018話 Fランクとは
それから俺たちは、冒険者たちが愛用する酒場で、打ち上げをした。
「それでは、無事の帰還と、新たなパーティーの門出を祝って」
「乾杯!」
ドズルクの荷物持ちだった時には手が届かなかった、立派な食事が並んでいる。
とはいっても、当時の懐事情があまりにも酷かっただけなのだが。
「はー、こんなに美味しいご飯を食べたのは、久しぶりです!」
懐が寂しかったのはラミリィも同じようで、まともな食事に感涙していた。
俺もマーナリアの手料理に慣れてなかったら、同じ反応をしただろう。
俺たちFランク冒険者の稼ぎは、生きていくので精一杯なぐらいに少ないのだ。
「それにしても、ラミリィは卵料理ばかりなんだな。遠慮してるなら、気にしなくていいのに」
「え、遠慮なんてしてませんよ。卵って安くて美味しい、最高の食材じゃないですか! あたし思うんですけど、にわとりさんって、人間に食べ物を恵むために生まれてきたんじゃないでしょうか!」
「そういうものかなぁ」
動物の気持ちなど知るよしもないが、家畜は家畜なりに生きていると思う。
せっかく産んだ卵を取っていく人間のことを、子供の仇だと思って敵視していてもおかしくない。
とはいえ、にわとりは家畜として人間と一緒に暮らしているからこそ、魔物化も絶滅もせずに種として存続しているのだ。
持ちつ持たれつの関係と表現するのが適切かもしれない。
「ふむ、今の時代の人間たちのメシはどんなもんかと思ってたけど、まあ悪くねえな」
今回の稼ぎ頭のディーピーも、ローストチキンを美味そうにかぶりついていて、まんざらでもなさそうだ。
ちなみに飼いならした魔物を家族同然に扱う魔物使いも結構多いので、冒険者御用達の酒場で魔物がメシを食べていても、誰も何も思わない。
「それで、今後はどうするんですかー?」
皆がお腹を満たしてきたあたりで、ラミリィが切り出した。
「なにはともあれ、まずはメンバーをあと3人そろえて、パーティー登録だな」
「3人……? あ、そっか、パーティーの上限は6人ですから、ディーピーさんを含めるとあと3人ですね!」
ダンジョンに潜る冒険者パーティーの上限は6人とギルド規定で定められている。
これは魔法的な都合で、パーティー全体を対象にした効果は、6人までしか作用しないというのが理由だ。
7人目からは別のパーティーという扱いになり、そしてその場合は戦いが集団戦闘扱いになって魔物が大幅に強化される。
それに、別パーティー扱いだと経験値の共有もできなかったりする。
ともかく6人行動が一番効率的なのだ。
「問題は、俺たちに理解を示してくれて、それでいてまともな冒険者が見つかるかだな……」
「あはは……、あたしたち、万年Fランク組みですからね……。あたしが半年で、カイさんが4年……」
Fランクは、冒険者の中では”新人”の扱いだ。
そもそも昔は冒険者のランクはEが最下級だったらしい。
だが、とりあえず冒険者登録だけして活動をしない人たちが多すぎたがために、実際に活動している新人と、登録したまま活動休止している人を見分けるために、ギルドがさらに下のランクを用意したという経緯があるとのこと。
冒険者階級を表す小板がFランクは木製なのも、コスト削減が理由らしい。
そういった事情から、本来であれば、FランクからEランクへの昇格は容易い。
共にクエストをこなしたEランク以上の冒険者の承認さえあれば、それだけでEランクになれる。
わざとFランクのままにしてコキ使ってやろうなどと不埒なことを考える悪い冒険者たちに当たりさえしなければ、まともに活動していて万年Fランクなんてことにはならないのだ。
だから半年とか、それこそ4年間ずっとFランクに留まっているような人物に対しては、まともな冒険者ほど「本人に何か問題があるんじゃないか?」と疑いの目を向ける。
Fランク同士が集まって新たにパーティーを組んだなら、なおさらだ。
「Fランクだけのパーティーだと、Eランクへの昇格も出来ないのが厄介なんだよな」
「あはは……こんなことなら、あたしが”体”を使ってでも、とりあえずEランクになっておいたほうが良かったかもしれませんね……」
ラミリィは自嘲気味に笑った。
話によると、ラミリィはあの不埒なドズルクに、「1回一緒にクエストをしたらEランクにしてやる」と言われて、ほいほいついていてしまったらしい。
「ラミリィ、そういうことは冗談でも言っちゃダメだ」
「あっ、はい、ごめんなさい……」
奴らの荷物の中に、女性ものの服はなかった。
ドズルクたちの手で服がズタボロになったラミリィを、そのままの格好で街に戻すとは到底思えない。
きっと事が終わったらラミリィを捨てるつもりだったのだろう。
ちなみにその場で直接手をくださないのは、嘘発見器の前で「ラミリィを殺しましたか?」と聞かれたら答えようがなくなってしまうからだ。
「まあここで悩んでいても仕方ない。今日はもうゆっくり休んで、明日になったら仲間探しをしよう」
「そうですね! それでなんですけど……カイさんって、泊まる宿はもう決まってるんですか?」
「いや、ないよ」
1年前に使っていた馬小屋も、今はもう別の住人がいるに違いない。
それに、マーナリアの館にあった、ふかふかのベッドの寝心地を知ってしまった以上、もうあんなところで眠れる気がしない。
そんなことを考えていたら、ラミリィが上目遣いで聞いてきた。
「あの、あたし……あんなことがあった後だから、一人で寝るのが怖くて……もしよければなんですけど、カイさんも一緒に寝てもらっても、いいですか?」
それは年頃の男女が一つ屋根の下で夜を明かすということだ。
ちょっと考えたけど、パーティーを組むなら、冒険の最中に一緒に寝ることも多いだろう。
こんなところで気後れしてもしかたがない。
それに、互いの役割など、パーティーとして相談したいこともたくさんある。
なるべく一緒にいたほうが都合がいいだろう。
「うん、いいよ」
「やったー! ありがとうございます!」
ラミリィはキラキラと目を輝かせて、俺の手を握った。
「それじゃあ、この後、私の使ってる馬小屋に案内しますね!」
俺は静かに首を横にふる。
「泊まる宿……一緒に探そっか」
言いながら、俺はマーナリアの館での何不自由無い暮らしを思い出していた。
たった1年の体験だったが、一度上げた生活水準を下げるのは苦労しそうだなあ。