険者しかいないことを理由に依頼の継続を却下されたら困る。
「何言ってるの、お兄ちゃん。私がパーシェンのかわりに同行すればいいだけでしょ。私、Bランクだよ?」
リアに言われて思い出す。
いまだに俺は、妹が自分よりずっと上のランクの凄腕冒険者という実感が無い。
勝手な話だが、臆病だった子供時代のイメージが抜けきらないのだ。
「あ、そういえばそうだった。サイリスさん、冒険計画書の変更お願いします」
「はい、かしこまりました。討伐依頼を受ける人が急に減って困っていたので、こちらとしても勇者様に手伝っていただけるのは助かります」
サイリスさんは新たな書類を俺たちに差し出す。
目的が何であれ、ダンジョンに入るには冒険計画書の提出が必要になる。
人類社会において、ダンジョンという多くの素材が埋蔵されている資源は、領主の所有物として扱われている。
冒険者が中に入れるのは、領主が冒険者ギルドに管理を委任しているからだ。
つまり正しい手続きを踏まずにダンジョンに潜ると、窃盗や密猟の罪に問われることになる。
ちなみに余談だが冒険者ギルドの運営費は領主が賄っている。
金を払って誘致しており、領主が支払いをケチるとギルドは容赦なく撤退する。
実際にそうして冒険者がいなくなって滅んだ街もあるそうだ。
逆に冒険者側が悪事を働くと、領主はギルドのダンジョン管理権を剥奪する。
多くの冒険者はダンジョンに潜って生計を立てているので、これをやられるとギルドは痛手となる。
つまり、互いに弱みを握っているからこそ、互いに悪さができない関係なのだ。
閑話休題、俺たちが冒険計画書を書き上げたあたりで、受付嬢のサイリスさんがいきなり頭を下げた。
「勇者様、申し訳ありませんでした」
「え、何が?」
言われた本人がキョトンとしていた。
サイリスさんが頭を下げるのも珍しい。
「お知り合いのカイさんが生存していたこと、真っ先に伝えるべきでしたのに、私はそれを黙っていました」
「守秘義務があるんでしょ、だったら仕方ないじゃん。それに、あの時は取り乱したけど、お兄ちゃんが生きてくれていたから、今はもう大丈夫。気にしないで」
「はい……」
珍しくサイリスさんが、自分のイタズラがバレた子供のようにしおらしくなっている。
「そうですよ。もとはといえば、勝手に村を飛び出した俺が悪いんですから。サイリスさんは気にしないでください」
「お兄ちゃんはもっと反省してよね」
「あんまり正論ばっかり言ってると、お兄ちゃんそのうち泣くぞ」
「はいはい……」
手続きも終わり、バカをやりながら受付から離れようとした時だった。
ディーピーが神妙な面持ちで俺に耳打ちした。
「カイ、気をつけろ。そろそろ何者かが登場するはずだ」
「ディーピー、分かるのか?」
ディーピーに言われて、冒険者ギルドの内部を見渡す。
確かにちらほらと冒険者の姿はあるが、とくにおかしなところはない。
ディーピーだけに分かる何かがあるのだろうか。
「ああ、いままでのパターンを思い出せ。だいたい誰かが絡んでくるのは、受付でやり取りをした後だ。だから、いまからまた新しい敵キャラが登場するイベントが始まるぜ」
「ああ、またいつものディーピーの与太話か。バカやってないで、さっさと依頼を達成しにいくよ」
そうして俺たちは何事もなく、冒険者ギルドを後にした。
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冒険者ギルドから出ていくカイたちの姿を見る、怪しい男が1人。
「見つけたぞ。あれが魔王様が倒せと言っていた、人間の小僧か……」
カイたちには知るよしもないが、新たな敵はすぐそばまで迫っていた。




