103話 白光の勇者はすくわれない②
冒険者ギルド長ジェイコフからダンジョンメダルを受け取った俺は、パーシェンの<雷帝の撃鉄>の前兆である雷雨を目撃し、急いで戦場に駆けつけた。
そして、全ての攻撃を引き受けようとするアーダインに、<装備変更>のスキルで強化された<魔法闘気>をまとわせた。
レベル2の<魔法闘気>は、パーシェンの<雷帝の撃鉄>を完全に防いだ。
もっとも、<魔法闘気>による防御は自分の体の近くまでしか効果が出ないので、アーダインの着ていた鎧は大量の電撃を浴びて、ぐにゃぐにゃになってしまった。
それが、アーダインが生きていた理由だ。
魔族のマーナリアやメルカディアは人間の価値観からすると気恥ずかしくなるぐらい軽装だが、あの格好は案外、実益を兼ねているのかもしれない。
大魔術を受けるたびに鎧がぐにゃぐにゃになるのなら、着るだけ無駄だ。
そして、なぜか魔力が回復したリアの後を追って、大賢者パーシェンがいるところまで全力で走ってきた。
パーシェンはダンジョンメダルを探すのに夢中で俺に気づいてなかったので、物陰に隠れ、隙を見て攻撃するつもりだったが、結果としてそれは叶わなかった。
そのかわり、サイリスさんを守れたので僥倖だろう。
そして、いま俺は、街を破壊しようとしたパーシェンと対峙している。
パーシェンは小さくため息をついて、諭すように俺に言った。
「戦う前に、ひとつ忠告をしてあげましょう。私は魔族の力を得て最強になった。勇者でさえ敵わない私に、あなたが勝てる道理はありません」
「やってみないと分からないだろう?」
「ならば、すぐに分からせてあげましょう」
パーシェンの手から雷撃が放たれる。
俺はそれを銀の剣で受け止めた。
それを見たパーシェンが、驚いた様子で声をあげた。
「カイ・リンデンドルフ。あなたはいま、何をしました?」
「教える義理はないだろ。大賢者の膨大な知識で当ててみな」
実のところ、何もしていない。
単にパーシェンの小魔術が、俺の<魔法闘気>には通じなかっただけだ。
けれども、強くなった自分を過信しているパーシェンは、雷撃を受け止めた銀の剣のほうに仕掛けがあると考えたようだ。
「その銀の剣……たしかフェリクスが持ち出した、何の変哲もない剣だったはず……。なにか、加護でも付与されているのか……?」
「直接確かめて見るか?」
俺はパーシェンが注目してる銀の剣を、パーシェンめがけて投げつけた。
「遅いっ! その程度の投擲、魔術で撃ち落とせないとでもっ!?」
再びパーシェンの手から雷撃が放たれる。
その魔術は、俺が投げた銀の剣を弾き飛ばした。
だがもちろん、そう来るのは予想済みだ。
むしろ、予想の中で、もっとも凡庸な反応だった。
「お前、<魔法闘気>での戦いに慣れてないな?」
「なにっ! いつのまに背後にっ!?」
<魔法闘気>をまとった者の疾走は、剣の投擲よりも早い。
パーシェンが銀の剣に気を取られているうちに背後に回り込んだ俺は、そのまま拳でまっすぐにパーシェンを突いた。
──<魔法CQC>36手が一つ、正拳突き!!
「がはぁっ!!」
俺の拳が、背中からパーシェンの体を貫く。
だがパーシェンは怯むことなく、腹から飛び出た俺の腕を掴んだ。
「これで……捕らえましたよっ! 今のあなたは丸腰……、いでよ、魔法の剣!」
パーシェンの手に、魔術で出来た黒い剣が生成される。
けれども、あまりに悠長だ。
「<装備変更>」
パーシェンの魔法剣が俺に振り下ろされるよりも早く、俺は<装備変更>のスキルで投げた剣を回収し、そしてそのままパーシェンの体を切り裂いた。
「ぐわああぁぁぁっ!!」
パーシェンの悲鳴が荒野に響く。
とどめを刺そうとしたが、今度はわずかにパーシェンの転移魔術のほうが早く発動した。
少し離れた場所に転移したパーシェンが、恨めしそうにこちらを睨む。
「なぜだ……最強の力を手に入れたはずの私が、なぜお前のようなハズレスキルの雑魚に苦戦する!! 私よりも強いのは勇者だけだったはずだ! 勇者を超えた私は、人類最強のはずだ! それなのに、なぜ!!」
その叫びに、俺は思わず困惑してしまった。
まさか、大賢者から、そんな言葉が出るとは思わなかったからだ。
だからつい、聞かれるがままに答えてしまった。
「だって、お前のスキルって、転移魔術と雷撃の小魔術の他は、どれも発動に時間がかかるやつばかりじゃないか。お前はいままで、勇者パーティーの人たちに守ってもらえていたから、強力な魔術を気兼ねなく打てていたんじゃないか?」
「私がパーティーのお荷物だったとでも言いたいのですか……?! そんなはずはない、お荷物はあいつらのほうだ!!」
「そうは言ってないだろ。互いの短所を補い合う。それが仲間じゃないか」
「黙れ、黙れ、黙れ! 誰よりも多くの知識を持つ大賢者である、このパーシェンに、説教を垂れるなぁぁぁ!!」
話をしているうちに、パーシェンの傷が治っていく。
やはり、魔王に由来する黒い<魔法闘気>には、驚異的な自然回復の効果が付いているようだ。
「ふふ……無駄話をしているうちに、私の傷は回復してしまいましたよ? そして、あなたの弱点はすでに見抜きました! 勇者と同じく、遠距離攻撃の手段が乏しいこと!」
そう叫ぶと、パーシェンは転移魔術で空へと移動した。
それに対応するため跳ね上がろうとするが、俺の体は動かなかった。
「これは……」
「魔術の使い方は、私のほうが上手だったようですね! 無詠唱による拘束魔術で、あなたの動きを封じました! あなたには、そこから私を攻撃する手段はないはずです!」
「確かに、俺は近距離攻撃がメインだな」
「特級の拘束魔術を受けても、喋る余裕があるとは……。認めるしかないようですね、あなたが相当な魔術抵抗を手に入れたことを。しかし、先ほどは面食らいましたが、私にはそれを突破するための知識があります!」
パーシェンは空中に浮いたまま、腕を上げて詠唱を始めた。
「いま再び顕現せよ、伝承の遺物! 其は凶骨より生み出されし凶相。我は汝に狂宴の贄を捧げよう。失われし物語よ、いまここに。その名を以て体を為せ! 防御不能の魔槍、<第一種指定幻想魔術・大地刳り抉る驟雨の槍>!!」
パーシェンの手の中に、歪な形の槍が浮かんでくる。
とてつもない高密度の魔力が練られているのか、槍の周囲には肉眼でも分かるぐらいの激しい魔力の渦が沸いていた。
圧倒的な力を持つ武器なのだと、一目でわかる。
そんな時、ディーピーがどこからともなくやってきて、俺の肩に乗った。
「カイ、気をつけろよ。<大地刳り抉る驟雨の槍>は防御不能の特性を持つ魔槍だ。お前の<魔法闘気>で防げるかは怪しい」
「ディーピー、お前がここに来たってことは、間に合ったんだな」
俺の落ち着き払った様子が気に食わなかったのか、パーシェンが怒声を上げた。
「ずいぶんと呑気なものですね! この槍の効果を信じていないと見えます! ならば、食らって味わうがいい! この槍が放たれたときが、あなたの最期だ!!」
「そうだな、食らったら終わりだろうな。ラミリィ、今だっ!」
「はいっ! <早打ち連射・一斉射撃>!!」
空に浮かび、ド派手な魔力を撒き散らしているパーシェンは、格好の的だ。
そのパーシェンめがけて、俺の<魔法闘気>をまとった、紫色に輝く矢が一気に飛来する。
「何っ!? そんなっ、そんなバカなっ!!!」
その紫色の流星にも似た光は、パーシェンを飲み込んだ。
「だから言っただろ、魔術の発動が遅いって。それに、俺は1人で戦ってるわけじゃないんだ。それが、お前の敗因だ」
ロストファンタジアの詠唱、結構気に入ったので再利用するかもしれません。
しないかもしれません。




