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064話 幕間 / とある冒険者の絶望


[闇討ちのゴメスダ視点]


 <黒衣の戦士団ブラックウォーリアーズ>というクランの、<闇討ちのゴメスダ>という冒険者を覚えているだろうか。


 この男はカイたちを妨害し、あまつさえロリーナを手にかけたが、カイの温情で生きながらえた者だ。


 その恩を忘れて、大賢者パーシェンと共謀して再びカイたちを陥れようとしたが、その目論見もくろみはカイの機転によって崩れ去った。

 その時に現れた<死霊兵団>によって<黒衣の戦士団ブラックウォーリアーズ>に所属する冒険者たちは壊滅したが、持ち前の隠密スキルを駆使してゴメスダは難を逃れていたのだ。


 だがそのゴメスダの命も、風前の灯となっていた。

 他ならぬ、彼が所属する<黒衣の戦士団ブラックウォーリアーズ>のクランマスターの手によって。


「ボス……お願いします、もう一度。もう一度だけチャンスをください!」


 ゴメスダの顔は真っ赤に腫れ上がり、原型をとどめていない。

 <黒衣の戦士団ブラックウォーリアーズ>で恒例となっている折檻だ。


 それは夜もすっかりけたころ。

 ゴメスダは彼の所属する<黒衣の戦士団ブラックウォーリアーズ>の拠点にある地下室で、激しい責め苦を受けていた。


「もう一度沈めろ」


 クランマスターの合図とともに、ゴメスダの頭が無理やり水桶に入れられる。


「ガバッゴバババババッ!」


 もはや限界というところで、ゴメスダの頭が引き上げられる。

 拷問に手慣れている彼らにとって、人が死ぬギリギリを見極めることなど容易い。

 そうして心を折ってから、優しく語りかける。

 それがここのクランマスターの、人心掌握術だ。


「いかんなぁ。実にいかんよ、ゴメスダ君。私は反省しろと言ったのだよ。口を開けとは、一度も言わなかった。分かるね?」


 ゴメスダは必死にうなづく。

 死にたくない。

 彼の気持ちは今、それだけだ。


「人とそれ以外の生き物の違いは、なんだと思う? 私は秩序を築けるかどうかだと思っているのだよ。そして秩序とは、信頼関係のことだ。分かるね?」


 黙ったまま、ゴメスダは再びうなづいた。

 クランマスターはその反応を見て満足そうに笑うと、言葉を続ける。


「君は私の信頼を裏切った。私は君に、我々にたてつく者には痛い目を見せろと言ったのだよ? 秩序は信頼から生まれる。<黒衣の戦士団ブラックウォーリアーズ>に逆らったら破滅する。誰もがそう思うからこそ、我々は支配者でいられるのだ。だが結果はどうだ? 手痛い損失をこうむったのは、我々のほうだ!」


 クランマスターは拳を振り上げる。

 それを見てゴメスダは「ひっ」と情けない声を上げた。


 だがその手は静かに降ろされ、腫れ上がったゴメスダの頬をそっとなでる。


「ああ、かわいそうに。こんなに腫れ上がってしまって。だが私は、任務に失敗した君を罰さなくてはならなかったのだよ。分かるね、ゴメスダ君?」


 はたから見れば、単純なアメとムチ。

 だが極限状態のゴメスダには、それを見抜くだけの余裕などない。


 任務に失敗した自分に優しい言葉をかけてくれるクランマスターに、感謝と尊敬の念すら抱いていた。


「では、君は私にどんな言葉をかけてくれる? さあ、言ってごらん。ゴメスダ君?」


「期待にそえず……申し訳ありませんでした……クランマスター……」


 痛みに耐えながら、切れた口でゴメスダは必死に答えた。


「ああ、いい返事だ。では君は、次はどんな目に合おうとも、私のために勝利を掴んでくれると約束してくれるね?」


「も、もちろんです!」


「よく言ってくれた。ゴメスダ君、よく聞きたまえ。これは最後のチャンスだ。もしまた失敗したら、君の命は無い。いや、それだけではない。君がこの街に生きた全ての痕跡を消し去ってやろう」


 ゴメスダには、クランマスターの言葉が脅しやハッタリでないと分かる。

 この男は、やると言ったらやるのだ。

 それだけの行動力と権限を持っている。


 クランマスターがその気になれば、ゴメスダを歴史から抹消できるのだ。

 自分が生きた証拠さえも、一切失われる。

 それはどんなに恐ろしいことだろうか。


「肝に……銘じます……クラン、マスター……」


 ゴメスダは、カイではなく目の前の男に恐怖していた。


「今度こそ、カイとその仲間たちを陥れろ。二度と冒険者なんて出来ないようにしてやるのだ。他の連中にも伝えておきたまえ。もし失敗すれば、<黒衣の戦士団ブラックウォーリアーズ>は解体する。全員路頭に迷うことになるとな」


 クランマスターは何の惜しみもなく言いのる。


 確かに謎の<死霊兵団>によって、<黒衣の戦士団ブラックウォーリアーズ>は既に半壊している。

 けれども、このクランマスターが自分のクランの存続に興味が無いのは、別のところに理由がある。


 ゴメスダは、せめてもの意趣返しとして、クランマスターの名を呼んだ。


「かならずや、カイのやつを破滅させてみせます。朗報をお待ち下さい、ウィルバッド・モーゼス議長……」


 サイフォリアの街の最高権力者、ウィルバッド・モーゼス議長。

 いくつもの顔を持つ彼にとって、<黒衣の戦士団ブラックウォーリアーズ>など自分の権力を盤石なものにするための道具の1つにすぎないのだ。


 ゴメスダの言葉には、「お前の正体を知っている自分をないがしろにできるものか」という意味が含まれている。

 だが、もしゴメスダがクランマスターの正体をばらしたところで、モーゼス議長にとってはどうということはない。


 自由都市として独自の統治機構を持つサイフォリアにおいて、司法、立法、行政がすでにモーゼス議長の支配下にある。

 そして国家権力から独立した組織であるはずの、この街の冒険者ギルドさえも意のままに操るモーゼス議長であれば、たとえゴメスダが裏切っても簡単にもみ消せるだろう。


 表と裏の顔を使い分けてこの街に君臨する暴君。

 ゴメスダはそのモーゼス議長の圧倒的な威圧に気圧された。


 だからゴメスダは、自分の目に映るものも、モーゼス議長の貫禄が為せるものだと思いこむようにした。


「カイたちにどうしようもないほどの絶望を与えよ。出来なければ、君でもよいのだよ? 魔族に捧げる絶望の生贄として使う相手はなあ……!」


 モーゼス議長の体からは、身の毛がよだつほどにおぞましい、黒いオーラがほとばしっていたのだ。



【次回予告】

 魔王を倒す力をつけるため、ダンジョンコインを求めてダンジョンを踏破することにしたカイたち。

 だが、魔王の悪意はすでにここサイフォリアの街にまで届いていた。

 魔族、使徒、人間。様々な敵がカイたちの前に立ちはだかる。


 そんな中、ダンジョンから魔物たちが溢れ出して──。


 次回、『4章 白光の勇者はすくわれない』


3章完結です。

たくさんのブクマや評価、いいね等ありがとうございました!


そういえば3章は「ざまぁ回」って銘打つのを忘れていました。

ただまぁ3章は「これはざまぁなのか?」という疑念が割とあるので、今回の章はざまぁ回なしってことでお願いします。


次章はいよいよサイフォリアの街編がクライマックスです。

これからも、カイの奇怪な旅にお付き合いいただければ幸いです。


追記:4章のタイトルが間違っていたので修正しました。

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