100話 誰も知らない物語
カイたちがギルド長ジェイコフからダンジョンメダルを受け取っていたころ。
サイフォリアの街の外れ、魔物たちの<大襲撃>を食い止める最前線では、激戦が繰り広げられていた。
「密集して連携を取るのじゃ! 相手は所詮は突撃しか能の無い魔物! ひとつひとつ対処すれば、勝てぬ相手ではないと心得よ!」
ハリのあるロリーナの声が、戦場に響き渡る。
ロリーナは寄せ集めの冒険者たちを巧みに指揮して、戦線を維持していた。
いまだサイフォリアの街に魔物たちが入り込んでこないのは、ロリーナに指揮された冒険者たちの軍勢が奮闘しているからだ。
そう、それはまさに軍勢としか言いようがないものだった。
ロリーナは、冒険者たちに陣形を組んで並ばせた。
最大6人を1つの単位とするパーティーを編成して戦うのが常識であるこの世界において、ロリーナの行動はあまりにも異質。
神から授かった”天啓”を活かして戦うというのが、普通の考えである。
長所を捨てて陣形を組んで戦うなど、本来であれば発想すら持たない。
柔軟な思考で危機を乗り越えてきたカイでさえ、”天啓”を活かした戦い方をしないのは「ありえない」と表現した。
だから、一見すると非効率な戦い方を指示されているはずなのに、今もなお<大襲撃>と正面から戦えていることに、冒険者たちは驚いていた。
こんな戦い方があったのかと。
いや、もしもカイがこの場に居合わせたなら、起きていることの異常性に気づいたかもしれない。
カイたちはすでに、同じように陣形を組んで戦う敵と相対しているのだから。
「おいおい、俺たち、まだ生きてるぜ! もしかしてこのまま、<大襲撃>を撃退しちまうんじゃねえか!?」
冒険者の1人が、嬉しそうに軽口を叩いた。
「そこのおぬし、先を見るでない! 眼の前の敵を倒すことだけを考えるのじゃ! 我らがいまも戦えているのは、無造作に襲ってくる大軍を前に、局所的な数的有利を作れているからにすぎんのじゃぞ!」
大量の魔物を前に、冒険者たちが戦線を維持できているのは、魔物たちが単純な突撃を続けているからである。
勇者パーティーの面々が最前線で魔物を引き付け、討ち漏らした魔物を冒険者たちが一斉に攻撃して倒す。
その繰り返しを続けていられるからこそ、冒険者たちは日常で戦う魔物たちよりも遥かに多い数を相手に、いまだ戦えているのだ。
ほんの僅かな綻びで、あっけなく戦線が崩壊するであろうことは、冒険者たちを指揮するロリーナが誰よりもよく理解していた。
そして、その時はロリーナが思うよりもずっと早くやってきた。
「雑魚どもが、ずいぶんと粘ると思いましたが……これはまた、面白いことをやっていますね」
前方から、侮蔑の感情がたっぷりと込められた声が響く。
ロリーナは、この声の主を知っていた。
見れば、禍々しい漆黒のオーラを身にまとった大賢者パーシェンが、魔物の群れたちの上に浮かんでいた。
「あやつを撃ち落とすのじゃ!」
ロリーナの合図とともに、パーシェンめがけて矢や魔術が放たれる。
だがそれらは、パーシェンの前に現れた光の壁によって、あっけなく阻まれる。
「無駄無駄っ! お前たちハズレスキルの雑魚どもが、どれだけ束になろうと、もはや私には叶いませんよっ!」
「<堅牢なる守護結界>……。無詠唱で使いおったか……」
かつてパーシェンが「勇者並でないと破壊できない」と言った、強固な光の障壁。
それが瞬時に出せるということは、ロリーナと冒険者たちでは、パーシェンにダメージを与えられないことを意味する。
「まさか、この時代に軍隊のマネごとをする者が現れるとは思いませんでした。なるほど、確かにこの魔物たち相手なら有効かもしれません。ですが、この大賢者の前にはあまりにも無意味! 廃れた技術は、理由があるから廃れたのだと、その身に分からせてあげましょう!」
パーシェンがロリーナたちに向けて手をかざす。
するとロリーナたちの周囲に、バリバリと小さな雷が発生しはじめた。
ロリーナは何が起きるか、瞬時に理解した。
だが、その時には全てが遅かった。
「いかん、全員散開せよっ!」
ロリーナが叫ぶと同時に、雷撃の嵐が冒険者たちを襲う。
密集していた冒険者たちは、その範囲攻撃に一網打尽にされてしまった。
「現代において、大規模な軍隊が運用されない理由。それは、全体攻撃の魔術によって一気に全滅する危険があるからです。あなたがたは廃れた技術を再発明したにすぎない。知識量で、この大賢者に敵うと思ったのですか?」
パーシェンは倒れた冒険者たちを見て、満足そうに言った。
そのパーシェンに向かって飛びかかる者が1人。
勇者リアだ。
パーシェンの<魔法闘気>に反応して、白光を帯びて輝いている。
「パーシェンッ!」
リアは剣を振り下ろし、空中に展開されていた<堅牢なる守護結界>をあっけなく破壊した。
「さすがは勇者様。そのような脆弱な壁など、ひとひねりですか。ですが、空中戦で分があるのは私のほうですよ」
リアに障壁を破壊されるのを読んでいたのだろう。
パーシェンはリアの間合いからわずかに離れたところにいる。
だが、リアは即座に”2人目の自分”を作り出すと、<精霊剣カレイド・ボルグ>を新たな自分に渡した。
精霊剣を受け取ったほうのリアは、自分を蹴飛ばして、一気にパーシェンとの間合いを詰める。
「何っ!? バカな!!」
パーシェンが驚いたのは、リアが自分の分身を蹴飛ばしたことではなく、精霊剣を分身に渡したことだろう。
平行世界の存在を呼び出せる<精霊剣カレイド・ボルグ>には、オリジナルとなる一振りが必ず存在する。
それ以外の全てはコピーされたまがい物であり、”本物”の精霊剣を持っているリアこそが、”本物”のリアとなる。
けれどもこの勇者は、空中でパーシェンと戦うために、いともたやすく、自分から”本物”であることを放棄した。
それほどまでに躊躇が無くなるのは、想定外だったに違いない。
そして、新たに”本物”となったリアは、パーシェンの体を真っ二つに切り裂く。
その手応えのなさに、今度はリアが驚いた声をあげる。
「そう。幻影だったんだね」
「危ないところでした……。念のため幻影を用意してなかったら、本当に真っ二つにされていました。ですが、これであなたたちは詰みです。後方で戦いを支えていた冒険者たちが倒れた今、勇者パーティーだけで<大襲撃>の魔物から街を守るためには、勇者が力を解放するしかありません。そして勇者が力を使い切ったとき、私の勝利が確定する!」
そこまで言うと、パーシェンの幻影は姿を消した。
勇者リアは、落ちながら聖女に向かって叫ぶ。
「プリセア、このままだと街が! ”聖剣”を使う許可をお願いっ!!」
「……出来ないっ! ”聖剣”を使えば魔力が切れる! 使うのは、パーシェンを倒すときじゃないとっ!!」
「……分かった、出来るだけのことはしてみる」
そうして、勇者は空中で自身の分身を作りながら、魔物の群れの中に落ちていった。
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ボロボロの体を奮い立たせ、ロリーナは静かに立ち上がった。
体のあちこちに出来た傷が痛む。
(そういえば、即死以外の傷を受けたのは久しぶりじゃな)
周囲を見渡すと、意外にも多くの冒険者たちが即死を免れていた。
けれども、立ち上がって戦える者はほとんどいない。
ロリーナは即座に、パーシェンがあえて死なない程度の威力で攻撃してきたのだと理解した。
魔物たちは、戦闘不能となった冒険者たちにトドメを刺そうと迫りくる。
それらを、リアの分身たちが咄嗟に割り込んで撃破していく。
事ここに至り、冒険者たちが足手まといになっているのは明白だった。
(勇者が人間を守るという習性を利用して、足止めに使うために魔術の威力を抑えたわけじゃな)
リアが分身を戦わせるのに、どれほどの負担があるかロリーナには分からない。
だが、プリセアが苦い顔をしているあたり、状況は芳しく無いのだろう。
いま、ロリーナが立ち上がることに、何の意味があるのか。
けれども、ロリーナの胸の内に潜む何かが、立ち上がらなければならないと叫んでいた。
それこそが、自分の使命なのだと。
今度こそ、為すべきことを為せと。
「そこのおぬし、妾を思いっきり上に向けて放り投げるのじゃ。受け身のことなどは、一切考えんでよい!」
ロリーナはまだ立っている冒険者の大男に向かって言った。
大男は、理由も聞かずに、ロリーナを掴んだ。
冒険者たちとロリーナの間には、奇妙な信頼関係が生まれていた。
「うおおおおおっっ!!!」
冒険者の大男が、最後の力を振り絞ってロリーナを放り上げる。
戦場を俯瞰できる上空から、ロリーナは確かに見た。
ダンジョンから延々と続く魔物たちの長蛇の列、その根本にあらざるべき人影を。
「ダンジョンの出入り口に誰かおるぞ! この状況、間違いなくパーシェンじゃ!」
魔物たちが勇者の魔術に対応してきたことから、パーシェンが戦況をどこかから見ていたのは確実。
けれどもパーシェンは途中まで、後方で戦う冒険者たちが何をやっているのか気づいていなかった。
つまり、パーシェンは前線の様子が何となく分かるぐらいの場所に待機していたということ。
魔物の群れに支援魔術をかけられ、かつ本人は人間たちから攻撃を受けない場所。
<大襲撃>が溢れ出すダンジョンの出入り口に陣取るのは、合理的な判断だといえよう。
「プリセア! パーシェンの居場所が分かった今なら!」
「うん! 聖女の名において、勇者の力の”解放”を許可します」
聖女の言葉とともに、勇者の輝きが強くなる。
それは眩い白光。
その光は、やがて天まで伸びる白い柱となった。
「”聖剣”、解放」
魔物は魔力に集まる習性がある。
それまでリアの横を通り過ぎ、街を目指して駆けていた魔物たちが、ぐるりと向きを変える。
そして、光に集まる虫のように、一斉にリアめがけて集まってきた。
けれども、リアの周囲にそびえる光の柱に触れるだけで、魔物は蒸発していく。
「我は失われし伝説を紡ぐ者。幾星霜の人の夢、人の歩みが、今ここに」
リアの呟きのような詠唱が、ロリーナの耳に不思議と届いた。
魔術師は言う。
詠唱の言葉は、初めから知っているかのように、自然に頭に浮かんでくると。
「千の光が大地に輝き、1つの巨大な刃となる。それは夢の束。願いの結晶。悠久の時を超えて、いま再び顕現せよ、不滅の剣!」
だから、詠唱の意味を考える者はいない。
それは、魔術を行使するための合言葉だからだ。
放たれる魔術が持つ名の由縁を、調べる者はいない。
その行為に何の意味もないから。
リアの詠唱とともに、<精霊剣カレイド・ボルグ>の姿が変わる。
原典たるアルスター伝説の魔剣カラドボルグへと。
そして、そこから派生した、かの騎士王の聖剣へと。
リアは、光り輝く剣を振り下ろしながら、ありえざる魔術の名を叫んだ。
「薙ぎ払えっ! <第一種指定幻想魔術・白光輝く王者の剣>!!」
それは、人類が忘れた、誰も知らない物語。
それでも、その名に込められた思いは色褪せること無く今もなお在り続けて。
人々の救いを求める声に呼応するかのように、姿を現すのだ。
おかげさまで、100話突破です。
ここまで投稿を続けられているのも、ひとえにブクマ、評価、いいね等々で応援してくださる皆様のおかげです。
引き続き、カイの冒険にお付き合いいただければ幸いです。