95.前途多難だねぇ
「おしりが痛い!」
学院を出て、王子とスケさんとクレアとあたしの4人で北の国スノーフォレストに向かってたんだけど、道中の馬車の揺れが半端なくて、ついにあたしは叫びだしたんだよ。
「……ミサ。
女なんだから、さすがにあんまり大きな声でお、おしりとか言うのは控えた方が……」
いやいや無理よ!
ケルちゃんの背中に乗るのに慣れた今となっては、馬車の揺れであたしのおしりがライジングサンだよ!
「ミサさん。
クレアさんに言われるなんて相当ですよ」
スケさん。
それ、何気にクレアに失礼だからね。
ほら。
クレアもスケさん相手だから表立って怒れないけど、ちょっと顔が赤くなってるじゃないかい。かわいいね。
「そんなこと言っても、おしりが痛いものは痛いんだよ~。
ケルちゃんと出会うまでに馬車には乗ったことあるけど、ここまで酷くなかったと思うんだけどね」
「それは、スノーフォレストに向かう街道が整備されていないからだな」
「王子?」
え?
なんか黙ってたと思ったら、あんたが説明役やるのかい?
大丈夫?
そういうのはスケさんのキャラなんじゃないのかい?
「……」
?
「……」
いや、なんか言いなよ。
「……うっ!」
「え!?」
「……吐く」
「……え?」
「王子!
ちょっと待って!
おい!
馬車を止めて!」
ーーーしばらくお待ちくださいーーー
「……」
「あ~っと。
つまり、昔っから馬車とかに弱くて、乗るとすぐに酔って吐いちゃうと」
「(……こくっ)」
「だから馬車では極力おとなしくしてるんだけど、あたしたちがなんか楽しそうに話してたからつい会話に参加したくなったと」
「(……こくっ)」
「でもやっぱり気持ち悪くて、今朝食べたパンをリバースしちゃった、と」
「(……こくこくっ)」
なんか可愛いね。
「もういいから、あんたは黙ってなよ。
ほら。
あたしの作った飴ちゃんあげるから」
「(……こくっ。ぺこっ。
がさがさ。ぱくっ。
パァァァッ!)」
子供かっ!
パァァァッ!じゃないよ。
はいはい。
美味しくて輝くような笑顔になっちゃったんだね。
そりゃありがとね。
こうやっておとなしくしてると可愛いもんだね。
もうずっと馬車に閉じ込めておけばいいんじゃないかね。
「……ミサさん。
王子をずっと馬車に閉じ込めておけばいいとか思ってません?」
「……あ、バレた?」
でも分かるってことはスケさんもそんなふうに考えたことがあるってことだよね?
「……王子のこの姿を見たことがある者が一度は通る道です」
「(じと~っ)」
スケさんのそういうとこ大好きだよ。
「……やれやれ。
前途多難だな」
ホントだね、クレア。
……おまえが元凶だよ、みたいな蔑んだ目で見ないでよ。喜ぶよ?
ここは地上ではないどこか。
ミサたちのいる世界からは普通のやり方では決してたどり着けない場所。
「……ふう。
ようやく着きましたね。
ミカエルさんの転移魔法で来られれば良いのですが」
サリエルがモノクルを直しながらぼやく。
「仕方ありません。
ここには転移不可の結界が張られていますからね」
ミカエルが前を向いて歩きながらそれに答える。
今日は2人とも白い衣を身に纏っていて、なんとも神聖な雰囲気を醸し出していた。
「や!
お2人さん!
相変わらず仲がよろしいようで!」
「アザゼルさん」
2人が並んで歩いていると、赤い短髪の男が声をかけてきた。
アザゼルと呼ばれた男は翡翠のような瞳を持ち、体は筋骨隆々ではあったが顔は整っていた。
彼もまた白い衣を窮屈そうに纏っていた。
「最近どーよ?
俺んとこはまぁ悪くないぜ!
新鮮な魚介類がよく獲れてるしな!
おまえらんとこにも行ってるだろ?」
「ええ。
おかげさまで、民への供給には余裕を持たせることが出来ています。
南のおかげでいつも助かってますよ」
満面の笑みのアザゼルに、ミカエルも微笑みながら答える。
サリエルはアザゼルが現れてから、何だか不機嫌そうな顔をしている。
「……ふっ。
おまえは相変わらず美しいな。
容姿もそうだが、何より魔力が洗練されていて良い」
アザゼルはそう言うと、ミカエルの長い青髪を愛おしそうに1束取ってみせ、そこに顔を近付けた。
「あなたこそ、肉体的な強さにあまり意味を持たない我々にあって、肉体への研鑽を絶やさないところは賞賛に値します」
ミカエルはそれに特に抵抗したりせずにそう言ってのけた。
「ほ、ほら!
もう始まりますから!
さっさと行きますよ!」
そのやり取りを見ていたサリエルが焦ったように2人を急かした。
「そうですね。
サマエルさんは時間に厳しいですし」
「おう!そうだな!
あいつの説教は長いからな!」
2人もそれに同意し、集合場所である天の迴談の間へと急いだ。
「……バラキエルのやつは来ると思うか?」
「……どうですかね」
「……」