106話 白光の勇者は救われない⑤
そうして、ラミリィの放った矢が、大賢者パーシェンを貫いた。
輝く紫の光がおさまったとき、パーシェンの姿はどこにも無かった。
「カイさん! やりましたよ! 私達の勝利です!」
ラミリィが喜びながら、駆け寄ってくる。
「いい射撃だったよ、ラミリィ。でも、まだ勝利と決まったわけじゃない」
あれだけしつこかったパーシェンのことだ。
まだ何か、窮地を脱する策を用意しているに違いない。
「でも、パーシェンの姿はどこにもないですよ。いままでの使徒と同じように、きっと消滅したんですよ」
「そうだと良いんだけど……」
そもそもパーシェンは本当に使徒だったのだろうか。
むしろモーゼス議長と同じように、魔族の力を利用し、人間として成り上がろうとする気概さえ感じられた。
俺の胸中には様々な疑念が渦巻くが、対するラミリィは嬉しそうだ。
「それにしても、さっきの<早打ち連射・一斉攻撃>、前よりも凄くなってました。カイさんの<魔法闘気>がレベルアップしたからでしょうか」
「そうかもしれないな……。なんか、いつもより多く光っていたし」
雑な感想だが、見た印象をそのまま口にしたら、こうなったのだから仕方ない。
「それで、お願いがあるんですけど……。この技に、あたしたちのパーティー名を、そのまま付けてもいいですか?」
「パーティー名……?」
「まさか、忘れちゃったんですか!? <煌く紫炎の流星群>ですよ!」
そういえば、みんなで話し合ってパーティー名を決めたんだった。
「まあ、いいんじゃないか。ラミリィがそっちのほうがいいっていうなら」
「もうっ。思ったより反応薄いですね。いいですよ、あたしは気に入りましたから、思う存分、言っちゃいますからね」
ラミリィは頬を膨らませて拗ねた。
とはいえ、本当に怒っているわけではないのは、ニュアンスで分かる。
「悪かったって。せっかく名前をつけたのに、あまり使ってなかったから、ちょっと忘れかけてただけさ」
「やっぱり忘れてたんじゃないですか!」
などと、俺たちが軽口を叩き合っていたとき。
大剣のフェリクスが、真剣な眼差しで忠告してきた。
「君たち、まだ気を緩めないほうがいい。俺のスキルで分かる。戦闘は続いている」
「えっ」
俺がフェリクスのほうを見た、ちょうどその瞬間。
黒い閃光がフェリクスの体を呑み込んだ。
雷にも似た、這い畝る黒閃は、そのままフェリクスの体を吹き飛ばす。
「ぐはぁっ!!」
激しく地面に叩きつけられたフェリクスは、そのまま動かなくなった。
一瞬の出来事だった。
あっという間すぎて、<魔法闘気>でフェリクスを守ることも出来なかった。
「フェリクスッ!!」
安否を確かめるために、フェリクスに呼びかける。
返事はなかった。
かわりに、別の方角から、もはや聞き慣れた声がした。
「おや、そちらに当たってしまいましたか。いやはや、まだこの体は上手く制御ができませんね。まあ、いいでしょう。邪魔な人間を1人、片付けることができました」
「パーシェン、やはり生きていたか……!」
振り返って、その姿を確認する。
そして驚いた。
パーシェンの姿が変わっていた。
パーシェンは、黒い霧を、まるで衣のように羽織っている。
先ほどよりも髪が異様に伸びているのが異様だ。
魔力の流れが出来ているのか、伸びた髪が怪しく波打っている。
その姿は、幼い頃に英雄譚で見た、魔王の姿を思わせた。
パーシェンは俺のことを一瞥すると、すぐに興味なさそうに視線を逸らした。
「さきほどまでは、よくもやってくれましたね。ですが、今は食事が先です」
姿の変わったパーシェンは、そう言うと街のほうを見ながら、空に浮かび上がる。
その様子は、いままでのパーシェンとは全く違っていた。
「パーシェン……なのか……?」
「カイよ。その困惑の表情、なかなか愉快だぞ。次は、お前の絶望の表情を見せてくれ。いや、違う! 違う! 先にカイ・リンデンドルフを無力化しなくては! あなどってはいけません! 落ち着け、我らは無敵の存在! それに、魔力を回復するためにも、まずは絶望のエネルギーを摂らなくては!」
パーシェンのやつは、一体何を言ってるんだ。
姿もそうだが、それ以上に言動が奇妙なことになっていた。
「パーシェン、いったい何があったんだ!」
「カイ・リンデンドルフ! 英雄気取りの小僧め! あなたはそこで、守ろうとした街が滅びゆくさまを見届けながら、己の無力さに絶望していなさいっ!」
黒衣のパーシェンはそう叫ぶと、さきほどフェリクスに放ったような黒閃を、こんどは街に向かって放った。
だが、その規模は先ほどとは比べ物にならないほど大きい。
勇者リアの<白光輝く王者の剣>に匹敵するほどの威力だ。
その黒閃が、容赦なくサイフォリアの街を襲う。
それは、先ほどリアが<大襲撃>の群れを一撃で屠ったのと、まさに正反対の光景だった。
砂埃が消え去ったとき、街の一部が完全に消え去っていた。
黒閃は街を抉り、1本の道のように真っ直ぐに地面が掘り返されている。
人も、建物も、跡形もなく消え去っていた。
幸運にも黒閃の軌道上にいなかった人たちが、慌てふためいているのが遠くからでも分かる。
「貴様ああぁぁっ! 自分が何をしたのか、分かってるんだろうなあぁぁっ!!」
気がついたら叫んでいた。
だが、黒衣のパーシェンは俺の叫びを意に介さず、前にやったように街の人達に向けて、直接脳内に語りかける声で告げた。
「愚かな人間どもよ。<大襲撃>を退けた程度で浮かれる、弱小なる者共よ。我は魔王なり」
魔王だって?
先ほどの黒衣のパーシェンの奇妙な言動。
まさかパーシェンと魔王、2つの人格があの肉体の中に入って競合しているとでもいうのか?
魔王を名乗った黒衣のパーシェンは、威圧的な態度で人々に語りかける。
「先ほどの黒いビームは、ほんの挨拶がわりだ。<大襲撃>なぞ、我の尖兵に過ぎぬ。お前たち人間の唯一の希望である勇者も、我が倒した。いや、私だ。倒したのは私だ! くどいぞ、今はどちらでもいいではないか! ともかく、お前たちに出来るのは、恐怖にかられ、絶望することだけだ! さあ、私を畏怖し、そして我に絶望という美酒を捧げよ!」
魔王パーシェンが言い終えると、パーシェンを中心とした魔力の渦が生まれる。
ディーピーが深刻そうな声で、俺に耳打ちした。
「カイ、あれはマジでヤバイぜ。<感情心燃機関>だ。このまま放置すると、本当に魔族並の魔力を手に入れちまう」
「なんとか邪魔しないといけないってことか」
話を聞いていたラミリィが飛び出した。
「だったらあたしが撃ち落とします! <早打ち連射・一斉攻撃>あらため、<煌く紫炎の流星群>、いきますっ!」
「すまない、ラミリィ! もう矢の補充は出来ないんだ!」
「そういえば弾切れでした! <煌く紫炎の流星群>、いけませんっ!」
「ここはラミリィには下がって欲しい。あの黒閃からラミリィを守り切る自信はない」
俺がそう言うと、ラミリィは素直に後ろに下がっていく。
「分かりました。あたしも足手まといにはなりたくありません。カイさん、どうかご武運を」
勇者であるリアは力尽きている。
ラミリィの矢による援護もない。
「どうやら、今度こそ1対1で決着をつける時のようだな、パーシェン!」
俺の叫びを、パーシェンは不思議そうな表情で聞いていた。
「解せんな」
「何だと」
「既に力量差は理解しているはずだ。勇者でもない自分には、魔王を倒すことなど出来ないと、頭では分かっているはず。それなのに、なぜ立ち向かう? 自分一人なら、この魔王から逃げられると、気づいていないはずがあるまい」
「俺が逃げたら、お前は自分の唯一の天敵である、リアにトドメを刺すだろう?」
「そこまで分かっているのなら、なおさら勇者を囮にして逃げるべきであろう。勇者とは、そのための道具だ。力の劣る人類が生き延びるために生み出した、魔に対抗するための人柱。それこそが勇者の本質だ。その少女は、いずれどこかの戦場で死ぬだろう。お前が気に病むことはない。勇者は救われない。それが宿命だ」
パーシェンの、いや、魔王の言うとおりだ。
内心では、俺も勇者の実情に気づいていた。
勇者だ何だとおだてられても、結局はリアは人間にいいように使われているだけ。
始めは俺も、リアが勇者になったと聞いて嫉妬もした。
自分が勇者になれたら、どんなによかったことかと思った。
だけど、今は違う。
リアに、こんな役目が回ってきてしまったのかという、恐れと後悔の感情が強い。
勇者になるのが自分だったら、どんなによかったことかと思っている。
だから、俺のやるべきことは、ひとつ。
「あぁ、もうっ! うるさいな! どいつもこいつも、勇者勇者って! 俺がリアを助けるのは、もっと個人的でシンプルな理由なんだよ!」
ラミリィが十分に離脱したのを見計らって、俺は自分だけに<魔法闘気>を集中させた。
どこまでも鋭く、自分が勝つことだけを意識した、力の使い方。
「俺はお兄ちゃんなんだから、妹を助けるのはあたりまえだろ! ゴチャゴチャ言ってないで、さっさとかかってこいよ!!」
たとえ薄幸の勇者が世界に利用されるだけの存在だとしても。
俺はリアの家族なんだ。




