019話 早打ちと装備変更
そうして俺たちは手頃な宿を見つけて、そこをしばらくの拠点とすることにした。
街野宿(宿に泊まる金が無いことを必死に取り繕って出来た言葉)や、馬小屋暮らしの生活から脱却することは、駆け出し冒険者のひとつのステータスである。
「わぁ! 屋根がありますね! それに、糞の臭いもしない!」
感動のポイントがえらく低いラミリィのことは気にせず、俺も部屋を見渡した。
手狭だが手入れの行き届いた、いい部屋だった。
「思っていたより、いいところだな」
「ひゃー! ちゃんとしたベッドで寝られるなんて、久しぶりですー!」
ラミリィは嬉々として、ベッドに寝転がった。
もちろん二人部屋なので、ベッドは2つある。
俺は余ったベッドに腰掛けてから、話を切り出した。
「それで、仲間を探すにあたってなんだけど、先に俺たちが出来ることを確認しておこうと思うんだ」
「うっ、そうですよね。そうなりますよねぇ」
「何かあるのか?」
ラミリィが微妙な反応をしたので、俺は首をかしげる。
すると、ラミリィは取り繕うように言った。
「ごめんなさい、今日はちょっと色々ありすぎて、疲れたといいますか……明日に回せる話ならば、今は休ませてもらいたいです……」
言われてみれば確かに、ラミリィがドズルクに襲われそうになったとこを俺が助けて、2人と1匹でダンジョンを抜け出して、冒険者ギルドにあらましを報告して、素材を売ったお金で食事と買い物をしてと、濃密な1日だった。
「それもそうだ、気が付かなくてごめん。今日はもう休もう」
そうして俺たちは寝支度を整えて、床についた。
明日に備えて、今日はもうゆっくり休もう。
けれども、ラミリィは部屋が暗くなった後も、眠る気配はなかった。
「カイさん、まだ起きてますか?」
「ん? ああ、うん」
「あの、そっちに行ってもいいですか?」
初めは何を言ってるか分からなかったが、寝ぼけた頭で、一緒のベッドで寝たいんだなと理解した。
「うん、いいよ。おいで」
「……それじゃあ、お邪魔しますね」
ラミリィはおずおずとベッドに入り、遠慮がちに隅っこで寝転んだ。
「自分から言っておいて、遠慮するんだな。はじっこだと寝にくいだろ、もっとこっちに来なよ」
俺は横にずれて、ラミリィのためのスペースを用意する。
そしてラミリィの姿を確認して、驚いた。
ラミリィは、下着姿だったのだ。
「ラミリィ、それ……」
「あっ、ごめんなさい。あたし、この格好じゃないと眠れなくて……」
そういうこと、あるのだろうか。
ともかく、ラミリィは下着姿で俺のベッドに入ってきたのだ。
月夜に照らされたラミリィの姿は、昼間よりもずっと艶めかしい。
そんなラミリィは、俺の腕を全身で包み込むように抱きかかえた。
あたたかい、ラミリィのぬくもりが腕に広がる。
誘っているのだろうか。
そんなよこしまな考えが浮かんだが、すぐにかき消した。
「おやすみ、ラミリィ」
言って、ラミリィに毛布をかける。
そうしてラミリィの吐息を肩に感じているうちに、俺の意識はまどろみの中へと落ちていった。
そのさなか、ラミリィが小さく「あなたは、あたしを襲おうとはしないんですね」と呟いたような気がした。
感情を吐露するような、罪を懺悔するような、そんな声だった。
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翌朝。
「おはよーございまーす! ほら、カイさん! 起きてください! 朝ですよ、朝!」
ラミリィの快活な呼び声で、俺は目を覚ます。
ラミリィはちゃんと昨日買った服を着ていた。
昨晩の蠱惑的な姿は、夢か幻だったのではないかと思えるほどに、至って普通の態度だった。
「カイさんって、結構ねぼすけさんなんですね! なんだかあたし、カイさんのお母さんになったみたいです!」
さすがにこれ以上ママが増えるのは勘弁してもらいたいので、体を起こす。
そして朝支度を終えてから、昨日中断した話を再開した。
「あたしがパーティー内で出来ること……ですか……」
ラミリィはとても渋い顔をしていた。
「何か問題があるのか?」
「違うんです、ほらカイさんって、滅茶苦茶に強いじゃないですか。それと比べたら、あたしの出来ることなんて、たかが知れてるっていうか……」
「ああ、そういうことか。でも、俺はなるべく能力を隠したいって話はしただろ。ラミリィに頼ることも多くなると思う」
そうして俺は、人目のあるところでは<魔法闘気>を使いたくないこと、<魔法闘気>無しだとそこまで強くないこと、”天啓”のスキルは<装備変更>なので武具を持っている敵以外との戦いはあまり期待できないことなどを説明した。
つまりはまあ、魔族と関わりがあるという部分以外、洗いざらい話した。
ラミリィは俺が弱いという部分に「またまたー、何を言ってるんですか」と笑って返したので、冗談だと思っているのかもしれない。
そして今度は俺がラミリィのスキルについて尋ねると、意外な答えが返ってきた。
「私の”天啓”は<早打ち>です」
「<早打ち>だって? 凄いじゃないか。神聖教団の定める格付けでSRに分類される、希少スキルだ!」
<早打ち>
射撃武器による攻撃を瞬時に行えるSRスキル。
通常の方法で習得するには、射撃の達人の域に至るまで修行を積まなければならない。
「だからラミリィは弓使いなのか!」
「はい、そうです! 故郷では森で狩りなんかもしてましたので、斥候の適正が一番高いと自分では思ってます」
「そうだな、<早打ち>と斥候系のスキルがあれば、魔物の奇襲はほぼ封じれるはずだ」
ラミリィのスキルが<早打ち>というSRスキルなのは意外だった。
射撃武器専用スキルという性質上、弓使いになることが半ば宿命付けられてしまうが、それを差し置いても有用な能力だ。
てっきり俺は、ラミリィも俺のように”天啓”で外れスキルを引いてしまったのだと思っていた。
ちなみに俺の”天啓”スキルである<装備変更>の格付けはN。
誰でも普通に習得できるスキルという位置づけで、その気になればラミリィも習得できる。
「斥候の役が埋まったとなると、識者は俺でもこなせると思うし、探すのは盾役と火力、それに支援役ってとこだな。この3種類はパーティーを組んでることが多いし、欠員の出たパーティーがいれば合併するって手もあるな」
「え、えっと、カイさん、その……」
「凄いぞ、ラミリィ! 俺たち、いい滑り出しが出来るかもしれない! このあとはすぐに冒険者ギルドに行って、パーティーメンバーを募集しような!」
「あ、あはは……、みんな最初はそう言うんですよね……」
この時、俺は失念していたのだ。
普通ならば、強力なSRスキル持ちの冒険者が、Fランクで燻っているはずがないことを。
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2章 弓使いラミリィは当たらない
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