041話 大賢者と冥府への道標
俺たちの薬草採取のクエストを邪魔するために居座っていた<黒衣の戦士団>たちは、散り散りに逃げ出した。
残っているのは、たまたま採取ポイントに居合わせた他の冒険者たちだけ。
その中でも勇敢な者たちが、<野生化した合成獣>と戦っている。
俺たちはその勇姿を眺めながら、横でコソコソと薬草採取をしていた。
「カイさん、あたしたちこれでいいんでしょうか……?」
メルカディアには、魔物が人間を殺さないようにしろと命令してあるので危険は少ないはずだ。
名付けて、<飼いならした野生化した合成獣>だ。
じきにあの魔物は冒険者たちに討伐されるだろう。
クエスト達成に必要な薬草を集めきり、そろそろ戦いに加勢したほうがいいかなと思い始めたときのことだった。
ずっと様子を伺っていた1人の冒険者が、動き出した。
「ふんっ。この程度の魔物に手こずるとは、この街の冒険者は大したことないのですね」
立派なローブを身にまとったその男は、黙って手をかざした。
すると男の指先から、氷の刃がほとばしる。
「すごい、無詠唱魔術だ! 初めて見た……」
感動で思わず喜んでしまった。
氷の刃は<飼いならした野生化した合成獣>の体に突き刺さる。
「GRUUUUUUUU!!」
<飼いならした野生化した合成獣>は男を驚異とみたのか、それまで戦っていた冒険者たちを無視して、いっきに男に向かって駆け寄った。
その瞳は敵意に満ちている。
メルカディアのやつ、本当に魔物をコントロール出来ているのか?!
あの<飼いならした野生化した合成獣>は暴走して、<暴走した飼いならした野生化した合成獣>になっているぞ!
……長いので今後はキマイラと呼ぼう。
「危ないっ!」
キマイラは男の腕に食らいついた。
あっさりと、いともたやすく男の腕はキマイラに食いちぎられる。
けれども、男はその様子を冷静に眺めていた。
「すでに、その腕には術式を込めてあります。外からだと魔術の効きが悪いようですが、中からならばどうでしょう。さあ、存分に喰らいなさい。<上級氷結魔術・改>」
男の魔術とともに、キマイラはどんどん凍っていく。
そして氷漬けになって動かなくなった。
男はあっという間にキマイラを倒してしまった。
「やれやれ、フェリクスが苦戦したと聞いたから警戒しましたが、この程度とは。やはり勇者様に釣り合うのは、この私だけですね。<上級治癒魔術>」
攻撃魔術を巧みに操った男は、今度は治癒魔術を使った。
食いちぎられたはずの男の腕が、一瞬で生えてくる。
この男、攻撃魔術も治癒魔術もかなりのものだ。
そして今、男の口から大剣のフェリクスの名前が出てきた。
つまり、この男は──
まさか、俺を追っているという、大賢者パーシェンか!?
俺の視線に気づいたのか、賢者も俺のことを見てきた。
「そこのEランク冒険者、止まりなさい。お前は動きが妙でした。魔物が襲ってくる前に採集ポイントから離れた。そして魔物が現れて他の冒険者たちが逃げるなかで、逆に採取ポイントに近づいて薬草を取った。まるで、魔物が現れることを最初から知っていたかのようですね?」
「……ゴメスダたちにも言っただろう? 気配感知で先に気づいたんだ。だから離れて様子を見た。俺たちはあいつらが逃げ出してくれないと、依頼が失敗してしまうからな」
「なるほど確かに。私も途中から魔物の気配には気づきましたが……だとすると、なおさら妙ですね。あれだけの冒険者がいた中で、私とあなただけが、魔物の気配に気づいたことになる。この大賢者パーシェンと、Eランクのあなただけが、ね……」
大賢者からの疑いの目は、どんどん強くなっていく。
しまった、うかつな言動をしてしまった!
「どうやら、詳しく話を聞く必要がありそうです。嫌とは言わせませんよ、カイ・リンデンドルフ!」
こいつ、俺のことを知っているのか!
フェリクスから聞いていたのに、油断していた!
まさかもう俺のことを突き止めて、探りをいれにくるとは……。
それにこのパーシェンという男、魔術もさることながら洞察力がある!
「勇者パーティーの大賢者様が、俺にいったい何の用だ?」
「ほう、私のことを知っていましたか。私も有名人になったものだ」
大賢者パーシェンは得意そうに笑ってから、言葉を続けた。
「さて、あなたは1年前に<災厄の魔物>に襲われて命を落としたことになっていた……けれども今になって、ひょっこりと姿を現したそうですね。何があったのか、詳しく聞かせてもらえないでしょうか」
この短期間でそこまで調べ上げてるとは。
だが、逆に助かった。
その話については、ギルドの公文書としての記録が残っている。
「それはちゃんと冒険者ギルドで説明したぞ。嘘を見抜く<真実の瞳>の前で話した記録が、ギルドに残ってるんだ。ここで俺から聞くより、Bランク冒険者の特権を使って書類を調べたほうが正確な情報が手に入るんじゃないか?」
本当はその資料の情報は、受付嬢のサイリスさんの奇行によって、嘘発見器が機能していない状態での嘘の証言となっている。
まさかサイリスさん、こうなることまで見込んでワザとあの奇行をしたわけじゃないよな?
「それはそうなのですが……。ですが、何らかの方法で<真実の瞳>の効果をすり抜けて嘘の証言をしていたとしたら……。そして、カイ・リンデンドルフ! あなたが<災厄の魔物>を倒したにも関わらず、それを秘匿していたとしたら……! そこには何か、やましい理由があるはずですっ!」
す、鋭い!
これが勇者パーティーの大賢者か!
「ギルドの証拠さえも疑うなんて、酷い言いがかりだな」
「もしもあなたが魔族の支配下にある”使徒”であるなら、人知を超えた方法で何かをして<真実の瞳>を無効化していても不思議ではないッ!」
実際にはサイリスさんの机バンバンなんだけど。
「そして私には、魔族の気配を探るすべがあります! これを見なさいっ!」
大賢者パーシェンは自分の<アイテムボックス>から奇妙な道具を取り出した。
風見鶏のような形をしているが、その頂上には鶏のかわりに悪趣味なドクロの彫刻が置かれている。
「これは<冥府への道標>というマジックアイテムです。魔族の気配を感知して、最も気配が強い方角を示します。さあ、大人しくしなさいカイ・リンデンドルフ!」
なんだって!
もっとも魔族の気配が強い方角を示すだと……!
「いきなりそんなものを取り出して、俺が魔族とでも言いたいのか? バカバカしい」
「もしあなたが魔族から何らかの力を授かっていた場合、この<冥府への道標>はそれに反応して、あなたのほうを向くはずです!」
パーシェンは得意げに言いながら、<冥府への道標>を発動した。
た、助かった!
<冥府への道標>はぐるりと回り、そして俺の反対を指し示した。
「なん……だと……?」
大賢者パーシェンは<冥府への道標>が指し示した、森の奥を睨む。
実はその先には、さきほど魔物を出現させた、魔族のメルカディアが潜んでいる。
<魔法闘気>を使っていない俺よりも、魔族本人のほうに反応するのは当然だ!
「疑いは晴れたか? 悪いけど、日没までに薬草を届けなきゃいけないんだ。俺たちは帰らせてもらうよ」
だが、<冥府への道標>はそこから更に動いた。
俺たちに向かって。
いや、気のせいでなければ、”天啓”を持たない少女、ロリーナに向かって。
「ほう、これは……いや、なんだこれは……!」
大賢者パーシェンも驚きを隠せなかった。
ロリーナのほうを向いたように思われた<冥府への道標>は、そこからグルグルと回転を始めたのだ。
しかも回転はどんどん早くなっていく。
そして、上に乗っていたガイコツの彫刻がカタカタと動き出し、ついには喋りだした。
「カタカタカタカタ……ぜぇつぼおぉぉしろぉおぉぉぉ! にんげぇぇんどもぉぉぉぉ!! 冥府はぁぁぁ、ここだあぁぁぁぁぁああぁぁ!!! カタカタカタカタ……」
唐突に<冥府への道標>がバキリと壊れて、動きを止める。
静寂がその場を包んだ。
最初に動いたのは大賢者パーシェンだった。
「な、なんだ今のは……カイ・リンデンドルフ! お前は一体何者だ!」
「そう言われても、俺だって何が起きたのか分からないよ」
「くそ、分からないことが多すぎる! 今日のところは見逃してやろう! だが、私が必ずお前の正体を暴いてやる。もしお前が悪の者だと分かったときは……覚悟しておくがいい」
大賢者パーシェンは転移魔術を使って、姿を消した。
残された俺達は、もう動かなくなったガイコツをジッと眺めていた。
何か恐ろしいことが起きる、その前触れの予感がした。
キマイラは死にましたが、クエストは成功したので問題ありません。




