039話 フェリクスの魔剣
相談の結果、俺たちはしばらくの間、危険の少ない依頼だけを受けることにした。
ロリーナの安全のための措置だ。
「ううむ、本当に妾の命など適当に使ってくれて構わんのじゃが……。そこまで気を使われると、妾はただの足手まといになってしまわんかの?」
ロリーナがあまりに自分の命を粗末に扱おうとするものだから、俺とラミリィは呆れていた。
「ロリーナさん、別に気にしなくていいんですよ。なんだかあたし、以前の自分がカイさんにどれだけ迷惑かけてたのか分かりました。役に立とうとして空回りすると、逆に厄介なことになるんですね……」
ちょっと辛辣だが、この評価に懲りてロリーナが自分の命を大切に扱ってくれると嬉しい。
そんなわけで、ロリーナがパーティー内で何ができるかについては今後の課題にして、俺達は依頼を受けるために冒険者ギルドに向かった。
冒険者ギルドの扉の前で、大剣のフェリクスが俺たちを待っていた。
「待っていたぞ、カイ君! 約束していた剣を渡そう!」
フェリクスはそう言うと、ひと振りの剣を俺に手渡した。
俺が持っていたショートソードに近い大きさの、立派な剣だった。
「これは……銀の剣?」
「うむ、カイ君の体格で使いやすそうな物を見繕ってきた。気に入ってもらえたか?」
「ああ、想像以上だ。ありがとう、フェリクス」
銀素材の武器は一般的な素材に比べて、高価だが魔力が流れやすい性質を持つ。
<魔法闘気>をまとわせるにはもってこいだ。
さっそく<魔法闘気>を銀の剣にまとわせてみる。
紫色のオーラが剣から溢れ出してきた。
「こんな凄い魔剣をくれるなんて、さすがは勇者パーティーの一員だな」
「いや、待ちたまえカイ君。それは普通の銀の剣のはずだが、何だそのオーラは……! いや待て、まさか君は!」
「魔剣なら、ちょっとぐらい禍々しくても問題ないと思うんだよね」
一般人の前で<魔法闘気>を使えない問題に対する解決策がコレだ。
勇者パーティーの一員であるフェリクスから、いわくつきの魔剣を貰ったことにするのだ。
「なるほど、ラミリィ君の矢と同じようなものなのか……。確かに君たちのその力、見てくれが悪い。人を誤解させかねないものだ。だがマジックアイテムなら怪しげな気配を出すものも少なくないからな。いやはや考えたものだ」
通常人間は体から禍々しいオーラを出さないが、魔剣ならばおかしくない。
普通の低ランク冒険者は魔剣なんて持ってないが、フェリクスから貰ったことにすれば多少はごまかせるはずだ。
「俺はもともと、何の力も無い落ちこぼれだったからな。アイディアを捻って打開策を考えないといけない立場だったんだよ」
俺の言葉に、フェリクスは満足そうに頷く。
「むしろそれこそが、カイ君の真の強みかもしれんな。もとから才能があった者ではなく、挫折を味わい、それでも諦めなかった者の強さだ。こう言ってはなんだが、君に不遇な時期があったからこそ、君は機転の利く人物になったのだ」
「不遇な時期があったからこそ……か。下働きで燻っていた俺の3年間は、無駄じゃなかったってことかな」
フェリクスの言葉で、少しだけ救われた気になった。
今の俺が強いのは魔族から<魔法闘気>を教わったからだ。
ならば、力を得る前の俺の人生はなんだったんだろうかと、少しばかり思っていたのだ。
「うむ! 君は過去を克服した。過去を克服するというのは、昔の嫌な出来事から目を背けることではない! 辛い過去を糧にして、新たな力に変えて未来へと進んでいくことだ!」
まあ、師の受け売りだがね。とフェリクスは気恥ずかしそうに言葉を締めくくった。
辛い過去があったから、今の俺がある、か。
慰めの言葉としてよく使われるような言い回しだが、実例が伴うと悪い気はしない。
「本当にありがとう、フェリクス。この剣のおかげで少なくとも攻撃の面では制限が減ったよ」
話が一区切りついたところでラミリィが不安そうに切り出した。
「ところでフェリクスさんは、その……カイさんの力は恐ろしくないんですか?」
確かに、<魔法闘気>は一般人からは禍々しく見えるはずだ。
ならば、フェリクスからも俺のオーラは恐ろしいものと映っているはず。
だが、フェリクスは静かに首を横に振った。
「どんな力かよりも、誰が振るうかのほうが重要だと俺は思っている。それに、人間を殺すのに、そんな大層な力はいらないのだよ。薬と偽って毒を飲ませたり、寝込みを襲ったり……。人を殺すのは悪意だ」
「悪意、ですか」
「そうだ。剣や能力は、手段にすぎん! カイ君が悪の者になってしまう心配をするよりも、悪意を持っている者が街に潜んでいることを警戒したほうが、よほど生産的だ!」
「すごいですね……。あたしはそこまでサッパリと割り切れないかもです」
「悪意と言えば、そういえば君たち。何やら妙なクランと揉めているようだが、何かあったのか?」
さすがはBランク冒険者、耳が早い。
俺達と<闇討ちのゴメスダ>のいざこざを、もう聞きつけているようだ。
「あっ、そうなんですよ! あたしたち、<黒衣の戦士団>に目をつけられて……!」
ラミリィの発言を手で制する。
これは俺たちの問題だ。
「三下のクランに難癖をつけられただけだよ。何も問題はない」
「なるほど、どうやら俺はまた余計な気を回してしまったようだな。俺たちもよく嫉妬や羨望から恨みを買うことがある。だが、自分たちが強く在り続けようとすれば、そんなものは気にならないものだ!」
フェリクスは大声で笑った。
不思議な人だ。
フェリクスは、そこまで実力のある人物ではない。
いつも自分の無力さに打ちひしがれていると自分で言っていた。
だけど、豪快に笑うフェリクスを見ていると、そんなネガティブさを微塵も感じさせないのだ。
「強く在り続けようとすれば、か……」
「うむ! まあカイ君のほうが俺よりもずっと強いのだがな! 勇者殿と、どちらが強いか少しばかり興味があるが……カイ君と勇者殿を戦わせるわけにはいかんからな! おっと、この話もしておかなければ」
フェリクスは周囲を見渡してから、似合わない小声で話を続けた。
「実は……うちの大賢者パーシェンが、<災厄の魔物>を倒した人物を探しているんだ。すまない、勇者殿と賢者だけは騙せなかった」
フェリクスは心底申し訳無さそうな表情を浮かべる。
さすがは人類最強のジョブと言われる勇者と、その次に強いとされる賢者。
自分たちの攻撃では<災厄の魔物>を倒せなかったことに気づいたか。
「いや、こっちこそ無理を言ってすまない。世間に対して、<災厄の魔物>は勇者たちが倒したことになっていれば、俺としてはそれでいいよ」
「そういうわけにもいかんのだ。大賢者パーシェンは、<災厄の魔物>を倒した者が魔族に関係する人物なのではないかと疑っていてな」
はい正解。
じんわりと冷や汗が出てきたのを、自分で感じ取れた。
「まあカイ君が人類の敵に誑かされているはずは無いと思うが、もしかしたら俺の仲間が君たちに迷惑をかけるかもしれん。先に謝っておこう!」
「いや、いいよ……うん。疑われるのは仕方ないし……」
「そういうわけにもいかんだろう! カイ君たちは勇気あふれる、正義の者だ。恐ろしい力をつけたチーザイにも果敢に立ち向かった! そんな君達を魔族よばわりだなんて、俺は許せない!」
人を魔族扱いするのは、極めて失礼な行為である。
「そ、そうだよねー。俺も魔族扱いは心外だなー」
「もちろん俺は賢者が予想したように、カイ君たちが魔族から特別な力を授かっていたりだとか、魔族の疑いがある者をこの街で匿っていたりだとか、あまつさえ日頃から魔族と交流があるだなんて、微塵も思っていない! 全て賢者が思い描いたデタラメだ!」
フェリクスは俺の肩をガッシリと掴んで力説した。
「パーシェンのことだ、近いうちに君の存在に気づくだろう。だが俺は、カイ君が賢者の疑念を全て払拭してくれると信じている! 期待しているぞ、カイ君!」
すまない、フェリクス。
賢者の予想は、全部あってるんだ……。
「ち、ちなみに、どうして賢者は<災厄の魔物>を倒した相手を探してるんだ?」
「うむ、理解不能なのだが……どうやら賢者は<災厄の魔物>を倒した者を、勇者殿に討伐させる気らしい。そんなことは絶対に無いと思っているが、もしも賢者がカイ君を疑った場合、カイ君は勇者殿に命を狙われることになる」
人類最強のジョブに、命を狙われる……。
どうやら今まで以上に、<魔法闘気>の取り扱いには注意が必要なようだ。




