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105話 白光の勇者はすくわれない④


 勇者パーティーは神聖教団の主導により結成された。

 そこには様々な思惑があったが、掲げた理想は勇者たちの力で弱い人々を助けるという高尚こうしょうなものだった。


 成長して大賢者の肩書を得たパーシェンが、勇者リアと出会ったのは勇者パーティーが結成された時だ。


 パーシェンはリアに対して礼節をわきまえ、慇懃いんぎんな態度で接していた。

 だが、内心では見下していた。


──何が勇者だ、この小娘め。どうせお前も本性は他の人間と変わらないのだろう。きっと、私の母を見殺しにしたやつらと大差ないに違いない。化けの皮がいつがれるか、今から楽しみだ。


 けれども勇者は、どこまでいっても、勇者だった。


 困っている人を見つけては、頼まれるがままに助けようとする。

 あまりにも我が身を省みずに人助けをしようとするものだから、むしろ勇者パーティーの面々が勇者に振り回されるほどだった。


 そして、出世なんてそっちのけで人助けに励む、ある日のこと。

 偶然知り合った、目が見えないという老婆を助けるため、眼病を癒やす秘薬である<千里眼の木の葉>を探す旅を、突如として勇者が始めたのだ。

 <千里眼の木の葉>は希少レベルA。

 すなわちAランク冒険者がなんとか見つけられる水準レベルの、レアで高価な薬だった。


 勇者パーティーは、これを長い旅の末に手に入れる。

 そして勇者は、手に入れた秘薬を、盲目の老婆に全て無償で譲ってしまった。


 その薬があれば、老婆の目はやがて見えるようになるだろう。

 老婆は何度も何度も、勇者に礼を言った。

 勇者パーティーが街を出るまで、老婆はずっと頭を下げ続けたのだ。


 その姿に違和感を覚えたパーシェンが、こっそりと街に戻り、目の見えない老婆を見張った。

 そして──パーシェンは、やはりとしか思わなかったが──盲目の老婆は、勇者にもらった秘薬を一度も使うこと無く、全て売り払って金に換えていた。


 目が見えないというのは、老婆の嘘だったのだ。


 <千里眼の木の葉>を質屋に売る、その瞬間を押さえたパーシェンは、老婆を捕まえて勇者の前に連行した。

 そして、老婆の嘘をすべて暴露したのだ。

 けれど、勇者は興味なさそうに、そっけなくこう言った。


「別にいいよ。嘘でも。お金が手に入って、その人が助かったのは事実なんでしょ。だったら、それでいいじゃん。さっさと次の街に行こうよ」


 パーシェンはそれまで、人が他人を助けるのは、見返りを求めているからだと思っていた。

 その見返りとは、金銭的なやり取りに限らない。

 感謝の言葉とか、他人から立派な人物だと思われたいだとか、人気ものになりたいだとか。

 そういった、有形無形うぎょうむぎょうに関わらず、なんらかの報酬があるからこそ、人間は見知らぬ赤の他人を助けようとするのだと。


 何の見返りも求めないのであれば、ウソを真に受けて<千里眼の木の葉>を探し求めた自分たちの旅は、無駄足になってしまうとパーシェンは勇者に訴えた。


 けれども勇者は、その無駄を受け入れた。

 「自分は困っている人を見ると、勝手に体が動く」と言うのだ。


 賢者はこれに感銘を受けた。

 誰もが貧しい病気の母を見捨てた。

 人は、私利私欲で動くものだと思っていた。

 だが、この人だけは、困っている人たちを見捨てないのだと。


 もしもこの男が大賢者を名乗れるほど賢くなければ、彼は道を踏み外さなかっただろう。

 けれども、彼の叡智えいちが導き出した結論は、勇者への尊敬を深い失望に変えた。


 なんてことはない。

 勇者の言っているのは、言葉通りの意味だったのだ。


 <勇者>のジョブを持つ者は、本人の意志に関わらず、人を助けようとする。

 いや、本人の意志を捻じ曲げて、困っている人を助けたくなってしまうのだ。


 そうして、賢者は確信した。

 人間の本質は悪であると。


 <勇者>に無理やり人助けをさせるような機能が備わっていること。

 それは女神モルガナリアが勇者を信用しておらず、人間は強制的にやらせないと人を助けようとしないと認めていることに他ならない。


 だが、強制された人助けという行為に何の意味があろうか。


 白光の勇者は、何者も救わず、何者にも救われない。

 大賢者パーシェンは、それに気づいてしまったのだ。


 そんなわけで勇者に失望していた賢者だったが、ここサイフォリアの街で、新たな力の存在を知る。

 大賢者の肩書を持つパーシェンでさえ知り得なかった、魔族の力。


 <魔法闘気>。

 

 その力を手に入れれば、自分はこの性悪な世界を掌握できる。

 圧倒的な力で人類を支配する、絶対王者になれるに違いない。


 パーシェンは、そう確信していた。

 そして、その覇道を進む時に邪魔になるのは、勇者だけのはずだと──



■□■□■□



「くそっ! その私が! 勇者を完璧に無力化したはずの私が! どうして、地べたを這いつくばっているのだ!」


 ラミリィの弓で撃ち落とされたパーシェンが、忌々しげに言った。

 四肢は裂け、もはや瀕死の状態である。


「傷の治りが遅い……。どういうことだ、魔王よ……。黒の<魔法闘気>は、高い自然治癒力がウリではなかったのか」


 パーシェンの呼びかけに、黒い霧が答える。


「パーシェン、それはな。魔力切れだよ。お前は、人の身でありながら、大規模な魔術を使いすぎたのだ。だから言っただろう、私の使徒になったほうが、勝ち目が上がると」


「黙れ……私が目指すのは頂点だ! 魔王の使い魔になぞ、なってたまるか……!」


「では、このまま死ぬかね? このままでは、きっとお前は死ぬだろう。それでいいのか?」


「……」


 魔王の問いかけに、パーシェンは答えない。

 そして追い詰められたパーシェンは、沈黙もまた、ひとつの答えであることに気づけなかった。

 それを好機と見たのか、魔王はパーシェンの耳元で甘くささやく。


「パーシェンよ、お前は魔王にたぶらかされて勇者に歯向かった愚か者として名を残すかもしれないな。誰もお前の本心を知り得ない。何者にもなれなかった人間が、手に入らなかったものを追い求めて……そして、その生き様を誰にも知られることなく死んでいく。これ以上にみじめなことがあろうか。そうは思わないか?」


 その言葉は、パーシェンの心の奥底に眠っていた、悔しさを思い出させた。


──そうだ、私は母を見捨てた社会の連中に復習するために、いままで下衆ゲスな相手にも媚びへつらって生きてきたのではないか。反吐へどが出るような父親に取りったのは、何のためか! 何をいまさら躊躇ためらう必要がある!


「……勝ち目はあるのですか?」


 その言葉に。

 魔王が、ニヤリと笑った。


「正直なところ、この我も勇者にやられて、かなり苦しい状況だ。絶望のエネルギーを集めなければ、この身の維持もままならん。いわば我らは運命をともにする存在。だから、お前に我の力の大半を貸してやる。かわりに、人々に深い絶望を与えてやってくれ……」


「深い絶望ですか……いいでしょう。とくに、カイ・リンデンドルフには、己の無力さを嫌というほど味わってもらいたいところでした」


「その言葉を待っていたぞ……と言いたいところだが、使徒化の儀式をするには、我もお前も魔力不足だ……。だから、これはお願いなのだが……。お前が大事に持っている、その魔石を使ってはくれないか?」


 魔王の言う魔石とは。

 パーシェンが母親から託された、父との絆を示す宝石のことである。


 古代魔法帝国の時代から伝わる、大量の魔力を込めた魔石は、この時代において貴族たちが蒐集しゅうしゅうする宝石として扱われていた。


 少し考えてから、パーシェンは言った。


「いいでしょう。これは人間社会を諦めきれなかった、私の心の弱さを示す、未練の石。いま私は、自分の弱さを克服するっ! そして、人間を支配する魔族の一員となるのだっ!!」


 パーシェンの叫びとともに、宝石は粉々に砕け散った。

 その瞬間、圧縮された魔力が激しいうねりとなって放出される。


「パーシェンよ、これだけの魔力があれば、儀式には十分だ! そしてパーシェンよ、我の力の大半を用いて、お前自身が魔王となれ! モルガナリアよ震えるがいい! 今ここにっ! 魔王は再び現界するっ!!」


 魔力の渦に重なるように。

 パーシェンの体に、黒い霧が染み渡っていく。


 そうして、パーシェンの意識が得体の知れないモノと混濁していく間。

 パーシェンは、幼い日に聞いた母の言葉が、いま一度聞こえたような気がした。


「これからは、上手に生きるのですよ。パーシェン、あなたは賢い子なんですから、いたずらに多くを叶えようとしたり、みだりに人様を陥れようとすることが、どんなに愚かなことか、分かっているはずです。たとえ望んだ全てが手に入らなくとも、愛する心があれば、人は──」


 けれど、その声は、魔力の渦の轟音ごうおんに呑まれ。

 うたかたの夢のように、消えていった。

覚醒ラスボスみたいな挙動しやがって。

賢者のくせにナマイキだ!(謎)

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