021話 大剣のフェリクス
いつの間にか避難していたディーピーは、戦いが終わるとまた俺のところに戻ってきた。
「まったく、ビビらせるなよカイ。今の時代の人間がめちゃくちゃ弱いなら、そういうことは先に教えてくれ。それにしても大した立ち回りだったな。それは素直に褒めてやるぜ」
ディーピーの言葉に思わず苦笑する。
ディーピー基準で強い人間なんて、この街にはほとんどいないだろう。
Cランクのダンジョン、<深碧の樹海>の魔物をやすやすと返り討ちにするディーピーは、人間基準なら少なくともCランクの冒険者よりも実力があることになる。
それほどの実力者は、そうそうお目にかかれるものではない。
「そのネズミ君の言う通り、見事な立ち回りだったな、少年! カイ君という名前だったか? やるじゃないか!」
知らない声に反応して目をやると、青い髪をした、快男児といった感じの男が近づいてきた。
装備から見るに、大剣を用いて戦う、重戦士型の前衛職の冒険者だろう。
爽やかな印象はあるが、見知らぬ顔だった。
「俺様は<死の銀鼠>だ。ネズミなんてちんけなげっ歯類と一緒にしてもらっちゃあ困るぜ」
「そうか、よく分からんが、気に触ったのなら謝罪しよう! すまなかったな!」
男は「はっはっはっ」と笑いながら言葉を続ける。
「基礎スキルだけで、よくあそこまで立ち回れるものだ! 投げ飛ばしたときにスキルを発動している様子はなかったから、あれは何かの技術のようだな! いや、真に称賛するべきは、剣があたるギリギリまで<装備変更>の発動を抑えた、その胆力か!」
男の言葉に、俺は少しだけ感心した。
今の一瞬で、俺が何をしていたのか把握したのか。
目の前の男に、少し興味が湧いた。
「あなたは?」
「俺はBランクの<大剣のフェリクス>だ! カイ君、俺は君に興味が湧いた! よければ少しの間、一緒に冒険をしてみないか?」
そう言って大剣のフェリクスは、俺に手を差し出した。
その胸元には確かに、Bランク冒険者を示す銀のプレートが付けられている。
その言葉に真っ先に反応したのは、ラミリィだった。
「びっ、Bランク!? カイさん、このひと、Bランクって言いましたよ! Bランクっていったら……えふ、いー、でぃー、しー、びー……あたしたちより、5つ上ですよ!?」
4つ上な。
Bランクといえば、貴族との繋がりもある、かなりの実力派の冒険者だ。
もちろん、こんな辺境の街にBランク冒険者が常駐しているはずがない。
何かがあって、派遣されてきたのだろう。
事実上の最上位であるAランク冒険者は国からの依頼にかかりきりで手一杯になりがちなため、辺境で何か異変があったとき、何かとBランクが重宝される。
それに、Aランク冒険者は影響力がありすぎて、ヘタに動かすと政治利用を疑われかねないので、小回りがきかないらしい。
ゆえにBランク冒険者は「利用可能な最強戦力」と言われている。
Bランク冒険者が動くとき。
それは、街の存亡に関わる事件が起きている。
「Bランク冒険者がサイフォリアの街に来るなんて……何か事件でもあったのか?」
「うむ、君は最近ダンジョンから戻ってきたばかりのようだから、教えてあげよう! 1年ほど前、<災厄の魔物>がこの街の近辺に現れたという噂が流れたのだ。根も葉もない噂話だと思われていたが、月日が経つうちに目撃証言が増えていってな。そして、調査の結果、それが事実だと分かった! だから俺たちが派遣されたのだ!」
あっ、もう終わってる事件だった。
おそらく俺が1年前に遭遇した<悪天十二宮・猛進金牛>のことだろう。
そいつは、マーナリアの最終試練のときに俺が倒した。
「えっと、……その凄いBランク冒険者さんが、どうしてあたしたちみたいなFランクと冒険しようなんて言い出したんですか?」
「うむ、それも説明しよう! 俺たちはその<災厄の魔物>……雄牛の姿をした魔物だったのだがな。そいつと戦ったのだが討伐することは出来ず、逆に仲間が深手を負ってしまった。命に別状はないが、傷が癒えるまで再戦はできん! だから俺は待つしか出来ないのだが、こうしている間にも<災厄の魔物>の被害が増えているかもしれないと思うと、気が気でなくてな!」
これ、もう<災厄の魔物>が暴れる心配はないこと、教えたほうがいいのかな。
でも、それを説明するとなると、魔族マーナリアの話をしないと不自然になるし……。
「少しでも体を動かして気を紛らわせようというわけだ、はっはっはっ!」
フェリクスの話に筋は通っている。
けれども、どうしても大斧のドズルクのことが頭に浮かんでしまう。
また騙されたらどうしよう、と。
俺の葛藤に気づいたのか、受付嬢のサイリスさんが小声で教えてくれた。
「カイ君、カイ君。この人は、勇者パーティーである<堅牢なる精霊の園>の一員ですよ。そうそう悪いことは出来ません」
勇者パーティー。
噂には聞いていたが、実在していたとは。
言われてもう一度、<大剣のフェリクス>を見る。
確かにそう言われれば、風格がある……気がする。
「……本物? そっくりさんとかじゃなくて」
失礼かもしれないが、つい言ってしまった。
確かに先程倒した大男のチーザイや、大斧のドズルクに比べたら強そうなんだけど、魔族や<災厄の魔物>が発する絶対的強者の貫禄がない。
強いと言っても、あくまで人間の枠組みのなかでの話なのかもしれない。
「うむ! 疑うのは無理もないな! そこは俺の名の記された銀のプレートと、この<蒼剣ツヴァイキャリバー>で信じてもらいたい!」
<大剣のフェリクス>は持っていた大剣を抜いて、俺に見せた。
青くキレイな刀身。
きっとかなりの業物なのだろう。
少なくとも、並の冒険者が持つ武器ではない。
高ランクの冒険者は名声商売とも聞くし、不埒なことは出来ないだろう。
勇者パーティーの一員というなら、なおさらだ。
この<大剣のフェリクス>という人物、信用してもいいのかもしれない。
そう思っていたところに、ディーピーが耳打ちした。
「俺様はこいつを仲間にするのは反対だぜ」
「ディーピー、どうして?」
「考えてもみろ。最初に出てきたのが、大斧のドズルク。で、さっき倒したのが、大男のチーザイ。で、お次に大剣のフェリクスと来たもんだ」
「それが何か?」
「3連続で大じゃねえか! 紛らわしいったらありゃしないぜ! どうせこの手の名前のやつは出番の少ないモブキャラだ。仲間にするなら、海パンのジョージとか、そういう覚えやすいやつのほうがいいと思うぜ!」
誰だよ、海パンのジョージって。
<大剣のフェリクス>も、さすがに困惑しているようだった。
「よく分からんが、君たち仲間を探しているんだろう? 悪い話ではないと思うのだが、どうだ?」
「じゃあ、ひとつだけ約束して欲しい。俺たちに問題が無いと分かったら、Eランク昇格の推薦をしてもらいたい」
「承知した! だが、俺にも責任がある。君たちがまだ実力不足だと感じたら、もちろん推薦の話は無しだ! 前途有望な若者を、みすみす死なせるようなマネはできないからな!」
「それでいい。そういうことなら、よろしく頼む。えーと、フェリクスさん?」
そうして俺は、大剣のフェリクスと握手をした。
「フェリクスでいいぞ! まずは君たちの腕前を見させてもらおうか。まあもっとも、Cランク冒険者と戦って勝ったカイ君なら、実力は申し分ないとは思うがな!」
そう言うとフェリクスはまた大きな声で笑った。
その横でラミリィが青い顔をしているのが、少しばかり気がかりだった。
「善は急げと言うからな! さっそく出発だ!」
そうしてフェリクスに連れられて、俺達は冒険者ギルドを後にした。
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[別視点]
カイたちが冒険者ギルドから出ていった後。
ギルドの中には、いまもなお床に倒れたままの男がいた。
先程カイとの決闘に負けた、大男のチーザイだ。
「クソがぁ……よくもやってくれたなぁ……。俺に、恥をかかせやがった……」
チーザイはその巨大な体躯に似合わず──けれどもその名前に似て、器の小さな男だった。
自ら降参と口にしたにも関わらず、その敗北を受け入れることが出来なかったのだ。
「絶対に許さねぇからな……このままで済むと思うなよッ! 復讐だッ! 俺の”天啓”スキルで、あいつらを破滅させてやるッ!」
そのチーザイに近寄る人影がひとつ。
フードをかぶっていて顔を伺うことはできないが、小柄な人物だというのは分かる。
冒険者らしからぬ、華奢な手足。
どうやら、少女のようだった。
奇妙なことに、少女がふらりと冒険者ギルドに現れたことも、フードの頭の部分が奇妙に膨らんでいることも、誰も疑問に思わない。
そうして人知れずチーザイに近づいた少女は、彼の神経を逆なでするようなことを言った。
「プークスクス。おにいさん、弱いんだぁ。あんなアッサリやられちゃって。ざぁこざぁこ」
怪異は、すぐそばまで迫っていた。




